054 お嬢様とメイドと晩餐
「悪くないわね」
俺の作った料理を口にして、クラリスがそう呟いた。
「お嬢様は『良い味だわ。何より野営にも拘らず三品作るのが高得点』と仰せです」
「……そこまで言ってないわ」
すっかり暗くなった空の下、俺とクラリス、ハンナさんで食事をしている。
ハンナさんの顔は少し赤い。
酒が入っているのだ。
「あの、疑問なのですが……監督官であり、お嬢様の護衛者でもあるハンナさんが野営中に酒飲んで良いんですか?」
「ユージア様。神殿戦士は肉を食する際、必ず酒を一緒にとるのが慣わしなのです」
キリッとした顔でハンナさんが答えた。
赤くさえなければ説得力あるんだが。
「そうなんですか。でも、何かあったら……」
「何かあれば、一瞬で酒気を散らす訓練を積んでいるのが神殿戦士です」
あーなるほど。
シルスも使える内気功ってやつね。
「それは便利ですね……ってハンナさん改宗して神殿戦士じゃなくなったのでは?」
そこでクラリスが鼻を鳴らした。
「そうね。ラールにそんな教えはない。だからハンナはただ好きで飲んでるだけよ」
「ですがお嬢様。前にお許しになってくれたことを私は強く、強く心に刻みつけているのですが……ああ! もしかして、あのお言葉は私を弄ぶ偽りであったと!?」
今にも泣きだしそうな顔で俯くハンナさんに、クラリスは眉間を押さえ小さくため息をついた。
「……駄目だとは言っていないでしょう。でも今思い出しても癪よ。着任早々飲酒許可を求めたお前の行動はね」
「それでもお許しになられたのは事実です。お嬢様のお慈悲に、最下層湖の深淵より深き愛を捧げます。今宵の伽は全身全霊を持って臨む所存です」
「……一度も頼んだ覚えはない」
「あの幾千幾万、共に過ごした夜をお忘れですか?」
「お前が来たのは数日前だ! この駄メイドが!」
クラリスが魔素弾を放つが、ハンナさんの手のひらで掻き消える。
えっと、なんか……印象が。
この二人はいつもこんななのか?
「……こんなの呼ぶんじゃなかったわ」
「残念です」
言って、無音で立ち上がるハンナさん。
「高貴な海を望みし血筋におわしますクラリス様の命ならば、いかな状況下であれ実行するのが務め。レヴロ邸まで一夜で駆け、後続となるものへ引き継ぎを――」
「待ちなさい。替えるとは言っていない!」
「……お戯れでしたか。そんなにハンナを虐めないで下さいませ。私の心の臓は縮み上がり、消え入る寸前です」
「ぬけぬけと……ッ」
クラリスが怖い。
そんな主人にどこ吹く風。
ハンナさんは仰々しくよろめきながら俺の隣へ腰を下ろした。
そして、俺の手を取ると自らの胸に当てる。
ちょ、何してるんですか!?
「どうでしょう? ハンナの心の音は、きちんと鳴っていますか?」
「鳴ってます、大丈夫です! 柔らかいです!」
慌てて手を離して身を引いた。
お嬢様を見ると怒りを通り越して無表情に見える。
「ユージア様は、不思議でございますね。精も通らぬ少年のはずなのに、どこか少し大人めいた魅力がおありです。イビツさがそそります」
何言ってるのこの人!?
やばい。
この人の視線、少年好きの姉友達に似てる!
「あ、あの! ハンナさん飲みすぎでは?」
「ユージア様。メイドにだって飲みたい時はあるものです。こんな甘酸っぱく周波数高い子達に囲まれていた、なおさらです」
そんな哀愁漂うことを。
「……ハンナさん。とにかく、せっかく作った料理が冷めてしまいます。ちゃんと食べてください。有事の際は頼りにしてますから」
「申し訳御座いません。少年が真心こめての手製料理、向き合うには少々悪ふざけが過ぎました。本当にユージア様はお優しいですね」
言って、ハンナさんは美しい所作で食事を始めた。
この人……想像以上にヘンな人だ。
シルスを任せて大丈夫なのだろうか?
