13. 王都暮らし
第三章 『古の海の魔物編』
シェリに案内された民家は、なんと彼の親族の家らしい。
「これがしばらくの間、リリィに滞在してもらう家だ。王都内だがこの辺りは繁華街からは離れている上、他に住居も少ない。
もちろん身を隠す以上、其方はあまり外には出られない不便さはあるのだが……」
「ううん、十分だよ。でもシェリの親戚の方って……」
「買い出しは済ませてあります。保存の効く食材を優先して揃えていますが、他にも何かご入用のものがあれば早魚をお飛ばし下さい」
「?!」
私たち二人しかいないと思っていた家から突然別の声が聞こえてきたので、心臓が思わずビクリと跳ね上がってしまった。
その声の主の正体はというと…………
「セシルド様…………?」
「お帰りなさいませ、リリアナ様。ご無事で何よりです」
部屋の中の、さらに奥扉から顔を覗かせたのは、国王の秘書官であり、トリンティアの夫であるセシルドだった。
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今から約二週間前。まだリリィがグッセンスタシューン王国に滞在していた頃。
「義兄上、夜分遅くに申し訳ありません。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 少し相談したいことがありまして」
「ラドシェリム殿下? ええ、もちろん構いませんが……」
シェリはある夜、王宮にある姉夫妻の部屋を訪ねた。
「姉上のご様子はいかがですか?」
「トリンティア殿下ですか? 彼女ならマクリル右大臣の件を聞いてからというもの、過去の国家議事録たちをデスクに積み上げ、隅から隅まで読み耽っておられますよ」
「……やはり。安定期に入られているとはいえ、こんな大事な時期に役職を内定させてしまい申し訳ございません」
「いいえ、ラドシェリム殿下。トリンティア殿下はそれはそれは生き生きと勉学に励んでおられます。
身体の調子が良い時に限られてはいますが、今のこの時期を有意義なものにしたいと。
……これが、王位継承権を放棄した自身たちに課せられた使命であるのと同時に、マーレデアム王国の繁栄を、我が子たちの未来に繋げ得ることになる。
そのためならば何が何でもやり遂げてみせると、そうおっしゃっておいでです」
「……さすがと言いますか、姉上らしいですね」
「ふふ、そうですね。もちろん、この先もずっと、私がトリンティア殿下を守り、お支えいたします。
ラドシェリム殿下もどうかご安心下さいませ」
「そう言っていただけて心強い限りです。ありがとうございます、義兄上」
「恐れ入ります。
して、殿下。何か私にご相談があられたのでは?」
「はい。実は…………」
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「義兄上、突然に王都の家をお借りしたいなどと無理を言って申し訳ありません」
「いいえ、殿下。私の生家がリリアナ様のお役に立ててようございました」
「えっ? ここって、もしかしてセシルド様のご実家なんですか……?」
なんと、ここはセシルドの家だった。
「はい。長い間空き家となっていましたが、調理場も使える様にしてありますし、貯蔵庫の方も問題ありません」
「ありがとうございます、義兄上」
「いいえ殿下、どうかお気になさらず。
リリアナ様。古びている上、粗末な場で申し訳ございませんが、どうかお好きに使っていただければと思います」
申し訳なさそうにそう話すセシルドに向かい、私は慌てて腰を折る。
「とんでもないです、セシルド様!お家をお借りする上、身の回りのことまで……!」
「リ、リリアナ様、どうか顔をお上げ下さい。私にそのような振る舞いは不要です」
「いいえ、是非お礼を言わせてください! 本当にありがとうございます、セシルド様。
素敵なお家ですね。私が曾祖母と住んでいた家と、どこか似ている気がします。……懐かしいなぁ」
私はもう一度家内を見渡した。
家の造りや内装はもちろん異なるのだが、マーレデアム王国でも私の母国でも二階建ての住居が多い中、この家も曾祖母の家も平家で、それでいて天井が少し低め。
家族がいつも顔を合わせられる造りになっている。
ここはそんな温かみを感じる、とても素敵な家だった。
