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1. 視察

第二章 『海賊編』




私がテティス海女神の愛し子としてこのマーレデアム王国に受け入れられてから、今日でちょうど六か月目になる。

海底での生活にも、だいぶと慣れたものだ。



私は現在、二つの責任ある仕事を任されている。


一つは、愛し子としてこの海に向けて日々祈りを捧げること。無論、祝福と浄化を促すためだ。


そしてもう一つ。私個人としては、海人騎兵団の本拠地で書類整理の仕事を担当させてもらっている。



私は母国にいた時から仕事が好きだったので、その書類仕事にも自ら志願した。

が、長年海とは全くと言っていいほど関わってこなかった私。


自分の海に関する知識のなさが原因で、最近はすっかり行き詰まってしまっていた。




……なので、今日は特別に。



「モネ、ルル。今日は騎兵団の本拠地に出勤するんじゃなくて、ラドシェリム様と……」



「うふふふふ。

存じ上げておりますわ、リリアナ様。わたくしたちにお任せ下さいませ!」


「どんなお衣装にいたしましょうね?

あ、それと今日は前髪を上げてポンパドゥールにしましょう。それと髪型は、」



「ふっ、二人とも、遊びに行くんじゃないよ!

今日は "視察" だから、ドレスじゃなくて動きやすいパンツスタイルで。


あと、ラドシェリム様の他に、ナプティムウト様とユリウス様も一緒だからね!」




そう、本日は初めて、本拠地以外へと出勤するのだ。



しかし侍女のモネとルルは、相変わらず私を着飾ることが大好きなようだ。

いつも素敵に仕上げてくれるし、気持ちは大変ありがたいのだが、今日は王都郊外の方まで足を伸ばさなければならない。

ドレスで活動するのは少し厳しい。



「はあ、承知いたしましたわ。残念ですけれど、このエメラルドグリーン色のミニドレスは、リリアナ様が次回、殿方とお出かけをされる際まで取っておきます」



ちなみにシェリとお付き合いを始めてもう一月ほど経つが、私たちの関係は王族の人たち以外、まだ秘密である。

よって、侍女たちの中では私はまだ独り身なのだ。

……鋭い二人は、なんとなく気が付いてはいそうだが。



「……取り敢えず、行ってくるね。夕方頃には帰るから」



そんなわけで、本日の私は、少しラフ目な白いシャツに白いパンツ、そしてブラウンのショートブーツといった、何ともボーイッシュなスタイルとなったのである。






テラスに出ると、シェリたち三人がすでに私のことを待ってくれていた。



「おはよ、リリィ!

おー、今日の君は何だか新鮮だなー。ま、どんな格好をしても、君が可愛いことには変わりないんだけど」


「パンツスタイルもよくお似合いですよ。

おや、本日は髪を結われているのですか?」



そう声をかけてくれたのはユーリとナプティムウト。


彼らもまた、いつもの騎兵団の制服姿ではない。上半身が裸体のままの軽装である。


王都に住む男性たちは、基本上の服を着ていないことが多いようなので、今日の彼らは海人族男性の普段着スタイル、といった具合だろうか。



……といっても、陸国出身の私には未だ慣れない格好。

だが、いちいち反応していてはまた初心うぶだと揶揄からかわれそうなので、敢えて平然としておく。



「お二人とも、ありがとうございます。

今日は視察と聞いているので邪魔にならないように、髪は結んでいます」



首元にはショールを巻いているため、生まれつきの痣、もとい女神の紋章は自然と隠されている。


マーレデアム王国の人たちにとってはこの痣こそが、愛し子の証として尊ぶべきものらしいが、私にとってはやはり、まだどこか痛々しく映ってしまうのだ。



「シェリも、ほら。リリアナ様に何か言って差し上げなさい」


「……」



そんなことを考えていると、ナプティムウトがシェリに何かをうながし始めた。


私の恋人であるシェリは、先程からずっと何故だかだんまりを貫いている。

というか、少し不機嫌になっている?



