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11. 魔法仕掛け

第二章 『海賊編』



"セラチモルファ・ドムス"



そこは、マーレデアム王国郊外に存在する、鮫や海獣たちの住処すみか


異種の者同士が共に暮らしても争い等が一切起きないという、言わば海の楽園のような場所である。


海人騎兵団に所属している戦闘鮫魚たちも、このセラチモルファ・ドムスを拠点にしていることが多い。




「ホメロス」




そして現在。

陽光が差し込むこの楽園の地を、一人の見目麗しい海人騎兵が訪れている。



その男性というのは、シェリ。


シェリに名を呼ばれたホメロスは、下降し海底まで戻ってくると、彼の周りをくるくると旋回し出す。



「ご苦労だった。仲間たちに協力は仰げそうか」



シェリはホメロスのザラリとした身体を撫でながら、そう問いかけた。



すると、ホメロスは自身の口先でシェリの腕をトントンとつつく。まるで肯定の返事をするかのように。




「そうか、礼を言う。其方の仲間たちにもだ。


"例の件" の早急に進めたい。

海域全体に彼らを放ち、情報収集に徹してもらえるよう頼めるか?」



シェリがそう言葉を紡ぐと、ホメロスはその場を一回転し、再びセラチモルファ・ドムスの上方へと戻っていった。




海人騎兵たちは自身の愛鮫から海全体のさまざな情報を得る。


怪魚の出没や、遭難船、沈没船の有無といったものが主ではあるが、時には "思わぬ情報" がもたらされることも少なくない。




「シェリ、上手くいきそうかな?」


「この場所以外にいる鮫たちには、イシスとオリオンが伝達してくれてるよ」



「兄上、ユーリ」



シェリの横に、ナプティムウトとユーリが並ぶ。



「うまくいくといいけど……


しっかしシェリも考えたよね。


まさか、あのギルとかいう男と敵対してる海賊たちから、グッセンスタシューン王国の情報を得ようだなんて」


「彼らはこの近辺だけで活動しているわけではないし、さまざまな国に通じている可能性もあるからね。


他国が、グッセンスタシューンの地をどのように見ているのかも興味深い。

シェリが言うには、どうやらあの国は鎖国を行なっているようだから」



「確かに、その情報が得られれば、僕たちはかなり有利になりますよね。


……もしかすると、あの貧国を攻める気満々の国もあるかもしれないし?


というか、ギルっていうより今の国王を排斥はいせきすることが、リリィを取り戻すカギになるんでしょ?」



「そうだ。鎖国を行っている以上、グッセンスタシューン王国に他国の情報は得られまい。



あの男とて同じ。襲撃した他海賊からは、さぞや恨みを買っていることだろう。


我々は我々のやり方で、グッセンスタシューンの地盤を緩めていく。

もちろん、リリィが悲しまない程度にな」



シェリは遥か上方にある海上を見据えた。



「それともう一つ。すぐにあれの制作にも取り掛かる。


兄上、ユーリ、頼んでいた物は?」



シェリの言葉を聞き、二人はそれぞれの懐から "ある小瓶" を取り出した。




「……ねえシェリ、ほんとに大丈夫なの?」



ユーリが少々眉を寄せつつ、横目でチラリとシェリを見やる。



「逆のパターンではあるが、すでに成功例があるだろう? あの男の血液で先に試しておいて正解だった。


原液でなくとも製造方法を違えなければ、似た薬剤は作れる。まあ、行動できる時間が短くなるのが難点だが」


「ギルの、海中での "秘薬" 効果から考えても、我々が陸地で呼吸可能な時間も三時間ほどになるだろうね」



「その通りです、兄上。

我々は三人で、その上三時間で、グッセンスタシューン王国現国王を掌握せねばなりません」



シェリは二人から各小瓶を受け取ると、それを上方へと掲げた。


海人族の血は人間のそれと同じ。

赤く透き通りのない "秘薬もどき" となる原液たちがシェリの瞳に映る。



その様子を見ていたユーリが、さらに眉をひそめながらシェリに言葉をかける。



「たった三人、たった三時間。 難しすぎない?それ」


「だからこそ、ホメロスたちに諜報活動を頼むのだ。


此度の戦いの要は、"情報の駆け引き"。


グッセンスタシューン国王の実態、他海賊の動き、そして他国からの戦意の有無。

全てを把握し、リリィ奪還にいどまなければならない。



他国、他海賊、愚王。

あの男の脅威になるものは何でも使う。


我がマーレデアム王国からリリィを奪おうとする愚か者を制圧するためにな」



そう話したシェリは二人への挨拶もほどほどに、一連の計画を国王へと報告するため、一足先に王宮へと急いだのだった。




鮫や他の海獣たちも去ってしまったセラチモルファ・ドムスに残るのは、現在ナプティムウトとユーリのみ。



「……シェリってば一番的に回したくない相手。


って、まあそんなことより、あいつは早速僕たちの血液を使って秘薬作りに取り掛かるみたいですね」


「そうだね。目が血走っていたしね。


我々も薬剤に耐えれるよう、少しでも身体を造っておこう」



「リリィのためなら薬剤の苦痛にも耐えてみせますよ!


