1. 恋と毒と宿敵と
第三章 『古の海の魔物編』
「ナプティムウト、ユリウス、
そして、ラドシェリムよ。
此度、其方らの功績は我がマーレデアム王国においても大変偉業なものであった。
危惧していた海賊の件を見事収め、リリアナ様の帰還、さらにはグッセンスタシューン王国と同盟を結ぶことにも貢献した。
よって、騎兵団の者に褒美を、其方たち三人には職務昇進を言い渡す」
マーレデアム王国とグッセンスタシューン王国の間で海陸同盟が結ばれてから、約三か月が経った今日。
シェリ、ナプティムウト、ユーリの三人は王宮にある国王の執務室へと呼ばれていた。
「アブサハムが宰相を辞任してから随分と時が過ぎてしまった。
海陸同盟が結ばれた今、その席がいつまでも空白のままというのは外聞も良くないだろう。
よって、此度よりナプティムウトを宰相に任命したいと思っておる」
「仰せのままに、国王陛下。今後は政に身を据える者として、日々精進して参ります」
ナプティムウトは国王に拝礼し、そう言葉を紡ぐ。
マーレデアム王国は世襲制である。
もともとアブサハムを宰相に置いていたのも、彼が王家の分家筋であり、先代の時からその地位にあったためだ。
「うむ。しかと頼んだぞ、ナプティムウトよ。
そして、ラドシェリム。其方は今後騎兵団の団長となり、我が海人騎兵たちを統率して欲しい。
補佐はユリウスに頼みたい。副団長としてラドシェリムと共に騎兵団を支てくれ」
「は! しかと承りました」
「お任せ下さい、国王陛下!」
ナプティムウトの後ろに控えていたシェリとユーリからも歯切れの良い返事が聞こえ、国王は満足そうに頷いた。
「今後、このマーレデアム王国の支柱となるのは其方たちだ。
新愛し子の降臨、女神一族祖国の再建。
そうなると避けては通れぬのが、我々の " 宿敵" との衝突だ。
この件は、私の代で何としてでも終焉させたい。
其方らはリリアナ様をしかとお支えし、民らの平安を守るのだ。日々心して職務に励むように」
「御意!」
シェリたちはしかと国王に拝礼し、執務室を後にしたのだった。
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「すまん、リリィ。遅くなった」
「シェリ! 謁見お疲れ様」
国王との会談を終えたシェリが、ここ、騎兵団本拠地へと戻って来た。
「仕事はどうだ。終わりそうか?」
「うん、なんとかなりそう!」
手元の書類をデスクの上で整えつつ、私はシェリに笑顔を向ける。
本日もこの書類仕事部屋に出勤するや否や、私はネレオやマルフェスと共に缶詰状態で文書の作成を行っていた。
グッセンスタシューン王国には約一月間滞在していたので、こちらでの私の書類仕事も山積みとなっていたのだ。
しかし、ネレオとマルフェスの協力もあって、溜まっていた仕事類もようやく落ち着きつつある。
「そろそろみんなで休憩に入ろうかと思ってたの。シェリもお昼ご飯まだでしょう?」
「ああ。では共に食堂まで移動しよう」
「うん!
ネレオ、マルフェス、今からランチの準備をしてきますね。今日はお二人の好きな "パスタ" にします」
最近少しクマが薄くなってきたネレオとマルフェスに見送られながら、私たちは書類仕事部屋を後にした。
「シェリ、そういえば国王様は何て?」
私はシェリにエスコートされながら、先程まで行われていたという国王との謁見ついて尋ねてみた。
「ああ、我々三人の昇進報告があった。
今後は兄上が宰相となり、国王を支えられる。
代わりに俺が騎兵団の団長に、ユーリが副団長を務めることになった」
「えーっ、そうなの? みんなおめでとう!
