2. その男、海賊につき
第二章 『海賊編』
「シェリ、団長!
どうしてリリィを連れて来たんだ……!」
ユーリが捕らえられていたのは、海上に在る大船の中。
ナプティムウトが彼に調べさせていたのは、どうやらこの大海を行き交う海賊たちのことだったらしい。
「お前こそ何を捕まっている!」
「やめなさい二人とも。
……国王陛下が危惧していたうちの一つは、彼らのことだ」
ナプティムウトはシェリを制しながら、この船に乗る海賊たちを見渡していた。
すると。
「ナルホド。お前たちガ噂に聞く "海人族" カ?」
あの黒髪・深紫の瞳を持つ男性がそう言葉にする。
しかし。
「貴様、何故我々の言葉を……!」
何故だかシェリの眉が訝しげに歪められた。
我々の言葉?
一体どういうことなのか。
『キャプテン、今何て言ったんだ?』
『さあ?』
ユーリを取り囲んでいる海賊たち数人がそのように会話をしだす。
キャプテンとは黒髪の男性のことだろうか。
(この人たちの会話も、特に変わった様子は……
って、そういえば)
そうだ。
確か以前、シェリが女神の愛し子である私は、海人族の言語を脳内で自動翻訳出来ると言っていた。
ということは、今は海人族と人間の言葉両方が飛び交っている状態?
そうだとすれば、まさかあの黒髪の男性は、今、海人族の言葉を話した?
疑問ばかりが浮かび上がってくるが、そうなると気になることが……
「シェ、シェリ。私って、今どっちの言葉でしゃべってるの?」
「俺に話すのは海人族の言語だ」
『……なるほどな。お前はやはり、人間の女だな?』
「?!」
『それに、かなりの上玉だ』
突然、話の矛先が自分になり、思わず肩を揺らしてしまった。
私は言葉主である黒髪の男性を見やる。
すると彼もまた、値踏みをするかのような鋭い眼を私へと向けてくる。
『翠緑の瞳に泡褐色の髪。
それに、海人族の従者。
まさかとは思うが、お前が "女神の愛し子" か?』
「な……!」
この男性は、女神の愛し子のことを知っている……?
愛し子とは、マーレデアム王国でのみ認識されている存在ではなかったのか?
背中に冷やりとした汗が伝う。
『で、この血の気が多そうな男の女。
それも合ってるか?』
『ち、違います!』
さらに追い討ちをかけられて、私は思わず否定してしまった。
「リリィ、さっきからこの男と何を話している」
「あ、え、えと。シェリたちのことじゃないよ」
『お前は両方の言語を話せるのか。しかも流暢だ』
いや、話しているつもりはない。
ないが、どうやら無意識に使い分けているようだ。
男性との会話を聞き取れないでいるシェリが、少し眉を寄せて私を見ている。
『お前が女神の愛し子ってことは、首にかかってるそれが、"女神の秘宝" か?
もしそうなら、とんだ宝を拾っちまったもんだ』
男性が意味深な笑みを浮かべながら、私の胸元へと視線を向けた。
この人の狙いはまさか、女神の秘宝?
私は思わず、それを隠すようにして握りしめる。
その様子を見ていたシェリも、瞬時に長槍を創り出していた。彼も、男性の目的が秘宝だと勘づいたらしい。
しかし。
『あの男もこいつと同じだ!何もない所から急にエモノを出しやがった』
『だから言ったじゃねえか、化け物だって……!
青い肌に金色の目なんて薄気味悪ぃったらありゃしねえ!』
シェリが手内から長槍を創り出したことで、周りの海賊たちがそう騒ぎ始めたのだ。
私はそれに、すぐさま反応する。
今のは聞き逃せない。
『武器を収める場所が手の中だっていいでしょ。
それに、肌の色や目の色が何?
