058 メイドさんと騎乗
昨晩の料理を温め朝食にする。
お嬢様と守護者様も一緒に食事していたが、一度も会話が無かった。
気まずいのもあり、手早く食事を終えて後をハンナさんに頼み、天幕の片付けに入った。
もう片付けを終えたらしいシルスがやって来る。
「クラリスと何かあったの? 荷積み、手伝うわ」
「……ありがとう」
どうしたものか。
「朝起こすときに、ごたごたしてさ」
「寝起きが悪かったの?」
「そんな感じかな。ちょい失敗しちゃって」
そういえば、今日はメンバーチェンジでシルスはクラリスと一緒になるんだった。気にもなるか。
「失敗? クラリス、機嫌良い時の匂いしてるわ」
「……そうなのか?」
「うん」
シルスさん、嗅覚性能もグングン上達してる。
「色んな感情が読み取れるようになってるのか?」
「うん。長く一緒にいると、もっとよく分かると思うわ」
言うと、シルスが顔を寄せて来た。
スンスンと匂いを嗅がれる。……恥ずかしい。
「ユージアは、ちょっと疲れてて……男の子っぽい匂いがする。何か変なことしなかった?」
「い、いや……お嬢様を起こすのに魔素操作を長いことしてたくらいだよ。それがさ、夜中に起きたらクラリスに毛布取られててさ。よく眠れなくて」
「そうだったのね」
シルスは離れた所で食事をしている主人と従者へ視線を戻した。
「ユージアは、一晩クラリスと一緒にいて気が付いた?」
「ん、何がだ?」
少し、シルスの表情が険しい。
「私、匂いの区別が良く分かるようになったから……クラリスが普通の人と全然違うって分かったの」
なるほど。
中身は毒壺みたいな少女だからな。匂いも変わってて当然だろう。
「どんなふうに違うんだ?」
「……とても危険な匂い。昨日、傷を手当したときに気が付いたんだけど……今朝は特に匂いが強いわ」
それは俺が沢山汗かかせたからだろうか。
「きっと、巫女候補にも色々あるんだろう」
「……うん。そうね」
「今日、シルスが一緒になると思うけど、優しくしてやってくれな?」
「頑張ってみるわ。ユージア、クラリスと仲直りしたのね」
笑顔で言うシルスに、俺は肩を上げてみせた。
「どうだろう。でも、俺はあのお嬢様嫌いじゃないかな。初めはキツくて嫌だったけどさ」
「私も嫌いじゃないわ……嫌われてるみたいだけどね」
いや。実際は好かれていると思うが。
「まあ、頼むよ。班員と円滑に行動するのは、きっと良い点貰える要素の一つだろうしさ」
「うん。頑張るわ!」
簡易天幕の片付けが終わると、シルスはアコルの下へ戻っていった。
手持無沙汰にエックさんを撫でながら、クラリスとハンナへ視線を向ける。
あちらもそろそろ、食事と片付けが終わりそうだ。
しばらくすると、ハンナさんが手を叩いて注意を集めた。
「皆さん、こちらへ」
面々が集まるとハンナさんが告げる。
「本日は調査地パマイ村への行程最終日となります。残った組み合わせは、クラリス様とシルスティア様、ユージア様とアコルになります」
そう言ったところで、シルスの隣にいたアコルがハンナさんへと歩み寄った。
何やら言っているが声が小さくて聞き取れない。
シルスは聞こえたのか、少し困った顔をしてこちらを向いた。
「アコル、ユージアと一緒は嫌みたい」
「……まじか」
俺ってそんな嫌われてるの?
何もした覚えはないんだが……。
ハンナさんがアコルへ笑顔で頷いた。
「アコルは試験に直接は関係のない、お嬢様の随伴者です。一応伯爵様の使用人ではありますが、嫌なものを強制することもありませんね。私がユージア様とご一緒しましょう」
今日はハンナさんとの移動らしい。
馬へ荷を積み込み、移動を開始した。
先頭にシルス、その後をクラリス、アコル、ハンナさんと俺。そして荷馬と続く。
小高い丘に登ると、遠くに森が見える。
黒大樹に連なる森だろう。
それにしても。
「あの……ハンナさん、胸が」
後頭部を圧迫している。
「乗せてるんです。肩が楽で助かります」
意図的か!
