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055 お嬢様と夜中の攻防

 寒さで目が覚めた。

 まだ周囲は暗い。夜中のようだ。


 上の方がパタパタとうるさい。

 簡易天幕(テント)上部が開いてしまっていて、風に揺れている。

 打ち付けが弱かったか。


 昨夜は密閉タイプの簡易天幕(テント)を利用した。

 クラリスに用意しろと命じられ、追加で張ったものである。


 暗くなる前だったら、もっとうまく張れたと思うんだが。


 シルスとの時は厚手の露よけシートを掛け、身を寄せ合って眠ることが多かった。

 こういったしっかりしたヤツを張ったのは、雨の時くらいか。

 魔素流による虫除けがあるから、風雨対策にしか必要ないのかもしれない。


 でもまあ、高貴なお嬢様に壁無しは辛いのだろう。


 それにしても、結構冷える。

 そのせいか普段より身体もだるい。


 今日は時間ギリギリまで寝ていたい気分だ。


 かけていた外套を引き上げると、引っ張り返された。

 振り返ると、布や毛布の塊から飛び出た手が外套を掴んでいる。


 クラリスボール!


 寒がりなのか、お嬢様は布塊になっていた。

 気配を感じないと思ったら、こんな状態になっていたか。


 寝る前に「触れるんじゃないわよ」と絶対境界線として設置した布壁ダムを全部自身に取り込んだようだ。

 というか、俺の毛布まで奪われている。


 ……道理で寒いわけだ。

 疲れ気味なのも、このせいに違いない。


 その上、俺の外套まで欲するか。

 欲張りさんめ。


 無意識的な行動だったのかもしれないが、休息を邪魔されたのは事実。

 今日は三日目。パマイ村に到着するだろう重要な日だ。

 非常に癪である。


 お嬢様の毛布を掴んで、一気にひっぺがした。


 クラリスの極々薄い純白ワンピース姿が露になった。

 透けるほどの肌着と、白磁のような肌なのも相まって全裸にすら見える。


 軽い罪悪感。


 一気に熱を奪われたクラリスは、(ぬく)もりを求め、手をさまよわせているが起きる気配は無いようだ。


 唯一掴んでいた俺の外套を引き寄せようとするが、それも許さない。

 少しの間、俺と同じ苦しみを味わうが良い。


 触れた天幕壁が冷たかったのか、クラリスはビクと体を震わせて丸くなった。

 少し可哀想になってくる。


 もういいか。手打ちにしよう。

 クラリスの毛布を掛け直そうとして違和感。


 これ……冷た過ぎないか?

 寸前まで人が包まってたとは思えない感じだ。


 そっと、クラリスの肩に触れてみる。


 うお!

 まじかこれ!?


 かなり冷たい。

 ほんとに生きてるのか疑わしくなるほどだ。


 クラリスが肩に触れた俺の腕をゆっくりと掴んだ。

 さすがに起きるか。


「わ、わるい!」


 この手も震えるほどに冷たい。

 更に片手をくわえ、俺の腕を両手で引っ張ってくる。


「ク、クラリス?」


 怒鳴られるかと思ったが、お嬢様はまだ寝ているようだ。

 温かさを求めて無意識的な行動か。


 こうやって俺の毛布も引きずり込まれたのだろう。


 抵抗するのも躊躇われ、引かれるままに身を寄せる。

 そのまま抱きつかれる格好になるが。


 やばい。

 滅茶苦茶冷たい。……寒い寒い寒い!


 クラリスの体は、寝ている人間の体温とは思えない冷たさだ。


 しばらく、凍えながらされるがままで耐える。


 見ると、温かくなったからかクラリスの表情が柔らかになっていた。

 やはり寒いよりは温かいほうが良いようだ。


 その寝顔は、肌の白さも合わさって、正に氷の天使。


 ……って、よく見るとお嬢様、頭に髪飾り付けたままだ。


 取り忘れだろうか。

 寝たままこんなものをつけていたら、ケガをしかねない。


 取り外して脇へと置いておく。




 ……どうしよう。


 この低体温クラリスを引き剥がすのは忍びない。

 冷たさと、しがみつく必死さが庇護欲を刺激してくる。


 後ろに放った毛布を片手で掛けなおす。

 少なくとも、温まるまでは一緒になっていてあげたい。


 というか、ほんと一体クラリスの体はどうなってるんだ?

