6. 取引き、再び
第二章 『海賊編』
「テティス女神の終着地……
ここが、女神の一族の本当の母国……?」
海女神であったにも関わらず、陸へと上がることを望んだテティス。
その彼女が暮らした地というのが、このグッセンスタシューン王国だったというのか。
それに夫は、この王国の国王となった人だとも。
「旦那はもともとこの王国の王で、テティスと結婚した後に国名を変えたらしいな。
そりゃ海の女神なんぞを妻に迎えたらそうしたくもなるだろう」
「……じゃあ、テティス様も王族になったってこと?」
「その通り。
リリアナ、お前は女神の愛し子として生まれた上、グッセンスタシューン王国の正式な後継者の一人だ。
お前以上に、俺と一緒にあの国を正す適任者がいるか?」
「……やめて、ギル。
私には何の力もないもの。この国のことだって、まだ全然知らないのに」
「見せただろう。この国の実態も内情も、図書館にある秘蔵書も。
お前に手渡したこの装飾品も、グッセンスタシューン城に保管されていた物だ」
ギルは私の髪に付けられている装飾品へと視線を移す。
ヒトデを象り、海の宝石が散りばめられた美しい髪留め。
"これはお前が持つべき物だ"
ギルの言葉が脳内に木霊した。
私は少しばかり、彼と距離を取る。
「……ギル、ごめんなさい。
私じゃあなたの支えにはなれない。この髪飾りも、受け取れない」
「すぐに受け入れろなんて言わねえよ。
俺だって館長に聞いた時は信じられなくて反発もした。
でも、故郷がこれ以上悲惨な目に遭うのはごめんだ。
……ガキどもが死んでいくのを見るのは、もうたくさんだ」
「ギル……」
「あと、この装飾品はただお前に返しただけだ。リリアナの先祖の髪飾りを、男の俺が持ってても仕方ねえだろ?」
ギルはそう言って私の髪に手を伸ばし、それを指で梳く。
グッセンスタシューン王国が女神一族、つまり、愛し子たちにとっての祖国。
さらにギルは、女神の一族は隣国の王に滅ぼされたとも言った。
それも、2000年前に。
しかしその時期とは、私の前の愛し子、つまり海魔となった愛し子が、丁度マーレデアム王国を訪れた時と重なっているのではないだろうか。
「ギル……私は今生きていて、母国はこの国じゃない。
それは海魔になった愛し子の他に、2000年前に "別の国で生き延びた人" がいたから?」
「……さすが、鋭いな」
ギルは唇の端を上へと上げる。
「ご明察。陸の地でたった一人生き残った王女が、数名の側近者らと共に各国を転々としたんだと。館長からはそう聞いた。
その王女が最終にたどり着いた国が、リリアナの母国だったのかもな」
彼は想いを馳せるようにそう呟いた。
「リリアナ。俺は愚王を排除して王国を立て直す。
だが、100年続いた体制は簡単には打ち破れねえだろう。
何か突飛な "策" でもねえとな」
そう言って天井を仰ぐギル。
私の一族の祖国がこのグッセンスタシューン王国だったなんて、そんなことは思いもしなかった。
なのにそれを受け止めてみると、迷子だったパズルのピースがどんどんうまく当てはまっていくのだ。
「キャプテン!」
その時、ギルの手下が慌てたようにこの客間へと飛び込んで来た。
「どうした」
「ふ、船の後方に、おっかねえ鮫に乗った、青い肌を持つ者たちの大群が……!」
シェリたちが、動き出した。
「……思ったよりも早かったな」
ギルはそう言うと、再び私の肩をきつく抱き寄せ、客間を出た。
「キャプテン、追ってきました! 予定通りです!」
手下の一人が双眼鏡を片手に、船尾の後方を指差している。
私は目を凝らして遥か遠方を見つめた。
「……みんな」
「へえ、なかなかの大群だ。200、いや250騎はいるか?