「……リリアナ様の母国は共和制だとお聞きしました。貴方様はカフェで給仕のお仕事をなさっていたとも」
「そうなんです。えっと、もしかしてセシルド様も民間ご出身だったとか……?」
「ええ、そうです。元々は一王国民として、ここから王宮に勤務しておりました」
「わあ! そうだったんですね」
驚いたことに、元々セシルドは私と同じように平民だったそうだ。そう思うと何だか一気に親近感がわいてしまった。
この後、私はセシルドから調理場の使い方等の説明を一通り受けたのだが、騎兵団の食堂とほぼ同じような感じだったので何とか大丈夫そうだ。
なので、シェリが国王や騎兵団の人たちと早魚でやり取りをしている間、私はセシルドと共に少しお茶をすることになった。
「セシルド様は、ここでご両親とお住みになっていたのですか?」
「いいえ。私がまた赤子の時に両親が亡くなってしまったので、私は親戚宅に引き取られて育ちました。
生家なのは確かですが、一度建て直しをしていますし。
この家に再び住み始めたのは私が成人してからになります」
セシルドはお茶を一口含むと、どこか寂しげに微笑んだ。
そして。
「ここは、私が元妻と暮らしていた家でもあるのです」
「……え?」
「私はトリンティア殿下と婚姻を結ぶ前、別の平民の女性と結婚していました」
「…………」
驚きすぎて、私は一瞬言葉に詰まってしまった。
ナプティムウトがかつての恋人、アヤメの話をしてくれた時と同じくらいに。
「もう、リリアナ様には全てをお話する時だと思っていますので、あまり気分の良いものではないかもしれませんが、どうかお聞き下さい。
トリンティア殿下にも、そう伝えてあります」
しかし、トリンティアの名が出たことで、私は少し落ち着きを取り戻した。
人の人生はそれぞれだし、夫婦の事情にも色々あるのは当然だ。
しかし、どうしてセシルドはそれを、今の私に話してくれようとしているのだろう?
……もしかして、ナプティムウトの時と同様に、"あのこと " が関係しているのだろうか?
「ラドシェリム殿下が王位を継がれることは、すでにお聞きになっていることと思います。
となれば、何故トリンティア殿下が王位を放棄されたのかもお話しすべきかと」
セシルドはそう言って、ほんの少し、目を伏せた。
やはり、ビンゴ。王位継承権に関係する話だ。
そして、トリンティアが王位を継がない理由は、きっと彼にあるのだ。
「リリアナ様。今では全て再建されていますが、実は一度、この辺り一帯の家がほとんど壊滅してしまったことがあるのです。
私のこの家も、例外ではありませんでした」
「……えっと。それは、自然災害が原因ですか?」
「いいえ。残念ながら、故意的な所以からです。
私のこの家は、かつて "海魔" によって崩壊いたしました。
……元妻が身重の時に海魔の襲撃に遭ってしまって。
その時に彼女は、お腹にいた子供と共に亡くなっています」
「?!」
「私が今生きているのは、あの時仕事に出ていて家にはいなかったからです。
……もし、私が家を留守にしなければ二人を守れただろうか、自分も共に逝くことが出来ただろうかと、当時はそればかりを考えていました」
"海魔によって命を奪われた海人族も大勢います"
これはいつの日かに、シェリが言った言葉。
きっと、セシルドだけではない。多くの人が、悲しい思いを抱えて今も生きている。
私は思わず、自身の両手を握りしめる。
「トリンティア殿下と出会ったのも、丁度その頃です。あの方はまだ幼く、あどけない少女だった。
私は国王に命により、同僚の文官たち数名と彼女の家庭教師を交代で務めていました。
トリンティア殿下は、私たち家庭教師によく懐いてくださっていました。
だから、妻と子を亡くしたばかりの私にも、子供ながらに一生懸命に励まそうとして下さっていましたね」
当時のトリンティアの様子を思い出したのか、セシルドの表情が少し和らいでくる。
「……想像出来ます。トリンティア様はやっぱり幼い頃からしっかりなさっていたんですね」
「そうですね。その時の彼女は10ほどでしたが、すでに女王教育も始められていましたし、王都で育つ子供たちよりも先に大人にならねばならなかったのかもしれません」
「セシルド様とトリンティア様は、確か400年前にご結婚されたんですよね?