そんなの、私たち人間だってみんな違うじゃない!』
怒りのままにそう言葉を投げた私。
海賊たちは狼狽えていたが、黒髪の男性は手を叩き、口笛を鳴らしてきた。
『いいぞ、威勢のいい女は嫌いじゃねえ。
お前、名前は』
『……』
『 今すぐこのユーリとかいう男の首を切り落としてもいいぞ?』
『リっ、リリアナです!』
苗字は敢えて、名乗らない。
『歳はいくつだ』
『……17』
私が答えると、その男性は目を丸くする。
そして。
『こいつは最高だな。当世の女神の愛し子は、まだうら若い17の乙女だと。
愛し子も海人族も寿命がえげつねえって言うじゃねえか?
だからてっきり、お前も100をとうに越えた婆さんだと思ってた。
……俄然、お前に興味が湧いてきたぜ』
そう言って、片側の口角を上げた。
彼は一体、どこまで愛し子のことを知っているのか。
『おい、女神の愛し子。
俺と少し話をしようじゃねえか。
お前が愛し子だってんなら殺すつもりはねえ。
それに、俺とお前が話してる間くらいは、そいつらのことも生かしておいてやるよ。
船の地下牢でな」
……ここは話し合いに応じるしかなさそうだ。
『分かりました。でも、そこにはちゃんと海水がありますか?』
『海水? ……ああ、なるほど。
こいつらは海に住まう種族だからな』
男性がニヤリと笑む。
私は唇をぎゅっと結び、シェリたちの前へと進み出た。
「リリィ?! 何してる!」
すると、ぎょっとしたした様子のシェリが、強ばった手で私の腕を掴んできた。
「シェリ、大丈夫。話をするだけだから」
「馬鹿を言うな!
この男がそう言ったのか?そんなものは当てにならない!」
「……シェリ。この人ね、女神の愛し子のことを知ってるみたい。秘宝のことも。
それに、私がその愛し子なら殺さないって、そう言ってるから」
それでもシェリは私の腕を掴んで離そうとしない。それどころか、だんだんと力がこもってきている。
その時。
ドサリ、と何かが倒れ込むような音が聞こえた。
男性の後方へと慌てて視線を移すと、そこには喉元を抑えるようにして横たわるユーリの姿が。
「ユーリ!」
『こっちの男は陸に上がって随分と経つからな。そろそろやべえんじゃねえか?』
「め、迷惑かけてごめん、リリィ。僕の、ことは捨てて、シェリたちと、早く海に……」
「何言ってるの……!
シェリ、お願い。ユーリが死んじゃうよ」
「……下衆が」
シェリがそう言葉を吐くと、男性は鼻で笑った。
そして私に向かい、手を差し伸べてきた。
私はシェリの元を離れ、男性がいる方へと足を踏み出して行く。
『従者らは地下牢にでもぶち込んどけ。
ただし、死なねえように海水は与えてやれよ。
それが、健気な愛し子サマの出した条件だ。
俺の話を聞くためのな』
男性は他の乗組員にシェリたちのことを捕らえさせる。そして、
『お前はこっちだ』
『わ……!』
今度は私の肩をきつく、きつく抱き寄せてきた。
「リリィに触れるな……!」
「言ってロ。女神の犬ドモ」
額に幾重にも青筋を立てるシェリを久々に見てしまう。
「……リ、リィ」
乗組員たちに連行される中、ユーリが私の名を呼んだ。
「私は大丈夫、心配しないで。
ナプティムウト様、ユーリのこと……」
「お任せ下さい。
……リリアナ様。彼にどんな条件を出されても、決して飲まないで下さい。いいですね?」
ナプティムウトが私にそう念押しした後、
彼らは海賊たちに地下牢へと連行されてしまった。
海上に残っていた陽が、完全に地平線の向こうへと沈む。
船上から見える海景色も、薄暗い灰色一色となった。
