7. 海魔族
第三章 『古の海の魔物編』
(幕間)
…………キュ、キュ
女神の間のテラスに横たわるホメロスは、微かな超音波を出し続けていた。
彼の視界先には、ノワルに連れ去られていくリリィの姿が在る。
遠方にいる同胞へ連絡することなどいつものホメロスなら容易いこと。だが、今の裂傷だらけの身体ではかなりの時間を必要とした。
セラチモルファ・ドムスにいるベルの元にホメロスの出した信号が届いたのは、女神の間が襲撃されてから随分と時間が経ってしまった後だった。
「?! ピ、ピ、ピピピッ……!」
約ニ時間後に女神の間へとやって来たベルは
その襲撃の残像にパニックを起こし、ホメロスの周りを十数回と旋回した。
しかし、ホメロスが再びベルに向け超音波を発信すると、ベルは意を決した様に騎兵団本拠地の方へと急ぎ泳いで行った。
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「さて。我が家に到着しましたよ、リリアナ女神様」
私はノワルに連れられ、王都にあるマクリル一族の館へと来ていた。
王宮がシンプルな造りをしているのに対し、この館はどちらかというと華美で、あらゆる場所に装飾が施してある。
私は屋敷の扉前で、やっとノワルに下ろされた。だが彼は、今度は私の背中を押すようにして中へ入るよう促して来た。
私は手の甲で涙を払い、一度振り返ってノワルを睨める。彼は相変わらず、唇に弧を描いている。
口元をきつく結び直し、私は屋敷の中へと足を踏み入れていく。屋敷の中は外観と同様、やはり華美な調度品が飾られてはいたが、ほぼ全てに埃がかぶっている状態だった。
こんなに広いお屋敷なのに、使用人の人たちはいないのだろうか。
ますます不審に思いながらも足を進めていくと、廊下の向こうからこちらへと歩いて来る人影が見えた。
「め、女神の愛し子様……?!」
人影の正体は、50代前半くらいの見目を持つ男性。
もう夜も更けているというのに、寝巻きではなく、かっちりとした服装をしている。
彼がノワルの養父、マクリル右大臣だろうか。
「何故女神の愛し子さまがこんな所へ……!」
「義父上、まだ起きていらっしゃったのですか? 今夜は早めにご就寝くださいとあれほど言っておいたのに」
そう話すノワルの表情は笑顔だが、目が笑っていない。
「ノワル…… 其方、愛し子様にまで一体何をしようというのだ。
このマーレデアム王国をどうするつもりなのだ……!」
男性は悲愴な面持ちを向けながら、ノワルへとそう言葉を放った。
ノワルはそんな彼のことを冷たく見下ろしている。
「そ、其方は私に、逆らえば一族郎党を殺すと脅した。だから望み通り、このマクリル家後継の席も財産使用権も、我が息子たちから其方へと移したのだ。
それなのに、まだ足りぬと申すか……!」
「義父上、貴方にはもちろん感謝していますとも。おかげで色々と準備が進められましたし。
貴方が僕にして下さった諸々《もろもろ》のことは全て、"リリアナ女神様をマーレデアム王国から去らせる" ということに繋がりますから」
「な…………?!」
「貴方には本当によくしていただきました。だからお約束通り、義母と義兄上たちも殺してはいませんよ。
"一応" 、生きておられます」
ノワルの言葉を聞いた右大臣が、身体がぶるぶると震わせ始めた。
それが怒りからではなく、悲しみや恐怖のためだということは、彼の表情を見ればすぐに分かった。
「義父上はもうお部屋にお戻り下さい。
リリアナ女神様。貴女には "我が一族" をご紹介いたしますね」
そう言って、ノワルは再び、私に館の廊下を歩いて行くよう促してきた。
右大臣が気がかりで、私はほんの少しだけ後ろを振り返る。
彼は絶望に満ちた表情をこちらへと向けていたが、震わせている両手拳だけは、固く握られていた。
右大臣と別れた後も私たちは広いお屋敷内を歩き続けたが、やがて地下へと続く階段前にたどり着く。
