10. 鍵
第二章 『海賊編』
「よーお、来たかリリアナ。覚悟は決まったか」
「約束して。絶対にマーレデアム王国を攻めるような真似はしないって」
「お前がこの地に戻ってくるならそうしよう」
「……分かってる。私もギルと一緒に、グッセンスタシューン王国に向き合う。
それがマーレデアム王国を守ることと、
海魔になった愛し子様のせめてもの慰めに繋がるのなら」
今から約ニ時間前。
私は今朝のお祈りを終え、侍女たちに着替えを手伝ってもらい、いつも通りの朝を過ごしていた。
今日は騎兵団での仕事は休みなので、シェリには女神の間で古書を読むと伝えてある。
ちなみにシェリ、ナプティムウト、ユーリの三人は、昨日今日と、本拠地の訓練場ではなく書類仕事部屋に出勤しているそうだ。
というのも、つい五日前に繰り広げられた騎兵団対海賊戦についてのレポートを、国王や守護者たちに近々提出しなければならないかららしい。
本来なら私も手伝うと手を上げたいところだったが……
もはやそれは、叶わない。
「では、リリアナ様。わたくしたちはドレスの誂えとお昼食の準備をして参りますわ」
「いつもありがとう、モネ、ルル」
「まあ、何をおっしゃいますの!
貴方様のドレスのお誂えをさせていただくのもお食事の準備も、わたくしたちの名誉なお仕事ですもの!」
半年前にマーレデアム王国を訪れてからずっと、私に仕えてくれている侍女のモネとルル。
「二人の新作ドレス、楽しみにしてるね。
……次に着るのはいつになるかな」
「まあ!そんなの、殿方とのお出かけ時に決まっているではありませんか。すぐでしてよ、リリアナ様!」
「リリアナ様のご本命はやはりラドシェリム殿下でしょうか?
それともユリウス様かナプティムウト殿下……
はっ、まさかネレオやマルフェスなんてことも?!」
「モネ〜、ルル〜。もう、二人ってばそればっか!」
「だって、リリアナ様には絶対に幸せになっていただきたいですもの」
「わたくしたちは何よりも、貴方様の幸せを願っていますわ」
心配させてしまったことも沢山あったけれど、どんな時でも私に寄り添ってくれていた。
そんな優しい彼女たちのことを、私は思わずぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。私ね、二人のことが大好きだよ。何があってもみんなのことを絶対に守るからね」
「リリアナ様……?」
「さ!私はちょっと海森まで行ってくるね」
「えっ、ええ?! 今日は女神の間で古書を読まれるご予定では……」
「ごめんね、やっぱり予定変更していい?」
「一人で行動なさると、また殿下に叱られますわよ!」
「あ、ラドシェリム様たちには内緒にしてて?
実はあの場所ですっごく綺麗な珊瑚を見つけたんだけど、生体調査資料に載ってなかったからもしかしたら新種なのかも、なんて思っててね。
デッサンして資料を提出したら、書類仕事組のみなさんがびっくりしてくれそうじゃない?
だからどうしても海森に行きたいんだけど……だめ?」
私は少しいたずらっ子のような笑みを作り、モネとルルにそうおねだりをする。
「……はあ。リリアナ様は愛し子様なのに」
「どうしてそんなにお仕事がお好きなのでしょうね……」
「ふふふ。ごめんね、二人とも。
もし、ラドシェリム様たちにバレちゃったら、その時は、
"私がやらなきゃいけないことだから行く決心をした"
って、そう伝えてもらってもいい?」
「……かしこまりました。
でも、送迎はさせていただきますわよ。あと、お昼にはお迎えに上がりますからね」
眉を下げつつ微笑んで、困った主人を見やっている二人。
(……モネ、ルル。嘘つきな主人で、本当にごめんね)
私の大切な侍女たち。
彼女たちの支えがあったからこそ、私が愛し子で在れたことも決して忘れてはならない。
モネとルルは私を海森へと送ると再び女神の間へと帰って行った。
私は彼女たちの姿が見えなくなったのを確認してから、ギルに言われた通り、海上に向けて女神の秘宝を掲げてみた。
すると……
「?! わ、わわ……!」
突然に私の身体は浮遊し始め、初めてマーレデアム王国へと呼ばれた時とは逆の現象が起こり始めた。
つまり、私の身体はどんどん海上の方へと引き上げられるように上昇していくのだ。
(すごい…… 海底から女神の秘宝を掲げたらこんなことが出来るなんて。
それとも、ギルが海上で何か "操作" してるとか?)
