2. 幸せの先
第三章 『古の海の魔物編』
「うん、お料理はこんなものかな?」
私はふむ、と腰に手を当て、丹精込めて作り上げた料理たちを眺めた。
王宮中庭のテーブルには、所狭しとさまざまな異国料理が並べられている。
今日はシェリ、ナプティムウト、ユーリたち三人の昇進祝いパーティーを開く予定だ。
といっても、皆それぞれ仕事があるため、本当に内輪だけのささやかな会である。
メンバーは主役三人と私、そしてギルといった、つい先日和解した海陸メンバーたちだ。
「リリアナはほんっと、料理がうまいな。やっぱりお前は俺の妻になれ。今からでも遅くはねぇ」
「何寝ぼけたこと言ってるのギル。リリィは家政婦さんじゃないからね!
あ、リリィ!この "シラアエ" だっけ? 初めて食べた味付けだけど、すっごく美味しいよ〜」
ギルとユーリが料理を褒めてくれる。
ちなみに今回はギルが秘薬を使い、三時間だけ海底に滞在してくれることになった。
「ふふっ、ありがとう。今日は "和食" にしてみたよ。私の母国の、お隣の国の料理なんだよね」
「美味い上に、体に良い物を取り入れてる感じがするな。
それに、この "スシ" というのは新しい。
生魚の料理はマーレデアム王国にもあるが、下に "スメシ" があるとより味わい深くなるのか」
真剣な顔をして、料理を黙々と分析しているシェリは、まるでフードコメンテーターのよう。
そんな大層な物を作れる訳ではないが、皆が美味しそうに食べてくれると、元カフェ店員としてはとてもやり切った感がある。
意外にも和食が海人族の人たちに好評と分かり、つい嬉しくなってシェリの隣に座るナプティムウトにも声をかける。
「ナプティムウト様もたくさん召し上がって下さいね!」
「…………」
「……ナプティムウト様? どうかされましたか?」
私は恐る恐る、彼の顔を伺った。
いつもなら穏やかに答えてくれるはずのナプティムウトが、今はどこかくぐもった表情をしていたからだ。
彼はフォークを握りしめたまま、料理を凝視している。
「あの、すみません。ナプティムウト様のお口には合いませんでしたか……?」
私がおずおずと再び声をかけると、ナプティムウトはハッとしたように顔を上げ、そしていつもの優しい笑顔を私に向けてくれた。
「申し訳ございません、リリアナ様。つい呆けてしまって……
とても美味で驚いています。リリアナ様はこの料理たちをどなたに教わったのでしょう?」
ナプティムウトの言葉にほっと胸を撫でつつ、私は少し頭を巡らせる。
「えっと、味の基本は曾祖母です。でも、ちょこっとアレンジしたり、トッピングを可愛くしたりするのは元上司から教わりました」
ナプティムウトはとても優しい表情で料理たちを見つめる。
「そうでしたか…… 初めて口にするものばかりなのに、何故か懐かしい感じがして。
私もとても好きです、リリアナ様」
そう言ってナプティムウトが微笑んだ。
「……おい。おいおい、待てナプティムウト。まさか、てめぇまでリリアナを狙ってるんじゃあ……」
「ちょ、ちょっとギル! 何でもそういう風に言うのやめて!
すみません、ナプティムウト様。お口に合ったようで嬉しいです」
そう言って、私もナプティムウトに笑顔を返した。
それでもなお、ギルがまだまだナプティムウトにつっかかろうとしていたので、私はそれを止めに二人の間に割って入る。
案の定、ナプティムウトも眉を下げ、困ったように笑っていた。
「ギル、そうではないよ。ただ、私はこの "ワショク" という料理がとても好きなんだ。
この優しい味付けには、本当に心が満たされる」
(……ナプティムウト様?)