「リリアナ女神様、この先は我が家人たちの住処となります」
ノワルがニタリと笑みながらそのように言った。……この下に、マクリル右大臣の妻や子供たちがいるのだろうか。
螺旋階段を降り切ると、私たちの目前に広がっていたのは、殺風景な大広間のような場所だった。
しかし、見えているのはホールの手前半分だけ。先は暗過ぎて全く何も見えない。
代わりに、何かが蠢くようなガサガサという音や、啜り泣いているような声色、そして荒々しい息遣いのような物音が聞こえ、私は思わず身構えてしまう。
「ふふ、そんなに怖がらなくても。貴女には僕が付いていますからご安心下さい」
私は後ろを振り返り、ノワルを一瞥した。
「……安心? 危険、の間違いじゃないですか?」
「やっと口を聞いて下さったかと思えば、第一声がそれですか」
ノワルがクスクスと笑い出す。
「大丈夫ですよ。貴女に危害を加える者がいたら、僕が即、首をはねますから」
そのように言ってのけるノワルの意図が全く読めず、私はさらに深く眉を寄せた。
「それでは、僕の家人らを紹介しますね。
ほらみんな。女神の愛し子様が来て下さいましたよ」
ノワルのその言葉が合図になったとでも言うように、大広間の向こう側半分から、ガサリ、ガサリという足音と共に、大勢の "人々" が姿を現し始めた。
『……メガミ ノ イトシゴ……』
『……テティス ノ ムスメ……』
……だが。私は自分の眼を疑うことになってしまった。
大広間で蠢いていたものの正体は、人間とも海人族とも言い難い、"人型" をした者たち。
魚のような顔面に、削げ落ちた鼻。
耳は海人族の人たちの耳ビレと似ているが、
彼らのものより遥かに大きく、角張っている。
分厚く腫れぼったい上下唇の間からは、尖った歯たちが見え隠れしていた。
さらに、彼らは衣服を着用していなかった。
それにも関わらず、深緑色とも土色とも取れるような、まだらな色味をした身体からは、その性別が男性なのか女性なのかを読み取ることが出来ない。
あまりの衝撃さに、思わず身を竦ませてしまう。そんな私に、大きくギョロリとした目々たちの視線が突き刺さってくる。
(この人たちは、一体……)
『……テティス ノ イトシゴ ハ "ワガアルジ" ノ モノ……』
(?!)
考えを巡らせる暇も与えられない。大広間にいる彼らが私の方へと手を伸ばしながら、一斉に近付いて来る。
すると。
「おやおや、そんなに震えて。リリアナ女神様は可愛らしい方ですね。貴女は女性なのですから、男に縋って生きれば良いのですよ」
ノワルがそんなことを言いながら、目前の彼らを手で制しつつ、私の腰を引き寄せてきた。
「っ、触らないで……!」
思わず、私はノワルを押し返した。
「この人たちは一体誰? マクリル右大臣のご家族はどこにいるの?」
"ノワル・マクリル" はモネとルルの命を危険に晒し、戦闘鮫魚たちを死傷させた。
マクリル右大臣にも、あれほどの恐怖を植え付けている。
「……さっき、歌を歌ってモネとルルを操ってたよね? 古の海の魔物には、歌を武器にする人たちがいるって聞いた。
あなたは "古の海の魔物" と何か関係があるの……?!」
「落ち着いて下さい。僕は貴女に、救いを求めたいだけなんです」
「救い……?」
「この者たちは、1000年前に "海魔族" となった元王国民らです」
「?!」
「貴女も、海魔族という名前くらいはご存知でしょう?」
"海魔族" ……
以前シェリたちが話していた人たちのことだ。
もし、目前の彼らがその海魔族だというのなら、シェリが話していた通り、海人族の人たちとは姿形がまるで違う。
「海魔族となり、このような最終形態となれば、性はなくなり両性体となるのです。
ああ、でも比較的新しく海魔族となった者はまだ海人族のなごりがありますよ。
ほら、こちらは私の義母と義兄たちです」
ノワルの視線先をたどると、そこには中年の女性が一人と、二人の壮年男性が立っていた。