じゃあ近々お祝いしなきゃね!」
私はニコニコ笑顔でパーティメニューを考え始める。
以前騎兵団の人たちに振る舞ったような大皿も良いが、もし身内だけになるなら、ちょっと珍しい料理にも挑戦してみようかな、なんて思いながら。
すると、その様子を見ていたシェリが、少し苦笑しながら私に言葉をかけた。
「リリィ、無理はしてくれるな。其方はグッセンスタシューン王国での仕事も抱えているだろう」
私は月に二度、子供たちの教師役として、現在も引き続きグッセンスタシューン王国に足を運んでいる。
さらにギルの後見人でもあるため、彼からはさまざまな事業の活動報告を受けたりもする。
「もちろん、先生のお仕事だってちゃんとするよ!教材まとめも意外と楽しいの。
子供たちはすぐに吸収しちゃうから教えがいもあるしね」
私は子供たちのキラキラとした顔をいくつも思い浮かべ、表情を緩める。
"死に損ないの地" と呼ばれていたあの土地は、この数か月の間に随分と変わった。
まず、身寄りのない子供たちはギル監視下の孤児院へと移った。その孤児院も、もともと郊外にあった建物を再利用しているので、部屋を整えるだけで住居可能となったようだ。
ちなみにギル自身はというと、彼の海賊時代の部下たちと共に、取り敢えずはグッセンスタシューン城に住まいを移したようだ
何故なら城の地下牢には、あの前国王一族たちが捕らえられているから。
何年かかるか分からないが、グッセンスタシューンの民として、今後は彼らの更正にも力を入れていくらしい。
ギル曰く、ただでさえ貧国なのに、その原因となった国王一族に、一生タダ飯を与えるつもりはないとのこと。
奇術・話術の特技があるのなら、今後それを武器に、娯楽関係や情報収集の仕事に就かせてはどうかとも考えているようだった。
「シェリ。明日はギルから、何か違う用件で呼ばれてるんだよね? お仕事関係じゃなくって」
「ああ。ホメロスから、そう言伝があったな」
ギルとの連絡係は戦闘鮫魚、とりわけシェリの愛鮫であるホメロスが担当してくれている。
もちろんギルは、ホメロスから発される超音波信号を捉えることなど出来ない。
だから、彼に何かメッセージを伝えたい時は、私が防水紙に代筆をして、それをホメロスの背びれに括り付けて渡す、という方法を取っている。
「ギルが新国王になってまだ四か月くらいしか経ってないのに、グッセンスタシューンは随分と変わった気がするね」
「ギルストロンが何年もかけて、裏で少しずつ手回しをしていたようだからな」
「そう言ってたね。
あと、この数か月でシェリとギルも随分仲良くなってるしね!」
「なっていない」
シェリはじとりとこちらを見やったが、私はにっこり笑ってシェリを見返した。
名前で呼び合っているし、仕事の話をする時はお互いに真剣モード。
何やかんや言いつつも、実は結構ウマが合うのかもしれない。
「まあ、同じく国を背負っていく者として、少しは共通した考えを持っているだろうが、リリィを一度俺から奪ったことだけは一生許さん」
「ギルは私が女神の愛し子だから、奥さんにしようとしてただけだよ?
いつか彼も、心から好きになった女性と結ばれたらいいね」
私がそう話すと、シェリがこちらを見やり少しばかりため息をついていた。
「……今だけは、あの男のことを少々気の毒に思ったぞ」
「気の毒? どうして?」
首を傾げつつシェリを仰ぐと、彼は顳顬を押さえながら、再び深く深く息を吐いていた。
「やい。おせーぞ、てめえら!」
次の日、シェリと共に海上へ上がると、バルバロス号の上で仁王立ちをしているギルに出迎えられた。
私はシェリに抱えられたまま、船内へと足を踏み入れる。
「ごめんねギル、遅くなって。はいこれ、次の半月分の教材」
「お、いつも悪ぃなリリアナ。お前は字も綺麗だし、教材のまとめ方もうまいからほんとに助かるぞ」
「ふふっ、良かった。そう言ってもらえたら作りがいがあるよ」
私は子供たちのために作成した教材をギルへと手渡す。
「ところでギル。今日はどうしたの?
何か私に、直接会って話したいことがあるって聞いたんだけど……」
そう尋ねると、ギルは私にあの客間へと入るよう目配せをした。
少しばかり疑問に思いつつも客間へと足を運ぶと、私の目に飛び込んできたのは、机上に置かれている二つの大きな箱。
「ま、話すというか、渡すというか。
お前、ラドシェリムに攫われてったまま、"母国" には一度も帰れてねえんだろ?」
ギルがそう言いつつ、箱に被せてあった蓋を取り除いた。すると……
「……ギル。これってまさか、全部私の私物? 」
なんと箱の中に詰められていたのは、私が母国で着用していた服飾品や大切にしていた本類たちだった。
「お前の友人っつうリュカとかいう女と職場の上司が荷物を分けて預かってたみてえだぜ」
ギルから呼び出された理由は、全く予想だにしていないものだった。
思わず、涙ぐんでしまった。
私の荷物など、とうにアパート側に処分されたと思っていた。
「ううっ、リュカ……オーナー……」
「俺の部下に、リリアナの母国まで取りに行かせた。本当はお前も連れて行ってやりてえところだったがな。
まあでもそんなことしたら、今度は母国の奴らに引き止められて、お前また帰れなくなっちまうだろ。今度は海に」
ギルはシェリをチラリと横目で見ながら、そう言葉にした。
案の定、シェリがとても複雑そうな顔をしている。
「全部は無理だろうが、いくつかはマーレデアム王国に持って行けるんじゃねえか?