------
「おい、これに着替えろ」
私は今、このバルバロス号という海賊船の、"客間" とやらに通されている。
が。どう考えても奪った財宝たちを隠しておくための倉庫だ。
「……どうしてですか?」
黒髪の男性が私に投げつけてきたものは、煌びやかな紫色のドレス。
まるで、彼の目色のような。
「女神の愛し子が俺の前に現れたんだ。その歓迎会ってとこだ」
「……"女神の秘宝" の歓迎会、の間違いじゃないですか?」
「は……!ほんっと、おもしれー女だな」
男性が豪快に笑う。何も面白くない。
「歓迎会はお構いなく。私は歓迎されたくありません」
「ふん、相も変わらず、威勢の良い奴だ。
だが、お前は断れない。
てめえの従者どもの生死は、全て俺が握っているからな」
……本当に嫌な男だ。
「……ユーリは?」
「安心しな。たんまりの海水ぶっかけたら、ちゃんと息を吹き返しやがった。
女みたいなヒョロい男だと思ってたが、なかなか骨のある野郎だな」
「……」
「あと、シェリとか言う男が地下で暴れ回ってやがる。
お前に手を出したら殺すと、そう叫び喚いているらしいぞ。
まあ、それもいつまで続くか見ものだな」
男性は相変わらず、楽しげに笑っている。
シェリたちを何とか海へ逃したい。
海水があろうが、やはり海上では彼らの身体に負担がかかるはずだ。
「……着替えます」
「お、歓迎される気になったか?」
「いいえ。さらに条件を付けるだけです」
私はドレスを掴んだまま、男性の正面に向かい立つ。
「"ハンドレ" って言うんでしたっけ」
「……何……?」
男性は笑むのを止め、眉をピクリと上げた。
「昔、曾祖母に聞いたことがあります。
海であなたたちのような人と取引きをする時は、"ハンドレ" という言葉を使うって」
幼い頃からたくさんの寝物語を聞かせてくれた曾祖母。
彼女が話してくれた海にまつわる物語の中には、当然、海賊たちの話もあった。
"ハンドレ" とは、"取引き" という意味らしい。
曾祖母はそれを、昔々の海賊たちの、母国の言葉だと言っていた。
「……お前の曾祖母さんはさすがだな。
女神の血を受け継いでいるだけある」
「?! 」
「俺が知らないとでも思っていたのか?
リリアナ・"マリンクロード" 」
「……あなたは、どうして私たちのこと……」
「さあ、どうしてだろうな。
でもまあ、お前の曾祖母さんに免じて、その "ハンドレ" を受けてやるよ。
お前の望みは何だ」
この男性は、何故こんなにもテティスのことを知っているのか。
地上でも、女神に関する古書がどこかに残っていたのだろうか。
……いや。今考えるべきことはそれではない。
「三人を海に解放して下さい。
海上では、彼らは生きていけません」
「三人? お前は数に入ってないのか?」
「……」
「愛し子のお前がここに残りたいってんなら歓迎するぜ?
あいつらの解放条件は当然、飲んでくれるんだろう?」
男性はニィっと笑いながら私に近付いて来る。
彼の狙いはきっと、女神の秘宝だろう。
これがあれば海中でも陸上と同じように過ごすことが出来る。
海賊である彼らなら、興味をそそられる物には違いない。
……でも、これだけは渡せない。
この女神の秘宝は、マーレデアム王国にとっても生命線となるべきものだからだ。
もし無理矢理に奪われれば、取り戻すしかない。取り戻すためには、この船に残る他ない。
そもそも、女神の秘宝がなければ、私も海には帰れない。
……どちらにしても、私が逃げ切れる方法が今はないのだ。