この体は幼いからか、興奮したりはしない。
でも柔らかさは悪くない。重いが。
「乗せやすいように締め付けをわざわざ緩めて来たんですよ?」
「さいですか」
やっぱり、この人は変だ。
「普段からこんなことを?」
「いえ。ユージア様は何処か歪なので、反応を見ているのです」
「そうですか」
まあ。自分でも歪だとは思う。
そりゃ肉体と心が別物なんだから、仕方ない。
「それで、俺はどんな風に判断されたんですかね?」
「歪ではありますが、悪意は無いようなので問題ないです」
「……そうですか。ハンナさんもいつもこんなの支えてて大変ですね」
「そうですね。締め忘れた時に激しく体を動かすと本当に邪魔です。何度切り落とそうかと」
「やめてください!」
本気か冗談かわからない。
話を逸らそう。そうだ。
「あの……俺、クラリスに何かまずいことしちゃいましたかね?」
さっきのハンナさんの態度が気になる。
「先ほど申し上げた通りですが?」
「具体的なことが聞きたいんです。言えない事なら、仕方ありませんけど」
「そうですね……では、話せる部分だけですが。他言は慎んでください」
ハンナさんはそう前置きして教えてくれる。
「ユージア様の魔素調律は、想像を超えた効果をお嬢様に与えました」
「それがどういう問題になるんですか?」
「効果が良すぎたのです。あの安定具合ですと……他の最有力候補者を抜き、大巫女に一番近くなったことでしょう」
え。そこまでの効果が?
いやいやいや。
いくらなんでもそんな事は。
「そんな簡単に、選考基準が変わってしまう物なんですか?」
「だから驚いているのです」
でも、それなら悪いことはなさそうだが。
「何が問題なんですか? クラリスも大巫女になることは名誉みたいに言ってましたよ?」
「……」
ハンナさんはそこで言葉を区切った。
俺は上を向き、胸の向こうを覗き見る。
そこから見えた守護者様の表情は険しい。
「そうですね。普通であれば、誉れ高い素晴らしいことなのでしょう。これは、個人的な考えなので恐縮ですが。私は……お嬢様が大巫女になるのは望みません」
「どうしてそう思うんですか?」
「私はラールの教えを学び始めて短いですが、大巫女やその周囲の人間のことはそれなりに調べました。……今までの歴史で、着任後に大巫女を見た者はいないのです」
え?
見たものがいない?
「それってどういうことですか?」
「私も詳しくは知りません。分かっているのは、御神体の奉られる中央神殿に入った大巫女は二度と出てこない。それだけです」
……そういうことか。
「侍従巫女であれば、少なくとも出入りができるということですね?」
「そうです。一部の地位の高い侍従巫女は外部とのやり取りを行うため、出入りすることがあるのです」
それで、俺の調整をさせていたのか。
少し安定性が上がって、位の高い侍従巫女になれれば良い程度の考えだったのだろう。
しかし、想像以上の効果でクラリスは大巫女候補に上り詰めてしまった。
「安定性を乱してみますか?」
「本気で言っているのですか? 生物の魔素を乱すということは、命を削る行為です。ましてや、様々な危険因子を持つお嬢様の経絡を乱すなど……以ての外です。そもそも恒常的な部分魔素攪乱は相当の手練でなければ――」
言って、ハンナさんが顔を覗き込んできた。
「……ユージア様なら、可能なのかもしれませんね。でも、危険すぎます。絶対にやらないでください」
「わ、わかりました」
俺もやり方などは知らない。
出来るのかなと思っただけだ。
……出来るなら、ハンナさんもこんなに悩んでいないか。
「考え足らずなことを言ってすみません」
「いいえ。お嬢様を思って言って下さったことです」
しばらく互いに無言が続いたが、ハンナさんが呟くように言った。
「お嬢様の事をどう思われますか?」
「……嫌いじゃないですよ。やってることに筋は通ってますし。出会いがしらに、身だしなみ指摘して叩いてきたのには驚きましたけど」
「あの指摘は口実でしょうね」
え?