でも、ギルの時とは逆バージョンの薬なんですよね? ちゃんと陸でその効果があるのか、ちょっと不安なんですけど」


「大丈夫だよ。シェリの医学知識は王国一だと言われているんだから」


「……ほんと、ムカつくくらい優秀ですよね。


リリィが好きになっちゃうのも、仕方ないかな」


「……ユーリ、君は……」



「もともと、あの時…… 僕が女神の秘宝をリリィから取り上げた時に、すでに失恋が見えてたんです。


あの二人が、どれほどお互いを想い合っているのかを見せつけられたというか。



それでも、僕はあの子が好きで。

誰よりも優しくて、いつも誰かのために強く在ろうとしてしまうリリィのことが、愛おしくて仕方がないんです」



「……分かるよ。海人族は一途なんだ。

ユーリがリリアナ様を想う心を無理にとどめる必要はないと、私は思うよ。


恋情はそう簡単に、消せる想いではないからね」


「……もしかして、団長にも忘れられない恋があるんですか?」



ユーリは少し言いにくそうに言葉を続けた。

そんな彼に向かい、ナプティムウトは困ったように微笑む。



「そうだね。それでも、時間ときは確実に流れ続けている。私たちも立ち止まってばかりはいられないんだ。



今我々がやるべきことは、シェリが秘薬を作ってくれている間に、情報収集に徹することだ」


「……はい。もう、海賊に捕まるようなヘマはしません。またリリィに心配かけちゃいますからね」



話を本題へと戻し、いつものようにニコリと笑ってみせるユーリ。

そんな彼に、ナプティムウトも頷いた。




「では、ユーリ。


我らの愛し子奪還に向けて、僕たちも動くとしようか」



「御意」








一方こちらは、国王の執務室。



先に王宮へと急ぎ戻ったシェリは、国王に向け、秘薬の件や諜報活動についてを報告した。



国王は自身の顳顬を抑えつつ、重い息を吐き出した。



「ではラドシェリムよ。秘薬製作と情報収集が終了すれば、すぐにでも動けるということか?」


「はい、国王陛下。 ナプティムウト団長とユリウスと共に」



シェリは片膝を地に着かせながら、国王の問いにそう答える。



「民らは、リリアナ様がマーレデアム王国を去られたことは知らぬ。


しばらくはあのお方の御力が宿った女神の秘宝が、王国に浄化と祝福を与え続けてくれるやもしれぬ。

しかし……それもいつまで持つか」


「存じております」



「……ラドシェリムよ。

我らはそれほどまでに、リリアナ様を追い詰めてしまったのか」



国王のその言葉に、シェリは少し目を伏せ、拳にぐっと力を込めた。



「彼女を我が国に留まらせるために、虚偽を申し上げたのは己です。責任はすべて俺にあります」


「では、リリアナ様をお慕いしていると言っていた、其方の心はどうなのか」



だが、今度はしかと国王を見据え、言葉を紡ぐ。



「その心に嘘偽りは、誓ってございません。

もちろん今もリリアナ様を心からお慕いしております。


それに、あのお方は前愛し子のように、我らを憎み、陸にお帰りになったのではありません。


海人族の民を心から想い、ご自身の、愛し子としての責任を果たそうとお考えなのです」



シェリは執務室に保管されている女神の秘宝を見やった。



「……本当は今すぐに、引きってでも俺のもとへ戻らせたいのが本音です。


しかし、それでは何の解決打にもなりません。


リリアナ様が安心して、このマーレデアム王国に帰還出来るよう、団長及びユリウスと共に全力を尽くします」



国王はもう一度小さく息をつくとゆっくりと席を立ち、シェリの前まで足を進めた。



「立ちなさい、ラドシェリム」



シェリは国王に言われた通り、その場に立ち上がる。



「先日秘薬を使った時は、リリアナ様を見つけるために一人街中を歩き回って情報を探っていたようだな。


幼き頃、それで人間に見つかり危うく殺されかけたこともあったというのに。



好奇心旺盛で、それでいて無鉄砲で、ユリウスと共に悪戯いたずらばかりして手を焼かされていた其方も、今は愛する女性と王国双方を守ることをしかと念頭に置いておる。


また大きく成長したな、我が息子よ」



「……恐れ入ります、父上」



国王はシェリの肩に手を添え、満足そうに頷いた。




「ラドシェリムよ。必ずや、リリアナ様を再び我らのもとへ」



「御意……!」




------