彼らの姿形は確かに海人族だ。服も着ている。
だが、特有の青い肌色は土緑色へと変化し、所々鱗が光る肌は、ごつごつとした岩のような見目をしている。
「あとは、そうですね…… "彼" 、とか」
ノワルがそう言って、今度は別の方角を指し示した。
そこにいたのは、一人の見目若い男性。
シェリほどの背丈があり、騎兵団の人たちと同様に、引き締まった身体を持っている。
……だが。私はその男性と目が合わさった瞬間から、再び身動きが取れなくなっていたのだ。
何故、王都郊外に幽閉されているはずの "彼" が、この右大臣家の地下にいるのか。
『……リリアナ、女神様……』
よく知るその声に、私の呼吸が一気に速くなりだした。
「おや? もしかして、こちらの方は貴女のお知り合いでしたか?」
ノワルが私を見やり、ニタリと笑う。
「……シリス、ハム様…………」
目前に立っているのは、リヴァイアサン事件を引き起こした、あのシリスハムだった。
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「何、だこれは…………! 一体どういうことなのだ!!」
リリィがノワルと共にマクリルの屋敷にいる頃。
襲撃の後が無惨に残る女神の間テラスには、シェリの怒号が響き渡っていた。
時刻は真夜中。ベルの知らせを受けたシェリが騎兵団の部隊を引き連れ、血相を変えてこの女神の間へと急ぎやって来たのは、つい数分前のこと。
「モネ、ルル!大丈夫 ?!」
「二人ともしっかりしなさい! 一体何があったんだ!」
ユーリとナプティムウトが、テラスに倒れていた侍女たちを抱き起こしている。
「リリィ! リリィはどこにいるんだ………!!」
テラスに散る戦闘鮫魚たちの血肉を視界に入れながらも、シェリは声を張り上げ、恋人の名を呼んだ。だが、その姿はどこにも見当たらない。
「……あ、わたくしたちは、何を……」
その時、気を失っていたモネとルルがゆっくりと目を開けた。
「?! こ、これは……!」
「どういうことですの……?! リ、リリアナ様は?!」
辺りの光景を目の当たりにした侍女たちは、その身体を勢いよく起こしだす。
「リリアナ様! リリアナ様…………!」
二人は足をもつれさせながらもテラスを駆け出した。そして女神の間の扉を開け、中へと飛び込んで行く。
侍女たちはリリィが書類仕事を行っていたテーブル付近まで足を進めたが、その後はまるで全身の力が抜け落ちたように、そこへと座り込んでしまった。
静寂な部屋の中にも、やはりリリィはいなかったからだ。
シェリも静かに、女神の間の中へと入った。
「モネ、ルル」
そして身体を震わせ、顔を真っ青にしている侍女たちの前で静かに腰を落とした。
「ここで何があったか話せるか」
精一杯に心を殺し、侍女たちにそう問いかけた。だが、己の握りしめる拳は小刻みに震え続け、身体は体温などなくなってしまったかのように冷え切っている。
幾重にも浮かび上がった血管も、もう破裂寸前だ。
「……騎兵団の方が、夜更けにこの女神の間へと訪ねて来られたのです」
「わ、わたくしたちは戦闘鮫魚たちにリリアナ様の就寝をお知らせするため、テラスに出ていました」
「……その者は誰か、心当たりはあるか?」
「わたくしたちはお会いするのが初めてでした。女性のように、美しい方で……」
「その方が突然歌を歌われ始めて、そこから記憶が、なくて……」
「……なるほど。また "歌" か」
シェリはゆっくりとその場を立ち上がり、テーブルへと視線を向ける。
置かれていたのは、綺麗に端を整えられた古の海の魔物についての資料と、リリィが騎兵団で借りてきたであろう料理本。
その料理本には、付箋がたくさん貼り付けてあった。本は開いた状態で置かれていて、そこに載っていた料理は己が好む味付けのものだった。
手のひらに、血が滲み始める。
シェリはもう一度テラスに出て、率いて来た長槍部隊を見渡す。やはり、"ノワル・マクリル" の姿はどこにもない。