リリアナは相当慕われてるなあ。さすが俺の妻になる女だ」
そう話すギルの顔はいつものように不敵な笑みを浮かべている。
「すぐに戦闘準備をしろ。
奴らは陸上だと長く息が続かねえ。戦いを船上に持ち込めば少人数でも勝てる。
念のため、"あれ" も準備しておけ」
「あ、あれって?」
「大砲だが?」
「た、大砲?!」
ギルは私の質問にも淡々と答え、手下の海賊たちに指示を飛ばしていく。
「ギル……! 大砲なんて、誰かが死んじゃうよ!」
「海賊の戦いに死は付きものだぞ? 俺は今まで何人も仲間を失ってきた。
お前は地下に隠れてろ。
心配しなくても、俺たちも向こうも、リリアナに危害は加えねえよ」
「っ、そうじゃない! 私じゃなくて、」
「……ほんと、黙って守られてるだけの女じゃねえなあ。
ま、だから俺はお前に惚れたんだけどよ」
「どうして今、そんな話になるの!」
「赤の他人のことばっか気にするのは女神一族の癖か?」
「? 今のって、どういう、」
ドンッッッ
私の言葉が言い終わらないうちに、大砲を撃つ音のようなものが聞こえてきた。
「……リリアナ。この戦闘が終わったら俺はお前を名実ともに妻にするぞ。
それまでに覚悟を決めやがれ」
ギルは私を地下の食糧庫へと連れて行き、中に閉じ込めた。
「ギル! ま、待って、やめて……!
大砲なんて、騎兵団の人たちが死んじゃうよ!」
私は真っ青になりながらそう叫んだ。額には焦燥の汗が滲む。
(どうしよう……
まさか、大砲があるなんて思わなかった)
私は何とかして食糧庫の扉を開けようと思ったが、表からは鍵がかけられているのか、ビクリともしない。
「シェリ! シェリ……!!」
愛おしい人の名を何度も叫んだ。
だがその声は、外から聞こえる大砲の音や海賊たちの雄叫びによって、すべてかき消されることとなった。
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「団長! 大砲攻撃が続き、やはり海上からでは思うように船に近づけません!」
第一部隊を率いるユーリが、後方にいるナプティムウトにそのように伝える。
「焦っては駄目だ。少しずつでいい。
海中に潜水しながら距離を縮めていこう。
第二部隊の準備は?」
「いつでも動けます!」
「よし。では第一部隊の後方から続くように。
第三部隊、第四部隊は今は待機。
……第五部隊は作戦通りかな?」
「はい、すでに出陣されています!」
「では、このまま我々 "本隊" は正面から攻めるよ。
決して誰も死んではいけない。
リリアナ様が悲しまれるからね」
ナプティムウトはそう言って、視線の先にある海賊船を見据えた。
「ユーリ、ヒューマ、各部隊を海中から先導しなさい。
特に、第一部隊は先制攻撃隊となる。くれぐれも用心して、作戦通りに動くように。
いいね?」
「御意!」
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「ふん、やはり海賊同士の戦闘とは違ってやりにくいな。海中に潜られると大砲が効かねえ」
ギルが舌打ちをする。
戦闘鮫魚たちの動きも早く、騎兵団の者たちがどんどん船へと距離を縮めて来ている。
「ひ……! 青い肌に、耳に魚のヒレが生えてやがる。見れば見るほど化け物みてえだ」
「人喰い鮫を手懐付けてる魚人が相手なんてついてねえっ」
「お前たち、焦るんじゃねえよ。
船上ではこっちの方が有利なのは前回で分かってるだろうが」
ギルは手下の様子に少々呆れながらも、騎兵団の者たちを迎え打つ準備をしていた。
『へえ? 随分と余裕なんだね』
その時、一人の海人騎兵が海賊船の船首に手をかけ、そこへ軽々と飛び乗った。
『はー、ようやく追いついたよ』
「?!」
「き、来た!」
「お、お前はあの時の……!」
『この間は随分と好き勝手やってくれたよね。
ところでリリィは?
