8. 王座
第二章 『海賊編』
「はーー堪能したぞ海底王都!
すげえな。陸地の大都市と何ら変わりねえ」
「私も最初びっくりした。海と陸って、意外とお料理も似てると思わない?」
「食の好みはとても合いますよね。リリアナ様の手料理も、いつもとても美味ですので」
「てめえ、ナプティムウト……
まさかリリアナに飯炊きまでさせてるってのか?」
「ギル! それも違うから!」
私たちは王都を後にし、帰路についている。
そろそろ秘薬の効き目が切れるため、ギルを海上へと送り届けねばならない。
「気に食わねえことがあればこいつらにちゃんとはっきり言えよ、リリアナ。
女神の愛し子だろうが、お前は人間なんだ。
無理に海人族らに付き合う必要なんてねえ」
「ギル。私、マーレデアム王国に来てもう半年以上経つけど、ちゃんと自分の意思でここにいるよ」
「へえ? 全部を知り尽くした後でも同じことが言えればいいがな」
「全部?」
「お前、まだ王都で食いたいやつあったんだろ」
「……ちょっと、それじゃ私がものすごく食いしん坊みたいじゃない」
「その通りじゃねえか。
全部食ったら今度は感想を教えてくれよ。
海底王国王族のお二人さんも聞きたいだろ?」
食べ物の話をしているだけなのに、何故だかシェリとナプティムウトに鋭い視線を向けているギル。
私は思わず首を傾げてしまった。
グッセンスタシューン王国の入江に着くと、ギルはオリオンの背から一人でにそこへと降り立った。近くにはバルバロス号が停留している。
「じゃあなリリアナ。 明日は国王 "夫婦" について学ぶぞ」
そしてそう言い残し、彼は自身の船へと向かって行ったのだった。
「……全く。明日も気が重い限りだね。
シェリ、私はこのまま本拠地の方に向かうよ。君はリリアナ様を女神の間まで送って差し上げなさい」
「……」
「シェリ、聞いているかい?」
「……はい」
「シェリ、大丈夫? どうしたの?」
「……何でもない。リリィも、今日は楽しめたか?」
「うん!久しぶりに王都に行けて嬉しかった!」
王都はまさに、水族館の中に街並みが広がっている、といった感じ。
そのため、ホメロスたちに乗って周遊するだけでも本当に斬新で楽しいのだ。
でも。
「いつかゆっくり、シェリと街歩きがしたいなぁ」
そんな夢を持ってしまう。
私はシェリと二人で王都を歩く様子を想像してみた。
恋人とウィンドウショッピングデートなんて素敵すぎる。女の子の憧れだ。
「……ふっ」
「ど、どうして笑うの?」
「そうか、俺とがいいのか」
「……また面白がってるでしょ」
私は眉間に皺を寄せつつ唇を尖らせる。
夢くらい見させて欲しい。
「では、今度は俺がリリィを王都へ連れて行こう。守人の俺なら誰も変な勘繰りを入れない上、文句も言うまい」
「ほんと? すっごく嬉しい! 楽しみにしてるね」
しかし、シェリの言葉を聞いて途端に笑顔になる私。先程のむくれはどこへやら。
我ながら単純だと思うが、嬉しいのだから仕方がない。
「ふふ。シェリ、明日の謁見に私は同行出来ないから二人のことをよろしく頼むよ。
リリアナ様も今日はお疲れでしょう。
この後は明日に備え、ゆるりとお休み下さい」
「は、はい、ナプティムウト様。今日はありがとうございました」
しまった。ここにはナプティムウトもいたのだった。
会話を一部始終聞かれていたことが、少々恥ずかしい。
私たちは再び海中へと戻る。
ナプティムウトはオリオンと共に、一足先に騎兵団本拠地の方へと向かって行った。
シェリと私はホメロスの背に乗りながら、ゆっくりと女神の間を目指して進んで行く。
道中も彼とは他愛のない会話を続けるつもりだった。
「リリィ」
「ん? なあに?」
「其方はこの王国が好きか?」
「もちろん! 王都に行くのも好きだよ」
「……俺は、リリィのことが好きだ」
「早く街歩き……って、ど、どうしたの突然」
「本当に、其方を心から愛している」
「シェリ……? ほんとにさっきからどうしたの? 何かあった?」
「……」
しかしシェリは急に黙り込み、今度は後ろから少しばかり強く抱きしめてきた。
いつものような私を安心させるためのものではなく、まるで縋るような抱擁。
「……すまん。今日はリリィも疲れただろうに。早く女神の間に帰ろう」
しかしそう言って腕を解き、私を解放した。
やはり今日の彼は、どこか様子がおかしい。
不安を覚えた私は、シェリの方を振り返った。
すると彼は顔を寄せ、ほんの少し触れるだけの口付けを私へと落とす。
唇を離した彼の表情は、笑顔だった。
しかし、どこか苦しそうなその笑顔が、あの時のトリンティアと重なって見えた。
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「トリンティア、一体どうしたのですか?
