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11. 真実の糸口〈後編〉

第三章 『古の海の魔物編』



エマが作ってくれたパンケーキを皆でわいわいと食べた後、私とギルは早速、城の談話室でカリュブディスについての会談を始めることにした。



ちなみにエマとロキは……



自作おやつの味を褒められて上機嫌だったエマは、どうやら料理に目覚めた様子。


そのため、夕飯準備の手伝いも是非したいと言って自ら調理場の方へと行ってしまった。



社交的で物怖じせず、どんなことにも挑戦しようとするのがエマのすごいところだ。

もちろん、深夜に孤児院を抜け出すようなことは、もうして欲しくはないけれど。



ちなみにロキはというと、彼もエマにくっついて調理場の方へと行った模様。

ロキの見目はとても細身だが、かなりの大食漢のようで、料理に興味があるというよりは、つまみ食い要員として向かったのだと思われる。




「さて。やっとここからが本題だ。


リリアナが古書から得たカリュブディスの情報と、今日俺が商人たちから仕入れたモノを照らし合わせてみようぜ」



場を取り仕切ってくれるギルだが、心なしかどこか楽しんでいるようにも見える。



「じゃ、まずはお前からだ。国立図書館の貴重古書の中に、一体どんなネタが隠されてた?」



「えっと、これはロキが見つけてくれた記述なんだけど、この古書のこの部分。


"カリュブディスは海神ポセイドンと地母神ガイアの娘。


もともと人間界で暮らしていたが、やがて海へと戻り、巨大な渦潮を引き起こして人を襲う魔物となった" 」



「……へえ? リリアナを嫁にしたいとほざいてたやつが、実は女かもしれねえって?」



ギルはますます楽しそうにニィっと笑う。



「いや、さすがにそれはないんじゃないかな。


もしノワルの主人が女性で、女神の愛し子の力が欲しいだけなら、何も "婚姻" なんて突き付けてこないと思う」



「まあ、確かにそうだな。じゃあ仮に本物のカリュブディスが女だとしたら、お前の夫候補のに名乗りを上げてる奴ってのは、一体どこのどいつだって話だ」



「ノワルははっきりと、その人のことを "カリュブディス閣下" って言ってたの。


だから、ノワルの主とその "女性カリュブディス" は全くの別物っていうより、何か接点があるんじゃないかなって、そんな風に思うんだけど……」



「例えば?」


「そこまではちょっと……」


「まあ、そうだな」




うーん。

ギルは腕を組み、私は両手のひらの上にあごを乗せて、二人して天井を仰ぐ。




「ま、そのカリュブディスが女説っていうのは俺が持ってる情報の一つと当てはまる気がするな」


「え? ほんと?!」



「俺が、外国商人たちから "聞き出させた" カリュブディスの情報は三つ。


一つ。

一日に決まって必ず三回、大渦潮を引き起こす。


二つ。

襲うのは必ず人間の船だって話だ。それも乗組員が男ばかりの船が襲われる確率が高いんだと。


三つ。

出現した巨大渦潮の中からは、常にすすり泣く女の声が聞こえて "いた" 」



「……三つ目がそう?」


「だな。そんでもって二つ目から考えられるのは、カリュブディスが人間の男に恨みでもあるか、それか従えてる他の魔物の食好みに合わせてるかってことだ。


あとは単に、奴自身が男好きで、男しか飲み込みたくないって可能性も……」



「……後者は違うんじゃない?」


「ま、例えだ、例え」



「あと、女性の声が聞こえて "いた" ? それは過去形なの?」


「女の声がするってのは、昔々、大昔の船乗りたちが言ってたことだと。


今はそんな話は聞かないってよ」



私は両手のひらを顎から外し、今度はふむ、と片手指を顎下に添える。



「昔は聞こえたのに今は聞こえないっていうのも何だか気になるね」



