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4. 新人騎兵

第三章 『古の海の魔物編』



シェリとの婚約を王族の皆に発表してから一月。私がマーレデアム王国に来てからも、ついに一年が過ぎようとしていた。



今日は海人騎兵団に、新しい騎兵見習いの人たちが入ってくるらしい。


騎兵団では毎年のように入団希望者を募っているのだが、今回はその人数が例年の五倍近くになっていたとのこと。


よって、団長であるシェリと副団長のユーリはもちろんだが、今回は騎兵団を引退したはずのナプティムウトまで入団試験の監督に駆り出されたそうだ。



私も本日は騎兵団本拠地へと赴いて、厳しい入団試験に合格した十数名の海人騎兵たちに向け、祝福を行うことになっている。



というわけで、本日は毎度のごとく。



「まぁ〜っ!リリアナ様は、ほんっとうに翠緑すいりょく色のお召し物がお似合いになられますわ!」


「もちろん、何を着用されてもお美しいのには変わりありませんけれど。


リリアナ様の肌色やおぐしの色を引き出すのは、このお色味が一番かもしれませんわね」



今日も私の侍女、モネとルルが絶好調である。彼女たちは本当に私を着飾るのが好きだ。


ちなみに今日は、二人が私によく似合うと言ってくれる、エメラルドグリーン色のロングドレスを着用している。

鎖骨から首部分と肩から手首にかけてがレースになっていてとても可愛らしい。


ちなみにこれ、以前に二人が用意してくれていたミニドレスをロング丈にリメイクした物。



「ありがとう、二人とも。でも、そんなガチガチに着飾らなくても大丈夫みたいだよ?」



女神の愛し子として新人騎兵たちに祝福を捧げるといっても、以前のお披露目時のように王都広場のような場所で全民に向けて行うようなものではない。

シェリたち幹部が見守る中、本拠地の訓練場でささやかに行うだけだと聞いている。



「まあ、リリアナ様! 海人騎兵団といえば、我が国の殿方にとっては花形の職業ですのよ!」


「盛大に祝ってさし上げなくては。美しいリリアナ様のお姿を胸に刻み、是非日々の訓練に耐えていただきましょう!」



海人騎兵団の訓練が恐ろしく厳しいことは周知の事実。そうでなければ、あの恐ろしい怪魚たちを日々相手にしていては身がいくつあっても足りないだろう。



「わ、分かった。とりあえず、今日はたくさん祝福してくるね」



侍女たちは私の言葉を聞いて満足げに頷き、私を着飾ることを、再び全力で取り組み始めた。







「これより、此度晴れて海人騎兵となった其方たちに女神の愛し子が祝福を授けて下さる。新団員たちは前へ」



シェリのよく通る声が騎兵団の訓練場に響いた。

彼の両横にはユーリとナプティムウトが控えている。


私はというと、書類仕事部屋のある左棟の入り口付近で、モネとルルに付き添われて待機していた。

私はその場から皆のいる訓練場をちょっぴり覗いてみる。



シェリが今後の騎兵団での注意事項や仕事内容を新人騎兵たちに向けて話している。


シェリたちに跪く彼らは、仕事への期待と、不安と、そして己を鼓舞するような熱い目を持ち、シェリの話を真剣に聞いている。



その様子を眺めていて、私はふと、自分が成人した時のことを思い出した。

大人の仲間入りをした時の喜びや不安は、きっと彼らと同じようなものだったと思う。


何だか、とても懐かしくて微笑ましいような気分になり、私はつい顔をほころばせた。



「リリアナ様! ラドシェリム殿下がこちらへ参られますわ」



私は団長であるシェリから新人騎兵たちに紹介されることになっている。



「リリアナ様、こちらへ」


「はい、ラドシェリム様。では行ってきます、モネ、ルル」



