3. 陸の王国
第二章 『海賊編』
「リリアナ、準備は出来てるな?」
「……」
「はっ! よく似合ってんじゃねえか、"ボウズ" 」
「…………」
朝の目覚めはとても悪かった。
昨日の出来事が夢なら早く覚めて欲しいと思っていた。
しかし、泊まっていた宿へと私を迎えに来たのは、愛しいあの人ではなく、海賊のこの男だった。
これが、現実。
「まーただんまりか。
まあいい。昨夜散々暴れてすっきりしたからな。今日の俺は気分がいい」
本っ当に最低である。
「……ところで、私のこの格好は何なの?」
「何って、"男装" だが、見て分からねえのか?」
今朝、これに着替えろとギルから手渡された服は、何故だか男性ものだった。
「どうしてこんな……」
「俺が女連れだと目立つからだ」
「目立つ?」
訳がわからないまま、私は彼に腕を引かれるようにして港町へと連れ出された。
私の故郷である陸地は、いくつかの国に分かれてはいるものの、言語はすべて共通している。
よって流通が早く、どの都市にいても常に他国の輸入品が目に入る状態だった。
多国船が行き交う港町などは特にそう。
だが、このグッセンスタシューン王国のそれには少し違和感を持ってしまった。
(母国の港町は朝市が盛んだったけど、この国ではやってないのかな?)
時刻は朝の八時半。
確かに早い時間ではあるが、母国ではすでに多くの店が「オープン」の看板を出していた。
港町の朝市といえば、新鮮な魚貝の計り売りや、それを使った軽食提供が主。
土産物屋や輸入品店なども朝早くから開いていて、雑味感はあるものの、それもまた楽しいと思える雰囲気があった。
しかし、ここではほとんどの店が閉店している。
もちろん、開いているお店もあるのでチラリと覗いてみたのだが、店内に商品はあまりなく、買い物客たちも非常に少ない。
それに、街に清涼感が感じられない。
どこか淀んだ空気が流れているように思える。
「よーギル! 海賊仕事は順調か?」
「相変わらずお宝を手にしまくってるかあ?」
閑散とした街中をギルと共に歩いていると、
彼の顔見知りなのか、店出しをしていた男性たちが声をかけてきた。
「おかげさまでなあ。
ちょっと面倒なことも多いが、やりがいあるぜ」
「ははっ、海賊は悪党だなー!」
「おいおい。俺は正当なことをしてるだけだぞ」
「まーな。ギルのおかげでこっちは助かってる」
ギルは彼らの方へと足を進めつつ、軽口をたたくようにそれに応えていた。
(……あれ? 彼が海賊だってこと、この王国の人たちは知ってたりするの?)
ここでは略奪行為等をしてないのか随分と親しげだ。
思わず眉を寄せて彼らを見やっていると、男性たちと話し終えたらしいギルが、私の所へと戻ってきた。
「この光景が不思議か?」
「だってあなたは……」
「俺は他国の海賊らに奪われたグッセンスタシューンの物たちを取り戻してるだけだぜ?
で、それをさらに金やら物やらに変えて、ここでバラ撒く」
(ええっ……それだと何だか義賊みたい。
それに、奪われた物ってあの船の客間にあった財宝たちのこと?
あれはもともとこの国の物たちで、それをギルがお金に変えてこの国の人たちに分けてあげてるってこと?)
疑問ばかりが浮かび上がる。
……でも、気にするのはやめよう。
例えギルが、この王国の人たちにとっての悪者ではなくとも、彼は私のことをシェリたちから離した。
私にとっては、決して良い人ではない。
一人納得して顔を頷かせていると、
「あ!ギルが帰ってきてる!
あんたったら、ぜんっぜん海から戻って来ないんだから。私とのデートの約束は?」
「ギル、やっと見つけたわ!