あと、その友人と上司には、お前は他国の王子に見染められて、その国で平和に暮らしてるって伝えてあるからな。まあ、すんげえ怪しがられたみてえだけど」
「ギル、ほんとにありがとう……あなたが神様に見える」
「女神はお前だろうが。ま、今度そいつらに手紙でも書いてやれよ。また持って行ってやるから」
「……もしかして、鎖国を解こうとしてるの?」
「おう、ご明察だ。じゃなきゃ、いつまで経っても王国が発展しねえからな。
近々近隣国に使者らを飛ばそうと思ってる。
ちなみにリリアナの肩書きが大いに役立ってるぜ?
グッセンスタシューン国王のバックには、本物の女神の愛し子が付いてるって噂も随分と広まってるみてえだしな」
ギルはそう言いながら、得意げに私の頭をポンポンと撫でた。
いつか、グッセンスタシューン王国と私の母国が交流を持つ日が来るのだろうか。
何だかとてもソワソワする。
民の人たちとこれから会議だというギルは、「ゆっくりしていけよ」と、はたまた優しい一言を残し、客間扉の方へと向かって行く。
彼は、入り口の壁に背を預けて立っていたシェリと何やら一言二言交わしていた。
気のせいか、二人とも少し固い表情をしていた。
「今日は急で悪かったな、リリアナ。次はうまい飯屋に連れてってやるよ」
シェリとの話が終わったのか、ギルは私にひらひらと手を振りつつ、船を降りて行ったのだった。
ギルが帰った後、私はバルバロス号の客間を借りて早速荷物の整理に取りかかる。
服やバッグ、本類は当然海底には持っていけないので、こちらは良ければ、グッセンスタシューン王国の人たちに使ってもらいたい。
手紙や写真類は、申し訳ないがギルに預かってもらおう。
二つ目の箱を解き、ゴソゴソと荷物を探っていくと、底からお目当てのアクセサリーケースを見つけた。
「良かったあ、ちゃんと残ってて……!」
ケースの中には、昔、曾祖母からもらった "腕輪" が納められていた。
私は顔を綻ばせながらそれを手に取る。すると……
「それは? 随分と嬉しそうな顔をしているな」
扉付近で待機していたシェリが、こちらへと歩み寄ってくる。
「これね、曾おばあちゃんが昔、私に譲ってくれたの。
本当はお母さんにあげた物らしいんだけど、亡くなっちゃったから、あなたが持っておきなさいって言われて」
懐かしいなと思いながら、私はそれを腕にはめてみる。
ゴールドの土台に、海の宝石であるパールが一列に並べられた、シンプルだけどとても美しい腕輪。
「……リリィは、いつに両親を亡くした?」
「私? えっと、確か6、7歳の時かな。あ、ユーリが海で、溺れた私を助けてくれた頃。その少し前に曾おばあちゃんに引き取られたから」
「そうか…… そんな幼い身の上で。辛かったな」
シェリはそう言って私のもとまで来ると、肩をぎゅっと抱き寄せてくれた。
「……シェリ、私は大丈夫だよ。家族はもういないけど、今はシェリやみんながいてくれるから!」
私はこの場の雰囲気が暗くならないよう、笑顔でそう応える。
「リリィの家人にも誓おう。俺が其方を生涯かけて守ると」
「シェリ……」
ありがとうと彼にお礼を伝え、私はそのままま俯いた。
家族が亡くなってしまったことは本当に悲しい。
しかし随分と時も経っているため、今では寂しい思いより懐かしい思い出の方が優っていて、涙を流すこともなくなった。
私が俯いているのは……
(生涯かけて守るって、まるでプロポーズみたいじゃない……
シェリは言葉の延長上でそう言ってくれたんだろうけど、私の心臓には悪いよ……)
少し火照る顔を覚ますように、私はパンパンと顔を叩いた。
「お、おいリリィ? 何してる! 顔が腫れてしまうだろう!」
「……河豚になっちゃっても好きでいてくれる?」
「"フグ" ?」
「"テトラオドンティダエ" のこと」
「……ぷはっ」
シェリは豪快に吹き出した後、口元を押さえて笑い出す。
……プロポーズまがいのことを言われ、一人ドキドキしていたのは今しがた。
が、数分後のシェリの目元にはもう、笑い涙が滲み出ている。
確かに、家族がいない私のことを元気付けようとしてくれたのは分かるし、河豚の話題を出したのも私だ。私だけど……!