万が一あの子に怪我でもさせてたら許さないよ』
『……てめえハ確か、ユーリとか言ったカ?』
『へえ、覚えててくれたんだキャプテン。
あの時はどーも。 仕返しにきたよ』
船首にいたのは、ユーリ。
彼は軽やかに船上へと降り立つと、自身の手の平から長剣を取り出した。
すると、それを見計らったかのように、第一部隊の長剣騎兵らが、次々に船側へと上がってくる。
『みんな、分かってるね? ちゃんと作戦通りに動いて。
殺さなくていいから。まずは弱らせるだけね』
『てめえ、随分と余裕ダナ? 呼吸ハ大丈夫なのカ?』
ギルもニヤリと笑う。
『あれ? 心配してくれてるの? キャプテンてば優しいね』
ユーリはそう言って、小悪魔のように首をコテンと傾げる。
『僕たちのことは気にしないでよ。
"予備"があるからさ?
そんなことより、自分たちの心配をしなよ。騎兵団の本気はコワイよ?』
次の瞬間、ユーリは船上を素早く駆け抜けた。
彼が長剣を振り下ろした相手は、言わずもがな、ギル。
ユーリの攻撃が合図となり、第一部隊の者たちが海賊たちへと戦闘を仕掛けていく。
金属が打ち付けられる音が、船上全体に響き渡る。
『……は! 女みてえナ顔してる割にハ鍛えてやがるナ』
『ありがと。だてに2部隊の隊長兼任してないよ。
今日は他の海賊たちの相手を部下が請け負ってくれてる分、アンタとの戦闘に集中できるね』
『言ってロ。お前たちハもうしばらくすれば息が上がル。
それまで持ち堪えれバこっちの勝ちダ』
『……ふふ、良かった。そう思ってくれてて』
ユーリはギルの剣を弾き、一度後方へと下がる。
騎兵団員たちも海賊らも、両者共に少し息が上がっている。
『うーん。なごり惜しいけどここまでだね。
みんな戻るよ!』
ユーリの言葉に頷きながら、部下たちは次々と船側に手をかけ、海へと飛び降りて行く。
ユーリも彼らに続き、再び船首の上に飛び乗った。
『ナ……!てめえら、逃げる気カ?!』
『いいや? 僕たちは "また後で" 。
うちの騎兵団、残念だけど僕の部隊だけじゃないんだよ。
他のみんなにも花を持たせてあげないとね』
そう話すユーリの横に、"次の部隊"と思われる海人騎兵たちが現れた。
『ヒューマ、後はよろしくね』
『おう、任せろユーリ』
「……そういうことか」
ギルは思わず人間言語でそう呟いた。
『次は第二部隊が相手だよ。
ま、第三部隊は僕の本隊だし、またすぐに会うことになるけど。
じゃあね、キャプテン』
ユーリはくすりと笑うと、船首から優雅に海へと飛び降りて行った。
第二部隊に続き、次は再びユーリの率いる第三部隊、続いて第四部隊、そしてまた休憩を終えた第一部隊へと戦闘を託して行く。
これが、今回の騎兵団が立てた戦術だった。
「キャ、キャプテン! 動けるやつがもうほとんどいませんよ……!」
「チッ」
ギルが眉間に皺を寄せ、忌々しそうに舌打ちをした時。
彼は突如、背後に何者かの気配を感じた。
ぎょっとなったギルが思わず振り返ろうとしたが、彼の膝が崩れ落ちる方が先となり、それは未然に塞がれてしまった。
自身の背中で両手首を拘束されたギルは、船上に映るゆらりとした影を鋭く睨め付ける。
「……てめえ、いつの間に」
『四日ぶりだな。貴様を見下ろすのは気分が良い』
別行動を取っていた第五部隊は本隊とは逆の方角から船へと乗り込み、現在、すっかり体力が失われてしまった海賊たちの "回収" に当たっている。
つまり、まだ一度も戦闘しておらず、体力の有り余っている第五部隊が、弱りきった海賊たちをほぼ一撃で次々に仕留めている、といっ状況である。
『副団長、全ての海賊たちを捕らえました。
あと、これはこの船長が隠し持っていた鍵です』
第五部隊の隊長、オルフェスがシェリの前に跪く。
『ご苦労だった。また先程の交戦時と同じように部隊を入れ替え、こやつらの見張りをしてくれ。
俺はリリアナ様を探す』
『御意!』
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シェリは船上から地下へと降り、倉庫や小部屋を開いていく。
「リリィ!俺だ!