代わりに眼へ映ったのは、テラスの端で部下たちの応急処置を受けるホメロスの姿。
「……ホメロス」
シェリがホメロスに近付くと、ホメロスは身体に無数の裂傷を作っているのにも関わらず身動ぎをし、何かを訴えるようにキュ、キュ、と途切れ途切れの超音波を送ろうとしてくる。
「……ああ、分かっている」
シェリはホメロスの背をゆっくりと撫でた。
「ピピピ……ピピピピ……」
シェリが顔を上げると、ホメロスの元と女神の間を何度も何度も行き来するベルの姿もある。
兄分であるホメロスを懸念しつつも、突如姿を消した主を必死に探しているのだろう。
「ベル、其方も協力してくれるか?」
手を差し出すと、ベルはそれに応えるように、そこに肌を押し当ててきた。
「シェリ、号令を」
「僕たちもすぐに動けるよ」
振り返ると、自身と同じく額に筋を浮かべ、表情を無くした兄と友人の姿が在る。
「……兄上。王宮へ戻り、何者かによる女神の間襲撃、及びリリアナ様ご失踪の件を国王陛下にご報告願えますか?
ユーリは長剣部隊を率いてすぐにマクリルの屋敷へ。
長槍部隊は一先ずこの女神の間で、死んだ戦闘鮫魚たちの処理を頼む。兄上が王宮から戻られたら、其方らもマクリルの屋敷へと向かってくれ」
シェリがそう伝えると、皆はすぐさま行動に移した。
そして。
「ベル。其方は俺を 、"ギルストロン" の元へ
連れて行ってくれるか?」
シェリは袂から、とある薬剤を取り出す。それは己が幾度となく世話になっている、あの王家の秘薬。
「俺たちの中で唯一、リリィと同じ人間である者。
此度の件は、陸王にも協力を仰ぎたい」
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王宮に到着したナプティムウトは、国王の執務室へと急ぐ。
女神の間からすでに早魚を飛ばしていたため、国王はすでにことの概要を把握しているはずだ。
「国王陛下、ナプティムウトです。夜分遅くに申し訳ございません」
「……入りなさい」
額に汗を滲ませながら、ナプティムウトが扉を引く。
「陛下、早魚を飛ばしました通り緊急事態です! すぐにマクリル右大臣の館への突撃命令を……」
そう早口に言いかけたナプティムウトだが、部屋に入るや否や、思わず言葉を飲み込んでしまった。
国王の前で身体を震わせながら跪いていた男がおり、しかもそれが、当のマクリル右大臣だったためだ。
「マクリル右大臣?!」
「ナ、ナプティムウト宰相殿……!」
決死の形相でナプティムウトの元へと駆け寄って来た右大臣は、その場で土下座をする様に地へと頭を付けた。
「女神の愛し子様と我が一族を、どうか、
どうかお助け下さい……!」
「……マクリル殿、全てお話し下さい。一刻を争うのです」
ナプティムウトのその言葉に、マクリル右大臣はここ半年間の自身の身の回りに起きた出来事を話し始めた。
八か月ほど前に、ノワルと名乗る男を住み込みの庭師として雇ったこと。
当時は、とても働き者で良い青年だと思っていたが、彼が来て一月ほど経った辺りから、妻と息子の様子が変わり始めたこと。
そしてついには、自分たちに守護者一族としての荷は重かった、だから庭師のマクリルを後継に添えてくれと口を揃えて言い出したことなど。
「確かにノワルは、武術の才も文官としての才も、庭師にしておくには惜しいほどに優秀でした。……私の筆跡を真似させ、報告書を書かせたこともあります。
それでも彼は、あくまで使用人です。
だから何故、妻と子供たちが揃いも揃って突然そんなことを言い出したのか、いささか不審に思ったのです」
マクリル右大臣の顔がどんどん蒼白になっていく様子が、ナプティムウトの瞳に映し出される。
「半年前のある夜、ノワルが地下へと続く階段を一人降りていくのを目にし、私は後を付けました。
そして、見てしまったのです。世にも恐ろしい、幾百の獣物たちの姿を……!