「……取り敢えず、出発しましょう」


彼は少しばかり眉根を寄せたまま私のことを抱き上げると、自身の愛鮫であるホメロスの背に乗せた。



「今日は郊外まで出ます。少し飛ばすので、ホメロスにしっかりつかまっていて下さい」



そして彼自身も私の後ろにまたがると、そのまま先頭を切って女神の間を後にしたのだった。




------



女神の間のテラスに残されたユーリとナプティムウトだが。



「ふん。「可愛いリリィを誰にも見せたくなかった」って顔しちゃって。


それにしてもほんと変わりましたね。

だって100年前のシェリなんか、嫉妬の "し" の字さえ知らなかったでしょ?

女の子たちはあいつに嫉妬して欲しくて、あの手この手使ってたのになー」


「ユーリ。その話、絶対にリリアナ様の前でしてはだめだよ。こじれたら大変だから」


「……団長ってば、僕もリリィのことが好きなの、忘れてません?

まあ、あの子を傷付けたくないからしませんけど」



こんな会話をしていたことは、他の二人には秘密である。



------




「シェリ、今日はごめんね。私も付いて行きたいなんて無理言って」


「全くだ。本当は王都の外にリリィを連れて行きたくはない。騎兵団の仕事を最初に斡旋する時も、しかと其方に伝えたはずなんだがな」


「でも今日は絶滅危惧種の生態調査なんでしょう? 私も最近彼らのことを文書にまとめることが多いし、出来ればもっとよく知っておきたいの」



私はホメロスを撫でながらそう答える。

ホホジロザメである彼らもまた、急激にその個体数が減少していると聞く。



「まぁ、怪魚の調査ではないからな。危険が及ぶことはないだろうが、絶対に俺たちから離れるな。いいな?」


「うん、約束する!」



「……あと、今日のような格好は初めて見るな」


「あ、そう言えばここに来てから毎日スカートだったもんね」


「その姿も可愛い」


「パンツスタイルは楽でいいね……って、え?!」


「よく似合っている」


「……あ、ありがとうございます」


「ふ、何故敬語なんだ」



シェリはいつものごとく、楽しそうにニヤリと笑った。

そして、



「……っ、ひゃああ……!

ちょ、ちょっと、シェリ?!」


突然、私の首後ろに自身の唇を当ててきた。私は思わずうわずった声を漏らし、肩をビクリと跳ね上げさせる。


いきなり何だとでも言うように、私は勢いよくシェリの方を振り返った。

"痣" を片方の手で押さえ、ギザギザに唇を結びながら。


しかしそんなシェリはというと、先程の笑みはどこへやら。

私の変な悲鳴に驚いて、少々固まってしまっているではないか。


……固まるくらいなら、不意打ちでこんなことはしないで欲しいのだけれど。



「……すまん。目の前にあったのでな。つい」


「今日のシェリは恋人じゃなくて、守人なんだからね!」


「存じておりますよ、リリアナ様」


(うっ、相変わらずすぎる)



恋人同士になって早一ヶ月。

日々、このように彼には振り回されっぱなしだ。



(シェリはこんなの慣れてるんだろうけど、私は毎日いっぱいいっぱいだよ……)



はぁ、と疲れた息を吐きながら、私は再び視線を前へと戻した。




------



リリィの後方に座するシェリはと言えば。



やはり、顳顬こめかみを押さえ、天を仰ぎながらリリィと同じようにため息をついていた。

何かに耐えるよう耳ビレを赤く染め上げ、眉間に深く、深く皺を刻みながら。



可愛いと思ったから彼女のうなじにキスをした。

そうしたら何ともつやめかしいかんばせと声がオプションで付いてきた。



(……やはり隠しておきたい)