朝からずっと、元気がありませんね」
セシルドは心配そうに、トリンティアへとそう問いかけた。
トリンティアはリリィたちと別れた後、すぐに自室へと戻った。
あれからすでに数時間が経過しているというのに、夫に指摘されるほどに自身は酷い顔をしているのだと思い、トリンティアは苦笑する。
「何でもないわ。心配かけてごめんなさいね」
「マーレデアム王国に来ている海賊に、何か言われましたか?」
「……あなたは相変わらず、鋭くてよ」
トリンティアが小さくため息をつくと、隣にセシルドが腰掛け、彼女の手を優しく握ってくれる。
「あの男は気付いているのよ。
海人族の "寿命" と "人口" が比例していないことに」
トリンティアがそう言うと、セシルドの瞳が僅かに細められた。
海人族の寿命は約2000年と言われている。
しかし、それに比べて人口は一都市に収まるほどに少ないのだ。
「我々はそういう種族なのです。貴女が気にされることではありません」
「では、リリアナ様は?」
トリンティアがセシルドへと視線を投げる。
「先代の頃。我が王家が人間である愛し子様に "期待していたこと" があったのは確かでしょう。
リリアナ様はそれを知って、あの子の愛を不審に思ったりはしないかしら」
「……トリンティア」
「あのお方はやはり、陸の地で健やかにお過ごしになられた方が、」
「トリンティア」
トリンティアはハッとなった。
自分は今、何を考えてしまったのだろうと。
シェリがリリィのことを何よりも大切にしているのは誰の目から見ても明らかだ。
それに、彼女が心から弟を好いてくれていることも、もちろん分かっているはず。
「……馬鹿な考えをしたわ。決めるのはリリアナ様だというのに」
「夫婦には色々な形があるものです。ラドシェリム殿下が今後、"それ" をリリアナ様に強要されるとは思えません」
「……強制されることがどれほどに辛いものなのかを、わたくしは身を持って知っているわ。
おそらくは近々、あの海賊はわたくしたちの "出生率" についても話すでしょうね」
トリンティアの頭に、先程放たれたギルの言葉たちが過ってくる。
自身が王族であるのは紛れもない。
しかし、先代ではない。
「お祖父様はもういないもの。わたくしは、今は自分の意思で愛するあなたとの子が欲しいと思っているわ」
セシルドを見つめながら、トリンティアはそうはっきりと言葉にする。
彼は、そんなトリンティアを優しく抱き寄せてくれた。
「……シェリ。リリアナ様とあなたの関係は、過去の愛し子と王族のそれとは違うはずよ。
あなた方二人の間には、れっきとした愛があるのだから」
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リリィを女神の間へと送り届けた後、シェリは一人、騎兵団の書庫へと足を運んでいた。
「兄上、ただ今戻りました」
「シェリ。今日はもう宿舎に帰って良かったんだよ。君は明日も二人の護衛があるんだから」
「……一人、ですよ兄上」
シェリはギルのことを思い出したのか、顔をしかめている。
ネレオとマルフェスは訓練に参加しているため、今この書庫には自分たち兄弟しかいない。
「あやつは我々を脅し追い詰めようとする、本当に悪辣な男です」
「なるほど。王都でリリアナ様とギルの会話に付いていけなかったことを落ち込んでいるのかい?」
「な……!違います!」
「じゃあ先程の彼が言った言葉を気にしているとか?」
「……」
「シェリ。我々が海人族であることは変えられないよ。
それに、王家に生まれてしまったのは私たちの宿命なんだ。
でも、王子であってもそうでなくても、君は君だろう? 決して惑わされてはいけない」
ナプティムウトはシェリの肩に優しく手を添える。
「リリアナ様が言っていただろう?