彼の普段と変わらない穏やかな表情の中に、何か寂しさのようなものが見え隠れした気がしたのは、私の気のせいだったのだろうか。
ナプティムウトはその後も、ギルの尋問を軽やかにかわしながら、とても美味しそうに料理を平らげてくれた。
「……シェリ」
「詮索するな、ユーリ。兄上が我々に話したくはないことも、長い人生の中で一つや二つあるだろう」
「……そうだね」
シェリとユーリは視線の先に、ナプティムウトがどんな時でも肌身離さず身に付けている、艶やかな漆黒のブレスレットを捉えていた。
「リリアナ様、この資料を文章化していただきたいのですが、お願い出来ますか?」
「はい、ナプティムウト様。
……と、すごい資料の束ですね」
今日の書類仕事には久しぶりにナプティムウトが付き添ってくれている。
彼はもう騎兵団所属ではなくなってしまったので、以前のように頻繁にこの本拠地にある書類仕事部屋に顔を出せる訳ではないのだが、時々こうして私の護衛を買って出てくれているのだ。
「申し訳ありません。"古の海の魔物“ たちについてまとめられた資料なのですが、何せここ数百年間放っておかれたものなので、かなりの枚数になってしまっているのですよ」
「す、数百年間分……」
膨大な資料が目前に置かれ、思わずおののきそうになった。
どうまとめようかと眉をひそめ一人で唸り出したところ、
「ああ!さすがにこの量をリリアナ様お一人に押し付けたりはしませんよ。私ももちろんお手伝いしますから」
と、ナプティムウトがくすくすと笑いながらすかさずそう言った。
相変わらず、ナプティムウトは優しくて面倒見が良い。彼は騎兵団に所属していた時も団員の人たちにとても慕われていた。
海人族の女性たちに大人気なのも頷ける。
「ありがとうございます、ナプティムウト様。
それにしても、"古の海の魔物" って一体どんな魔物なんでしょうか?
リヴァイアサンは、確か怪魚でしたよね?」
正体はチンアナゴが巨大化したものだった、とは一体誰が信じるだろう。
「ええ、リヴァイアサンは怪魚です。おそらく人間は、怪魚も魔物と同じ括りとして捉えていると思いますが、我々海人族が魔物と呼ぶのは、数百年、数千年、さらには不老不死となったものたちのことを指します」
なるほど。怪魚と魔物の違いは生きている年数。
……しかし。それはつまり。
「そんな魔物たちが、今もこの海にいるということでしょうか?」
途端に青ざめてしまった。
まさかあの、リヴァイアサンよりも厄介な "魔物" に、今後遭遇する可能性もあるということ……? それに。
「 "不老不死" と言えば私には神様しか思いつきませんけど、魔物でもいるんですね」
「……リリアナ様。脅すわけではありませんが、如何なる時も決してお一人にはなられませんようお願いいたします」
私は幾度と行方不明事件を起こしているので、ナプティムウトにもきっと心労をかけているのだろう。
「はい…… 肝に銘じます」
私はしょんぼりしながらそう告げる。
「ああ、リリアナ様。咎めているわけではないのですよ。
ただ……貴方様とシェリには絶対に、幸せになっていただきたいのです」
「……ナプティムウト様? それってどういう……」
「リリィーーっ、団長ーーっ …… じゃなかった、ナプティムウト宰相様!ただ今戻りましたぁ!」
元気の良いユーリの声と共に、書類仕事部屋のドアが開け放たれる。
「ユーリ、お前はもう少し静かに扉を開けれんのか」
と同時に、シェリの呆れた声が私たちの耳に届く。
「シェリ! ユーリ! 訓練お疲れ様」
「お疲れ様、二人とも。新しい役職はどうだい? 少しは板に付いてきたかな?」
私とナプティムウトは椅子から立ち上がり、二人のもとへ歩みを進めた。
「もお、ばーっちりですよ! 訓練も気合い入ってるし、戦闘鮫魚たちもすっごく調子が良いんです。