前に侍女たちが、お二人は大恋愛の末に結ばれたと言って、とても盛り上がっていましたよ」
そう言うと、セシルドは少し気まずそうしながらも話の続きをしてくれた。
「彼女が15の時からずっと変わらず400年もの間、私に求婚してくれていたのは確かです」
「?! きゅ、求婚も400年?! トリンティア様、さすが情熱的……!」
400年前の、さらに前400年間はトリンティアがセシルドにずっと、片想いをしていたということ?
彼女は確か、御歳815歳。
まさに人生の全てがセシルドへの愛で出来ているのだ。
「トリンティア様の初恋が実ったんですね」
「殿下のお気持ちにお答えするのに、400年もかかってしまいましたが……」
そう言って、セシルドは今度はまた、どこか困った様に微笑んだ。
ナプティムウトのように、きっとセシルドもずっと亡くなった妻や子のことを想っていたのだろう。
「一度結婚していて、さらに、生まれることは叶わなかったとはいえ、子供までいた男と未来の女王が婚姻を結ぶなど、ふしだらにも程がある、と先王からは猛反対を受けました。
王は当然のことながら、守護者一族の嫡男たちをトリンティア殿下の夫にと考えておられましたから。
しかし、彼女がそれを断固として拒み続けたため、先王側がついには無理やり婚姻を決行しようとなさった」
……どことなく、また海魔の愛し子と重なる部分がある。
他人からの理不尽な圧力が、人の心に大きな傷を負わせてしまう。
「トリンティア殿下は、小細工が大がつくほどにお嫌いです。
とうとう堪忍袋が切れてしまわれた殿下は、先王や当時の守護者たちの目前で、強力な毒薬を飲み干してみせたのです」
……毒薬を。トリンティアはやはり、すごい女性だ。そして、セシルドへの愛の本気さが伝わってくる。
「もちろん、現国王たちによって慌てて解毒はされましたが。
その時に、トリンティア殿下がはっきりと宣言なさった。
女王即位の条件に、過去に結婚歴がある者との婚姻が不可だというのなら、王位は継がない。
さらに王族であるが故に、愛する者との結婚が叶わぬなら、自身は出家して一生王宮には戻らない、と。
……トリンティア殿下が王位継承権を放棄されたのは、私のためです」
セシルドがそう言い終え、その場を立ち上がったかと思うと……
「セ、セシルド様?!」
「ラドシェリム殿下が多大なる重責を負われることになったのは、私にも責任がございます」
そう言って、彼が跪くものだから、私自身も慌ててセシルドの元へと腰を落とした。
「そんな、セシルド様の責任でも、誰が悪いわけでもありません!
ナプティムウト様もそうですが、愛する人のためにこれほどの覚悟を持てることに、どうして非がありますか?
私はセシルド様もトリンティア様も、もちろんナプティムウト様も!
とても愛情に満ち溢れた素晴らしい方たちだと思います」
「リリアナ様のおっしゃる通りです、義兄上」
「! シェリ……」
私の横で同様に膝を着いたのは、国王たちとの話し合いを終えたであろうシェリ。
「俺は義兄上のことを心から尊敬しています。
リリアナ様がおっしゃられたことに加え、仕事面でも常に義兄上を手本としていますから。
……もちろん、王位継承権について聞かされた当初は、その重責所以に逃げることばかりを考えていた臆病者ですが、今では、その責務を与えていただいたことに感謝しています。
まだまだ若輩者ゆえ、至らぬことばかりですが、必ずやマーレデアム王国民の未来をより鮮やかなものにしてみせます。
……俺にも、互いの責務を共に歩まんとする愛する者が出来ましたから、もう怖いものなどありません」
シェリが穏やかな笑みを浮かべ、私を見やる。
「……本当に、ご立派になられましたね、ラドシェリム殿下」
「義兄上には、俺が幼少の時からあらゆる
ご迷惑をおかけしていましたからね……
すみません」
「……ふふ。ユリウス様と並び、お二人の家庭教師をさせていただいていた頃が懐かしいですね」
「…………あの頃は申し訳ありませんでした」
しかし、今度はシェリが何やら項垂れ始めた。セシルドは微笑ましげに笑っていたが、
「シェリ、さっきからセシルド様に謝ってばかりだけど、子供の頃に何かあったの?」