 絶対普通じゃないぞ。


 風の入ってきていた簡易天幕(テント)上部も閉めた方が良いだろうか。

 そんなことを思いながら後ろへ視線を向け、思わず叫びそうになる。


 天幕上部の隙間から、ハンナさんが中を覗き込んでいたのだ。


 俺が口を開こうとすると、ハンナさんは口に指を当てた。

 黙って見ていると、彼女は笑顔で頷いた。

 そして、天幕上部を閉じて姿を消す。


 このままでいろということか?


 とりあえず守護者様(ハンナさん)のお咎めはないようだ。

 もしかしたら、普段はハンナさんが温めてやったりしていたのだろうか?


 ……しばらくこのままだな。






 外が明るい。

 結局、あのまま離れる機会を逸して日が昇ってしまった。


 我ながらどうかと思うが、ずっとクラリスの寝顔を見ていた。

 知られたら激怒するかもしれない。


 なんというか、ほんと絵画のように美しい。

 姉が見たら間違いなく、無言で素描を始めるレベルだ。


 夜は闇に映える白さが逆に幽鬼のようにも見えたが、日に照らされると神聖な印象へと一変した。

 不埒な気持ちなど僅かにも沸かない。神々しさすら漂っている。


 もうすっかり、クラリスの体温は人のそれだ。

 俺の熱を奪いに奪った結果だが。


 そして今日は睡眠不足確定だ。

 移動中にエックの上で寝てしまうかもしれない。


 今日、組になるのはアコルだろう。

 たぶんだが、寝ても怒りはしないんじゃないだろうか。

 あのビクつき具合だ。


 だからといって、迷惑は掛けたくない。

 きっとハンナさんの採点にも影響が出る。

 この一件を知ってるから、少しは加味してくれるかもしれないが。


 またクラリスが身じろぎした。

 眉もピクリと動いている。


 そろそろ起きるか?

 今更体を離そうとしたら、逆に不審に思われそうだ。


 とりあえず、寝たふりをして反応を待つことにする。


 目を閉じたまま、片目を魔素視へ切り替えた。

 まぶたを通してでも、魔素を感じ取って動きが把握できるからだ。


 クラリスの魔素流、かなり緩やかだな。

 この流れの遅さが冷たさに関係してるとか無いだろうか?




 ……中々起きないな。


 そう思っていると、別の場所から動きがあった。


「ユージア様。お疲れ様です。そろそろ起床時間ですよ」


 上部天幕をめくって顔を覗かせたハンナさんが、そう教えてくれる。


「はい。クラリス起こしますね」

「頑張ってみてください」


 僅かに目を細めたハンナさんは、そう言って上部天幕を閉じた。


 頑張って?