リリィが毎日休まずに海の浄化を担ってくれてるんだから、僕たちも頑張らないとね!」
「ユーリ……」
ユーリの底抜けの明るさには、本当に元気を分けてもらえる。
さすがは私の、"海のお日さま" だ。
私が少しジンとしていると、何かに気付いたようにシェリが私の顔をのぞき込んできた。
「リリィ、何やら顔色が良くないぞ」
「ええっ? たった今、ユーリにパワーを送ってもらったと思ったのに」
「ちょっとシェリー! せっかく僕がリリィに元気をお裾分け……って、
リリィ。本当に何だか顔色が悪いよ? 大丈夫?」
二人に心配されてしまい、私はいけないいけない、と首をブンブンと振る。
「全然平気だよ! ナプティムウト様と、ちょっと新しい資料の話をしてただけだから」
「新しい資料?」
「うん、今度の私のお仕事。
ずばり、"古の魔物資料の文章化" です!」
私はそう言って自分の席に戻り、資料の束をシェリとユーリに掲げて見せたのだった。
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「……兄上」
「後で知るよりも、先に知っている方が良いだろう? 前回の我々の失態を繰り返してはいけない」
「ですが…… !」
「古の海の魔物を知ることは、リリアナ様にとって避けては通れないことだ。
君はギルからも、最近頻繁に勃発している巨大な渦の話を聞いているんだろう?」
「……兄上も、先日の昇進パーティーでお聞きになったのですね」
「城にいる彼の耳にも届いているんだ。港町の人間たちには、頻繁に目撃されてるということだよ」
ナプティムウトのその言葉に、シェリの眼が細められた。
すると、シェリの隣に立つユーリもまた、薄い金色の瞳を鋭く光らせていた。
「宰相様。その魔物って、
"カリュブディス" 、のことですよね?」
「……さすがだね、ユーリ。左大臣家の書庫にも、カリュブディスの資料があるのかい?」
「いえ、僕が読んだのはここの書庫です。確か女神の秘密が記された次の刊に載っていましたよ」
「ユーリ。では、カリュブディスの真の姿をお前は知っているか?」
今度はシェリがユーリにそう問いかけた。
「残念ながら、そこまでは書いてなかったよ。
でも、姿形は分からなくても、
"リリィがいずれ知らなくちゃいけないこと" なんて言われちゃったら、"海魔" が絡んでくることくらいは想像出来るけど?」
「……鋭いな」
「当ったり前でしょ。僕は海人騎兵団の副団長だよ?
で。カリュブディスと海魔って、一体どういう関係なの?」
シェリがナプティムウトへと視線を移すと、彼は神妙な面持ちで頷いた。
シェリはもう一度ユーリに向き直り、とある情報を伝える。
「ユーリ、カリュブディスというのはーーーー」
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男性陣三人が何やら真剣な表情で話している様子を、私は少し離れた自席から見つめる。
(何だか深刻な話をしてるみたいだけど、この資料のこと? それとも騎兵団での別の話題かな?)
私がふむ、と顎に手を当てて考えていると、その様子に気付いたシェリが声をかけてくれた。
「リリィ、話し込んですまなかった。女神の間まで送ろう」
「え? まだ私、帰宅時間じゃないよ?」
「其方に話さなければならないことがある」
そう言葉にしつつ私のもとまで赴くと、シェリはデスクの上にあった資料をテキパキと片付けてしまった。
「ねえシェリ、どうかしたの? 話って何?」
「……ああ」
本拠地を後にしてからどれくらい時間が経っただろうか。
シェリは私に話があると言って連れ出した割には、何故だか相槌しか打ってこず、会話らしい会話が続かない。
もうそろそろ、女神の間に到着してしまうのだけれど……
私は痺れを切らし、彼にもう一度問いかける。
「シェリってば! 話って一体何?
