3. 想い人
第三章 『古の海の魔物編』
私は今、マーレデアム王国国王・ボルドガンフル・ポセイドン陛下の執務室にいる。
隣には、守人であるシェリ。
そして私たちと向かい合う国王の背後には……
「シェリ、リリアナ様。ご婚約おめでとうございます」
「リリアナ様、本当に、本っ当ーに、シェリでよろしいのですか?!」
「トリンティア殿下…… 貴女は誰よりもお二人の幸せを願っておられたでしょう?」
「うふふ。お二人とも、本当におめでとうございます」
またもや王族方全員集合の中、私とシェリはいずれ結婚することを皆に発表することとなった。
皆はニコニコと、そして眉をひそめてと、それぞれに違った表情を向けてくる。
相変わらず、こういった空気に全然慣れなくて、私はまたもや一人、茹でダコ状態である。
「皆の者、早まりすぎだ。婚姻は目前の問題が解決してからと、たった今二人が申したであろう」
「いえ、国王陛下。まだ婚約段階とはいえ、すでに婚姻は決定しているも同然。早急に準備を進めねばと思っていたところなのです」
真剣な表情で淡々とそう話すシェリ。
私はチラリと彼を仰ぎ、思わずツッコミを入れてしまう。
「……ラドシェリム様。問題が山積みだからそれを解決してからと、確かお約束しましたよね?」
「ほほう、リリアナ様。では問題を解決すれば、明日にでも我が民に向けて声明を出してもよろしいということですね?
早急に。早急に、計画を進めて参ります」
「早急」という言葉をやたらと強調してくるシェリ。圧が強すぎて思わず尻込みしそうになる。
「ラドシェリムよ、落ち着きなさい。リリアナ様のおっしゃる通りだ。
まずマーレデアム王国への脅威を排除することが、海人騎兵団団長である其方の責務だ。
それをしかと遂行してからでも遅くはない。
其方の数々の功績は守護者たちにももちろん伝達されている。
しかし、此度の昇進は宰相に就く兄の後継として団長に推薦されたことになっているのだ。
今の其方では、まだリリアナ様との婚姻を守護者たちが認めることは難しいだろう」
過日の、私が一度海を離れ陸に戻ったことを知る守護者は、ユーリの父であるエーギル左大臣だけだという。
「左大臣はともかく、右大臣やその他の守護者たちも、未だ自身の子息とリリアナ様との婚姻を望む声がある」
「……望むところです。遥か古からの因縁を、必ずや収束させてみせましょう。
先王すら成し得ることが叶わなかった、"カリュブディスの討伐" を、俺が是が非でも遂行いたします」
シェリの金色の瞳が炎を宿すようにバチバチと燃えていた。
「ラドシェリム様、私にも何かお手伝い出来ることはありませんか……?」
そんな彼に向け、私はもう一度言葉をかけた。
もし、カリュブディスの目的が私ならば、やはり守られているだけじゃ駄目だ。
……なのだが。
「いいえ。リリアナ様にお約束していただくことはただ一つ。
決してお一人で行動されないこと。海森へのお一人歩きも、もちろんお止めください」
「ええっ、海森もですか?」
「海森も、当然王宮、騎兵団本拠地にもです」
近場にも禁止令が出てしまった。
……でもまぁ、確かに。海森まで行くと行って、そのまま陸に上がってしまったこともある。念を押されて当然かもしれない。
「どこかに赴かれる際は、必ずや守人である私にご相談を」
「でもラドシェリム様は海人騎兵団の団長になられたことですし、以前のように私のお守りばかりになっちゃうと、」
「よろしいですね?」
私の言葉を遮るシェリの顔が、非常に怖い。
すると、私たちの会話を聞いていたナプティムウトがこんな言葉を。
「シェリ。リリアナ様のおっしゃる通り、君は今や騎兵団の団長なんだ。
300もの海人騎兵、そして350以上の戦闘鮫魚たちを取りまとめないといけない。
今まで通り、リリアナ様の護衛は私も兼任するし、ユーリにも力添えを頼んである」
「……承知しております、兄上」
やはり、彼は中和剤のようなお人だ。暴走しがちな弟組を、いつもしっかりと制してくれる。
「ナプティムウトよ、其方にも苦労をかけるな」
「いいえ、国王陛下。
騎兵団でのシェリの勇往邁進ぶりは本当に頼もしい限りですよ。
今後も、私が彼の補佐を担ってまいります」
「……くれぐれも、其方の弟のことをよろしく頼む。
では、会合はこれにて閉会といたしましょう。リリアナ様、ご足労いただき感謝いたします。どうぞ、今後もラドシェリムをお導き下さい」
国王が私に向かい、少し眉を下げて微笑んだので、私は慌てて彼に向かい腰を折ったのだった。
「兄上にもしっかりと釘を刺されてしまった」
国王の執務室を出た後、私の隣を歩くシェリが自身の顳顬を抑えつつそう呟いていた。