「引き続きカリギュラに調べさせるか……」


「? 何か言った?」



「いんや? ラドシェリムたちも何らかの調べが付いた頃なんじゃねえかと思ってよ」




……そうだ。カリュブディスやノワルのことだけではない。



シェリたちは今、どのような動きにあるのか。民の人たちには、女神の間が襲撃されたことや海魔族が王都に侵入していることを知らせているのか。


一時とはいえ、騎兵団と海魔族の戦闘が繰り広げられたのだ。


マクリル右大臣の屋敷が王都中心部から少し離れた場所にあったからと言って、民の人たちが気付いていないはずがない。




さらに言うなら、私を海森に連れて来たシリスハムのことも気がかりだ。



「……みんな、今頃どうしてるかな」



私が思わずそう呟くと、向かいに座っていたギルがゆっくりと立ち上がった。



「リリアナ。今日はもう部屋で休め」


「あ、だ、大丈夫だよ! ごめん、疲れてるように見えちゃったかな?」



「違えよ。マーレデアム王国のやつらに向けて祈りでも唱えとけ。


祝福を飛ばすことなら、今のお前にも出来るだろ?」


「あ……」



「リリアナが心配してるのと同じくれえ、あいつらもお前のことを案じてる。


どこにいようがお前が元気に過ごしてるってことを伝えとけ」




敵の所在がはっきりしない今、私の居場所をばらすような大規模な祝福を飛ばすことは叶わないが、限られた人に向けてなら行える。



「……ありがとう、ギル。あなたには助けられっぱなしだね」


「礼なら今度、エマに料理でも教えてやってくれ。リリアナの飯はマジで美味いからな」



「……うん、了解。 じゃあ、また明日ね、ギル」



そう言って、私は談話室を後にした。




------



「…………さて。俺はあの人一倍心配性の "ダチ" のために、もう一踏ん張り仕事でもすっか」



リリィが自室に入るのを見届けた後。

ギルは再び楽しそうに笑みながら、リリィの部屋とは逆側に位置する、地下階段へと続く廊下をゆっくりと歩き始めた。




------




〇「へい旦那方! 近頃の海の様子はいかがですかい?」


●「誰だお前? 見慣れないやつだな」


〇「へい、私は世界を旅する冒険者でして〜。世界各地の海に関する不思議な伝承を集めて手記を書いてまして」


△「へえ! そいつぁ面白えことしてんな、兄ちゃん」


〇「旦那方、いにしえの海にまつわる話を何か知りやせんか?」


△「そうだなあ。俺は女好きなんでね、女に関する話なら一つ知ってるぜ。


"セイレーン" っていう女の魔物の話は兄ちゃんご存知かい?」



〇「……確か、美しい歌声で船乗りを誘惑して、海の怪物にそいつらを食わせちまう、あるいは自分で食っちまうって奴らでしたっけ?」


△「そうだ。おっかねえのはおっかねえが、

どのセイレーンもそれはそれは美しい見目をしているらしい! 女ばかりの一族ってのもいいねぇ」


●「あ? 女ばかりだって? じゃあどうやって子供こさえてんだよ」


△「そこまでは知らねえよ。捕まえた船乗りの種だけ奪ってんじゃねえのか?」


●「ひでぇ〜」


△「でもな、そんな女ばかりの家系に、たまーに男が生まれてくるんだってよ」


●「美しい女の集団にムサイ男なんていらねえ!」



〇「……ほほう、男?」


△「何だよ、兄ちゃんが食いついたのはそこかい?


でもよ、そいつらは欠損子扱いされて、そのセイレーンの集団からは捨てられちまうらしいぜ」


●「おいおい、何で男が捨てられちまうんだよ」


△「男が相手だと船乗りを惑わせられねえじゃねえか。セイレーンも、自分で飯がありつけねえ男を養う義理なんてねえだろ?」


●「な〜る!」



〇「……旦那方、貴重なお話、感謝いたしやす。


じゃあ大渦潮を引き起こす魔物の話なんかは何か知ってやすか?」


●「あ!カリブなんとかってやつだろ? 知ってるぜ〜!