私は差し出されたシェリの手を取り、彼と共に皆のもとへと歩いて行く。



「ふふっ。何だかみんな、初々しくて微笑ましいね! 自分の成人式を思い出しちゃった」


「…………」


「シェリ? どうかしたの?」


「……何故自ら敵人を増やすような真似をせねばならんのだ」


「敵?」



訳が分からずも、私はシェリに手を引かれるまま、皆のいる訓練場の中央まで歩みを進めた。




「お披露目時に御姿を拝見した者も多いだろうが、本日改めて紹介する。


このお方が我々を守護して下さるテティス海女神の愛し子、リリアナ様だ」



「初めまして、リリアナと申します。この度はご入団おめでとうございます」



私は新人騎兵たちに向けてにっこりと微笑んだ。


初対面の人々にも必ず笑顔で。

新人カフェウェイトレスだった私に、上司だったオーナーが口を酸っぱくして言っていた言葉である。



「……くぅっ!」


「か、可愛……」


「う、う、美し、」


「胸が……っ苦しい……」



私は笑顔を向けたはずなのだが、何やら彼らは苦しそうにもがいている。



「私、何か変なこと言った……?」


「リリィ、早々に悪いが祈りを唱えてくれるか? 終われば即刻、其方を書庫へと連れて行く」


「シェリの言う通り。リリィ、早く早く!」


「リリアナ様、新人たちのことはお気になさらず。祝福の後に、我々が処理しますので」



処理? と、一瞬疑問が頭をよぎったが、シェリたち三人が皆口を揃えて早く祝福を終わらせるように言ってくるので、私はそれに従うことにする。



私がお祈りを唱え始めると、いつものように女神の紋章と女神の秘宝が同時に光を放ち、私たちの前に跪く新人騎兵たちへと光の粒が降り注がれていった。



お披露目時は全民に向けて祝福を行ったが、今日は少人数だったせいかそれをダイレクトに感じている人たちが多いようだった。


大人数にはふんわりと、少人数になるとぎゅっと凝縮されて、といった感じだろうか?



新人騎兵たちは、突如として身体が軽くなり、力がみなぎるような感覚にとても驚いているように見えた。



「みんな、リリアナ様は我々海人族にとって、唯一無二の女神の愛し子だ。

海人騎兵となったからには、どんな時でも必ず、彼女をお守りするように」



ナプティムウトの言葉に、新人騎兵たちはみな表情を引き締めて深く頷いた。



「リリアナ様、我が新人騎兵たちへの祝福を、心より感謝いたします。



騎兵諸君、其方らにはこれから適正テストを行う。自身の得意とする獲物エモノや希望ももちろん聞くが、まずは皆の適正を確認したい」


「さて、これから三つの班に分かれてテストするよ。

希望するエモノが決まってる人はこっちに来て。長剣は僕、長槍は団長が見るから。


まだエモノを決めていない人は宰相様の前に並んでね」



次は新人騎兵たちの、今後扱っていく武器を決めていくらしい。

シェリとユーリの言葉に、新人たちもゾロゾロと移動をし出す。



私は皆の邪魔にならないように、少しわきに寄った。新人騎兵たちが移動途中に私の方をチラチラと見やるのだが、何だかソワソワしていて落ち着かない様子である。



「ねぇシェリ。私がいると、きっとみなさん気が散っちゃうよね。


先に仕事部屋で待ってようか? 今日はモネとルルが一緒だし、部屋にはネレオとマルフェスもいるから一人にはならないよ?」


「そうだな。テストが終われば俺もすぐに合流する」


「分かった。じゃあシェリ、お仕事頑張ってね。ユーリにナプティムウト様も!」



私は彼らに向かって小さく手を振り、モネとルルの待つ左棟に向かって歩き出そうとした。が。



「あ!リリィはまたお供も付けずに一人で行こうとしてっ!