今回はこんな風に疑問を持つことも、景色を眺める余裕もある。
深海魚たちを一通り見た後はイルカたちの群れ、さらに海上に近付けば、今度はカラフルな海水魚たちが視界に飛び込んでくる。
私は、この美しい海を守るために陸へと赴くのだ。
そして自身のルーツ、グッセンスタシューン王国を立て直すために、海を離れる。
そう思うと、改めて身が引き締まる思いだった。
女神の秘宝を掲げている手にグッと力を入れていると、今度はその腕が誰かによって掴まれ、私は海上へと引き上げられた。
私の腕を掴む、このゴツゴツとした大きな手は……
「よーお。来たかリリアナ」
「ギル……!」
やはり、予想通りギルのものだった。
「古書の通りやってみたが、どうやら正解だったみてえだな」
ギルの指元には、宝石の付いた美しい指輪が握られていた。
「これは初代愛し子、つまりテティスの産んだ娘が陸上で所有していたリングだそうだ。
お前の持つ秘宝は、その愛し子が海に入った時に自分の神力で作り出したものらしいな。
古書によると、どうやら愛し子の所有物同士は呼応して引き寄せられるんだと」
初代愛し子とはテティスの子孫というより、実の娘に当たる人だったのか……
いやいや、今はそんなことを考えている余地などない。
リングを指でくるくると回しているギルは、随分と余裕そうに見えるが。
「ギル」
「覚悟は決まったか」
私の髪に付けられたヒトデ型の髪飾りを見て、ギルがニィッと口角を上げる。
「……約束して。絶対にマーレデアム王国を攻めるような真似はしないって」
「お前がこの地に戻ってくるならそうしよう」
彼はいつものように不敵な笑みを浮かべながら私を抱き上げ、海面から自身の船へと移動した。
「さて、この三日で俺もやるべきことをした。
港町、内陸都市に住んでる民らの説得は大方終わってる。後は攻め込むのみだ」
「せ、攻め込む? ちょ、ちょっと待って……」
「総大将はお前だからな。頼んだぜ、女神一族の末裔!」
「ギ、ギル、全く話が見えないってば! 取り敢えず、最初から説明して!」
海上へ到着した途端から、なんとも物騒な話をし始めるギルに向け、私は慌ててそう詰め寄った。
「俺の部下たちの人脈やら口頭交渉術やらを交えて、数年かけて、民の説得には乗り出してたんだよ。
お陰で俺は愚王一族に目を付けられて国に定住することが出来なくなった。
だから海賊として他国に奪われた財宝を取り戻しながらグッセンスタシューンを離れていたってわけだ」
「ええっ…… そんなに用意周到なら、私なんて逆にいらないんじゃ……」
「ばあか。リリアナがいなきゃ何にも始まらねえに決まってんだろ。
"本物" の愛し子の紋章を持つ者は、この世にお前しかいねえんだぞ」
「でも私のこれって、陸上ではただの痣なんだよ?」
「お前、祈りを陸の地で唱えたことはあるか?」
「前、グッセンスタシューン王国にいた時は唱えてないけど……」
「じゃあ今やってみろ」
「今?!」
「そうだ。早くしろ」
ギルに急かされるまま、私はいつも通りに両膝を地へと付け、両手指を胸の前で交差させると、お祈りを唱え始めた。
「母なる海女神・テティスよ。其方の愛し子である我の願いを聞き入れ給え。
親愛なる海を鎮めよ。
我が子なる民を護り、生命に豊かな息吹を与えよ。
我は其方の愛し子なり。
其方の意思を紡ぐ者なり」
すると……
「え、ええっ……!」
海の時と同じように、私の頸にある紋章と、"ヒトデ型の髪飾り" が、まるで呼応するように光り出したのだ。
やがてその光は遥か上空で光粒となり、グッセンスタシューン王国の各地へと降り注がれていく。
バルバロス号の上からでは港町の手前一部しか見えないが、薄汚れていた道や店たちが、心なしか少し小綺麗になった気がする。
「すげえな……。 完璧だぜ、リリアナ」
「……まさか私、陸でも祝福が行えたの?