あれだろ? 魔物なのに、実は海神の子にして海女神の唯一無二の友とかナントカってやつ」



〇「……ほほう」



●「何で魔物と女神が?」


△「そこまでは知らねえ」



〇「……旦那方、興味深い話が聞けて有意義な時を過ごせやした。


礼の代わりに、私の一発芸でも」



●△「一発芸?」




男の首がポロリと取れるのを見た商人二人は、その場でパタリと倒れ、気を失ったそうな。




------





「罪人塔の捜査は大方終わった感じかな。やはりシリスハムと同様、数人の行方が分からなくなってるね」




時は戻り、約一週間前。

リリィがシリスハムに連れ去られた日にさかのぼる。



シェリとナプティムウトが騎兵団の2部隊を連れて王都郊外へと調査に出かけてから半日が過ぎた。


陸ではすっかり日没となった時刻。海底でも同様、辺りには暗がりが広がっている。




「騎兵団管轄下の王国追放者の住処すみかから、幾人もの罪人が姿をくらましたなど言語道断。責任は私にあります」



シェリはギリ、と悔しげに歯を立てる。強く握られた彼の拳には、いく筋もの血管が浮かび上がっている。



「シェリの言う通り、耳が痛い話なのは間違いないけれど、見張りの騎兵団員をかいくぐって何人もの罪人を攫っていくなんて、簡単に出来ることじゃない。


万全な計画のもとで実行されたんだろうね」



ナプティムウトの言葉に眉間に深く皺を寄せながらも、シェリはとある塔の前で立ち止まる。


ここが今回、騎兵団が捜索する最後の場所である。



塔の見張りをしていた騎兵団員たちが深刻な面持ちでシェリたちに拝礼した後、素早く出入り口戸を開いた。


すると、扉の向こうには……




「い、いやはや、何なのだ突然……


は……?! ナ、ナプティムウト殿下?! それに……」



騎兵団員たちとナプティムウトの姿を見て、驚きと恐れ、そして動揺を隠しきれず、といった表情を浮かべている、ある男の姿が。




「久しいな、アブサハム殿」



「ひっ……! ラ、ラドシェリム殿下…………!」




シェリの姿を見るや否や、一回りも二回りも縮こまってしまったのは、この塔に幽閉されている元・宰相一族の家長、アブサハム・バクナワだった。



自身をジロリと見下ろすシェリを前に、アブサハムは蒼白になりながら跪く。


すっかり痩せこけてしまい、宰相だった頃の傲慢な面影などは一切なかった。



「アブサハム殿、顔を上げられよ。此度の訪問は騎兵団から罪人塔への襲撃でも、ましてや脅迫をしに来た訳でも何でもない。


其方もこの訪問の理由を分かっているだろう」



シェリからそう突き立てられたアブサハムは、さらに身体をすくめ、俯く。



「……シリスハムのことでございましょう」



「そうだ。其方の嫡男子ちゃくなんし

この塔からいなくなったのはいつのことか」


「……」



アブサハムは顔を青ざめさせ、何も話せないでいる。するとナプティムウトが身体を屈め、彼の肩にそっと手を添えた。



「アブサハム殿。シリスハムが今、自ら海魔族となって行動していることは知っているかい?」


「か、海魔族ですと……?」



ナプティムウトの言葉に、アブサハムは俯いていた顔をようやく上げた。

どろりとした脂汗が、彼の顳顬に伝っている。

  


「……息子たちが幼き頃より、海魔族とは海人族であることを捨てた愚か者の果ての姿だと伝えて参りました。


まさか、マーレデアム王国民としての誇りを無くし、魔物に支配される化け物に自らなるなど……!


突然に姿をくらましたかと思えば、あの大馬鹿者は一体何を考えておるのだ!