演劇を観に行こうって言ってた日、もうとっくに過ぎちゃったわよ」
「ギル!誰よこの女たち!」
「あなたこそ誰よ!」
ギルは、次の瞬間にはあっという間に女の子たちに取り囲まれていた。
もちろん、私は彼の横を追いやられ、その集団からは弾かれてしまう。
「分かった分かった。
一人ずつ話聞いてやるから落ち着け」
ギルは何でもないようにそう答えているので、これはきっと彼がこの港へ立ち寄った時の、お決まりの光景なのだろう。
昨夜のことといい、とことん女の敵である。
でもまあ、彼がモテていても私には関係のないことだ。
しかし。
(……100年前のシェリもこんな状態だったのかな)
頭の中にもんもんとしたものが過ぎってしまった。
完全に個人的な理由なのだが、
女性たちに取り囲まれ、それに悠々と対応しているギルのことを、私はしばらくの間じとりと見やってしまったのだった。
「予想通りだ。誰もお前を気にしちゃいねえ。男のカッコさせといて正解だったな」
女性たちをうまくかわし、こちらへと歩み寄ってきたギルがそのように言った。
「あいつらの袋叩きに合わなくて良かったな。女の嫉妬は怖えぞ」
ギルはそう言って唇の端を上げる。
まだ街に出て一時間も経っていないはずなのに、私はすでにとても疲れた気分になっている。
私はふと、海の方へと視線を向ける。
シェリたちと別れてから半日が過ぎた。
彼らは無事にマーレデアム王国へと帰れただろうか。
今頃、皆とても心配しているだろう。
ギルの目的が女神の秘宝ではなかったため、これはまだ私の首元にかかっている。
ギルが、三日後には再び海へ出航すると言っていたから、何とかその時に、隙を見て海中へと飛び込めないだろうか。
あんなに帰りたかった陸地に降り立っているというのに、もうここに戻りたいとは思わなくなっていたことが少し不思議だ。
それほどまでに、マーレデアム王国が大切な存在になっている。
(王国のみんなに会いたい。
……シェリのところに、帰りたい)
美しい大海を見つめながら、私は女神の秘宝をぎゅっと握りしめた。
ギルが、そんな私をじっと見据えていたことには、気が付かなかった。
ギルに案内されるまま港町を抜け、やがて私はこの王国の首都らしい内陸部へと入って行った。
しかし、本当にここが都なのかと疑う思うほどに活気がない。
港町と同様、商店も半分ほどは開いていないし、都市を行き交う人々も、心なしかあまり元気がないように見えてくる。
すると、私の疑問を見透かしているかのように、ギルがこんなことを話し出した。
「グッセンスタシューン王国はここ100年で貧民国のようになっちまったんだよ。
港町ですら外国との交易がもうほとんどない。だから内陸部にも金が回らない。
それでも "蓄え" で生きていけるやつらもいる」
隣を歩いているギルへと眼を向けると、彼はある方角を見据えていた。
私も彼の視線をたどり、そちらを見やる。
そこにあったのは。
「お城……?」
「ああ。グッセンスタシューン城だ」
街から少し離れた小高い丘の上に在ったのは、美しいお城。
この閑散とした街とはあまり似つかないような立派な城が、そこに聳えていた。
それは幼い頃に読んだお伽話に出てきそうな城で、円柱の塔がいくつも重なり合っている。
私の母国は共和国なので王はおらず、このような城もない。そのため、つい物珍しげに眺めてしまった。
「すごく、立派だね……
そっか、ここは王国だから国王様がいらっしゃるんだよね」
「……愚王がな」
「愚王?」
私が眉をひそめたためか、ギルが視線を街へと向けた。
まるで、お前もこの王国をよく見てみろ、と言わんばかりに。
「リリアナもさすがに気付いてるだろ。
この国の活気のなさにな」
「あ……」
なんとなく察してしまった。
ギルが愚王と呼ぶ国王は、その王家の "蓄え" で贅沢をしているのだろう。
でも、彼が貧国と呼ぶくらい、民たちの生活は苦しいに違いない。
「さっき、あなたが言ってた "この国の物を取り返している" っていうのは……」
「他国の海賊に攻められる度に、住人たちの物が奪われていく。
港町の人間は特にそうだ。
身ぐるみ剥がされて、身体一つになりゃ、自ずと居場所が限られてくる」
「……昨日の女の人たちのこと?」
「あいつらはまだ仕事がある。男を癒やし、頼めば色々な情報収集も買って出てくれる。
でも、"ガキ" には無理だ」
ギルに促され、私は人気のない裏道へと入っていく。
シリスハムの時を思い出し、少しばかり身体を強張らせてしまったが、彼はただひたすらに足を進めている。
私は不安に思いながらも、彼の後を追った。
やがて裏道を抜けると、私たちはとある場所にたどり着く。
そこで、私の視界に入ってきたものたちは。
「……こ、こは……」
「お前の母国にも、海人族の国にも存在しねえだろう。
"死に損ないの地" なんて呼ばれる場所なんてな」
私は言葉を失った。
先程まで歩いていた街とは比べ物にならないほど、ここが荒れ果てていたからだ。
住居は今にも崩れ落ちそう。
そして、ここに住まう人たちだろうか。彼らの服はボロボロだ。皆とても痩せていて、骨が浮いている。
目は虚ろだし、何より生気が感じられない。
「ついて来い、リリアナ」
「……」
「おら、女神の愛し子なんだろう。
しっかりしろ」
そう言って、彼は私の腕を引き、足を前へと歩かせた。
人々は私たちをジロジロと見やるが、特に声をかけてくる者はいない。
無言のまましばらく二人で歩みを進めていると、やがて、ボロボロの家々の中から、この荒れた場所には似つかわしくないような明るい声たちが飛び出してきた。
「ギルだ!」
「ギル! いつ帰ってきたの? おかえりなさい!」
それは、ここに住んでいる子供たちだった。
小さい子から、あの海人族の少年・カイリよりも大きい子供たちまで、皆がギルの周りを取り囲む。
「よお、お前らちゃんと生きてんな?