でも、光ってるのは髪飾りだよね。海ではいつも、女神の秘宝が光るんだけど……」
「女神の秘宝はマーレデアム王国のために作られた物だからだろうよ。
なるほどな。陸の地ではこの髪飾りがその役目を果たすわけか」
陸地でも祝福が行えたことに未だ驚いている私の隣で、ギルがニヤリと笑みを漏らす。
「さあて。問題はどうやってこれを、愚王一族と国民に知らしめるか。これが鍵だな」
指を顳顬に当てそんな風に言い出すギルのことを、私が不安げに見やっていると……
「キャプテン! 姉御は戻られましたかー?」
「今回はフラれてないっすかー?」
聞き覚えのある声々に、私は思わず船側へと駆け寄り、そこから身体を乗り出した。
すると、海面には小型ボートに乗った数人の海賊たちがいた。彼らは太陽光を遮るように、額に手をやりこちらを見上げている。
「あ、姉御お久しぶりっす。相変わらず美しいっすね!」
こんなことを言いながら。
「おいおい、姉御はねーだろ。こいつは未来の女王だぞ」
「だってキャプテンの嫁さんになるんでしょ?」
「まあな」
なんということだ。姉御とは私のことだったのか……
でも、訂正したいこともある。
「ギル、私は女王にはなれないし、あなたの妻にもならないよ」
「ああ? そう決心したからここに来たんじゃねえのかよ」
「私が決めたことは、グッセンスタシューン王国を建て直すお手伝いをするってこと。
あなたと結婚するために来たわけじゃない」
そうきっぱりと言葉にし、ギルを仰ぎ見る。
「ほんっと強情な奴だぜ。そんなにあの海人族の男がいいのかよ?」
「……」
シェリはきっと、私が黙って王国を離れたことをとても怒るだろう。
海を捨てたと、海人族の人たちを裏切ったのだと、そう思うだろうか。
……私だって本当は、ずっとシェリのそばにいたい。たくさんのものを背負う彼を、一番近くで支えたい。
でも、もうそれは叶わない。
私には愛し子として、そして女神一族の末裔としての責任があるのだから。
「……ふん、まあいい。行くぞリリアナ」
「待って、ギル。女神の秘宝を海へ返したい」
「……へえ? それはお前とあの男を繋ぐ最後の手段だぞ?」
「これがマーレデアム王国で保管されないと国の存続が難しくなるの」
「……そんなにやべえのかよ、あの王国は。ほんと、面倒だらけだな」
私は女神の秘宝を首から外すと、それを両手で包み込み、自身の額へと当てた。
(絶対に、守り抜く)
そう決意を込め、秘宝に口付けた。
そして、静かに海へと落とす。
(シェリ……あなたの苦しみが少しでも取り除けるように頑張るから)
海面に出来た小さな波紋が消えていく。
そして、まるでその後を追うように私の瞳からもまた、一粒の雫が海へと落ちていったのだった。
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「殿下! ラドシェリム殿下はいらっしゃいませんか……!」
「ナプティムウト殿下! ユリウス様!」
時刻は夕暮れ頃。
レポート作成に一段落を付けたシェリたちが、そろそろ宿舎へ戻ろうと、書庫のある左棟を出た時だった。
「あれ? あの子たちは確か……」
「リリアナ様の侍女たちだね」
騎兵団本拠地には、女性二人の焦燥した声が響き渡っていた。
「モネにルルではないか。どうした、こんな時間に」
シェリたちに気付き、異様な様子でこちらへと駆け寄ってくる侍女たちに、三人は表情を固くする。
「リ、リリアナ様が、リリアナ様が……!」
「落ち着け、何があった」
「う、海森に生態調査に行かれたのですが、お姿が見えなくなってしまったのです……!」
「!! なんだと?!」
「お約束の時間にお迎えに上がりましたが、どこにもいらっしゃなくて。 それに……」
そう話すモネの横で、全身を震わせるようにしてルルが両手を差し出す。
「こ、これが……! リリアナ様が必ず、肌身離さずお付けになっていた装飾品が海森の地に残されていたのです」
ルルの両手の平の上には、主人を無くした女神の秘宝が心許なげに乗せられていた。
「なっ……!