「ちくしょう……! あのギルとかいう男には毎度毎度手を焼かされる」


「奴の母国だか何だか知らねえが、俺たちがグッセンスタシューンの地を襲えばすぐさま報復に来やがるな」



海上では、他国海賊らの声が響き渡っている。



「それにしても、そのグッセンスタシューンは驚くほど貧国なのに、王家は何であんな財宝を抱えてやがるんだ?」


「俺はあの国から逃げて来たやつらに聞いたことがあるぜ。


何でも、あの国は "女神の力" で守られてるって話でな。財宝らも、もともとはその女神のものだったらしい」


「女神?」


「4000年ほど前に、あの地に海女神テティスが舞い降りたんだとよ」


「はん、馬鹿馬鹿しい。そりゃ神話じゃねえか」


「いや、どうやらあながち嘘でもないみてえだぜ」


「へーえ。そんな証拠があるのか?」


「ああ。女神の末裔ってのが今の国王一族らしいんだが、その一族は代々不思議な力を持つって噂だ。


何でも、"人を宙に浮かせたり、物を消したり操ったりすること" が出来るらしい」


「ひぃっ、おっかねえ……! だから他国のお偉いさん方もあんな鎖国に一目置いてるってのか」


「じゃなきゃあんな貧国、攻められてとっくに滅びてるだろーよ。

現に何国か、あの王国を侵略するための計画が練られてただろーが」


「がはは! 違いねえな」



噂話に盛り上がりを見せている海賊たち。



「だろー? …… っておい! 下! 下見てみろ!!」


「な、なんだこりゃ!? 鮫の大群じゃねえか!!」



だが突然。

彼らの視界には、船の下で旋回している何匹もの鮫たちの姿が飛び込んでくる。



……と、なったのも束の間。



「あ、あれ……? どっか行っちまった」


「ほ、ほんとだ。ったく、驚かすなよ。一体何だったんだ?」




舌打ちをする海賊たちのもとを去っていく鮫の群れは、また、次の "獲物" を捜索し始めた。



------




「あ、姉御……! 俺は猛烈に感動してます!」


「船上でこんな美味い飯が食えるなんて……」


「男所帯に女性が一人いてくれたら、こんなに華やかになるんすね。

しかも姉御は美人だし、言うことないっす!」




「あはは……ありがとうございます」




海賊たちの言葉を受けて、ちょっと複雑な思いを抱きながら営業スマイルを浮かべている私。


その私はというと、現在再びギルのバルバロス号に乗せられ、ゆっくりと波に揺られている状態だ。

別に再び船旅に出るわけではなく、あくまでグッセンスタシューン王国近辺の見回りをしている、といった感じの。


画だけで見れば、船上でランチを楽しむ船乗りたち、という、どこかのどかな雰囲気である。



「……で、リリアナ。お前は何で、ここでも飯炊きをしてやがる」


「だって、ここでは書類仕事も何もないんだもの」


「飯炊きなんぞ、国を治める奴がすることじゃねえぞ」


「騎兵団では王子のシェリもナプティムウト様も、当番制の食事係をちゃんとこなしてたよ」


「……あの王国はほんとに王政か?」



少々呆れたようにギルが物申す。



「もちろん! 国王様は本当に立派な方だよ。 王国民の人たちのことをすごく大切に思っていらっしゃるし。


それに、何事にも経験が必要でしょう? 王族の人たちだって同じだよ。


お城にいて何もせずにふんぞり返ってるだけじゃ、民の生活が分からないじゃない」



「ま、一理あるな。 グッセンスタシューンの国王が愚王なのはそのせいか。


"女神の血を引く高貴な一族" っつって、甘い汁だけを吸ってこの100年生きてきたような奴らだしな」



「……でも、不思議だよね。 どうしてそんな人たちが、ギルのご先祖様の後を継いでるんだろう」



思わず、疑問に思っていたことを口にした。


そもそも、私はグッセンスタシューンの国王のことを、全くと言っていいほどに知らないのだ。



何故、2000年近く続いた王政をくつがえすことが出来たのか。





「…… "魔法" のせいだ」



すると、ギルが反吐を吐くようにそう言い捨てた。



「ま、魔法……?」


「そうだ。 国王一家は女神から受け継いだ力の一つとして、"魔法" が扱える一族なんだと。


……くだらねえ。どうせただの奇術だ。絶対に種がある」


「奇術……」



人々に魔法だと思わせるような、何か不可解なものを見せているということなのか?