ちょっと気になったので、好奇心がてらにそう尋ねてみた。
「……ユーリと二人、いつも授業をサボって王都に遊びに行っていた」
なるほど。トリンティアのお怒りが目に浮かぶようだ。
今や立派な騎兵団の団長と副団長になったシェリとユーリだが、子供の頃の二人は年相応のヤンチャな少年たちだった……
「150年前のあの時も、俺とユーリは、」
「ラ、ラドシェリム殿下!」
……と思った矢先。
少し慌てるようにしてシェリの言葉を止めたセシルドと、やばい、と瞬時に手を口に当てたシェリを見て、私の女のカンが発動してしまう。
……なるほど。女性遊びが激しかったシェリのことも、セシルドは当然ご存知なのだ。
王族の彼らには、普通の庶民として生まれ育ってきた私には計り知れない悩みがたくさんあっただろう。シェリだって、きっと例外ではない。でも。
(……それはそれ。これはこれ)
仕方がなかったとは思うが、やはりちょっとモヤモヤする。
「……リリィ」
「全くもって気にしてません」
「まだ何も言っていないだろう。そのむくれ顔は、」
「フグのマネしてるだけだから」
少し顔を背けながら、私はほんの少し頬を膨らませた。微フグである。
(母国にいる間に、私も少しは男の人と付き合っておくべきだったかなあ。それならもう少し心に余裕が持てたのかも。
これじゃあただのヤキモチ焼きだよね)
身分のない世界で一庶民として生まれ育ってきた私とは違い、シェリは王妃のお腹に宿ったその瞬間から、王位という重責が与えられていたのだ。
それに恋人の、過去の恋愛をいつまでも自身が引きずっているようでは駄目だ。私は今のシェリを好きになったのだから。
「シェリと同じ立場だったらきっと、私もそうしてたと思うから、うん」
「……は?」
(何か気の紛れることをして、いきなりのしかかってきた重責のことをあまり考えないようにしてただろうな。
実際、私だってここに来たばかりの頃はひたすら書類仕事に専念してたもん。
……よし。何事も広い心で受け止めよう!)
と思った私は、それを彼に伝えることにしたのだが、
「シェリも色々と考えることがあって大変だった……」
「リリィ」
と、何故か怖い顔をしたシェリにズイっと私を覗き込まれ、私は思わず言葉を飲み込んでしまった。
「昔の俺は確かに最低だが、今は其方だけを愛しているし、何なら過去とて誰も見ていない」
「……シェ、シェリ? あの……」
「だから、自分も他の男と交際しておけば良かったなど絶対に思うな」
「……シェリって、やっぱりエスパー? それとも私、また何か変なこと口走ってた?」
「やはりそう思っていたのか!」
「ええっ?」
シェリが私に覆い被さる勢いで迫ってくるものだから、私は思わず尻餅をついてしまう。
「い、いや、私も誰かと付き合った経験があったら、つまらないヤキモチを焼かなくても良かったのかなって、ちょっと思っただけで……」
「其方の悋気は正直とても可愛いし嬉しいが、それはそれ、これはこれだ」
(あ、さっき私が思ったことと同じこと言ってる……)
「ふふふ。お二人の仲が良くて何よりです」
「?!」
……しまった。またやってしまった。
私たちの目前には、肩を揺らしながらくすくすと笑うセシルドの姿がある。
「す、す、すみませんセシルド様……」
「申し訳ありません、義兄上。つい熱くなってしまって」
セシルドは、そんな罰が悪い私たち二人を、
とても微笑ましそうに見やっていた。
「いいえ、殿下方。お二人の仲睦まじさこそが、マーレデアム王国の平安なのですよ。
トリンティア殿下も、きっとそうおっしゃいます」
「……姉上が甘いのは、義兄上とリリアナ様にだけですよ。俺には大層手厳しい方です」
と、シェリは少し遠い目になる。
「お二人はご姉弟ですからね。それに、思ったことが言い合える仲というのは、大人になってからはとても貴重なものですよ」
「……そうですね。姉上が右大臣になった暁には、俺はひたすらに前だけを見据えて突き進むしかなさそうです。
弱音でも吐けば、それこそ彼女の鉄拳を喰らいますから」
少し戯けるようにして、シェリは自身の拳で頬を小突いてみせる。
「ラドシェリム殿下の隣にはこの先もずっと、最愛のリリアナ様がいらっしゃるのですからきっと大丈夫ですよ」