騎兵団で何か規定が変わったことでもあったとか?」
「……リリィ。もう決して、一人になるようなことはしないと約束してくれ」
「……さっき、ナプティムウト様にも同じこと言われちゃった」
私が自身の信用のなさにちょっぴり項垂れていると、エスコートをしてくれているシェリが私の手を強く引き、立ち止まらせる。
「 "古の海の魔物" について、其方は何か知っているか?」
「あの資料の魔物のこと?
ううん、私はまだ全然何も知らないの。
あ、もしかして早急に文章に起こさなきゃだめだったりする? 急ぎの案件とか? 」
「……そうではない。
古の魔物。それは幾人か存在するが、そのうちの一つに "カリュブディス" と呼ばれる海の魔物がいる」
「カリュブディス……?」
「そうだ。不老不死な上、テティスがまだこの海を治めていた時から存在してると言われている」
「えっ…… そ、そんな昔から?」
「そうだ。遥か太古より、カリュブディスは巨大な渦を引き起こし、海上の船、あるいは船乗りたちを飲み込んできた。
もちろん被害は人間だけではない。我々海人族たちも、幾度となく奴の攻撃を受けて来た」
シェリの唇が硬く結ばれる。
「1000年前に、海人族の人口が急激に減ったという話をしたことがあっただろう。
その直接的原因となったのが、カリュブディスや奴が率いる者たちとの闘争……
"海魔族" と呼ばれる者との、海底戦争だ」
海魔族……?
あと、海底戦争って……
以前、海人族の人口が大昔に減少してしまったことは聞いていたけれど、その直接的な原因にその古の魔物が絡んでいるということなのか。でも。
「確か、間接的には前愛し子様が関係してるって……」
シェリの瞳が私を捉える。私の手を握る彼の手が、少し汗ばんでいる。
「グッセンスタシューンの元王女だった娘……つまり、海魔となった愛し子を、人間から魔物の姿に変えたのが他でもない、カリュブディスだ」
「?!」
前愛し子の王女は、自ら望んで海魔になったと聞かされた。
では、彼女がそれを頼んだ相手と言うのが、その古の魔物、"カリュブディス" だったということ……?
「しかも海底戦争の主原因は、海魔となった愛し子の恨みを晴らす為というもの。
だが、海魔が誕生したのは2000年前。海底戦争が生じたとはその1000年後だ。
なぜ、1000年もの空白がそこにあったのか、それは我々にも分からんが……」
「……疑問は残るけど、でも海魔とカリュブディスがそんな密な関係にいるなら、今も一緒にいる可能性が高い、ってことだよね……」
「おそらくはな。海魔を操っているのは十中八九、カリュブディスだ。
……しかも奴は "このタイミング" に合わせるようにして活動を再開させている。
まるで其方が海を訪れ、愛し子となったことを知っているかのように」
「そ、それは……」
つまり、カリュブディスの狙いは私かもしれないということ?
……もしかして。私が邪魔、だとか……?
私は眉をひそめ、再び顔を青ざめさせた。
何となく、辻褄が合ってくる。
現愛し子の私は、テティスから受け継いだ神力でもって、海の浄化を行うことが出来る。
それは水質汚濁を改善させたり、生態系に乱れが出ない程度に生物間の争いをなくさせたりするものだが、海が清められれば怪魚はもとの魚たちに戻る。
それ即ち、海の荒廃を塞ぐことに繋がる。
海魔の力も、弱めることが出来るかもしれないと聞いたこともある。
「……シェリ。その "海底戦争" の後も、マーレデアム王国はずっとカリブディスの被害に遭って来たの?」
「いや、先代の王…… 俺の祖父に当たる前王が率いる、当時の海人騎兵団がカリュブディスとの闘争に勝利した。
不老不死 故、とどめを刺すことは叶わなかったようだが、その後1000年間、カリュブディスは我々の前に姿を現していなかった」
私の中に、良くない考えたちがぐるぐると巡ってくる。
私はマーレデアム王国にいても、グッセンスタシューン王国や母国にいても、
結局は海にも陸にも、どちらにも被害を与えてしまうのではないだろうか……?