あのお方は自分の意思でシェリのそばにいるんだ。
君が心から彼女を想っていることも、ちゃんと伝わってる。
大丈夫。リリアナ様は決して、君を見限ったりはしない」
ナプティムウトの言葉を聞き、シェリはふっと全身の強張りが解けていくのを感じた。
この頼れる兄はいつ如何なる時も、己に自信を与えてくれる。
シェリはナプティムウトの眼をしかと見やり、言葉を紡いだ。
「もちろん、逃さないつもりです。
そのためにも、俺はリリィに全てを話します」
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「おい、あの男は誰だ? 胡散臭そうな顔してやがるな」
「しっ!ギル、もう少し静かにして」
「貴様、騒ぎ立てるとここから摘み出すぞ」
次の日。
今日は国王夫妻と守護者たちの謁見を物陰からこっそりと見学する日。
もとい、王政の在り方を学ぶ日二日目である。
本日はナプティムウトに騎兵団のことを任せたシェリが、私たちに同行してくれている。
「だって見てみな、あのたぬき親父。国王にヘラヘラ媚びへつらいながら、リリアナのことばっか聞いてやがる。
ぜってえ愛し子との結婚を狙ってるな」
「貴様がそれを言うな。ちなみにあの男は大臣の一人だ。文官の一族だが、あの男の子供は娘ばかりで確か息子はいなかったはず……」
「あ、あ、あううう〜!」
「?!」
すると、謁見の間にどこからともなく赤子の泣く声が。私たちは思わず、顔を見合わせた。
「おお、これは失礼致しました。よしよし、お前の未来を決める大切な場なのだ。少し静かにしていておくれ。
国王陛下、こちら先日生まれたばかりの "孫息子" ですが、ぜひリリアナ女神様にはこの者の妻になっていただきたく……」
大臣の言葉を聞き、私とギルは口をぽかんと開けた。シェリはその大臣をギロリと睨め付ける。
「……リリアナ。300以上離れてる年上男に惚れられたり、20歳下の赤ン坊の嫁に推薦されたり、お前はほんと大変だな」
「ほほう、前者は俺のことか?」
「別にてめえとは言ってねえけど?」
……こちらはこちらで、また火花を散らしている。
赤ちゃんとの結婚を勧められたことにも驚くが、私とシェリの年齢も、実はかなり離れていたことを思い出した。
海人族の人たちは見目がとても若々しいから、ついついそのことを忘れてしまう。
「皆に申している通り、リリアナ様のご婚姻は王である私であってもそれを斡旋することなど出来ぬ。
それを決定付けることが許されるのは、愛し子ご本人のみなのだ」
それを聞いた大臣は赤子を抱え、残念そうにその場を後にした。
「全く、あの者はどのようにしてでも愛し子様を取り込みたいのでしょうな」
すると、国王の前に新たな守護者が進み出て来る。
「陛下、私からは王国全体の食糧生産率についての話を。
前年度と愛し子様降臨以降を比較したものをこちらの資料にまとめております。
是非お目通しいただけますようお願いいたします
あと、この海洋生物の生態資料は、騎兵団所属の倅から預かっている物です。
絶滅危惧種についての見解を記したものと伺っております」
「ご苦労だった、エーギルよ。其方の子息は騎兵団での活躍も著しいと聞いておる。此度、正式に第一部隊の隊長にも就任したそうだな。
2部隊をまとめ上げるのは難儀だろうが、期待していると伝えてくれ」
「もったいのう言葉にございます、陛下」
エーギル?