以前、ナプティムウトに釘は刺されている。

シェリとて男に慣れていない彼女との関係を、早急に進めたいわけではない。



それでも。

日々、何かと葛藤しているのは彼も同じである。


------





騎兵団の戦闘鮫魚たちはとてつもなく遊泳が速かった。

あっという間に王都の上方を通り抜けたかと思うと、次の瞬間にはもう、私たちの目前には王都郊外の景色が飛び込んで来ていた。



「リリィ! シェリ!」


「ユーリ……あ、ユリウス様」


「良いのですよ、リリアナ様。

ここは王国民たちが住んでいない土地になりますからね。少し肩の力を抜いて下さい」


「ありがとうございます、ナプティムウト様」


「ほら行こう、リリィ。

シェリ、今からは僕の番だよー!」


ユーリがそう言って、私をホメロスから降ろしてれた。

私は彼にエスコートをされ、そのまま郊外の地を歩き始める。


後方を振り返ると、シェリが何やらユーリに睨みをきかせていたが、先程の一件でシェリとは少し顔を合わせづらい私。

なので今は素直に、ユーリに付いて行くことにする。



「ユーリ、この近くに絶滅危惧種の鮫たちがいるの?」


「そうだよ。個々の巣穴状況とか、ここにいる個体数を調べて統計を取ることが今日の仕事になるかな」



なんだか今日のユーリは、いつもの、どこか小悪魔のような彼ではないみたいだ。

騎兵団の仕事に、真摯しんしに取り組んでいることが伝わってくる。



「ユーリ。"あの日" から、お仕事の見方は変わった?」


「……そうだね。

とっても可愛い小さな女の子に、キラキラした目で「お仕事頑張ってね!」、なーんて言われたらね」


「あはは! 7歳の私は役に立った?」


「7歳のリリィも、大人になった今の君も、とっても魅力的で素敵な女性だよ」


「あはは……ありがとう」



ユーリとは数ヶ月前に色々とあったが、彼は私との約束通り、現在も騎兵団に所属してくれている。


そんなユーリと他愛ない会話をしながら歩みを進めていると、私の視線の遥かに先の方に、塔のようなものがいくつかそびえ立っているのが見えた。


先端が尖っていて、どこか鮫の歯にも似ているような筒型の建物が、間隔を空けずに並んでいる。


ここから把握できるそれはとても小さく、私の爪先程の大きさなので、この場からはかなり遠く離れているようだが。


お祈りのおかげか、浄化はその場所まで及んでいるようだったが、どこか閉鎖的な雰囲気が漂っている場所だ。



あそこは一体どのような空間なのだろうと私が少し疑問に思っていた時、ユーリがぽつりと "彼ら" のことを話し始める。



「そういえば、リリィはさ。シリスハムたちの最終選別がどうなったのか、誰かに聞いてる?」


「! まだ聞いてない。二人は、その……」


「安心して。彼らは死刑にはならない。

君が口添えしたんだよね」



シリスハムたちが初回に下された処分を聞いてから、すでに二か月ほど経つ。

国王やシェリたちからはその後何も聞いていなかったため、まだ守護者たちの間で結論が出ていないのかと思っていた。



「……ねえ、ユーリ。あの塔たちって、もしかして」


「リリィの予想してる通りだよ。


あれは"罪人塔"って言われてるんだ。シリスハムたちもあの中に幽閉されてる。

……僕も同じようなことしでかして、彼らのことを言えた義理じゃないんだけどね。


でも、リリィはほんとお人好し。シェリが心配するの、分かるよ」



ユーリはそう言って、少し眉を下げて微笑んだ。



「ユーリ……」


「さて、この話はお終い。


ほら、見えてきた。 

あの場所が "セラチモルファ・ドムス"。


いわゆる、鮫たちの家みたいなものだよ」



ユーリが明るい声を向ける先に、私も自然と目を移す。





「わあ、すごい……!」



思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


そこはあの海森のように、海上からの陽光が多く差し込むとても美しい空間。

そしてユーリの言った通り、たくさんの、さまざまな種の鮫たちがこの場を遊泳している。



