プロローグ
「母なる海女神・テティスよ。其方の愛し子である我の願いを聞き入れ給え。
親愛なる海を鎮めよ。
我が子なる民を護り、生命に豊かな息吹を与えよ。
我は其方の愛し子なり。
其方の意思を紡ぐ者なり」
私の一日は、ここ、女神の間で、この女神への祈りを唱えることから始まる。
テティス海女神の愛し子として毎日欠かさずにお祈りを行うことは、このマーレデアム王国で果たさなければならない、私自身の義務だと思っている。
というのも、私がお祈りを唱えると、それが瞬時に祝福の光となって、王国民たちの元へと届けられるからだ。
愛し子の祝福には不思議な力が宿っているようで、それを "祝福" として受け取ると、従来の力量よりも遥かに上回るような効力を発揮出来たり、身体の不調が大いに改善されたりするらしい。
また、それを "浄化" として受け取ると、海の汚濁がどんどんと改善されるといったような現象が起こる。これは現在も続いている。
テティスから受け継いだこの神力は、我ながら本当に信じられないくらい、不可思議なものなのだ。
「 海女神テティス、か……」
お祈りを終えた私は、ぽつりとそう呟いた。
『お前は海の女神様に愛された子なのよ』
祈りにもある "海女神" というフレーズと、
昔、曾祖母が言ってくれた、この言葉とが重なり合う。
「おばあちゃんは、テティス様のことを知ってたのかな」
私の曾祖母はとても博識な人だった。
政治・経済の新聞に毎日欠かさず目を通すのは当たり前。
料理も得意で、両親のいない私が寂しい思いをしないようにと、食卓にはいつも目新しい異国の料理が並んでいた。
それに、海が苦手だった私が少しでもそれを克服出来る様にと寝物語で聞かせてくれたのは、
人魚姫のお話や、船乗りの冒険者、それに海賊たちが出てくるものが多かった。
さすがに12、13歳を過ぎた辺りからは寝物語をねだるといったようなことはしなくなったが、私の心には今も、曾祖母との懐かしい思い出たちが息づいている。
「懐かしいな。海は好きじゃなかったけど、おばあちゃんが話してくれた物語は大好きだったもん」
子供向けの、海にまつわるお伽話。
まさかこれが、私たちの命運を分ける糸口になるなど、この時は思いもしなかった。




