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057 宿毒の巫女

 クラリスの頭部を包み込むように両手を当て、優しく魔素の流れを作る。

 ぴくりと眉が痙攣し、瞼の下の眼球が動き始めた。


 そっと手を離すと、髪飾りを彼女の頭の近くへ置いた。

 そして静かに、寝ていた場所へ移動して横になる。


 しばらくすると、背後でクラリスが起き上がる気配がした。

 息を殺して、寝たふりをする。


 数分動きが無かったが、僅かな布ずれの音の後、クラリスが俺をまたいで簡易天幕(テント)を出て行った。


「ハンナ」


 クラリスが小さな声で従者を呼んだ。


「はい、ここに」

「……ずっとそこにいたの?」

「丁度起こしに参ろうかと思っていた次第です。それにしても……これは随分と艶めかしいお姿に。ユージア様に何かされたのでは?」


 あのメイド、余計なことを。


「だとしたら相当な恐れ知らずね……案ずるな。何もされてなどいない。何かしていたなら、今頃冷たくなっているか、のたうち回っているかのどちらかでしょう?」

「左様にございます」


 え、何?

 なんか物騒な話をしてないか。


 とにかく俺も外に出よう


 簡易天幕(テント)を出ると、白ワンピの上に一枚羽織ったクラリスとハンナさんの姿。

 何気なさを装って声を掛ける。


「おはよう、クラリス。水浴びでもしてきたのか?」


 ハンナさんが侮蔑のこもった視線を向けてくる。


 いや、切り出すにしてもタイミングってものがあるでしょう。

 きちんと後々謝りますよ。そんな目されなくても。


「お前の天幕設営が未熟なのか、変な汗をかいたわ」

「それはすみません」


 さっきの会話が気になる。

 少し、カマをかけてみるか。


「それにしても、お嬢様とても魅力的なお姿ですね」

「私を女として見るとは余程の……無知なお前は知らぬのも道理ね」


 クラリスは小さく鼻を鳴らして続ける。


「私は大巫女候補。あらゆる病魔を調伏する責務を任じられるかもしれない身。幼き頃より多くの病魔の苗や毒液を飲んできた。多少の接触なら問題ないでしょう。けれど……私を抱こうなどとする物好きな輩はどうなるか、分かるかしら?」


 ……まじか。


「気味が悪いでしょう? 抱けるものなら、抱いてみるが良いわ」


 そう軽薄に笑うクラリスの心の内など、想像もできない。


 ほんと何なんだ。

 この子色々と重すぎる。


 けどまあ、気味の悪さで言えば俺も似たり寄ったりというか、それ以上だろう。

 なんせ死体からの復活者だ。


「お嬢様は、凄い猛毒をお持ちなのですね」

「……今朝は少し喋り過ぎたわ」


 このお嬢様、自分で遠ざけるようなこと言ってしょげている。


 なんとなく、クラリスの性格と他人への接し方の理由が分かってきた。

 想像だが、お嬢様は意図的に他を寄せ付けない言動をしている。


 短期間だけ許された、魔素術研修と言う名の遠出。

 戻れば、もう二度と外へ出ることは無いかもしれない身の上だったはず。


 出先の人間との再開もありえない。

 友を作ることに対し、躊躇いが生じるのは自然だ。


 加えて、この体質。

 そりゃもう、人を寄せ付けたくも無くなる。

 故郷を出てから、ひたすら他人を遠ざけていたのだろう。

 ぼっちなのもそのせいだったのだ。


 シルスに執着していたのにも納得がいく。

 伯爵の計らいで、お話し当番として長く接していた彼女は、クラリスただ一人の友人のようなものだったのだ。


 俺の周りには、ぼっちの星の下に生まれたような子が多すぎないだろうか。

 いや、クラリスも故郷に帰れば友くらいいるかもしれないが。


 なんにせよ。


「よっし! それじゃあ、お言葉に甘えて」


 クラリスへと抱き着いた。


「!? ――あなた、何を」

「お嬢様が、抱きたいなら抱けと」

「話を聞いていなかったの!? 離しなさい! どうなっても知らないわよ!」


 クラリスはもがくが、俺を振りほどくことが出来ない。

 このお嬢様、想像以上に非力だ。


 毒病魔云々言っていたが、この程度なら問題ないだろう。

 一晩中くんずほぐれつの攻防をしていたのだから、今更な話だ。


 致命的な行動であれば、ハンナさんがすぐさま反応するに違いない。


「ハンナ! この狼藉者を――」

「ああ、なんてこった! ハンナさん! お嬢様のお身体が冷えてます! 後ろを」

「御意に」


 ハンナさんがクラリスを背中から抱き込んだ。


「ちょっと、あなたたち!? ふざけるのは止めなさい!」


 クラリスは抜け出そうとするのはやめて、睨みつけてくる。

 だが、今までの事があったからか、その目の圧力も前ほどには感じない。


「気味が悪いかどうかなんて、辺鄙な村出身の俺にはさっぱりわかりません。俺なりに判断させてもらうなら、大勢の人たちの病気や傷を治すために身を削っているお嬢様を尊敬したり、好きになることはあっても、嫌いになることは無いですね。ですよね、ハンナさん」

「左様にございます。お嬢様に仕えて数日のハンナですが、例え仕事でなくともお守りするに値する人物であると思っています」


 このメイドの言をそのまま使わせてもらうなら、


「ほんとそうですよ。こんなに気高くて、可愛くて……」


 あとは……愉快で、未成熟だったか。これは伏せておこう。


「左様でございます。お嬢様は愉快で、未成熟で……なにを着せても愛くるしい至高の少女です」


 伏せたのに言っちゃったよ。しかも不純な理由が増えてる。


 クラリスが目を閉じて、プルプル震えてる。


 お腹が痙攣したように、ヒクついて……めっちゃ怒ってる?

 やばい。ちょっと、ふざけ過ぎたか?


「そ、そうですよ、そんな他人想いのお嬢様を捕まえて、気味が悪いだなんて、そんなこと……言う奴がいるなら、俺とハンナさんとシルスでぶっ飛ばしてやりますよ!」

「勿論です。八つ裂きでございます」


 それはちょっと……。


 お嬢様から、ふぐぅ、と呻くような声が聞こえた。


「お、お嬢様?」


 見ると、お嬢様が泣いていた。

 俺はそっと体を離してハンナさんを見る。


「ユージア様。食事の用意をお願いできますか?」

「分かりました」


 少しやりすぎてしまったようだ。

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