「本来、あの子たちは群れない性質《タチ

》なんだけどね。

ここは居心地が良いのか、違う場所から来た鮫同士も喧嘩をしないんだ」



「ユーリの言う通りです。

ここはマーレデアム王国の中でも特に特別な場所で、異なる種の個体が自由に暮らしています」


「我々騎兵団の戦闘鮫魚たちもここを出入りしているようだからな」



先程まで私たちの大分と後方を歩いていたシェリとナプティムウトが、いつの間にかこちらへと来ていた。



彼らが言うには、どうやらここはさまざまな種の鮫たちが行き交う、いわゆる鮫の社交場のような場所らしい。



「ホメロスは仲間のもとへ行ったか」


「イシスもオリオンも行っちゃったね」



「 "オリオン" っていう子はナプティムウト様の愛鮫ですか? 確か絶滅危惧種の……」


「そうです、リリアナ様。

以前お話した通り、彼は "イスルス・オキシリンクス" という絶滅危惧種です。


今日はここいる鮫たちから、海に関するさまざまな情報を得るとしましょう」


「鮫たちから?」



私が少しきょとんとしていると、シェリが自身の首元からペンダントのようなものを取り出した。

トップには何かの歯と思しきものが通されている。


どこかで見覚えがあると思ったら、以前に見た、"魔笛まてき" に似ているのだ。



「……それって、魔笛?」


「いや、これは怪魚をおびき寄せる魔笛ではない。

鮫の歯で作られた、"鮫笛こうてき" というものだ。


騎兵団の者は皆、パートナーである戦闘鮫魚の鮫笛を持っている。


これがあれば、彼らが普段王都郊外で生活をしていても、自身の元へと呼び寄せることが出来るのだ」



シェリがそう言って鮫笛を口に寄せ、少し音を鳴らした。


すると、ピィーという優しい音と共に、上方にいたホメロスがすぐさまシェリの元へと戻って来る。



「すごいホメロス!

じゃあこれって、ホメロスの歯で作られてるんだね」


「彼らは歯が何度も生え変わる。その抜け落ちたうちの一つを使って加工するのだ。


騎兵団の戦闘鮫魚たちはパートナーとなる海人騎兵と共に鮫笛を使った訓練もする。

ホメロスには、俺が発する笛の音にしか反応しないよう指導してある」


「ホメロスー! すごいすごい!!」



私は思わずホメロスをわしゃわしゃと撫でた。彼は嬉しそうに私へと肌をり寄せている。

ダメだ。可愛すぎる。



「……そのホメロスに特訓したのは俺なんだが」


「あ、うん!シェリもすごいね。

何だか、騎兵団の人たちと戦闘鮫魚の絆みたいなものがあって素敵だね」


「……」



すごいすごいと連発しながら、ホメロスに頬擦ほおずりされている私を、何故かシェリは面白くなさそうに眺めていた。


ナプティムウトはそんな私たちを見やりながら、くすくすと笑っている。



「彼らはリリアナ様によく懐いていますね」


「可愛くてたまりません」


私はホメロスの少しざらりとしている肌を撫でながらそう答えた。



「……それに、守りたいって思います。

私もホメロスたちの力になりたいです」


「ありがとうございます、リリアナ様。

彼らは確かに肉食の者も多いですが、我々を襲うことはありませんし、貴方様も今日一日、是非彼らと共に過ごしていただければと思っています」



絶滅の危機に瀕している彼らが、この海で穏やかに暮らしていけるようになれば、私も嬉しい。



「……では、早速彼らの元へ行きましょう。ホメロス、頼むぞ」


ナプティムウトと私の会話を静かに聞いていたシェリが、そう言葉にした。


シェリは再び私をホメロスに乗せると、自身もその後ろに飛び乗り、そのまま他の鮫たちの行き交う上方へと進んで行った。




------



「あー、シェリってば抜けがけ!」



リリィを自身の愛鮫に乗せ、上昇していくシェリを見やりながら、ユーリは頬を膨らませる。



「ユーリ、君もちゃんと仕事するんだよ」


「はー、分かりました。イシス!」



ユーリは自身の鮫笛を使ってイシスを呼び寄せると、その背にまたがりながらナプティムウトの方を振り向く。



「団長、僕はシェリと同じように、まずは生態調査をすればいいですか?