リリィ、どこにいる!」
「……シェリ……?」
「! ここか!」
シェリが食糧庫の扉を開けると、やっと愛おしい者の姿が在った。
「リリィ!」
シェリはすぐにリリィの元へと駆け寄った。
無事を確かめるように彼女の頬に手を添え、怪我の有無を確認する。
「どこも怪我はないな?」
しかし、彼女の顔色はすこぶる悪く、心なしかその身体も震えている。
「……シェリ……」
己を求めるようにして、その両腕をを伸ばしてくるリリィ。
「……リリィ、一人にしてすまなかった。
もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
シェリは彼女をきつく抱きしめた。
「た、大砲が、」
「大丈夫だ」
「だ、誰も、」
「誰も死んでいない」
その言葉を聞いたリリィが、自身の身体の硬直を解いた。
「……良かった」
だが、まだ小刻みに震えている。
彼女の不安を煽ったのはきっと、あの頭の男だろう。
シェリは固く唇を結んだ。
「何も心配はいらない。
現在の騎兵団は、其方が悲しむ故、絶対に死ぬべからず、という規約が付け加えられそうなのだ。
お陰で捨て身で突進するような者がいなくなった」
シェリはリリィの髪を撫でながら、そう説明した。
「此度は部下らがよく動いてくれた。
後で其方からも労ってやってくれ」
「うん……」
やっと安心したのか、リリィが少しだけ微笑んだ。
「シェリ、ギルは……?」
「安心しろ。 あの男を含め、他の海賊らも全て拘束してある」
「……シェリ、助けにきてくれてありがとう。
早く海に戻らなきゃ。今はあの秘薬を飲んでないんでしょう?」
「……そうだな。行こう」
何か思惑があるかのようなリリィの態度が気になったが、シェリはリリィと共に船上へと急いだのだった。
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私はシェリ、ナプティムウト、ユーリと共に
拘束されたギルと対面した。
ギルは船のメインマストに身体を縛られている。
「てめえら……俺に妙な薬まで飲ませやがって」
「おかげで無理に海人族の言語を使わずとも我々と話せるだろう。
リリィを攫い、危険な目に合わせた罪はどう償ってもらおうな」
「は! お前ら、何か勘違いしてねえか?
女神の愛し子はあの海底王国の者だと?
リリアナは人間だ。
陸地で生まれた者は、そのまま陸上で暮らしていくのが正論だろう!」
「このお方は海女神であるテティスの愛し子。 我々海人族の救い主様だ。
君の言うことは最もだけど、このことはリリアナ様もご承諾下さっている」
「はん、どうせリリアナの良心に付け込んだ汚ねえやり方で、だろう?
その女はお前たち魚人が連れ帰っていいような身分の女じゃねえんだよ」
「……何、どういうこと?