「そうだと良いのですが」
「お二人が歩まれる未来に、どうか幸多からんことを。
……家族が幸せで在れることは、本当に奇跡ですから」
セシルドはそう言って、ほんの少しだけ寂しげに微笑んだ。
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セシルドがこの家を後にし、王宮へと戻って行った後。
「……リリィ、その、さっきのことだが」
「それはそれ、これはこれ、のこと?」
「……とにかく、自分のことを棚に上げておいて申し訳ないが、リリィが他の男で慣れておく必要などは全くなかった。皆無だ」
「……ふふ」
確かに、私たちのこの幸せも当たり前ではない。
たくさんの偶然と必然が積み重なって、そしてシェリと共に切磋琢磨したことからこそ得た幸せだ。
私は彼の胸に頭を埋め、背中にそっと手を回した。
シェリは少し決まりが悪そうな顔をしながらも、私の頭に顎を乗せ、抱きしめ返してくれる。
「何かお腹すいちゃったな。早速だけど、ご飯の準備でもしようかな」
「……俺も手伝おう」
「うん、ありがとう」
お互いにヤキモチを焼けるのも、きっと幸せなことなのだ。
「ねぇシェリ。今夜はちょっぴり冷えるみたいだからシチューにしない? あとはサラダと…… あ、オーブンを借りてパンも焼いちゃおうかな」
「それはいいな。美味そうだ」
どんなに些細な幸せも、これからは取りこぼさないように受け止めたい。
「ね? あと、」
だから、私は一つ疑問に思ったことをシェリに尋ねておくことにした。
幸せを逃さないためにも、彼との連絡手段だけは絶対に確保しておかなければと、改めて思ったからだ。
「ねえシェリ。私がここに住む間、シェリとの連絡は早魚を使った方がいいの? それともベルが繋いでくれるの?」
「……は?」
「だって、シェリと連絡が取り合えないのはやっぱり寂しいし……」
「いや、そうではなく……
リリィ。其方まさかここにいる間、一人きりで過ごすとでも思っているのか?」
「……へ? 違うの?」
「…………ほほう」
すると、突然シェリが私の腕を掴み、何故か自身の元へと引き寄せてくる。
「えっ? な、なに……?」
「王国最上位である愛し子の其方を、王都でたった一人住まわせる訳がないだろう」
「えっ? あ、そ、それもそうだよね……
じゃあモネとルルが来てくれたりする?」
「彼女たちではリリィの護衛が出来ないだろう? しかも其方がここにいるのは国家機密だ。知っているのは俺とセシルド義兄上、ナプティムウト兄上、ユーリだけだ。
それにしても、義兄上が気を遣って早々に退散された理由を、鈍い其方は気付いていなかったというわけか」
そして何故か、いつものごとく揶揄うような笑みを浮かべているシェリ。
……先程の焦り顔も、今はもうないのだが。
「ギルストロンの従者も言っていたはずだぞ。海でのリリィの守人は俺だろう?
当然、ここに滞在するのも俺だ」
「…………うん?」
「安全面は問題ない。王都内は今も24時間体制で騎兵団員らが巡回してくれている。交代でな。
ちなみに俺の任務は、24時間体制でリリィを護衛することだ。
そのため、今日からしばらくの間、其方と俺は "二人きり" でここに住まねばならん」
……ちょっと待って。
ということは、まさか、この民家で。
しばらくの間、シェリと二人きりで過ごすということ?
「カリュブディスとノワルの動きを常に見定めながらにはなる故、ここでの暮らしにもやはり多少なり窮屈な思いをさせてしまうだろう。
だが、俺と住むことでその思いが少しでも減らせたらと。結婚前の予行演習だと思ってここで暮らせたら、少しは気が晴れるのではないかと、そう思った」
シェリはこう言うが、彼の片側の口角は上がったままだ。
……この後、彼は私の耳元へとゆっくりと唇を寄せてきたが、予想通り。
耳元に落とされた食むようなキスは、ゾクリとするような色香を含むものだった。
「まあ。其方にも色々と覚悟を決めてもらう良い機会だと思うぞ?」
最後にはこんな言葉も付け加えて。
……最近。目前の事柄が目まぐるしく動き過ぎて、付いていくのになかなかに必死だ。
…………そして。今回の件も、なかなかに心臓が持ちそうにない。