それとも、先に "例の" 情報収集ですか?」



「……君には後者から任せたい」


「御意」



ユーリはしかと頷き、リリィたちとは真逆の方角へと飛び立って行く。





「ユーリ、気をつけなさい。

"彼ら" は、我々が思う以上に海へ通じてる」



ナプティムウトはそう呟くと、自身もオリオンの背に乗り、三人とはまた別の方向へと向かって行った。




------



「わぁ、ほんとに色々な鮫たちがいる!

あれ、イルカやシャチたちも?」


「この場所一帯は本当に不思議な空間なのだ。普段なら捕食対象となり得るはずの者も、ここではそうとは見なされず、争いも起きない。


一説によれば、ここはテティスの宮殿があった場所ではないかと言われている」


「テティス様の……?」



セラチモルファ・ドムスは、元は女神の住処すみかだったということ?


争いの起きない不思議な空間だと聞けば、その話も確かに納得がいってしまいそうだ。

女神がここを守っているとでもいうように。



だが、私はてっきり、テティスはマーレデアム王国の王宮、あるいは王都内で暮らしていたと思っていた。

彼女は確か、王国の建国者だったはず。



私の心の声が聞こえたかのように、シェリが再び言葉を続けていく。



「テティスはどうやら、この郊外で暮らしていたようだ。

海女神としてこの海全体を守護していたため、王国は彼女の側近だった原始海人族の長に任せていたと。

古書にもそう記録されている」


「それって、シェリのご先祖様?」


「まあ、そうだろうな」


「じゃあ、私のご先祖様がテティス様だったとして、どうして子孫が私なんだろう」


「どういうことだ?」


「だって、女神様なんでしょう?

でも私、母国ではいたって普通の庶民なんだけど」


「テティスの婚姻相手が人間の民だったのではないか?」


「そうなのかな。どこで知り合ったんだろうね」


「……海面?」


「あ、私たちの男女逆転バージョン?」


「……」



シェリが少しいぶかしげな顔をしていたが、他にも何か疑問に思うようなことがあったのだろうか?


海女神であるテティスが、陸にまで追いかけていったという相手にはいささか興味があるが、今は目の前にいる海洋生物たちの生態調査が先だ。


私はひとまず、文書に付ける画の下書きを様々な角度から行っていくことにした。



しばらくは何かを考え込んでいたシェリだが、私が線画を描き続けているうちに、やがてこちらの手元を覗いてくるようになった。



「……上手いな。俺の画とは雲泥の差だ」


「そ、そんなことないよ!

ほら私、働いてたカフェでケーキやパフェの絵、たくさん描いてたから」


「ぱふぇ? なんだそれは」



今度、シェリにはパフェでも作って元気付けてあげようと密かに決心しながら、私はその後も色々な海洋生物の線画を詳しく描いていった。



シェリが時々ホメロスを降りて、他の鮫たちの方へ調査に行く姿を横目に見やりながら。








「リリアナ様。文書にするために、何か役立ちそうなことはありましたか?」


「ナプティムウト様、お疲れ様です!


はい、来て良かったです。

資料だとちょっと分かりにくかったお腹の部分とか、ヒレの筋の数とかもちゃんと見れました。


あとほんとに懐っこい子が巣穴も見せてくれたんです!鮫って、外に卵を産む子と赤ちゃんで産まれて来る子がいるんですね」



私とシェリはナプティムウトと合流し、今日の事柄を報告し合う。

そろそろ帰路に着く時間だ。


陸地ではもう夕方なのだろう。

赤く色付いた陽光が、このセラチモルファ・ドムスにも届いている。



「さて、そろそろ良い時間だけど、ユーリがまだ戻って来てないね」


「あやつは一体、どこまで調査に行ったのだ」



ナプティムウトとシェリの話を耳に入れつつユーリを待っていると、



キュッ、キュキュキュ……!




ふと何処からか、イシスのものと思しき甲高い "声" が聞こえてきた。


しかしそれは、普段彼女が発しているような穏やかな声ではなく、どこか焦燥したもの。


声のする方を仰ぎ見ると、遥か上方より急降下でこちらへと走り泳いで来るイシスの姿を捉えることが出来た。


しかし、彼女の背にユーリは乗っていない。



「イシス、君のパートナーはどうしたんだい?」



キュッキュッ、キュッキュッ!