リリィは港町に住んでた、可愛い普通の女の子だよ」
「リリアナ、言ってやれよ」
ギルの視線が、シェリたち三人の後ろに控える私へと移る。
「……ギル。本当にごめんなさい。
やっぱり、私は、」
「リリアナ!!」
ギルの怒号に、肩がビクリと揺れた。
すかさずシェリたちが私をさらに奥へと隠す。
「リリアナはこのグッセンスタシューン王国の正統な後継者だ」
「……君は今、"グッセンスタシューン"って言ったのかい?」
「……ほう? そこのリーダーみたいな優男。
お前にはこの意味が分かるのか?」
「兄上、どういうことでしょうか」
「団長?」
シェリとユーリが訝しげにナプティムウトを見つめる。
「シェリ、ユーリ。
"グッセンスタシューン" というのは、その国の古い言葉で、とある意味を持つんだよ」
「とある意味……?」
「リリアナと俺は、グッセンスタシューン王国の正統後継者たちだ。
婚姻を結ぶのは至って必然。
あの国を立て直すっていう役目を担ってるからな」
「婚姻だと?!」
シェリの額に幾重にも青筋が浮かび上がっている。
今にもギルに飛びかかりそうな弟の前へ、すかさずナプティムウトが進み出る。
「落ち着きなさい、シェリ。
ユーリも。戦闘は終わってるんだ。剣を納めなさい。
この者の言うことはあながち間違ってはいない。リリアナ様があの陸上王国の正式な後継ぎというのは、本当だ」
「な……!」
シェリの額筋はまだ消えない。
それどころか、顳顬にも伝染している。
「……そして君も、リリアナ様と血が繋がっているわけではないけれど、上に立つ者の末裔、ってところで合ってるかな?」
「てめえは話が早くて助かるな。
そこのリリアナに惚れてる野郎たちじゃ会話にすらならねえ」
「……貴様」
「ほらな?」
ギルは片側の口角を上げながら、シェリたちへと視線を向ける。
彼らの会話を黙って聞いていたが、この場ではっきりと意思表示をしなければならないのは、むしろ私なのだ。
私はシェリたちの前へと進み、ギルに向かい合う。
「……ギル、結婚は出来ない。
でも、あの子たちを少しでも良い環境に移してあげられたらって……
それは、心から思ってる」
「リリアナ、"ハンドレ" を忘れるな。
そいつらの命と引き換えにお前が受けた取引きは、"お前自身" だった。
忘れたとは言わせねえぞ」
「ギル……」
「お前がガキどものことをそう思ってくれるんなら、女神の愛し子としての力を貸してくれ。
愚王や民らに、お前こそが女神の正式な継承者だと示さなければ、あの国自体が変われない」
ギルの瞳に、私の迷いある表情が映っている。
他国の政治に口出しが出来るほど、私はその道に通じているわけでも何でもない。
母国ではカフェのウェイトレスだった。
女神の愛し子になったのだって、ここ半年ほどだ。
それが、実は他国の王族の血まで継いでいた、だからお前は祖国を立て直せ、と言われても、本当にどうすれば良いのか分からない。
すると、シェリがギルに向けてこのような言葉を放った。
「貴様の言う "ハンドレ" とやらが取引き、という意味か。
それでは今度は俺と、 "ハンドレのハンドレ" を行うというのはどうだ」
「何だと……?」
「リリィを自分のものにするなど、馬鹿げたことは取り消せ。
その引き換えに、我々が貴様をマーレデアム王国へと案内しよう。
王政や民の生活、それに、国王や王族たる者の在り方についての模範を見せてやる」
「……へぇ、それは大変に興味深いな。
しかしどう足掻いても無理な話だ。
どうやって海底まで俺を連れて行くつもりだ? リリアナの女神の秘宝を、俺が首から下げるってか?」
「いや?
貴様には秘薬を "特別仕様" にしてに作ってやる。
正確には "もどき" というやつだがな。
本来秘薬は我々海人族が陸へと上がる際に使用するものだ。
テティス女神が作りし秘薬たちの製造秘法書は、流石に陸には流れていないだろう?」
「……てめえ。まさかその秘薬とやらで陸へと上がってやがったのか?」
「リリィにあのような格好をさせていたのは、陸地の男どもが彼女に近付かないようにするためだな?」
「ご名答。あと、俺はもてるんでね。
女のいらぬ嫉妬を買わねえためにもだ」
「なるほど。貴様みたいな男でもリリィの近辺警護を怠っていなかったということか。
そこだけは褒めてやる」
「は!いらねえよ」
火花を散らし続けている二人。
「ギル、とか言ったか?