約束守っててえらいじゃねえか」
「お約束そのいちー!
絶対に死なないこと!」
「そうだ。今はそれだけでいい」
ギルはケラケラと笑いながら、子供たちの頭を撫でている。
少し戸惑いながらもその場に立ちすくんでいると、ふと、一人の子供と目が合った。
10歳くらいだろうか。
彼は大きな瞳で私のことをじっと見つめてくる。
「ギル、この人誰?」
「ああ。俺の海賊仲間、"リリアス" だ」
(リ、リリアス? それって私のこと?)
「わー! 兄ちゃんも海賊なのか!かっけーなあ!!」
その少年がキラキラとした目で私を見てくる。
そうだった。
私は今、男性……もとい 、"男装中" だった。
思わず、帽子を深く被り直す。
「こ、こんにちは。
みんなはこのお兄さんの友達なの……かい?」
出来る限り低い声で、女性言葉にならないように気を付ける。
「うん! ギルも海賊になる前まではここに住んでたんだってー。
オレ、大人になったらギルの仲間に入れてもらうんだ!」
そう言ってにっと笑った少年の口元は、歯が半分ほど抜け落ちていた。
「おう、そうだぞ。だから、絶対に生き延びろよ。こんな場所で終わるんじゃねえぞ」
私は再び言葉を失った。
ギルの、言葉一つ一つにとても重みがあった。
「お兄ちゃんは、どんな海賊さんなの?
やっぱりギルみたいに海が好きなの?」
声のする方へと視線を向けると、私の服をくいくいっと引くのは、まだあどけない小さな女の子だった。
見た目は4つか5つくらいだが、ここの栄養状態を考えるともう少し大きい子かもしれない。
私はその場に両膝をついて、その子供に視線を合わせた。
「……そうだね。でも、陸と海の両方が幸せになったらいいなって、いつも思ってるよ」
私はこの王国の内情を知らない。
部外者の私が、踏み入れて良いとも思えない。
それでも、私はその女の子の頭を撫でる。
「あたしも大きくなったらここを出て、ギルと一緒にお仕事をするんだ!」
「そっか……
あなたの夢が、いつか叶うといいね」
私はそれ以上何も言えなかった。
でも、その女の子はとても嬉しそうに微笑んでくれたのだった。
ギルと私は子供たちと別れ、再び街中の方へと戻って行く。
「リリアナ。何か言うことはあるか?」
「……ここは、あなたの母国なんだね」
「そうだ。"あれ" が俺の生まれた場所だ。
ひでえなんてもんじゃねえだろ」
「国王様は、あの現状を知ってるんでしょう?」
「知ってるが何もしないのが今の愚王だ。
……100年前までは他国にも賢国だと認識されてたってのに、今じゃ愚王が治めるだだの貧国だ」
ギルが忌々しそうに言葉を吐き捨てる。
「みんな、国王様に意見したりはしないの?」
「それが出来たら俺が真っ先に城へ乗り込んでる」
「……出来ない何かがあるってこと?」
「……」
ギルは答えなかったが、その無言が肯定を意味するものだは容易に察知出来てしまった。
「この話はまた後日だ。
ところでお前、俺の勉学方法について興味を示してたよな?」
「! 海人族の!」
「今日はそれが出来る場所に連れてってやる」
そう言って、ギルはまた前へと足を進めて行った。
彼の目的地は、どうやらあのグッセンスタシューン城とは真逆の方角に在しているようだった。
ギルに案内された場所は、街の外れにあるまさかの図書館だった。
「おいおい、何だその顔は」
「……ええっと、あなたが私を図書館に案内するのが意外すぎて」
「失礼な奴だな。俺はガリ勉タイプだぜ?」
と言いながら、彼は野性味溢れるゴツゴツとした手を図書館の繊細なドアノブへと伸ばす。
「あ、いけね。鍵だ鍵」
ギルはそう言って、すぐさま懐から鍵と思しき物を取り出し、施錠された扉の鍵穴へと入れた。
「え? すでに開いてるんじゃなくて、あなたが図書館の鍵を持ってるの?」
「おう、そうだ」
(この人って、本当に何者なの?