 何か言い方が気になるが、まあよい。

 きっと寝起きが悪いのだろう。


 あんな冷たさだ。

 低血圧なんて目じゃない目覚めの悪さの可能性もある。


 しかし、守護者様(ハンナさん)公認であるというのは、気が楽だ。

 何の後ろめたさも無い。堂々と体を離して身を起こした。


「お嬢様ー、朝ですよー?」


 目の前の顔へ向け、声を掛けてみる。

 クラリスはもぞもぞと動いて、毛布で顔を隠してしまった。


「朝ですよー?」


 ピクリとも反応しない。

 数度呼びかけたが、その後も起きる気配は無かった。


 全く声が届いてる気がしない。

 毛布を掛けたのは、声遮断というよりは寒さから逃れるためだったようだ。


 仕方ない。

 肩をゆすって声を掛ける。


「お嬢様、朝です! おきろー!」


 肩ほっそいな。

 少し力を入れたら、壊れてしまいそうで怖い。


「起きないな……どうするか」


 とりあえず、毛布を取り除くか。

 起こし方の定番だ。そしてクラリスには一番効く気がする。


 布団を一気に引き剥がす。

 寒さに震え丸くなるクラリス。


「お嬢様ー、朝です! きちんと起床しないと採点に響きますよ!」


 ……ダメか。


 そもそも、意識覚醒していないのだろう。

 魔素視で見ると、頭部の魔素巡りもゆっくりだ。


 そうだ。

 もし、この流れが意識レベルにも影響しているなら。


 クラリスの両手首をつかむ。

 そして片腕から魔素を引き込み、もう片方から流し込む。


 しばらくすると、徐々に流れが早くなっていく。

 寝ている相手であれば、魔素に干渉するのが容易(たやす)い。


 クラリスの場合、シルス以上に楽な気もする。

 眠りが深いからだろうか。


 流れが増すにつれ、クラリスの呼吸も早くなり顔色も良くなってくる。


 よし、効果ありだ。


 つかむ場所を変え、手首と足首で大きく流れを作ってみた。

 初めは抵抗があるが、大したことはない。

 次第に俺を介して流れができる。


 クラリスから引き入れた魔素は柔らかく優しい。

 少し冷たさのようなものを感じる気もするが、それは夜の印象から来る錯覚だろうか。


 俺を経由した魔素はクラリスへ戻ると、体の隅々へと広がっていく。

 彼女本来の魔素流では流れていなかった細部にまで、行き渡っているようだ。


 この調子で全身の流れを良くしていこう。


 左手と左足、右手と右足を終え、両足首をつかんで魔素を循環させる。


「……あ」


 クラリスが、艶のある細い声を発した。


「ユージア様」


 うお!?


 ハンナさんが天幕上部を開き、顔を覗かせた。


 眠る少女の両足首をつかむ少年の図。

 ちょっとアウトか?


「素晴らしいです。ユージア様」


 そう思ったが、守護者の反応は良好だ。

 ハンナさんは笑みを深めて言う。


「お嬢様の顔色も良いですね。魔素調律をしていたのでしょうか?」


 魔素調律。

 俺を通して魔素の流れを良くしていたのだが、それを指しているのだろうか。 

 伯爵も似たようなことをいっていたっけ。


「そう、なんですかね? 魔素の流れを良くしたら、目が覚めるかなと思いまして」

「良い方法だと思います。続けてみてください」


 え?

 この言い方だと、普段は違う起こし方ってことだが。


「あの、ハンナさんは普段どうやって起こされてるんですか?」

「……それを思索するのがユージア様の仕事かと。正しいと思うことをなさって下さい。余程まずければ止めますので」


 この監督官は、何処か適当に取り決めして楽しんでいるような気がしてならない。

 ……まあ疑ったところで、どうすることもできないが。


 ハンナさんに見守られる形で、再度クラリスへの魔素循環を行う。


「……あ…………」


 くすぐったいのだろうか。

 また、断続的にクラリスから艶めかしい声が響く。


 そんなふうに感じるのは、普段のクラリスが他を圧しつけるような言動をしているギャップからかもしれない。


 あのクラリスが、意図せず高い声を発しているのだ。

 それだけで、稀な感覚であるのは間違いない。


 まあ、実際こうして声が出ているのだ。

 起こすのに効果が高いのは疑いないだろう。


 慣れて来たからか、10センチ程度の隙間なら直接足に触れないでも魔素を引き出したり押し入れたり出来るようになった。


 これは俺の魔素操作の練習にもなって良さそうだ。

 直接触らないと言うのが、俺の大胆な魔素操作に拍車をかける。


 出力を高めたまま手を遠ざけたり、近づけたり。


 流しいれる魔素の粗密でも、流れ方が結構変わる。

 少し溜めてから一気に入れたり、リズムよく連続して流したりしてみる。

 五本の指、どの指からの魔素放出でも微妙に流れ方が違う。


 いやー魔素って奥が深い。


 クラリスを見ると、荒く呼吸しながら胸を大きく上下させている。


 ……だが、起きる気配がない。


 思ったが、これクラリス起きてるだろう。

 魔素の出し入れに合わせて発している声が、どう考えても寝ている人のそれじゃない。


 こんな事されていたら飛び起きて怒りをぶつけてきそうなものだが、起きようとしない。頑なに寝たふりを続けている。


「お嬢様。お加減はいかがでしょうか?」


 ……反応なし。


 表情は魔素視にしているので分からないが、何を考えているのやら。


 我慢比べか?

 俺の魔素操作の限界を知りたいのだろうか。


 やめた直後に「その程度で音を上げるなんて、なってないわね」と見下してくる姿が想像できる。


 まあ、魔素自体はクラリスから取り入れて、入れなおしているだけだから枯渇する心配はない。

 確かに操作自体も疲れはするが、そこまででもない。


 そっちがその気なら、とことん付き合ってやろうじゃないか。

 魔素操作の練習ついでだ。


 相手にとって不足なし!

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