手先がどんどん冷たくなる。
海の王国も、陸の王国も、もちろん生まれ育った母国も。
私は皆幸せになってほしいと心から願っている。
そう思ってこの約一年間を、私は女神の愛し子として行動してきたつもりだ。
なのに、今度はその私自身が皆の脅威になっているというのだろうか。
「……シェリ、私……」
「……リリィ。其方、また余計なことを考えているな」
シェリが私を引き寄せ、少し強引に抱きしめてくる。
「其方の考えを当ててやろうか。
自分のせいで、海も陸も、すべてが危険に晒されようとしている、とでも思っているのだろう?
残念ながら、全くの見当違いだ」
少々咎めるように、シェリが私にそう告げた。
「むしろ、我々海人族とカリュブディス、ないし "海魔族" との因縁に、其方を巻き込んでしまった、というのが正解だ」
「……シェリ。その海魔族っていうのは?」
「カリュブディスが率いる、海人族とは袂を分かった者たちのこと。
元は同じ種族だったが、自らカリュブディスに付き従うことを望んだ者らのことだ」
「元、海人族ってこと……?」
「1000年の時を経て、今では我々と姿形も随分と異なる。カリュブディスの血を分け与えられているからな」
遥か古の海底で繰り広げられた海底戦争。
先代の王に付いた海人族の人たちと、カリュブディスに魅せられた、元海人族の人たち。
それが、彼らの別れ道になってしまった。
「マーレデアム王国に、そんな悲しい歴史があったなんて……」
「……そうだな。しかし、今に生きる海人族の若い者たちにはあまり知られていないことなのだ」
「そうなの? 戦争があったことを、学校で教わったりはしないの?」
「……戦争があったこと、それだけを教えられる。
大昔に、海人族同士の争いがあり、その時に我々の人口が減少してしまった、という事実だけ受け継がれている。
その背景に、カリュブディスがいることや、さらにそのカリブディスが海魔を従えていることなど、今の海人族の者たちはほとんど知らない」
「……それって、意図的に教えていないってこと?」
「相変わらず、リリィは察しが良いな」
シェリの瞳が少し悲しげに揺れる。
「国をまとめるには事実を多く語らない方が良いこともある。先王はカリュブディスとの戦いに勝利したが、同時に種族を分裂させた王だとも言われていた。
……だが、事実を語らなかったせいで、其方を傷つけてしまったこともあるのは確かだ」
シェリの手が、私の頬に添えられる。
前愛し子は陸へ帰ることを望み、それに怒ったテティスが彼女を醜い海魔へと変えた。
しかしそれは間違いで、彼女は自らの意思で、しかも自身を陥れた海人族王家に報復するため海魔になったという。
いつの日か、シェリがそう言っていた。
……でも。
「もうっ! その話は終わったことでしょ?
それに、海にいても陸にいても、シェリは私を逃してくれないじゃない」
私はシェリが気に留めないよう、ほんの少し戯けた物言いをする。
「……当たり前だ。どこにいようが、リリィは絶対にこの腕に取り戻す。あきらめるんだな」
「ふふ。もう最初から逃げられないのが確定してるんだ?」
「ああ、逃がさない。絶対に守り抜く。
……共に、このマーレデアム王国の行く末を見守って欲しい」
シェリは頬から手を離すと、今度は私の両手を自身のもので包み込んだ。
そして何故だか私に向かい、片膝を立てるようにして跪く。
「シェリ……?」
「テティスの愛し子、リリアナ・マリンクロード嬢。
其方を生涯かけて幸せにすると誓う。
カリュブディスとの問題が終結したら、俺と正式に婚姻を結んでくれ」
「?!」
シェリからの、まさかの、唐突突然のプロポーズ。
「リリィ。どうか、俺の妻になって欲しい」
私は目を大きく開けたまま、言葉を発せないでいる。
陸を離れた時、結婚など私には一生無理だと思っていた。
この海底で人間は私ただ一人だけだし、ましてや寿命の差がありすぎる海人族の男性との恋なんて、きっと辛いだけだと思っていたから。
「……シェリは、本当に私でいいの?