シェリ、宰相様。僕ちょっと、リリィを侍女たちの元まで連れて行くね」


「……はぁ。頼む、ユーリ」


「了解! リリィ、僕も一緒に行くから待って!」


「え?! でも、本当にすぐそこだよ? 」


「とにかく! ダメなの!」



ユーリに手を引かれつつ後ろを振り返ると、

シェリは呆れるように、新人たちはポカンとした表情を私へと向けていたのだった。





……しかしこの時、その新人騎兵の中に一人。



「ふふ…… 可愛らしい女神様だ。

素晴らしい神力をお持ちな上、見目もとても美しい。さすがはテティス海女神の娘なるお方。


……つり合いは申し分ない」



この本拠地には似つかわしくない妖艶な声の主がいて、私のことをじっと見据えていたことなど誰も気付いていなかったのだ。






新人騎兵たちへの祝福を終えてから約二週間が経過した。



余所見よそみをするな! 常に相手から目を離さず、次の動きを先に読め!」



「力任せに剣を振るえば良いってもんじゃないでしょ! 胴体がガラ空きじゃ、命がいくつあっても足りないよ?」



本日、私は書類仕事をネレオとマルフェスに任せ、騎兵団の本拠地で海人騎兵たちの訓練を見学させてもらっている。



「みなさん、すごい緊迫感……

私、騎兵団の方々が訓練されている様子を初めてちゃんと見ました」


「本来、ここは貴方様のような女性が来る場所ではありませんからね」



私とナプティムウトが並び座る目前で行われているのは、部隊同士の模擬試合。


長槍部隊はシェリ、そして長剣部隊をユーリがそれぞれに率いて指導をしている。



「……シェリもユーリもかっこいいですね」


「彼ら二人は、騎兵団の中でも特に技術が卓越しています。まさに、団長と副団長の名に相応しい。


私のように、まつりごとの役職は世襲になる場合が多いですが、騎兵団だけは実力至上主義なのですよ」



自分は世襲だと謙遜しているナプティムウトだが、彼が宰相となったのだって絶対にそれだけではないはずだし、何なら前団長は紛れもなくこの人である。



「……あとは、リリアナ様。先日は早速、我が新人騎兵に "失礼" があったようで申し訳ございませんでした」


「い、いえ! とんでもないです。むしろ失礼をしてしまったのは私の方ですから」


「いいえ、ユーリからしかと報告を受けていますので」


「ユ、ユーリからですか……」



私は少し、語尾を小さくしてしまったが、ナプティムウトが私に、こんな風に謝るのには訳があるのだ。




数日前。あの新人騎兵たちへの祝福を捧げてから少し日が経った頃――――



「ユーリ、私ちょっとこの本たちを元の場所に戻して来るね。これ、医療関係のものだから上の階の医務室にあったものじゃない?」



その日の護衛はユーリで、私は彼と共に書類仕事を行っていた。



「えーほんと? 何で医学書がこんな所にあるんだろ。


リリィ、それは僕が後で医務室に持って行くよ。君にはちょっと重いでしょ?」


「ありがとうユーリ。でも、少しなら大丈夫だよ? 私、上の階に用があるからついでに置いて来る」


「だーめ、リリィ。シェリからも一人にならないでって言われてるでしょ」


「ええっ? ここから一つ上の階に行くのも駄目なの?


……あの。ちなみに、お手洗いにも行きたいんですけど…………」


「あ…… そっか。うん、分かったよ。

扉の前で男に待たれるのはリリィも嫌だよね」



流石にトイレに付いてきてくれ、とは言い難いのが乙女の事情である。



ユーリの了承を得て、私は一つ上の階に上がりささっと私用を済ませる。


ユーリの負担にならないよう、先程の医療関係の書物も数冊持ってきていたので、私はついでにそれらも棚へ戻そうとした。



(うっ…… この資料、一番上の棚だったんだね。私の身長じゃ無理かも……!)



ふぬぬ、と一生懸命背伸びをしても無理そうだったので、私は近くにあった脚立を使わせてもらうことにした。



(これでよし、と)



脚立に乗り、資料を元の棚に戻せたことに満足し、私は腕を腰に当てて一人頷く。



(医療関係の本は普段読まないし、お仕事で資料をまとめたりもしないから、何だかタイトルを見てるだけでも新鮮だなあ。


「毒消しの万能薬」、「新・外科治療法」、「筋力トレーニングのススメ」に「海人騎兵の食事」……


うーん、本当に医学書っぽい物から騎兵団の人たちが好みそうな本まであるんだ)



少しの間本棚に視線を移し、目に付いたものを引き出してはパラパラと拝読する。



(海人騎兵の人たちの食事とか、すっごく気になる…… シェリは私が作った料理は何でも美味しいって言って食べてくれるけど、やっぱり身体作りに活かせるものをたくさん作ってあげたいもの。


…… ち、近々シェリの奥さんになるんだし)



かーーっと、顔が火照り出す。

「海人騎兵の食事」という本で顔を隠し、ついつい脚立から手を離してしまう。



「色々緊張しちゃうなぁ……」



と、眼だけを出し本を顔に乗せたまま、私は天井を仰いだ。




……が、次の瞬間。




「……んへっ……?!」



恐ろしく間抜けな声が私の口から発されたと同時に、体がグラリと後方へと放り出される。



後から思えば、足元がガクリと下がったことからどうやら脚立が壊れていたらしい、ということが想像出来たのだが、この時はそんななことを考えている余裕なんてなかった。



ただひたすらに、全く予期せぬ事態に遭遇し、声を上げることもままならず、咄嗟にぎゅっと眼を瞑ることしか出来なかった。



(お、落ちる……!!)



医療関係の本が並ぶすぐ近くで、まさかの大怪我をしてしまいそうな予感しかなかった。



ドスン!



……だが、地面に打ち付けられた痛みなどはなく、身体は何か温かいものに包まれている感じがする。



(あ、あれ…… ?)