私もそのことについて考えみる。
今後は守人であるシェリと共に、ナプティムウトとユーリが交代でその役割を果たしてくれるというが、私的にはむしろ、その全部が申し訳ないとさえ思える。
彼らは皆、重責を担う役職に就いている。立場的にもかなり忙しいだろう。
(私も、極力みんなの迷惑にならないように行動しないと)
シェリとはまた違った角度からの悩みだと思うが、そう心に誓いつつ中庭まで出ると……
「リリィーー!」
「あれ? ユーリ? 」
中庭の小門の方からこちらに向かって歩いてきたのは、ユーリ。
「リリィ、数日ぶりだね! 今日の君も可愛いよ。そのラベンダー色のドレスもよく似合ってる」
「え?! あ、ありがとう……
ユーリも王宮に何か用事?」
「うん、宰相様にちょっと用があってね。
リリィは…… 国王陛下たちに、何か報告でもあった?」
ユーリの不意をつく質問に、私は少し慌てながら言葉を紡ぐ。
「あ、え、えと、それがね、」
「ユーリ。カリュブディスとの決着が付いたら、俺とリリィは正式に婚姻を結ぶ」
ユーリにどう説明しようかと悩む隙もなく、私の隣に立つシェリが、ユーリにそう告げた。
「……そっか」
「お前には先に報告せねばならんと思っていた」
ユーリの唇が硬く結ばれている。少しの沈黙が落ち、何か会話の続きをと、私は少し焦りながら口を開きかける。
「ユーリ、あの…… 」
「ポセイドン団長! エーギル副団長! 」
だが、ちょうどその時。中庭に数人の海人騎兵たちが舞い降りて来た。
「愛し子様もご一緒でしたか……!御前での騒ぎ立て、誠に申し訳ございません!」
彼らは自身の戦闘鮫魚から飛び降りると、その場で私たちに向かい跪く。
「どうした、お前たち。王宮に来るなど何か急用でもあったのか」
「は! 此度騎兵団に入団を希望している新人たちの試験についてご相談が。
例年通り騎兵団への応募者を募った所、今年は予想したよりも、遥かに多くの希望者たちが本拠地を押しかけているそうで……
今は各部隊長らが対応に追われております」
「そうか、報告ご苦労。部隊長たちにすぐに行くと伝えてくれ」
「御意!」
海人騎兵たちはシェリに拝礼すると、そのままくるりと旋回し、騎兵団本拠地の方へと戻って行った。
「シェリ、何だかみなさんすごく慌ててたけど大丈夫? 」
「リリィを女神の間へ送り届けたら、俺も本拠地へ急く」
「……ねえ、シェリ。僕がリリィを女神の間まで送ろうか? 宰相様への報告は後でも大丈夫だから」
すると、私たちの会話を聞いていたユーリがシェリにそう言葉をかけた。
「ユーリ、しかし…… 」
「シェリが行かなきゃ入団希望者たちが待ちぼうけくらっちゃうんでしょ?
リリィはイシスで送迎するから心配しないでよ」
「……いいの? ユーリ」
「もちろん!」
ユーリはにっこりと笑って私を見やる。
シェリはふぅ、と小さくため息をつき、私たちを見比べた。
「分かった。ではユーリ、リリィをよろしく頼む。
……続きはまた後日に話す」
「了解。じゃあリリィ、行こっか」
「……ありがとう。ユーリも忙しいのにごめんね。じゃあシェリ、お仕事頑張ってね。また明日ね」
「ああ」
私はユーリにエスコートされながら、イシスの待つ中庭まで歩いて行った。
後ろを振り返ると、シェリはまだ私たちを見送ってくれていた。
私は少し眉を下げて彼に手を振り、王宮を後にした。
「……ユーリのことは信頼している。なのに俺はまだまだ、リリィのこととなると余裕がなくなるな」
シェリは一度頭を横に振る。そして、二人の後ろ姿を見やりながらも、ホメロスに跨り、自身は本拠地の方へと急いだ。
「リリィ、婚約おめでとう」
「あ、ありがとう、ユーリ。といっても、結婚はまだまだ先のことなんだけどね」
私を自身の前に乗せ、イシスの手綱を握ったユーリが、きっとすぐだよと言って笑った。
「ところでさ。僕もリリィのこと好きだったの、ちゃんと知ってくれてた?」
ユーリからの問いかけに、思わず視線を下げてしまった。
……もちろんだ。そのことは、私もずっと気にしていたことだった。
「……うん。想いに応えることが出来なくてごめんなさい」
「君に謝ってほしいわけじゃないよ。
あの時に…… リリィから女神の秘宝を外しちゃった時に。
君とシェリの、二人の絆の深さとか、お互いを大切に思う気持ちみたいなのがダイレクトに響いてきてさ。
シェリには絶対に叶わないって、思っちゃったんだよね」
私を支えるユーリの腕に、ぐっと力がこもったのが分かった。分かったからこそ、私は彼の方を振り返れないでいた。
「でも!恋人にはなれなくても!
