エピローグ
第一章 『海の王国編』
海森での事件から一週間後。
私とシェリはというと……
「ラドシェリムよ、其方、今一体何と……」
「ですから国王陛下。
本日はリリアナ様との交際を認めていただきたく、王宮に参上したのです。
守護者の方々には、我々の関係を早々に宣言しておいた方が良いかと思いまして」
ここ、王宮にある国王の執務室を訪れていた。
シェリはこのように淡々と話をしているが、私は彼の横で、だんだんと小さくなっている。
(……居た堪れない。まさか、女神の愛し子と交際するには、王族の人全員の許しが必要とか?)
と、私が思うには理由がある。
なぜなら私たち二人は、現在この部屋中で全王族方と絶賛対面中だからだ。
ナプティムウトや王妃、セシルドが微笑ましそうに私たちを見やっているのに対し、
トリンティアだけは少し眉を寄せながら、シェリの方を疑わしそうに見据えている。
「シェリ。あなた、リリアナ様の何か弱みを握って脅しているのではなくて?」
「言いがかりはおやめください、姉上。
先日やっと、俺の切なる想いがリリアナ様に通じたのですよ。素直に信じていただけませんか」
トリンティアの容赦ない一言に、シェリがすかさず反論する。
「やめよ、二人とも。
リリアナ様、ラドシェリムの言うことは本当でございますか?」
国王は不安げな表情を私へと向けてくるが、私は彼に、
「……はぃぃ……」
と、消え入りそうな声でそう答えるのが精一杯である。
きっと、私はまた茹蛸のような顔になっているのだろう。
シェリは私から顔を背け、肩を震わせて笑っているし、王族の人たちは皆、私のその表情を見て安堵の息をついている。
「……ラドシェリム様。笑いすぎじゃないですか?」
私がじとりとした目をシェリに向けると、
「おや? 接吻の件を早々に認めていただきたくて、と申せばよろしかったですか?」
「せっ……?!」
「冗談ですよ、リリアナ様」
彼はそんな私を見てニヤリと笑う。
先日、シェリの頬に不意打ちのキスをしたことを、まだ根に持っているのだろうか。
「やめなさいシェリ。
せっかく想いが通じたのに、今度こそリリアナ様に愛想を尽かされてしまうよ」
ナプティムウトはシェリの横に立ち、彼の肩に手を添える。
そして、そのまま私に同情の目を向けてくる。
「リリアナ様。兄の私が言うのも何ですが、彼は大変に嫉妬深い。
よって、守護者たちに釘を刺しておきたいのでしょうが、今は時期ではありません」
「ナプティムウトの言う通りだ。
ラドシェリムよ、守護者たちにこの件はまだ公表せぬ。
其方は今後、愛し子の連れ合いとして相応しい男であると、己自身で彼らに認めさせねばならぬだろう。
……それに、別勢力が動き出している今、海人族同士で争っている場合ではないのだ」
「存じております。表面上は現状のまま、愛し子の守人としてお仕えいたします」
国王はシェリの言葉に頷くと、今度は私の方へと向き直る。
「リリアナ様。この先 如何なる時も、ラドシェリムが必ずや貴方様をお守りいたします。
……息子のことを、何卒お願い申し上げます」
そう言って少し眉を下げつつも、国王は穏やかに微笑んだ。
私たちの交際を認めてくれたであろう彼は、
優しい父親の顔をしていた。
「リリィ、まだ拗ねているのか」
「……ホメロス、はいどうぞ」
王族方に交際宣言をした後、私とシェリは、二人で海森へと足を運んでいた。
今日はシェリの愛鮫の背に乗せてもらってここまで来た。
イシスが可愛すぎて、シェリの愛鮫にももう一度会いたいと頼んでみたところ、彼は快く承諾してくれた。
シェリの愛鮫は男の子で、名をホメロスと言うらしい。とてもかっこいい。
そして今、私はそのホメロスへと、用意しておいた鮫魚用のおやつをあげている最中だ。
唇を尖らせながら。
「先程のキスの話がそんなに気に食わなかったのか?」
「……」
当然である。
どうして彼はいつも、もっとオブラートに包んで話すことが出来ないのか。
私のむくれた顔を面白そうに見やりながら、シェリが言葉を続けていく。
「しかし、悪いのはリリィだぞ。
意図的に艶めかしく微笑んだり、
無意識にしおらしく頬を紅潮させたりする。
俺の女神の愛し子は、どうしてこうも人を惑わすのか。叶うものなら其方を隠しておきたいくらいだ」
「……今そんな話してた?」
「他の男共に攫われないよう、俺の腕中にいることを見せつけるのもいいな」
「王族以外の人たちに交際のことを話すのは、国王様に禁止されたばかりでしょ?」
私はシェリの方をじとりと見やる。
しかし、先程の国王の言葉にはもう一つ、気になることがあった。
「……シェリ。国王様がさっきおっしゃってたことって……」
「リリィは心配しなくて良い」
シェリはそっと、私の頬に手を添える。
「そんな不安そうな顔をするな。約束しただろう?何があろうと、俺が必ず其方を守ると」
「……うん。シェリのこと、信じてる」
私は頬に添えられた彼の手の上に、自身の手のひらを重ねた。
「私も、みんなの役に立てるようにもっと努力する。書類仕事も、古書の読解も」
「其方は十分頑張ってくれている。
無理をして、あまり心配させてくれるな」
シェリは私を労るように、もう片方の手で優しく髪を撫でてくれる。
先程国王が言っていたことは、いずれ私の耳にも入るだろう。
シェリが今はまだ黙っておきたいようだから無理には聞き出そうと思わないが、私だって皆の役に立ちたい。
まだまだこの王国のことも、女神の愛し子のことも、勉強不足でおこがましいとは思うけれど、私にも譲れないものがある。
「……私も、シェリを守るよ。
あなたの背負うものが、ほんの少しでも楽になるように」
そう言うと、シェリは眉を寄せて私を見つめる。
「そのまま返す。其方を支えたいのは俺も同じだ」
シェリは私の両頬を包み込むように、自身の手を添えた。
私たちはゆっくりと目を瞑り、誓いの口付けを交わす。
「……ふっ。其方、そう言えば初めてだったな」
「……」
「俺の可愛い "オクトポーダ" は健在か?」
「……もう茹蛸でも何でもいいよ」
「は? ユデダコ?」
"オクトポーダ" とは、マーレデアム王国では蛸のことを言うらしい。
私はシェリの胸元に顔を隠すようにして埋まった。
彼は少し声を上げて笑いながら、それを受け入れている。
そして愛おしそうに抱きしめながら、シェリは私の髪に、もう一度優しく唇を落としたのだった。
私がマーレデアム王国に来てから、もう四か月が過ぎようとしていた。
※オクトポーダ … 「蛸」の学名です。
この小説内では、マーレデアム王国での呼び名として使用しています。
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ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました!
今後の予定は活動報告の方に記載いたします^^