明日の朝、陸地から死角になっているあの入江まで来い。
俺が貴様を、我が王国へと案内してやろう。
国王の許可は得ているから安心しろ」
「……抜かりのねえ野郎だな。
最初からそれを取引き材料に使うつもりだったのか?」
「お前がそのハンドレとやらを反故するにはこれくらいが妥当だろう」
「……いいだろう」
私はシェリへと視線を向けた。
秘薬は身体に負担がかかると聞いたが、ギルが使用しても問題ないのだろうか。
「シェリ、その秘薬は、その」
「……安心しろ。俺が使ったものとは全くの別物だ。
呼吸の時間こそ短くなるが、それほど人体に影響はない」
「そう……それならいいんだけど」
ギルを見やると、どうやら私の危惧が伝わったようだった。
が、目が合うと、やはりいつもの不敵な笑みをこちらへと向けてくる。
「リリアナ。お前は自分の意思で俺の元へ来い。
俺はイイ男だぜ? 甲斐性ありな上、子煩悩だ」
「……相変わらずだね」
「それは俺のセリフだ。心配性なのはお前の趣味か?
ったく。薬剤ごときで俺がどうこうなるわけねえだろうが。海の男を舐めるなよ」
ギルがそう言って笑うので、私も少し、苦笑した。
女神の愛し子としてギルに協力できることなど、この先もないかもしれない。
けれど、ギル自身が目指すべきものの模範を知れるというのは、彼にとってとても良い機会になるのでないかと思った。
そんな風に思いながら彼を見やっていると……
「……リリィ。だんだんと息が苦しくなってきた」
「?! シェ、シェリ!」
「リリィ僕も……
気分が悪くて死んじゃいそう」
「ユーリ!」
突然、シェリとユーリが額や口元を抑え、そう訴え出した。
私はその様子にあたふたとなる。
「ふ、二人とも取り敢えず海に戻ろう!
呼吸を整えて!」
「リリィは僕たちのことが心配?」
「当たり前でしょ! ほら、私の肩に掴まって!」
「と、いうわけだ海賊。
明日の朝八時。遅れるなよ」
シェリはフン、と鼻を鳴らし、ユーリはギルに向かってあっかんべーをしている。
「ちょっと二人とも……
ごめんねギル。また明日ね」
私はシェリたちへの心配半分、呆れ半分、と言った具合で、三人で船を後にしたのだった。
------
「ほんっと、余裕のねえ男どもだな」
「二人とも、本当は飛び抜けて、優秀な海人騎兵なんだけどね。
リリアナ様が絡むとあの通りだよ」
「だせえやつら」
「まあまあ」
ナプティムウトはギルの縄を解きながら苦笑している。
「君が部下らの縄を解くのは、私たちが去った後に頼むよ」
「……てめえはあいつらよりは話が分かりそうだな」
「彼らより200年以上長く生きてるからね」
「ほんと、どうなってんだよ。お前らの寿命は」
「何か話があるなら手短に頼むよ。
我々は陸上に適した身体を持っていないからね」
ギルはそう話すナプティムウトを見やり、唇の片端を引き上げた。
「なら話が早い。単刀直入に言ってやる。
てめえら、リリアナに隠してることがあるな?」
「……どういうことだい?」
「2000年前の愛し子のことだ。
あいつはまだ、"海魔になった愛し子の経緯" を詳しくは知らないようだった」
「……」
「それを記した古書が海底にはない?
いいや。そんなわけねえよな?
むしろ、そのことは海底王国にこそ記録として残っているべきだ。
お前たちはそれが書かれている古書をあいつの目の届かない所に隠してるな?」
ギルの鋭い視線がナプティムウトに突き刺さる。
「過去の愛し子とマーレデアム王国の関係を知って、リリアナが逃げ出したらどうするつもりだ?
お前たちのことを "軽蔑" したら?」
ギルは意味深な笑みを浮かべなが鼻を鳴らした。
「……我々はリリアナ様の御心に従うまで」
「はん、そう言いながら、"海魔の二の舞" にさせようとしてるのはどこのどいつらだ?」
ギルはリリィたちが去って行った海の方へと視線を向けた。
「リリアナは俺を選ぶ。
あいつの故郷は海じゃねえ。
この、グッセンスタシューン王国なんだ。
"先祖の無念" は、俺が必ず晴らさせてやる」
そう言葉を添えて。