それか、鍵は盗みました、なんて言わないよね?)
私の心の声をよそに、ギルはギギギ、という音を立たせながら扉を開け、図書館へと入って行く。
私はおずおずと彼に続きながらも中へと足を踏み入れた。
「……すごいね」
館内を見渡した私は、その光景に圧倒されてしまった。中は壁一面に、所狭しと重厚な本たちが並べられていたからだ。
本は母国でも貴重品だった。
そんな認識があるからなのか、館内に漂う空気もどこか緊張感が感じられるような、そんな厳格な雰囲気だ。
「街の中でも、ここだけは他国の海賊たちに何も奪われてない。
この図書館は城と同じくらい頑丈に造られているし、そもそもあいつらは本になんか興味ねえ。
クソ重い貴重本より、軽くて価値のある装飾品を奪っていくからな」
ギルが心底バカにしたように言葉を吐く。
私はそんな彼へと視線を向ける。
「あなたは文字を誰に習ったの?」
「当然学校には行ってねえ。
ガキの頃、この図書館の館長だった人に習った」
「館長だった人?」
「今の愚王の大叔父に当たる男だ」
「!」
「……そいつが王になってたら、この国もちったあマシになってたかもな」
ギルはそう言って、どこか懐かしむように苦笑した。
「ついて来いリリアナ」
彼は二階へと続く階段を登って行く。
キョロキョロとしながらも、私も彼に続いた。
「ここだ」
彼が私に案内した場所は、沢山の本がある中でも、特に古びた文書たちが並ぶ書棚だった。
厳重に鍵がかけられたガラス戸の中に納められていて、雰囲気だけでいえば、騎兵団の書庫にならぶ古書たちに似ている。
ギルはそのガラス戸に手をかけ、鍵を開ける。
「どれでもいい、本を開けてみな」
「?」
私はその棚の本を一冊手にすると、その場でページをめくってみる。
「?! これって……」
「俺たちの言葉と別の言葉が見開きで同列に書かれてるだろう。
片方は海人族の言語で間違いねえな?」
なんということだ。
左側には私たち人間が使う文字。
右側には海人族の文字が書かれている。
「どうして、こんなものがここに……」
「俺はこれで海人族の言葉を学んだ。
いまいち発音が分からねえものも多いが、まあ何となくは話せてただろ?」
「うん……」
「お前、今日はこの図書館にいろ。
陸の図書館なんて久々なんじゃねえか?