「なるほど。リリィなら "フグ" になっても可愛いぞ」
そう言いつつ私の河豚姿でも想像しているのか、彼の肩はまだ小刻みに揺れている。
……やはり、だんだんと腹が立ってきた……
ここは一つ、シェリをぎゃふんと言わせたい。あなたの恋人はもはや一方的に揶揄われるだけの、ただの河豚娘ではないのだと思わせたい。
……そうだ。私は恋愛経験がシェリ以外にないから、今でもかなりの初心だと思われている。それを逆手に取れば良いのだ。
手本となる "教師" なら、目の前にいる。
「……じゃあシェリは、この河豚娘に気を付けてね。きっと私には、"毒" があるから」
私はシェリの頬を両手で包みこちらへと引き寄せる。そして、彼の耳ビレにキスを落とし、そのまま囁くように言葉を続けた。
「河豚の毒ってね。全身がシビれて言葉が話せなくなるみたい。鼓動が早まって、心がぎゅっと掴まれるみたいに苦しくなっちゃうんだって。
これって、何だか"恋" に似てるよね。
シェリは今すごくドキドキしてるけど、これは私の"毒" のせい?
……じゃあ、"この先" はもっと大変になっちゃうね」
耳元でそう囁いた後、私はパッと手を離し何事もなかったかのように荷物をテキパキと片付けた。
そしてシェリの顔を見ないままに客間を後にし、扉を閉める。
……果たして、仕返しは出来ただろうか。
羞恥を最大限に出し切るという、何とも思い切ったことをしたものだ。
今後はもう二度と、こんな大胆な所業は出来ないだろうと思う。
ちなみに河豚毒の知識は、元海辺カフェ店員だったからこそ知っていたという、何とも色気のないもの。恋なんてこじつけだ。
(……慣れないことしちゃった。はしたないって思われたらどうしよう……
"この先" も一緒にいたいっていう気持ちは本当なのに)
後からやって来た顔の火照り。今度は茹でオクトポーダになる私……
やはり、やはり。やめておけばよかった……
そんな気恥ずかしい心を落ち着けるため、私は船上で海風に当たることにした。
潮の香りが鼻をかすめると、自然と母国の港町のことを思い出す。
まだマーレデアム王国に移り住んで1年も経っていないというのに、母国で暮らしていた16年間がもう遠い過去のようだ。
私は腕にはめた、曾祖母の形見をそっと撫でる。
「おばあちゃん。恋って、難しいね。
初めは一緒にいられるだけでいいって思ってたのに。
どんどん欲張りになるし、ただ好きなだけじゃ駄目な時だってあるし。
……ずっと、シェリと一緒に生きていけたらいいのに」
海潮を含む生暖かい風が、私の肌を撫でるように通り過ぎていく。
まもなく、初夏が訪れようとしている。
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一方、客間では。
「…………久々にやられた。しかも進化している」
壁に背を当て、その場で座り込んでいる男が一人。
自身の顔を覆い隠すように片手を当てているが、紅色に染まった耳ビレまでは隠しきれていない。
「普段は心配になるほど初心なのに、時々ああやって、突然妖艶に俺を翻弄するのは相変わらずだな」
リリィが言い放った、"この先" という言葉を己は聞き逃さなかった。
果たして自身が捉えた意味と、彼女の考えは合致しているだろうか?
……合致していて欲しい。
己とて男。愛する女の全てが欲しいと思うのは当然のことだ。
もちろん無理強いするつもりはないし、ちゃんと段階を踏まなければ彼女の家人にも申し訳が立たないと思っている。
それに、自身も間違いなく、姉あたりに殺される。
「やっとリリィと二人、未来に向かって歩み始めたのだ。絶対に誰にも邪魔はさせん。
……早々問題解決に踏み出さねばな」
シェリはそう言って、金の眼を鋭く光らせた。
"てめえの耳にも入っちゃいるだろうが、こっから離れた海域で、頻繁に巨大な"渦" が勃発してやがる。
海賊船はもちろん、漁船や客船も丸ごと瞬時に飲み込むほどの威力らしいな。
こんな巨大な渦が発生したのは、"海底戦争" が起こった1000年ほどぶりか?"
シェリの脳裏を木霊するのは、先程のギルの言葉たち。
「……受けて立とう。
"古の海の魔物" などに、"再び" 我がマーレデアム王国の未来を阻まれてなるものか」
シェリは立ち上がり、客間を出ると、一人海風に当たるリリィの元へと急いだ。
テトラオドンティダエ …… フグの学名だそうです。 物語の中では、マーレデアム王国での呼び名として使用しています。