「考えるのを止めると楽になるぞ?」
違う方へと意識を向けていたせいか、男性がすぐ近くまで来ていたことにも気が付かなかった。
私は慌てて距離を取ろうとしたが、あっという間に壁際の方へと追いやられてしまう。
男性の右腕が私の左耳のすぐ横を着く。
彼は私へと顔を寄せ、耳元でこう囁く。
「 "無意味なこと" は考えるんじゃねえよ。
俺の望みは今宵、お前の従者どもの前で話してやる。お前はそっちのドレスに着替えたら外へ出ろ。
あいつらにも、別れの挨拶くらいはさせてやる」
私は男性を見上げ、その深紫の眼を睨め付ける。
紫水晶のようなそれには、私の悔しさに歪む顔が映っている。
「女の泣き顔は男を煽るだけだぞ?」
「……泣いてませんから」
「ふん、その威勢がいつまで続くか楽しみだなあ」
男性は私を解放すると、再び可笑しそうに笑いながら部屋を歩き出す。
そしてドア前にたどり着いた彼は、もう一度私の方を振り返った。
「ああ、あと名乗ってなかったな。
俺は "ギル"。
このバルバロス号の船長だ。
それと、ハンドレを交わすなら俺とお前は
対等だ。敬語はいらない。
また後でな。
リリアナ」
彼はそう言い残し、今度こそ部屋から出て行ってしまった。
「……はぁ」
部屋に残された私は一人、大きなため息をつく。
(早く着替えて行かなきゃ。早くしないとみんなの息が続かなくなる)
今朝侍女たちに着せてもらった服を脱ぎ、ギルに手渡されたドレスへと着替える。
装飾がたくさん付いているドレスは重い。
私が王国で着ていたどのドレスよりも、ずしりと身体にのしかかってくるようだ。
女神の秘宝を手にしたいのは、興味本位からか。それとも、海賊というくらいだから財宝としてか。
どちらにせよ、海人族たちの生命がかかっている大切な秘宝を、彼らに渡すわけにはいかない。
……いざとなったら、海に投げ入れるしかない。
そうすればきっと、三人が女神の秘宝を国王に届けてくれる。
ドレスに着替え終わると、私は結われていた髪を解く。
首後ろにある女神の紋章を隠したのは、せめてもの抵抗だ。
------
客間のドアを開けると、膝を付き、両腕を拘束されたシェリたち三人の姿が私の眼に飛び込んできた。
「リリィ……!」
(……シェリ)
やはり思った通りだ。皆、顔色がとても悪い。
『ドレス、よく似合ってんじゃねえか』
『……早く始めましょう』
『つれねえなあ。
まあいい。じゃあ早速、"ハンドレ" を行うか』
事の経緯を知らないシェリたち三人は、訝しげにこちらの方を見やっていた。
『リリアナ。お前の要求は、その三人を海へ開放することで間違いないな?』
『はい』
『では、おれの番だ』
ギルが私に近付いてくる。
私は、後退りしそうになるのを、必死に堪えた。
『俺からの要求は、"お前自身を貰い受けること" だ』
鳩が鉄砲玉を食ったよう、とはまさに今のことか。
ギルから、思ってもいない言葉を投げられた。
『私……?め、女神の秘宝が狙いなんじゃ……』
『俺が欲しいのは、"テティスの血を受け継ぐ者" 。
つまり、お前のことだ。
リリアナ・マリンクロード』
予想外だった。
てっきり秘宝が目的だと思っていたのに。
『……私の、愛し子としての力が発揮されるのは海底だけなの。
陸地では普通の人間だよ』
『浄化や祝福の力が欲しいんじゃない。
テティスの "血" が俺には必要なんだよ』
ますます意味が分からない。
私の顔がどんどん蒼白になっていく。
『まあ、何はともあれ早くハンドレを終了させた方がいいんじゃねえか?