"あの一件" のみならず、どこまで一族の恥を晒すつもりだ…………!」



アブサハムは両手で自身の頭部を抱え込み、その場でうずくまる。





「……団長、副団長」



するとその時、アブサハムの後ろに控えていた一人の男性がシェリの前へと進み出た。



彼はその場でゆっくりと跪くと、右腕を折り、その拳を自身の左胸へと当てる。

これは、海人騎兵が相手への敬意を込める際に行う手法だった。



「……バリスハムか」


「……ご無沙汰しております。お二人がここへ来訪されたということは、まだ兄は見つかっていないということでしょうか」



「シリスハムの行方は今、騎兵団が捜索中だ」


「……そうでしたか。副団長、私から少し、お話させていただいてもよろしいでしょうか」



バリスハムの言葉にシェリが頷くと、彼はシリスハムが突如として姿を消すまでのことを、ゆっくりと言葉を選ぶ様にして話し始めた。




「兄がこの罪人塔から姿を消したのは三月ほど前です。


しかし今思い返せばそれ以前から、兄は何かに葛藤し、思い悩んでいたように感じます」



バリスハムは左胸へと当てていた手をゆっくりと下げた。



「この塔に幽閉されてから一度だけ、兄が私に話したことがあります。



許されるのなら、リリアナ女神様に直接会って、あの事件のお詫びがしたい。


彼女に恐怖を与え、心身ともに深い傷を負わせてしまったことを心から悔やんでいる、と」



バリスハムがそう言い終わると、ナプティムウトが立ち上がり、シェリの方へと視線を移す。



「シェリ。シリスハムはやはり」


「……そのようですね」



シェリは両手拳に力を込めた。


すると、自身の後ろに控え、共にバリスハムの話を聞いていた第一部隊の海人騎兵らが、少し戸惑いながらもシェリたちに向かい、口を開き出した。




「団長、宰相様、シリスハム隊長のことですが、以前、俺たちはこんな会話をしたことがありました……」





------



「隊長って恋人とかいないんですかー?」



「いないね、興味がない。」


「えっ、意外ですね。女性にねっとりまとわりついてそうなイメージなのに」



「何……?」


「い、いや、何でも〜?」



「子供の頃からずっと焦がれ続けてる女性がいるんだ。その人以外は興味がない」


「へー! 年上ってことですか? いいですね〜」



「いや? まだ生まれてもいないだろう」


「は……? 頭でも打ちました? シリスハム隊長。


あ、実は前世からの恋人で〜とか言い出すのはやめてくださいよ!」



「前世などはどうでもいい。幼き頃に夢物語を聞いた時から、ずっとその方だけを待ち望んでいる。


彼女以外の誰かを愛することもなければ、恋人を作ることもない」


「……ロ、ロマンチストすぎる」


「もしかして架空の女性に恋してるってことですか?」


「現実を見ましょうよ隊長〜」




「……素振り1000回追加だ」 


「「「えっっ」」」





------





「……やはり、彼も海人族の男だったね」




王都郊外から王宮に向けて帰路中、ナプティムウトは愛鮫オリオンの背にまたがりながら、シェリに向けて、そう再確認するように話しかけた。


騎兵団の者たちは皆、寄宿舎へと一足先に戻っているため、今ここにいるのは自分たち兄弟のみ。



「シェリ?」


「…………」



相変わらず、自身の弟は心情を隠すことがあまり得意ではない。


ナプティムウトはそんな弟のことを優しい眼差しで見やった。



「シェリも、今は一途だと思うよ」


「……過去の愚行は変えられませんので」



「シェリ。リリアナ様はそれも含めて、君を愛してくれたんだろう? もっと自信を持ちなさい」


「兄上。リリィは真っ白で、何もかもが純真です。


対して俺は、嫉妬深く、独占欲の塊のような男。今さらですが、本当に俺などが彼女に触れていいものなのでしょうか」



「シェリ……」



成人してから100年もの間、確かに弟は人に褒められるような女性関係を築いてきた訳ではないだろう。


しかし、それには多少なりとも自分たちにも責任がある。


姉兄が王位継承権を早々に放棄してしまったせいで、この弟はまだ生まれる以前、王妃の腹に宿ってもいない時から、王位という重責を背負うことになってしまったのだ。



シェリがそのことを知らされたのが、ちょうど成人した時。それからの彼の荒れ様は、国王ですら手を焼くほどだった。




だが、今ではその現実をしかと受け入れ、マーレデアム王国の民たちを心から愛し、尊敬されるまでに成長した。



過去のことではなく、これこそが今を生きる彼の事実なのだ。

 



「大丈夫。過去の君がいるからこそ、今の君はリリアナ様をより深く愛せるんだ。



それに、恋をすると貪欲になるのは普通のことだよ。シェリがその感情を知ることが出来て良かったと私は思う。


大切な人がいるとその人の元へ帰るために、自身のことも大事にするだろう?



過酷な任務が多い騎兵団員たちには、むしろその感情こそが必要なんだ」



ナプティムウトの話に耳を傾けていたシェリが、ゆっくりと顔を上げる。



「シェリはもう、愛し愛されるとはどういうことか、自身の心に何をもたらすのかを知っているだろう?」


「……やはり、兄上には生涯追いつけそうにありません」



そう言ってシェリは苦笑した。



次王を約束されたシェリと愛し子であるリリィが結ばれることが、マーレデアム王国にとって最善なのは確か。



しかしそれ以上に、今、二人の間には深い愛情と信頼関係がある。 


重い責務を背負う者同士だからこそ、分かり合える心があるのだ。




「早々に問題を片付けます。そうでないと、俺はいつまで経ってもリリィと一緒にはなれませんから」


「そうだね。二人には早く幸せになってほしいから、私も頑張らないと」




やっと少し、穏やかな空気が流れ始めた時。



チチチチチチッ



一匹の小魚が二人の元へと舞い降りる。


その小魚は自身の小さな口をパカリと開けると、その中から小さく折り畳まれた "手紙" を吐き出した。


シェリはその紙を広げ、差出人の名前を見る。



「ユーリからの早魚のようです」



名の横には、手描きの魚絵が添えられていた。



ナプティムウトも視線を落とし、シェリの手元にあるその手紙を見やった。




「……なるほど。見つけたようだね」



シェリはナプティムウトの言葉に頷くと、その内容を再確認するよう声に出して読み上げる。





「 " バクナワ一族の元屋敷地下で、シリスハムを発見した。


ただちにこの者を、騎兵団の地下牢へと連行する" 」





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