何かを訴えているかのようなイシスのその姿に不安を覚え、私はシェリを見やった。

すると、



「……ユーリが捕まったようだ」


そう言って、シェリが上方を仰ぎ見る。



「つ、捕まったって…… どういうこと?

そもそも誰に?」


「……リリアナ様、私とシェリがユーリを追います。


シェリ、彼女を女神の間に送り届けて、その後、」


「帰りません! 私もこのまま行きます!」


「?! それは駄目だ!」


「どうして? 戻る時間がもったないないよ!

私が足手まどいになるなら、ここで一人で待ってるから!」


「それも駄目だ」


「シェリ!!」



私は思わず叫んでしまう。

イシスがあんなに慌てているのはきっと、ユーリが思わしくない状況に置かれているからだ。

言い争っている場合ではない。



「ナプティムウト様!」


「……リリアナ様をこんな郊外に一人置いておくことは出来ません。


シェリ、彼女を守りながらイシスの後を追って行こう。いいね?」



「……御意」




ホメロスとオリオンと共に、私たち三人はイシスに付き従った。

しかし、彼女は何故か上へ上へと向かって行く。



ユーリは一体どこにいるというのか。

一体、誰に捕まっているのか。


危険な目に遭っていないだろうか……



不安ばかりが頭をよぎり、額に汗がにじむ。




それからも私たちはどんどん上昇を続けた。


イシスの動きが止まったのは、元いた場所から遥か上方の、海面近くになってからだった。



「イシス、ユーリはこの近くにいるの?」



彼女にそう尋ねた時。

ふと、私たちの身体全体を覆い隠すように、頭上から黒い影が差した。

そして。



「……っ、わ……!」



突然、海の中が激しく揺れ、ホメロスの背に乗る私はその荒波に流されそうになる。



「リリィ!」



しかし、シェリが瞬時に反応し、私の身体を支えてくれた。



「平気か?!」


「う、うん。ありがとう、シェリ」



私たちは上方を見上げた。

そこには、ゆらり、ゆらりとうごめく、巨大な黒い塊が在る。

……嫌な予感がする。



「シェリ。ユーリが捕まってるのって、もしかして……」


「……」



シェリは何も言わず、ホメロスから降りた。

そして、彼は私をかかえ、その大きな黒い塊に近付くと、やがてそれに手をかけ、登って行く。



いただきまで登り切った私たちは、今度はゆっくりとその内部に降り立った。


そこで目にしたものは、




「リリィ……?」


「?! ユーリ!」



数十人の男たちに剣を突きつけられ、押さえ込まれているユーリの姿。

彼は全身に怪我を負っていた。



思わずユーリに駆け寄ろうとしたが、シェリに強く腕を引かれ、彼の背側へと移される。



「……私のせいだ」



私たちの横に、少し遅れてナプティムウトも降り立った。

彼は眉根を深く寄せ、前方を見据えている。



私はユーリへと再び眼を向ける。

すると、彼を取り囲んでいる人たちの中から、一人の男性が私たちの前へと歩み出て来た。





「こいつは傑作だな。


魚人の男が三人。


で、何故か人間の女が一人。


 

てめえら、俺たちが何者か分かってて喧嘩を売りに来たのか?」





そう話すのは、黒髪こくはつ深紫こきむらさきの瞳を持った、どこか野性味溢れる男性。



「お前たちはこの "バルバロス号" に乗り込んで来た。


それを意味するのはすなわち、"死" だ」



彼はこちらに向けてそう言い放つ。




私たちが今立つ場所は、巨大な船舶の中。

視界に入って来たのは、髑髏ドクロが描かれている船旗。



私はふと、以前に国王が言っていた言葉を思い出した。


"別勢力が動き出している今、海人族同士で争っている場合ではない"



(国王様の言ってた別勢力って、まさか……)



私の背中を、冷やりとした汗が伝う。



ここは、"海賊たち" が取り仕切る、大船の上だ。




※セラチモルファ … 「鮫」の学名

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