リリィのことはこの先もずっと、大好きだからね。なんたって10年間も君に焦がれてたんだから」
彼はいつものように、明るい声色でそう言った。
「……ユーリ。あなたは私にとってもずっと大切な人だよ。だってユーリは私の、海のお日様なんだから」
「ありがとう、リリィ。……僕の、小さなお姫様」
彼は私の髪を一房 掬い、そこに静かに口付けを落とした。
ユーリは幼い時に命を救ってくれただけでなく、今でもずっと、私のことを見守ってくれている。
この先の未来もきっと、彼は "家族" のように大切な人だ。
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ユーリはリリィを女神の間へと送り届けた後、ナプティムウトの執務室を訪れた。
「宰相様、僕です。入りますよ」
ナプティムウトは宰相となってからは自室の書庫に籠りがちで、ノックをしても返事がないことは日常茶飯事である。
いつものようにユーリが執務室の扉を開けると。
「よお、ユリウス」
「!? えっ? ギル?!」
ナプティムウトの執務室に、何故か陸上王国、グッセンスタシューン国王のギルがいた。
「なんでギルがまた海底にいるんだよ! しかもここ、宰相執務室だよ?!」
「ぎゃあぎゃあうるせえなあ。俺はナプティムウトに呼ばれて来たんだよ」
「宰相様に? 何で?」
「俺が知るかよ」
少ししんみりとした気分に浸っていたのに、何ともまあギラギラした男と会ってしまったことかとユーリは思った。
「ふん、辛気臭えツラしやがって。失恋でもしたか?」
ユーリはジロリとギルを睨む。この男の勘の鋭さは自分とも引けを取らない。
「……そんなの、とっくの昔にしてるよ。さっきそれが完全に決定しちゃったから、今ちょっと落ち込んでるんだよ」
ギルはユーリから視線を外し、両手を後頭部へと移動させ、やがて執務室の天井を仰ぎ始めた。
「お前も俺も、報われねぇ女に惚れたもんだな」
「……だね。はぁ、僕この先、誰かを好きになることなんてあるのかなぁ」
ユーリはギルの向かいの席に座り、彼と同じように天を仰いだ。
「今回は相手が悪すぎたんだよ。てめぇもそこそこイイ男なんだからさっさと次に行って忘れちまえ」
「……ギルがなんだか優しくて不気味なんだけど……
って、ほんとだよ。シェリは男の僕から見ても、嫌味なくらいかっこいいからね」
ユーリが素直な気持ちを吐露すると、向かいのギルが分かりやすく舌打ちをする。
「ほんっと、ムカつくな」
「ね。絵が壊滅的に下手っていう欠点があるのがまだ救いだよ」
「ぶはっ、マジか。それは笑えるな」
そしてどちらからともなく、二人でゲラゲラと笑い出す。
「ねえギル。失恋組、今日は飲もーよ」
「お、いいな」
「おや? ユーリにギル。何やら楽しそうだね」
ユーリとギルの笑い声に誘われてか、ナプティムウトがやっと、書庫から顔を覗かせた。
「宰相様! お邪魔してます」
「おいおいナプティムウト。俺たちが楽しげに話してるように見えっか?」
「ほんとですよ! 失恋の憂さ晴らしに飲もーって話してたんですよ」
ギルは眉をしかめながら、ユーリは頬を膨らませてナプティムウトに抗議をする。
「ごめんごめん。でも、いいね。私も仲間に入れてもらおうかな」
「ええっ? 宰相様は失恋なんてしてないでしょ?」
「いいじゃねえか。ナプティムウトも飲むぞ!」
こうして、男三人の失恋飲み会が始まった。
初めはユーリとギルが、自身とリリィとの出会いやどこに惹かれていたかなどを話していた。
が、やがて矛先はシェリへと向き、あの王子がいかに他の男たちの敵であるかを延々と語り始める。
ナプティムウトはひたすら聞き手に周り、うんうんと頷きながら、二人の愚痴を菩薩のような微笑でもって受け止めている。
つまり、すでに三人とも出来上がっているのである。
「はーっ、ほんと悔しい! 二人には絶対に幸せになってもらわなきゃ。そうじゃないと僕たちが報われないじゃないか!」
「そうだそうだ!」
「ふふっ、大丈夫だよ。あの二人なら。
必ず、彼らがマーレデアム王国の皆を導いてくれる」
ナプティムウトが空になったグラスを眺めながら、ポツリとそう呟いた。
「……おい、ナプティムウト。随分と意味深に言うじゃねえか。
ラドシェリムには同腹の姉兄が存命してるはずだが?」
「宰相様。僕たちに話しちゃうってことは、
そのことはもう、王家の中では決定してるってことなんでしょ?