お前の従者らがやばそうだぞ?』
『!!』
皆が苦しそう眉を潜め、私たちの様子を伺っている。
私はすぐさまギルを仰ぎ見た。
迷っている暇は、もうない。
『そのハンドレを受けます。三人を解放して』
『……いいだろう』
ギルはそう言ってニヤリと笑うと、手下の海賊たちに目配せをした。
海賊らはシェリたちの腕を解くと、
『な、何するの!』
あろうことか彼らを抱え、そのまま海へと投げ入れた。
『船から降りる手助けをしてやったんだよ。
早く海に戻らねえと死ぬんだろ?』
「リリィ!」
「?! シェリ……!」
船下からシェリの声が聞こえ、私は船側へと駆け寄ろうとしたが、ギルに腕を掴まれてしまった。
それでも何とか、彼らの顔が見える場所まで移動する。
「早く海底に戻って!」
「何を言っている! 絶対に駄目だ!」
「……シェリ、呼吸が乱れてる。さっきから、ずっと苦しそうだよ」
「俺たちのことはいい。
其方、何を条件に俺たちを解放させたのだ」
「……私は大丈夫だから、行って。お願いだから」
「リリィ!」
遠ざかる船を追うことが出来ないほどに、三人は体力が失われている。
「……シェリ」
愛しい人の名を一度だけ呼んだ。
『泣けるねえ』
横に立つギルは逃がさないとばかりに、未だ私の腕を捕らえている
(泣いちゃだめだ。ギルには絶対に、泣き顔を見せない)
涙を飲み込むように顔を上げ、ギルを睨んだ。
なのに、彼の眼に映っていた私の姿は、とても強がれているようには見えなかった。
------
あれから数時間後。
現在も船上では、海賊たちの大宴会が続いている。
私はギルの横に座らされ、何故か彼らのダンスを鑑賞していた。
「リリアナ、楽しんでるか?」
「……」
「お前、嘘でももっと楽しそうな顔は出来ねえのか」
「……この状況で、どうしてそんな顔が出来ると思う?」
「ふん、もっと泣き喚くかと思ったが、思ったよりも冷静だな。
さすが、というべきか」
「……あなたこそ、若いのにこの船のキャプテンなんだね」
「おいおい。俺はお前より十は上だぞ。
でも年齢は関係ない。人徳の致すところだ」
「……」
思わず、黙る。
人格者なら私を捕らえたり、弱っているシェリたちを乱暴に放り投げたりしないのでは?と、口から出かかる。
でも、さらに険悪になるのは後でいい。
この人にはまだまだ聞いておきたいことがあるから。
「あなたはどうやって、海人族の言葉を覚えたの?」
「勉学の賜物だ。まあ俺のはほんのカタコトだけどな。
お前のように、あいつらの言葉すべてを理解出来るわけじゃねえ。
お前こそ、海人族の言語はもともと知ってたのか? 女神の愛し子なだけに」
元々知っていたわけではない。
シェリたちにだって、人間の言葉のままを話していたつもりなのだ。
(でも、勉学って……
海人族のことは、人間たちには知られてないはずだよね? シェリだって、初めて会った時にそんなことを言ってたし)
「気になるなら今度、その方法を教えてやるよ。
小娘は趣味じゃねえが、お前には正式に俺の妻となってもらうからな。
ま、それくらいなら安い御用だ」
……ちょっと待って。
今、聞き捨てならないことが聞こえた。
「……妻?」
「そうだ。さっきも言っただろう。お前を貰い受けるってな」
「血が欲しいって……」
「……おいおい。俺がお前を殺して血を搾り取るとでも思ってたのか?」
そうではない。
そうではないが、妻?
私はてっきり、何かのシンボルにでもされるのかと思っていた。
この船が海賊船なら、それこそ船首像のような。
「ちょっと、意味が分からなくて付いていけないんだけど」
「簡単なことだ。俺とお前はここで結婚する」
「……海上では結婚なんて出来ないよ」
「お前、知らねえのか? 船上ではキャプテンの許可が降りれば乗組員たちは婚姻が可能なんだぜ?
よって、俺とお前は今すぐにでも結婚が出来る。この船のキャプテンは俺だからな」
全身の血の気が引く。この男は一体、何を言っているのだ。
何か言い返さなければ。絶対に負けられない戦いが始まってしまった。
「……ハンドレでは私自身、とは言われたけど、結婚までは取引きに含まれてない。
絶対に、お断りです」
ここぞとばかりに、カフェ仕込みの営業スマイルを向けてやる私。
にっこり笑って、笑顔で辞退する。
しつこいお客様には、この方法が一番効果的だった。
「へえ、そんな顔も出来んじゃねえか。
……悪くねえな。
しっかし女神の愛し子が妻か。
あのクソ野郎が目ン玉ひん剥いてぶっ倒れそうな最高のネタだぜ」
妻じゃない!と突っ込みつつも、ギルの最後の言葉が気になった。
あのクソ野郎って一体……彼には、憎い敵のような人がいるのだろうか。
夜が深まっていく中、私たちを乗せた海賊船は、とある漁港に到達する。
「リリアナ、降りろ」
「ここは……?」
「お前は初めて来る国か?