好きな本でも読んどけよ。
ここには鍵をかけておく。夕方には迎えに来るからな。
あと、昼飯はここに置いとくぞ」
図書館の時計がちょうど正午過ぎを指している。というか、昼食なんていつの間に買ってくれていたのだろう。
「ありがとう…… "ギル" 」
私は初めて、彼の名を呼んだ。
「……お前、やっぱ変な女だな。
海賊に攫われてるってのに、その相手に礼を言うなんてなぁ」
「それとこれとは話が別でしょ。ご飯に罪はないもん」
「ぶっ!」
ギルが指で鼻を押さえている。
今の話に何か笑う要素があっただろうか。
「何よ」
「いーや? 普通の女ならこんな状況、泣き喚くか、ブチ切れてるかのどっちかだろうなと思ってよ。
昨日のハンドレといい、今日のガキたちへの態度といい、当世の愛し子は肝の座った大した女だな」
「……そんなことない。私の力なんかじゃ、あの子たちに何もしてあげられないもの」
「……リリアナ。俺はお前が気に入った。
さっさと結婚するぞ」
「だから! なんでそうなるの!」
静かな図書館でギャーギャー騒いでしまったが、こんなことをしている場合ではない。
「お言葉に甘えて、私はここで古書を読むよ。ギルはどうするの?」
「俺はもう一度ガキたちの所へ戻る。
あいつらにも飯を届けてやらねえとな」
子供たちを思い出しているのか、ギルの表情がどこか穏やかだ。
「……ちょっと、ギルのこと誤解してたかも」
「お? 惚れたか?」
「あ、それはないです」
私がキッパリそう言うと、ギルは楽しそうにケラケラと笑いながらこの図書館を後にした。
油断は出来ないけれど、彼も完全な悪党ではないのかもしれない。
しかし。
今はギルの評価よりも、古書である。
この陸の王国にいる間に、是非こちらでしか入手できないようなことを調べておきたい。
例えば、何故、人間と海人族の文字が同列並べられた辞書のような古書があるか、など。
「……よし!」
三日後、再び海へと出向く前に少しでも多くの情報を得たい。
シェリたちにとって、何か少しでも役立つことが分かれば嬉しいのだけれど。
私はいくつか本を選び、それを二階中央にあるテーブルへと運んだ。
そして備え付けの椅子へと腰掛け、気合いを入れて古書を読み始めたのだった。
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「キャプテン、あのリリアナとかいう女を一人にして大丈夫なんすか?」
「問題ない。あの女は馬鹿じゃねえ。
自分が置かれてる状況を逆手に取って、むしろこの国で得られる情報を、この機会にとばかりに狙ってやがるだろうよ。
……リリアナは思った通り、上に立てる器の女だ」
ギルは部下の一人にそう言うと、唇に弧を描いた。
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一方、図書館では。
(どういうこと……?
これって、マーレデアム王国で読んだ古書とほとんど同じ内容だよね)
この書棚に並ぶ古書たちは、マーレデアム王国のものよりもっと現代的な言い回しのものが多かった。
だが、王国の歴史やあの女神の秘密に関する内容もしっかりと記されていたのだ。
おかげで、古書を読み始めてまだ二時間ほどしか経っていないはずなのに、すでにいくつもの謎が解けてしまった。
(ギルはこれを読んで、女神のことも秘宝のことも知ったんだ。
でも、どうしてこんなものがこの王国に残されているの?)
謎は解けても疑問は尽きない。
そもそも、誰が、何のためにこんな古書を残したのか。
(普段ここの本棚には鍵がかけられてるみたいだから、みんながみんな、読めるわけじゃないんだろうな。
それなのに、どうしてギルは読むことを許されたんだろう)
前館長とは何者なのか。
現国王の大叔父に当たる人物らしいが、ギルとはどんな関係なのだろう。
何故、彼にこの図書館の鍵を託したのだろう。
「ギルって、本当に何者なんだろう……」
私がポツリとそう呟いた時。
ガタリ
一階から、何やら本の落ちるような音が聞こえた。
「……ギル?」
彼がもう戻ってきたのだろうか。それとも忘れ物でも取りに来た?
私は席を立ち、一階へと続く階段を降りる。
「ギル? 何か忘れ物でもあった?」
返事はない。
彼が戻って来たのかと思ったのだが、私の勘違いだったのだろうか。
首を傾げつつも二階へと戻ろうと踵を返した途端、私は誰かに腕を引かれ、そのまま後方へと倒れそうになった。
「ひゃ……!」
突然の出来事に、咄嗟に反応することも出来ず、私の身体は自身の間抜けな声と共に誰かの腕の中へと囚われてしまった。
「や……! だ、誰?!」
背後から突然襲われるような形になって、私は軽くパニックを起こしてしまう。
「離して! やだっ……!」
「……リリィ、俺だ」
パニックを起こしている状態は変わらない。
体温は上昇しているし、流れる冷や汗も止まらない。
なのに、その声を聞いた途端に、身体の力が抜け落ちるような、強張りが溶けて行くような、そんな感覚に陥ってしまった。
私は顔を上げ、ゆっくりと後ろを振り返った。
フードを深くかぶり、ショールで口元を、手袋で手を隠してはいるが、
声までは隠せない。
「……遅くなってすまん」
その人は口元の布を下へとずらす。
「シェリ……」
そこに在ったのは紛れもなく、私の愛おしい人の姿だった。