僕はリリィが…… あの子が幸せになってくれるなら、何だって良いんです。
でも、その訳くらいはちゃんと聞かせて下さいよ?」
ギルとユーリがナプティムウトにそう言葉を紡いだ。
「もちろん、今から話すつもりだよ。私と姉上が "継げない" 理由と、あとは……
私の 、"大切な人" との想い出話を少しね。
君たちにはこの先もずっと、シェリとリリアナ様のそばにいてあげてほしいって思うから」
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国王との謁見を終えた数日後。
私はシェリに連れられて、久しぶりにセラチモルファ・ドムスを訪れていた。
相変わらず、この場所は透き通るように美しく、まるで鮫獣たちの歌声が聞こえてくるような、そんな心地よい空気が私の肌に纏う。
「シェリ、今日は突然どうしたの? また絶滅危惧種たちの生態調査?」
「いや、此度リリィをここへ連れてきたのは、其方に紹介したい者がいるからだ」
「紹介したい人?」
「以前、泳げない其方にも移動手段を担える鮫獣を付けると言っていただろう?」
「! そういえば……!」
シェリが胸元から鮫笛のような物を取り出し、それを自身の口元へと当てる。
すると、その僅かな笛の音に反応するように、遥か上空から何か白くて大きな物体が、ふわり、ふわりと私たちのもとへと舞い降りてきた。
「わあ…… もしかして、あの子のこと?」
「そうだ。群れから逸れ、一人怪我を負い彷徨っていたところをホメロスがここへ連れて来たのだ」
私たちの視線先にいるのは、なんと白イルカだった。
図鑑や書庫の資料で見たことは何度かあったが、実際にその姿を見たのは生まれて初めて。
「一人で…… そうだったの。この子はえっと、女の子?」
「そのようだ。海豚は穏やかで戦闘には向いていない。その代わり、好奇心旺盛で人間との相性も抜群に良いと聞く。
リリィの良きパートナーになるのではないかと思ってな」
私は目前の白イルカを見つめる。この子もたった一人で、このセラチモルファ・ドムスへとやって来たのだ。
「種は "デルフィナプテルス・ルーカス" だ。
其方がこの者に名を与えてやれ」
(名前…… 白イルカって、確か母国では "ベルーガ" とも呼ばれてたよね。それじゃあ)
「 "ベル" 。あなたの名前、ベルっていうのはどうかな。人間の言葉ではね、"美女" っていう意味もあるんだよ」
するとその白イルカは、ホメロスたちが喜びを表現する時と同様、その場を何度か旋回した後、大きな身体を私へと擦り寄せてくる。
「かっ、可愛すぎるんだけど……!」
「戦闘鮫魚をも初対面時から手懐ける其方のことだから、心配はしていなかったがな。
早速、良い相棒になりそうだ」
シェリも穏やかな笑みを浮かべ、ベルの背を撫でる。そして、手にしていた物を私の首へとかけてくれた。
それは、鮫笛ならぬ、"獣笛" 。もちろん、ベルの歯で作られた物だろう。
「ベル。私はリリアナ・マリンクロードって言うの。これからよろしくね」
「ピピピ!!」
可愛いベルに癒されながら、私はもう一度、ベルのつるりとした肌を優しく撫でた。
だが、隣にいるシェリからこんな一言が。
「リリィがベルの背に、早く一人で乗りこなせるようになれれば良いのだが」
それも、少し意地悪そうな笑みをこちらへと向けつつ。
私は当然、一人でホメロスたちに乗ったことはない。陸にいた時も乗馬とは全く縁がない生活を送ってきた。
言わずもがな、思いっきり初心者である。
「……お手柔らかにお願いします」
よって、その後一週間ほどは私はシェリの、"ザ・鬼の乗獣指導" なるものを受けることとなってしまった。
でも、ベルとの出会いもまた、私にとってはなくてはならないものだったのだ。
※ デルフィナプテルス・ルーカス …… 白イルカの学名。ここではマーレデアム王国の呼び名として使用しています。
※3話、4話の構成を少し変えました。
(ユーリ、ギル、ナプティムウトの抜いていたエピソードを再び3話に足しました)