「……女神様」



低いような、高いような、ゾクリとするほどに美しい声が背後から聞こえた。


私は驚きつつも、恐る恐る目を開き、振り返る。



「お怪我はございませんか? リリアナ女神様」



声の主と眼が合う。まさかの、女性。


その人は背後から私を抱きかかえるようにして地面に倒れ込んでいる。



「ご、ごめんなさい……!!」



私は真っ青になりつつ、そそくさと立ち上がり、その女性を起こそうと彼女に両手を差し出した。



「あなたの方こそ、お怪我はありませんか?

大丈夫ですか?!」



私は必死になってその人に謝った。まさか、庇ってくれたのがこんな華奢な女性だったなんて……

思い切り、私の下敷きにしてしまった。




「ふふ。お気遣いありがとうございます、リリアナ女神様。


でも、こう見えても僕は男ですので、貴女お一人をお支えするくらいわけはありません」


「……へ?」


「よく間違われるのですが」


「……え。え、ええっ?!」



思わず、大きな声を上げてしまった。



(まさか、この人男性だったの……? !

確かに背は高そうだし声も低めだけど、線も細いし、華奢だし、何よりものすごく美人さんなんだけど……!)



ユーリが男性だと知った時と、同じくらいの衝撃さだ。



「申し訳ありません。こんな見目なのでよく女性と間違われるのです」



(ハッ……! もしかして私、とっても失礼なことを考えてたんじゃ……)



私は慌てて腰を降り、男性に謝った。



「す、すみません! あまりにも綺麗な方だったので、つい勘違いしてしまって」


「良いのです。それに、リリアナ女神様に褒めていただけるなんて光栄なことですから」



眩しい……

トリンティアや王妃とは、また別の美しさだ。


彼女たちを可憐な花に例えるのなら、この人は妖艶な蝶といったところだろうか。


……いや、この人は男性だった。



私はブンブンと首を左右に振り、そしてもう一度男性に向かって両手を差し出す。



「助けていただいて本当にありがとうございました。えっと……」



「ノワル・マクリルと申します。この度、新海人騎兵として騎兵団に入団いたしました。


どうぞ、以後お見知り置きを」


「ノワルさん、ですね。こちらこそよろしくお願いします」



ノワルが手を取ってくれたので、私は彼を起こし、向かい合うようにして立った。

騎兵団に所属するのなら、彼とはまた、この本拠地で会うこともあるだろう。



「それにしても、女神様ともあろうお方がこんな所で何ををされていたのですか?」


「あ、えっと。私、普段はここの二階で書類整理のお手伝いをしているんです」


「なるほど。女神様がお仕事、ですか。


愛し子の貴女がそのように頑張っておられるのですから、僕も海人騎兵としてますます精進しなければなりませんね。


ああ、リリアナ女神様。おぐしからまっておられます。美しい髪が少し乱れてしまいましたね」



彼はそう言って、美しい笑みを浮かべながら私に向けて腕を伸ばしてきた。






「――――おい」



だが、突然背後からまたもや誰かの声が聞こえ、私はビクリと肩を上げつつ後ろを振り返った。



「リリアナ様に何の用?