もしかして、この人は……
「ねえシェリ。あの人ってユーリのお父様?」
硬派そうな雰囲気を持った、見目は40代後半ほどに見える男性。
あまりユーリとは似ていないから、彼はお母さん似なのかもしれない。
「左大臣は堅物そうに見えるがそうでもない。ユーリの母が生きていた頃は、彼女にいつも鼻の下を伸ばしていたと騎兵団の年長者らが噂していた」
「……」
一瞬想像してしまったが、私は彼の息子であるユーリの方を頭に過らせる。
ユーリは私の幼い頃を知っているせいか、常に優しい気遣いを見せてくれる。
……彼に想いを返すことが出来ないのに、シェリとのことをいつまでも黙っているのは心苦しい。
私は少しばかり、息をつく。
「あいつは知ってんじゃねえのか」
「へ?!」
「何だよリリアナ。間抜けな声出しやがって」
「し、知ってるって何を……」
「お前が今危惧していることをだ」
「貴様、一体何の話をしている」
「お前には死んでも言わねえ。ムカつくから」
……一瞬どきりとした。
また心の声が漏れていたのかと思った。
「貴様は本当にいけ好かない男だ。ハンドレのことがなければ、お前など即刻槍で串刺しにしてやるものを」
「やってみな。 お前とはもう一度やり合いたいと思ってるからなあ。
ま、その前にリリアナが俺の元へ来る方が早いかもしれねえがな」
「……何だと?」
また話が逸れて喧嘩へと発展してしまう二人。
「もう、やめてってば二人とも……
あ、ほら!謁見が終わっちゃったじゃない」
シェリとギルがいがみ合っている間にも数人の大臣が国王と話をしていたが、それもすでに終わりを迎えていたようだ。
「皆、大義であった。これにて本日の会合は終了する」
国王と守護者たちとの謁見が終わってしまった。ギルはちゃんと王政の在り方を学べたのだろうか。
守護者たちが部屋を去った後、国王は席を立ち上がろうとした。
「……っ」
しかし突然に、彼はふらりとその身体を蹌踉めかせる。
咄嗟にシェリが国王の前へと出ようとしたが、
「陛下……!」
それよりも早く、彼の隣に鎮座していた王妃がその身体を支えた。
足元をおぼつかせながら、国王は自身を支えている王妃を見やる。
「すまぬ、イルトゥーキア。手間をかける」
「……陛下。今朝、お薬はきちんとお飲みになられましたか?」
「今日は会合ゆえ、途中で眠りこけてしまうわけにはいかぬからな。飲んではおらんよ」
王妃の顔に、影が落ちた。
「イルトゥーキアよ、そろそろ "あの準備" を進めねばならん。
近々子供たちを執務室へと集めて欲しい」
「……」
「そんな顔をするな。其方にはいつも笑っていて欲しいと言っているだろう?
我が妻として、子らの母として、そして民らの国母として。
其方もどうか、最期の時まで私と共に在ってくれ」
「……はい、陛下。貴方様の御心のままに」
国王と王妃は寄り添うようにして謁見の間を後にする。
「……国王はもう、長くねえのかよ」
国王夫妻が部屋を後にした後、ギルがそう言葉を放った。
「父はまだ御歳1750歳だが、もともと身体が丈夫な方ではない。薬の量が年々増えているのは確かだ」
「寿命の違いはあれど、海人族といっても不老不死ではないってことか。
しかし、あの夫婦はなかなか良い」
シェリは怪訝そうな眼をギルへと向けていたが、そのギルは収穫ありと言わんばかりの表情をしている。
そして、彼がまたこんなことを言い出した。
「リリアナ。今度はこの国のガキどもを見たい」
「子供たち?」
「そうだ。遊び方やら教育にも興味がある」
「……シェリ、子供たちに会いに行っても大丈夫?」
「……案内しよう」
シェリは国王夫妻が去った方を一見してから、扉に向かって歩き出した。ギルも歩みを進めて行く。
私も彼らの後に続こうとしたが、今一度振り返り、国王たちが座っていた王座を見つめた。
(王家……か。きっとみんなそれぞれ、目指しているものがあるんだろうな)
女神一族も、かつては陸上王国の王座に鎮座していた。
さらに言えば、ギルはまさに今、それを目指している途中だ。
"国王はもう長くないのか?"
このマーレデアム王国の王座も、いつの日かまた別の者へと受け継がれていくのだろう。
年齢順で言えば、トリンティアが次の女王になるはずだ。それか、もし王位継承権が代々男子へと受け継がれているのなら、ナプティムウトが跡を継ぐのかもしれない。
でも、それもまだ先の話だと信じたい。
女神の愛し子が不在の中に生を受け、この王国を守り続けてきたのが現国王だ。
彼が愛する人たちと共に少しでも長く、この美しい海底王国で穏やかに過ごせますように。
そう願ってやまない。
「リリィ」
名前を呼ばれ、私は思わずハッとなった。
視線を戻すと、先に歩いていたシェリが私へと手を差し伸べている。
「あ、ごめんなさい。今行くね」
私は少し小走りで彼の方へと向かい、差し出された手を取った。
「……其方の手は、やはり温かいな」
そう言って穏やかに微笑むシェリ。
もう長くはない父親を目の当たりにしても、彼は不安な顔一つ見せない。
そんな彼を見やり、私は自身が女神の愛し子として強く在ろうと心に決めた日のことを思い出した。
「リリィ。後で其方と少し、話がしたい。
いや、話さなければならないことがある」
王家に生まれ、民を想い、王国を守る騎兵団をも背負っているシェリ。
この先もずっと、少しでも彼の支えになりたいと心からそう思っている。
女神の愛し子として、海陸両地に住まう大切な人たちの生活を守っていけるように。
私たちの目指すべきものが違える日などは絶対に来ないと、そう信じて。