ここは "グッセンスタシューン王国" だ」
「グッセン、スタシューン?」
聞いたことのない国だ。
確かなことは、ここが私の母国でも、どうやら隣国でも無さそうだということだけ。
だが、この漁港の雰囲気はどこか懐かしい。
閑散としていて人気のない光景は、私の住んでいた夜の港町を思い起こさせる。
「この海賊船はこのまま港に置いておくの?」
「んなわけねえだろ。俺たちが降りたら、あっちの死角になってる入江の方に着けさせる」
だよね、こんな目立つ船……と思いながらも、私はドレスをたくし上げ、どうやって船から降りようか悩む。
すると、そんな私を見ていたであろうギルが軽いため息をついてきた。
「お前。女神の愛し子のくせに、何でも一人でやろうとするんじゃねぇ。
第一その姿で船から飛び降りるつもりか?
女なら男の手を借りろ」
そう言ってギルは私に手を差し出した。
私はその手を見て瞬きをする。
「……だって、あなたが降りろって」
「ああ? 誰も一人でなんて言ってねえだろうが」
ギルは眉根を寄せたまま、ドレスを掴んでいた私の手を強く引く。
「わ!わわわ……!」
「ったく。もっと色気のある声は出せねえのかってんだ」
急に手を引かれ、衝撃で転びそうになるが、私の身体はギルに支えられ、そのまま抱き上げられてしまった。
「ちょ、ちょっと何するの?!」
「舌噛むからだまってろ」
「舌?」
ギルは私を抱えたまま船側に立つと、あろうことか、そのまま数メートルは距離があるだろう漁港へと飛び降りた。
「!!」
彼に抱かれていたせいか、地面からの衝撃は少なかった。それでも。
「び、びっくりした……」
「……どこまでも強情な女だな。怖いんなら腕の一つや二つ、俺の首にでも回せばいいだろうが」
「お断りします」
「ふん、俺の妻になりゃ嫌でもそうすることになるぞ」
ギルは皮肉気味にそう言って、私を地へと下ろす。
そして、手下の一人を呼び寄せると、今度は宿の手配をするよう言い付けていた。
「明日はお前にこの町を案内してやるよ。
朝の八時に迎えに来る。
三日後には船に戻るからな。まあその時までせいぜい楽しめ」
それだけ言うと、ギルは私を残して一人スタスタとどこかへ行こうとする。
「ちょ、ちょっと、あなたはこんな夜中にどこ行くの?」
「妻がつれないんでね。ちょっと別の方法で紛らわせようかと思ってな」
「紛らわす……?」
一体何なのだと思っていると、閉店していると思っていた店々の中から突然、どこか妖艶な女性たちが姿を現し始めた。
女性たちは皆、美しく化粧を施し、スリットの入ったドレスをさらにはだけさせるように着用している。
ギル以外の海賊たちはと言えば、そんな彼女たちに対し鼻下を伸ばしっぱなし。
女性たちはギルを取り囲むと皆、我先にと彼の袖を引き始めた。
「てめえはもう寝な。それか、こいつらの代わりに俺の相手を買って出るか?」
ギルはまるで私に見せつけるかのように、彼女たちの腰へと手を回した。
「ま、初心そうなリリアナにゃ無理か」
そう言って、ケラケラと笑う。
「じゃあな、奥さん。
間違っても逃げようなんて思うなよ?
宿に着くまでも宿に着いてからも、お前は常に見張られてるってことを忘れるな」
そして、憎らしいほどの笑みを浮かべ、彼女たちと共に夜の店中へと消えていったのだった。
「……一体なんなの、あの人……」
私は今日、まるで嵐のような男と最悪の出会いを果たしてしまった。
※ノルウェー語
取引き … Handler
海賊 (ヴァイキング)を参照にしました。
しかしフィクションですので、実際の歴史等とは全く関係ありませんm(_ _)m