シェリ、団長、これがないとリリィは……」
「……リリアナ様」
ユーリの顔色は蒼白となり、ナプティムウトの顳顬からは汗が流れ始める。
……しかし。
「……大丈夫だ、お前たち」
一人落ち着いた様子のシェリが、侍女たちにそう言葉をかける。
「先程姉上から連絡があったのを思い出した。海森でたまたまリリアナ様と出会ったそうで、自室に招いていると言っていた。
そのペンダントは俺が預かろう。後で彼女に届けておく。
あと、急ですまんがリリアナ様はしばらく王宮で過ごされる。
姉上がまた来月にでも、民らがリリアナ様と交流出来るような催しを行いたいそうだ。
その話し合いがあるとかで、しばらくは女神の間を留守にされるが心配はいらん」
「……そうだったのですか。良かった。リリアナ様の身に、何か起こったのではないかと」
「俺の伝達が遅れたせいでお前たちに迷惑をかけてしまったな」
「とんでもございません、殿下。
リリアナ様の、今朝のご様子に少し違和感を感じてしまって、それで焦ってしまったのです」
「……そうか。どんなご様子だったのだ?」
「はい…… あのお方はいつも、わたくしたちに労いの言葉をかけて下さるのですが、今日はその……
わたくしたち二人のことを、優しく抱きしめて下さったのです。
何があっても必ず皆のことを守るからと、そうおっしゃられて」
「それと、リリアナ様ご自身がやらなくてはいけないことだから行く決心をしたと、そんなお言葉も残されました」
シェリの表情は変わらない。
ナプティムウトとユーリも、だんだんと背景が見えてきたのか、いつもの冷静さを取り戻している。
「ユーリ」
「……はい、団長。
モネにルル、だっけ? わざわざ知らせに来てくれてありがとね!
僕が君たちを送っていくよ。リリアナ様がお帰りになるまで、女神の間でいつものように彼女を待っててあげて。ね?」
「……承知いたしました」
「じゃあ団長、シェリ。僕は二人を送り届けてくるから。
……リリィに、黙っていなくなったらみんなが心配しちゃうでしょって、厳しく言っとかなきゃですね」
「……そうだね。ではユーリ、彼女たちのことを頼むよ」
モネとルルはその場で一度跪くと、ユーリの愛鮫・イシスに乗せられ、女神の間へと戻って行った。
三人が去り、騎兵団に再び静寂が漂う。
「……さて、シェリ」
ナプティムウトがチラリとシェリを見やると、彼の額には幾重にも青白い血管が浮かび上がっていた。
しかもそれは、今にも破裂してしまいそうなほどに膨れ上がっている。
固く握られた拳は激しく震え、その爪痕からは血が滲み出している。
「リリィを連れ戻してきます」
「シェリ、少し落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか?!」
「シェリ……」
「俺はリリィに見限られたのでしょうか。
彼女にすべてを話し、赦しを乞い、もう一度愛を告げた。
自分も同じ気持ちだと、そう言った彼女の言葉は偽りだったのか……?
本当はやはり、憎まれてしまったということなのか。
リリィは、俺やマーレデアム王国のことを、」
「シェリ!」
ナプティムウトがシェリの言葉を遮った。
「先程の、侍女たちの言葉をちゃんと聞いていたかい?