私はギルへと視線を向ける。



「ギル、その国王様の魔法って、例えばどんなものがあるの?」


「……そうだな、突然目の前の物を消したり、寝てる人間を浮かせたりしやがる。



愚王の見せる数々の魔法とやらに、民らはすっかり心酔……いや、怯えちまってる。


俺たちが説得し出してからは、あいつらも少しは目が覚めてきたみてえだけどな」



ギルの言葉を聞き、私はふむ、と指をあごに添える。


確かに、女神の紋章と同じ焼印を入れているだけでは、民の人たちが愚王などと呼ばれる人に、大人しく従っているはずがない。



おそらく、国王一族はその "魔法" とやらで、民に恐怖を与え、抵抗できないようにしているのだろう。




「……見てみたいな」



思わず、私はそう呟いてしまった。



「あ? 国王一族のことか? 城には近々乗り込むつもりだぞ」


「国王様たちじゃなくって。あ、いや、違わないんだけど。


私が見たいのは、王族の人たちが扱う "魔法" の方」




私はあることを思い出していた。


まだマーレデアム王国を訪れて間もない頃。

私の愛し子としてのお披露目が開かれた時に、民の人たちがさまざな催し物を見せてくれたことを。



「……確かに、魔法のように見えるよね」


「……へえ? まさか、お前はその "魔法" に似たものを、どこかで見たことがあるってのか?」



ギルが私を見やり、ニイッと笑う。



「その国王様のものを実際に見たわけじゃないし、まだ何とも言えないんだけど」



そう言いつつ、私はコクリと頷いた。

ギルが "奇術" ときっぱり言い切った時に、実は少し確信してしまった。



"横たわっている人が突然浮く"



私は以前、同じものをマーレデアム王国で見たことがある。


頭によぎったのは、あのお披露目の時に見た、民たちによる不思議な "手品" の数々だった。



「ちょうど三週間後に、グッセンスタシューン王国で初春の祭典がある。


普段はほとんど姿を見せない国王が城先の中央広場までやって来やがるんだ。

しかも式典ではその魔法とやらも披露するとあって、国中の民らがこの街に集まる」



ギルは何か考えを巡らすように、私のことを見据えている。



「その時、お前も祭典に連れてってやる。あ、女神の髪飾りを忘れずに付けてこいよ」


「髪飾りを? どうして?」



ギルは私の腕をガシリと掴み、強引に自身の方へと引き寄せた。



「……っ、ちょっと、ギル!」


「嘘の魔法には、"ホンモノの魔法" で対抗するのが一番だからな」


「本物……?

……それってまさか、全王国民が集まる広場で、私にお祈りを唱えろって言ってるんじゃ……」



「お前はほんと、賢くてイイ女だぜ」



動揺する私には気にも止めず、ギルは私の手甲に唇を落とす。



「ちょ、ちょっと待って! 私、人を浮かせる手品の種明かしなんて出来ないよ?!」


「もちろん魔法の種明かしも出来りゃ完璧だがな。そこまでは分からなくとも、俺が嘘だと確信出来ればそれでいい。


愚王に妙な神力がないと分かれば、その力で民を傷つけることも出来ないってことだろ?



リリアナが起こす奇跡…… 街の浄化と民への祝福を見せつけて、お前こそが真の女神の愛し子だってことを、その日、国王とグッセンスタシューンの全王国民らに知らしめてやるぞ」



ギルはさらに私を引き寄せ、自身の腕の中へ捕らえた。



「お前が魔法を見たのは母国かあの海底王国かは知らねえが、うまく計画が進められそうだ」





私は全身の力が抜けてしまい、ギルの拘束を解く気力さえ失う。


これできっと、私は完全にグッセンスタシューンの地へ縛り付けられることになる。



自身で決めてこの王国に赴いたはずなのに、未だ覚悟の薄い自分が情けない。



(ギルの提案を拒むことは許されない。 この国を建て直すことが、マーレデアム王国を救うことに繋がるかもしれないから。



……私がシェリに出来る、唯一のことなんだから)





脳裏に浮かぶのは、大切な人たちが住む海の王国。



そして私の心も未だ、あの美しい海人騎兵に囚われたまま。




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