「どういうことですか?」
「出会った時点で、お嬢様はユージア様がシルスティア様の連れであることを知っていました」
因縁のあるシルスの仲間だから叩いたと?
いやまて。クラリスはシルスを好いていたはずだ。
なのに、その身内である俺を叩く理由がどこにあるんだ?
「それだと、なおさら叩かれたことに納得いかないんですが」
「ユージア様は、シルスティア様のお仲間であると言われました。そのことについてでしょうね」
……ああ、そういうことか。
「嫉妬ってことですか」
「……やはり、お嬢様がシルスティア様を好いておられると知っていましたか」
「昨日、散々聞かれましたからね」
シルスを語ってる時の顔を見てれば、そりゃ分かる。
「ハンナさんも、シルスがらみで呼ばれたんですよね? わざわざハンナさんを呼んで実戦演習するとか……お嬢様の負けず嫌いも相当ですよね」
「お嬢様は私を演習相手として呼び出した訳ではありませんが?」
あれ。
聞いていた話と違うな。
「伯爵からは、シルスに負けたから近い活性型のハンナさんを呼んで対策をしていたと聞いたんですが」
「違いますね。正確には、お嬢様がシルスティア様の稽古の為に呼ばれたのです」
「それはおかしくないですか? シルスがハンナさんの師事を願いに行った時、断られていた筈ですよ? しかも今回の試験の参加目的も」
……ああ、そうか。
「俺への当てつけ、ですか」
シルスを取られたと思ったんだろう。
あの時に仲間だと答えたのは逆効果だったっぽいな。
「そのようなものですね。シルスティア様を思って私を呼んだというのに、帰ってきたら何処の者とも知れない男を連れて来たわけですから。嫉妬の炎は瞬く間にお嬢様を包み込み、その憎悪は肥大を続け、ついには少年の頬へと襲い掛かったのです」
間違ってないが、言い方がアレだな。
「少年の頬は疼き続けました。その痛みは妄執へと変わり……ついに念願の時を迎え、眠るお嬢様の身体へ牙を剥いたのです!」
「変な脚色しないでください」
しかし、そうなると。
「この試験結果がどうであれ、お嬢様はシルスにハンナさんをお貸しして下さると言うことですかね?」
「……そうなるかと思います。しかしながら、もしこのことを知って手を抜くようなことがあれば、私も同様に手を抜かせていただきます」
「大丈夫ですよ。俺はこのことをシルスへ伝えるつもりもありませんし、俺自身もパマイ村に先行しているタハディさんのお手伝いをしたいと思っていますので。何より、お嬢様の大切な思い出作りですしね」
ハンナさんが顔を覗き込んできた。
「やはり、ユージア様はおかしな少年ですね」
「それはお互い様じゃないですか?」
ハンナさんも十分変だと思う。
そして、この変な守護メイド従者がシルスのお師匠さんになってくれるのはほぼ確定したということだ。
幸い、前師匠のタハディがいるパマイ村に向かっている。
ハンナさんが適任かどうか、聞いてみるのも良い。
もっとこの人のことを知っておいた方が良いか。
「ハンナさんは、ラール教の……クラリスの従者になる前に、神殿戦士をしていたんですよね?」
「そうですね。私は昔から色々と渡り歩いていましたが……誘われたので面白そうだと思って始めました。同僚も良い人が多かったので、数年続けました」
……なんかバイトみたいなノリだな。
「神殿戦士ってそんなに簡単になれるものなのですか?」
「どうでしょう。私は戦闘技術を買われてという感じでしたが」
世の中腕っぷしか。世知辛い。
俺も訓練すれば強くなれるだろうか。
「ハンナさんは、いつから戦闘の訓練を?」
「物心ついた時には、魔素生物の狩りを生業にしていました」
天然戦士!
……参考にならん。
「それにしては、身のこなしがこなれている気がしますね」
「その後に世話になった方の教育が良かったのでしょう」
そんな他人事のように。
「……自分の半分も生きていない少年に人となりを評されるというのは」
「す、すみません!」
ぶしつけすぎたか。
「いえ。オツなものだと思いました。もっとユージア様から見たハンナを教えてください」
……やっぱ変な人だ。