何があっても必ず皆のことを守る、そして、ご自身がやらなくてはならないことがあるから行く。
この言葉のどこに、見限るなんてものが隠されていると言うんだ?
リリアナ様の御心の美しさを一番よく知っているのは、シェリ。君ではなかったのか?」
彼のその言葉に、シェリの瞳が揺れる。
「彼女はグッセンスタシューンの地で、自身が担うべき役割を背負おうとしているんだよ。
シェリ、ギルがここを去る前、君たちに何か言っていたことはないかい?」
「……あの男が?」
シェリは脳裏に、ギルが発した言葉たちを思い出していく。
"潜水艦やら戦艦やら。陸の技術を舐めんなよ。海底に行く方法なんて、俺たちにはいくらでもあるんだからよ"
「……まさか、リリィは……」
「やはり、何か思い当たることがあるみたいだね」
マーレデアム王国へ攻め込む術があるということを、ギルは自分たちに匂わせていた。
それを迎え撃つ覚悟は出来ていたが、まさか彼女はそれを阻止するために、自ら陸上王国へと向かったというのか。
「それに、君はリリアナ様に、海魔となった王女の話もしたのだろう?
彼女がそれを聞いて、海魔の浄化に御心を痛めないわけがない。
王女が愛したグッセンスタシューン王国本来の姿を取り戻することが、海魔の心を落ち着かせることに繋がるかもしれないと。
さらにそのことが、マーレデアム王国の脅威を取り除くことになるのだと。
リリアナ様はそうお考えになっているのでないのかい?」
リリィはまた、そんなことを願いながら陸の地へと行ってしまったというのか。
「……何故、あの娘はいつも他人のことばかり…………!」
己は守人としてしかと分かっていたはずだ。リリィの懐の深さも、誰にでも分け隔てなく慈悲を与える器の大きさも。
恋人として、リリィがどれほど自分を深く愛してくれているのかも、しかと受け止めていたはずだ。
……そんな彼女がどうして自分たち海人族を見捨てることがあるというのか。
シェリは拳を広げ、そこに乗せられた女神の秘宝を見つめる。
リリィはこの秘宝だけでも海へ戻そうとした。
彼女こそ、誰よりもこのマーレデアム王国の未来を案じてくれていたのだ。
「シェリ、此度の舞台は陸上だ。騎兵団は動かせない」
「……分かっています」
「秘薬を使っても、君が陸の地を闇雲に動き回るだけでは勝算は皆無だ。
それに今、シェリがリリアナ様を迎えに行ったところで、彼女は君のもとへは帰れない。
ギルが、"マーレデアム王国自身" に価値を見出されなければ、彼もまた、彼女を返してはくれないだろう」
ナプティムウトのその言葉に、シェリは何か策を考えるよう一度目を閉じる。
「……では、リリィが "海へと戻らなければならない状況" 。
即ち、グッセンスタシューン王国を去らなければならない理由を作れば良い、ということですね」
シェリは瞼を上げ、鋭い眼光を上方へと向ける。
「シェリ、ギルは聡いよ」
「存じております。あの男の悪辣さは、身を持って知っていますので。
では、あの男では到底無理なことを俺が成さねばなりませんね」
「……何か、考えがあるのかい?」
シェリは自身の首元から鮫笛を取り出し、それを鳴らす。するとまもなく、ホメロスがシェリのもとへと舞い降りて来る。
「やってみせます。
セラチモルファ・ドムスの "彼ら" にも協力を仰ぎましょう」
「……なるほど。では、ユーリが戻ったらもう一度書庫に戻って作戦会議だね」
シェリは深く頷いた。
彼の額に幾重にも連なっていた青筋は、もうすでに消えている。
愛おしい女性をもう一度、この腕の中に取り戻す。
それを成し遂げるためには。
(あの男の危惧する、"あれ"を掌握するしかない。
これが、リリィを取り戻す鍵となる)
シェリの瞳に、もう迷いはなかった。