あんた確か、シェリんとこに配属決まった新人クンだったよね?」



すると、そこに来ていたのは下の階にいるはずのユーリだった。



ユーリはズンズンと私たちの元まで来ると、私の腕を掴み、まるでノワルから隠すように、自身の背側へと移動させる。


彼は普段の明るい様子とは全く違い、とてもいぶかしげにノワルの方を見据えていた。



「これは副団長。貴方あなたもここにいらしたのですね」


「今日は彼女の護衛だからね。

で、アンタはなんでこんな所にいるわけ? ここは関係者以外、立ち入り禁止場所のはずなんだけど」



ユーリがノワルを鋭い目付きで睨め付ける。



「大変失礼いたしました。新人ゆえ、好奇心が勝ってしまって少しこの本拠地を少し探検していたのです。


ああ、もちろん今日の訓練は最後まで受けましたよ」



ノワルはそう言って、つやめかしく微笑んだ。



「おかげでリリアナ女神様にも出逢えましたし」


「あ、ユーリ! ノワルさんね、さっき私のこと助けてくれたの。私が脚立から落っこちちゃって、それを、」


「……リリィ。資料戻しは僕がやるって言ったでしょ? どうして君はいつも、そう何もかも一人でやっちゃおうとするの!」


「ご、ごめん……」



ユーリに叱られて私が少ししょんぼりしていると、彼はため息を付きながら私の頭をポンポンと撫でる。



「ほんと、君は小さい時から僕に心配ばっかりかけるんだから」


「うっ…… 返す言葉もないです」



「……以前から思っていたのですが、お二人は本当に仲がよろしいですね」



私とユーリの会話を聞いていたノワルが、私たちを見比べながらそう言った。



「だから何? アンタには関係ないでしょ」


「そういうわけにも参りません。僕とて大臣家の者ですから。


同じ守護者一族のエーギル副団長なら、この意味をお分かりですよね?」


「……お前」



「それではご機嫌よう。

エーギル副団長、また明日訓練で。リリアナ女神様も、近いうちに僕たちの訓練風景を是非見にいらして下さい」



ノワルはそれだけ言うと、私たちの横を通り過ぎ、静かに階段を降りて行った。





「……すんごい胡散うさん臭いやつ」



ノワルが去った後、未だ怖い顔をしているユーリがそう呟いた。



「そ、そう? 物腰も柔らかくて良い人だったよ?」


「僕と若干キャラがかぶってるのも、すっごく嫌」



なるほど。ユーリもノワルも、女性に見紛みまがうほどの美人さんだ。



「リリィ。今回のことはシェリと宰相様にも報告するからね」


「えっ?! まさか、私がお手洗いに行くために一人になっちゃったこと……?」


「…… それも今後、ちょっと考えないとね」



……なんということだ。

今後はトイレにも護衛がつくというのだろうか……

男性にドアの前で待たれるなんて、流石に恥ずかしすぎる。



私が自身の乙女な事情に頭を抱えている隣で、ユーリは何かを考え込むようにノワルの去った方を見つめていたのだった。



……というわけである。

つまり、本日私はノワルの希望通り、新人騎兵たちの訓練を見学している。



「あ!あの人……!」


「彼がユーリの言っていた、ノワル・マクリル、ですね?


マーレデアム王国の守護者である、右大臣家御子息の」



私たちが視線を向ける方角にいるのは、まさしく医務室で私のことを庇ってくれた彼。



ノワルは訓練を受ける新人騎兵たちの中でも一際目を引く。


容姿が女性のように美しいのはもちろんだが、それ以上に彼の槍術そうじゅつが洗練されているからだ。



「動きに無駄がありませんし、相手への攻撃も的確です。


彼は他の海人騎兵ほと体格に恵まれてはいませんが、それをカバーできるほどの技術も体力もある。


新人の中では群を抜いて筋が良いですね」



元騎兵団団長のナプティムウトにここまで言わしめるのだから、彼は相当優秀なルーキーなのだろう。



ナプティムウトの言葉もあり、ついつい彼の訓練姿に感心していると、ふと、こちらを向いたノワルと目が合う。



彼は私に気付くと、あの時と同様なんともつやめかしい笑みを浮かべた。




------



「……あの男か」


「ね、何だか胡散うさん臭いでしょ? あいつ、絶対リリィのこと狙ってるよ」



新人たちの稽古を指導しながらも、シェリとユーリの視線先には、リリィに微笑むノワルの姿が在る。



「リリィに、訓練風景を是非見に来てくれーだって。入団したばっかの新人が、そんなこと女神の愛し子に普通言う?


ていうか、そもそも何で実現しちゃってるの?!」


「落ち着けユーリ。国王陛下の元に、義父である右大臣から直々に申し出があったそうだ」


「 "義父" ?」


「ああ。あやつは半年前に、マクリル家に養子として迎え入れられた者らしい」


「……養子? じゃあ、あいつはもともとどこにいたわけ?

たった半年間で、あんな槍術を身に付けたわけじゃないよね?」



ユーリの薄い金色の瞳が細められる。



「海人騎兵団への入団は、もちろん実力重視だ。身分は問わない。


だが、万が一。リリィに害を成す者であるなら、我々も早々に手を打たねばなるまい」



「……シェリ。あいつのことは同じ守護者一族の僕が根回しして調べてみるよ。


右大臣家といえば、元宰相一族のバクナワ家と同じくらい、エーギル家とは不仲だからね。父上が嬉々《きき》として情報を集めてくれそうだ」



「分かった。それではこの件はユーリに任せる」




シェリは再びノワルの方へと視線を移す。


笑顔を浮かべ、リリィに会釈しているその男の姿を、シェリは少々いぶかしげに見つめた。



(しかしなぜ、マクリル家があの者を養子に? あの一族には、他にも子息がいたはずだ)



シェリがそう思考を巡らせた時、ふと、ノワルがシェリへと眼を向けた。


彼はリリィに見せていた笑顔とは真逆の、まるで挑発するかのような笑みをシェリへと飛ばす。




「……なるほど。ユーリの読みが正しいようだな」



シェリもまた、ノワルへと鋭い視線を投げたのだった。




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