私は人間だし、女神の秘宝がないと海底で生活出来ないくらい弱いし、未だに全然泳げないし……」
「……ふはっ。泳げないのは不便だろうから、近々其方にも何か移動手段を担える鮫獣を付けようと考えている」
「そうなの? あ、いや、そうじゃなくて……!」
「其方を心から愛している。
家族となろう、リリィ」
……家族。もう、陸の地には一人もいない、私の大切な人たち。
そんな天涯孤独だった私に、シェリが今、家族になろうと言ってくれている。
世界で一番大好きな彼が、私の唯一の家族になってくれると言うのだ。
「…………」
「……リリィ、返事をもらえるか?」
シェリの手に力がこもる。
……彼も緊張している様子が伝わってくる。
私は美しい金の瞳を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……すごく、嬉しい。私もあなたとずっと一緒に生きていきたい」
シェリが立ち上がり、再び私のことを抱き寄せる。お互いの熱をしかと感じられるように、強く、強く抱きしめ合う。
「リリィ、生涯共に在ってくれ」
先日、バルバロス号の上でプロポーズ紛いのことを言われた。
でもこんな風に、直接はっきりと言葉にされてしまったら、もう心臓に悪いという思いは湧いてこない。
…… ただただ、幸せで、涙が溢れてくる。
「……シェリ、ありがとう」
優しい笑みを浮かべたシェリが、私の目元に唇を寄せる。
「末長く、よろしくお願いします……」
「ああ、しかと頼まれた。
"この先" もな。俺の可愛い、フグの愛し子」
……河豚の、愛し子……?
……ちょっと、待って欲しい。
「シェ、シェリ……?」
「其方との婚約を、早急に国王陛下に報告せねば」
そう言って、今度は私の耳元にわざと音を立てるようにして口付けてくる。
思わず、感動の涙が引っ込んだ。
……なんということだ。
あの、つい先日のバルバロス号の中での出来事。私がシェリへの仕返しのためと思って行った所業を、今になってぶり返してきたのだ。
例の "河豚娘事件" の次の日なんて、それこそ何事もなかったかのように平然と女神の間に迎えに来たというのに……。
「シェ、シェリ。あれはね、あれは、」
「言い訳無用」
と言いつつ、不意に、しかしごく自然に、今度は私の唇へと口を寄せる彼。
「あ、あの……」
そして唇が離れた後も、あまりの気まずさに目を泳がす私。
すると、今度は満面の笑みを浮かべるシェリに、ガシッと肩を掴まれた。
「リリィが自分で言ったではないか。
キスの後の "この先" も、俺のことをドキドキさせてくれるんだろう?」
「そっ、そんなこと言ってないと思うよ……?」
「ほう? 往生際が悪いな。忘れたとは言わせんぞ。絶っ対に」
「うっ……」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら、なおも私へと口付けてくる彼と、今度は羞恥のため半泣き状態になっている私。
プロポーズを受けて、家族になろうと言ってもらえて、すごくすごく幸せなことには変わりないのに、何だろう、このやるせなさは……
「今、死ぬほど幸せだ」
でもやはり、最後には優しい笑顔でこのようにも言ってくれる。
……私こそ、世界で一番の幸せ者だ。
彼と離れることなど、もう二度と、絶対にない。
今は幸せが溢れ過ぎている。
たがら、気付けなかったのだ。
『……アレガ、テティスノムスメ……』
『……イマワシキ王家二ハ、ニドトワタサヌ……」
私を狙う怪しい "魔物" たちの影が、
すぐそばまで来ていたことに。