我が家の地下は、化け物の住処にされていたのです!!」
右大臣の息は、かなり荒くなっている。
「恐ろしさのあまり、私はすぐに地上へ上がりました。……ですがノワルは、私が彼の秘密を見てしまったことに気付いていました。
その次の日、妻と子らの姿が消えました。恐れつつノワルに問うと、地下のことをばらせば家人を殺すと脅してきました」
右大臣は、ノワルは彼の妻と子をマクリルの家ではない場所に隠したと言っていたが、今日彼らがその地下にいることを確信したという。
「……先程、我が屋敷にノワルが女神の愛し子様を連れ帰って参りました。
もう黙ってはいられぬと思い、一人屋敷を抜けて王宮へと参った所存です……!」
「……よく話してくれました、マクリル殿」
ナプティムウトは国王に向き直った。
「国王陛下。すでにユーリが長剣部隊を率いて、マクリル右大臣の館へと向かっております。
私も一度騎兵団の本拠地へ戻り、招集した長槍部隊と共に、ユーリに合流いたしましょう。
おそらく今回の件には、古の海の魔物 "たち" が関わっているかと」
「……すぐに向かうのだ。戦闘鮫魚たちの治療には、王宮医療班を派遣する」
「いいえ、国王陛下。宮廷医を数名寄越して下さるだけで事足ります。
15いた戦闘鮫魚のうち、息があったのはホメロスのみです」
ナプティムウトと同様、普段は穏やかな国王の拳にも、青い筋がいくつも浮かび上がっている。
「……リリアナ様を何としてもでもお救いせよ。協力を仰げるものには全て頼れ。
古からの因縁を、このような形では決して終わらせぬ……!」
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「どうして、シリスハム様がここに……
それに、その姿は……」
シリスハム。元宰相一族である、バクナワ家の嫡男。
リヴァイアサンの一件で、マーレデアム王国全民及び女神の愛し子の生命を危機に晒した大罪で、弟のバリスハムと共に王国からの永久追放を言い渡された人だ。
「王都郊外にある、罪人を収容している塔がいくつかあるでしょう?
その中で、女神の愛し子に過剰なまでの執着心を持ち、罪を犯した男がいると、ここにいる海魔族の者が探ってきたのですよ。
それが彼だった、というわけです」
「……だからって、どうしてシリスハム様を海魔族に……」
「この方が自ら望んだことです。
あの塔で一生、閉ざされた生を送るか。
それとも、例え海魔族となってでも自身が焦がれ続けた "女神の愛し子" にもう一度会える道を選ぶか。
その結果が後者でした」
私は再びシリスハムへと視線を向ける。
もう、あの時の野心に満ちた彼はいない。
虚な眼で私を見つめるのは、土色の肌を持つ海魔族となった人。
「……ノワル、本当のあなたは誰? 何が目的で、海人族の人たちを海魔族に変えているの?」
「ああ、それは訂正させて下さい。僕は誰彼構わず海魔族に変えているわけではありません。
ちゃんと、"あのお方" の役に立ってくれそうな人を選んでいますので」
目前にいるノワルの姿が、徐々に徐々に、海人族特有の青い肌に群青色の髪、金色の瞳から、
雪のように白い肌、若紫の髪色、そしてターコイズブルーを思わせる青い眼へと変化していく。
「僕の真の名は、ノワル・セイレーン。
貴女方が、古の海の魔物と呼ぶ者たちの末裔です。
そしてリリアナ女神様。貴女は "我が主" の "妃" となられるお方。
貴女は僕たちの、最後の希望なのです」