夕食を終え、片付けをしようとしたらハンナさんが引き継いでくれた。
監督官のはずだが、馳走になったからイーブンだとの事だ。
ありがたくシルスの経絡調整準備に取り掛かった。
道具を持って、数分先の川へと向かう。
新しい水で解毒薬と調整薬を溶き直していると、声がかかった。
「ユージア」
シルスだ。
雑務を終え、やって来たようだ。
どう調整を始めようか考えていたから助かる。ここでやってしまおう。
「少し待っててくれ。すぐ用意できる。ちょっと近くに来てくれるか?」
「うん」
シルスが身を寄せてきた。
クラリスが言っていたとおり、近くにいた虫が離れていく。
虫食われしても少しすれば痒みは引くし、薬は虫よけ効果があるのか寄ってこない。だが目障りなのには変わりない。
「お嬢様に言われたんだ。それなりに魔素流のある人間なら、虫が寄らないってね。どうやら俺は虫除けできるほどじゃないらしい」
「ユージアは経絡活性に向いてないと思ってたけど、そこまでだったのね」
シルスが更に身を寄せ、腕を背へと回してきた。
たぶん虫除けのためだと思うが、こそばゆい。
「……虫も遠ざけられないほどの魔素流だと、普通は長く生きられないのよ」
え?
「どういうことだ?」
「ユージアは大丈夫だと思うけどね。それくらい魔素が弱いと、色んな病気になりやすくなるわ」
……なるほど。
虫を媒介にした感染症なんかも増えるしな。
もしかしたら、まんま細菌やウィルスなんかを遠ざけてる可能性もある。
伯爵様も、魔素術で洗浄や除菌ができると言っていた。
「そういえば、さっきハンナさんと食事したんだが」
「うん。楽しそうだったわね」
見てたか。
師にもなるかもしれない人だし、シルスも気になるだろう。
「なんと言うか……思ったより砕けた感じの人だったよ」
酒が入ったからと言うよりは、口実に悪ふざけしているフシがある。
赤いまま後片付けをする姿によどみは見られなかった。
「タハディも、お酒を飲みながら食事していたわ」
「神殿戦士は肉を食べるとき、酒を飲むものらしいよ」
シルスは「そうだったのね」と呟きながら、頭を肩に預けてきた。
さっきのことがあるからか?
シルスのスキンシップがいつもより強い。
しかも、経絡調整を意識していたのだろう。
硬革の胸当ては外し、上はすでに薄着一枚だ。
ちょっと意識してしまう。
もう魔素視に切り替えておこう。
「……こうしてユージアに頭をつけていると、楽になるわ」
ああ、そういう事か。
「今日も一日お疲れさん」
「ユージアもね」
シルスは顔を上げ微笑んだ……気がする。
もう強めの魔素視になっていて分からないのだ。
もうしばらく我慢するんだったな。
声音からして、とても優しい顔をしてるに違いない。
「私がいなくても、野営設営出来てた」
「ずっとシルスがやってるの近くで見てたからな。まだまだ、遠く及ばないけどさ」
「……そうね。あの張り方だと、雨になったら困るわ」
やはりシルスは手厳しい。
「あーそうか。戻ったら直したほうが良いな」
「雨期じゃないから大丈夫だと思うけど、そうした方が点数は高くなるんじゃないかしら」
魔素視で見るシルスの経絡流は穏やかだ。
気持ちもだいぶ落ち着いてきている。調整するには良い具合だ。
しかし……思ったより滞ってるな。
ハンナさんもいるのだし、もう少し力を抜いても良いと思うのだが。
明日はシルスの近くで負担軽減できたら良いんだが、
「ハンナさん、毎日メンバーを入れ替えるって言ってたよな……」
と言うことはつまり。
「明日は俺とアコル、シルスとクラリスって事だが、大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「いやほら、クラリスと一緒になるわけだが」
不思議そうな顔のシルス。
あれ。どういうことだ?
「クラリスと一緒なの嫌じゃないのか?」
「私はクラリスのこと、嫌いじゃないわ」
……意外だ。
「俺が叩かれた時仕返しに行きそうだったじゃないか」
「それとは話が違うわ。会ったばかりのユージアが、クラリスに叩かれるようなことなんてしないでしょ? きっと私の事に繋げて、クラリスはユージアを叩いたのよ」
あー……確かにそうだが。
「ユージアは悪くないのに、叩かれるなんておかしいもの。文句があるなら直接私に言うべきだわ!」
「いや……あの時は、俺も少し怒っててハンナさんに取り押さえられたからな」
「え!? ユージア何をしようとしたの?」
シルスが貶されて怒った訳だが。
それを答えるのは、さすがに恥ずかしい。
「それよりも、シルスがクラリスを嫌ってなかったのが驚きだよ。あのお嬢様は、絶対に仲間に加えたくないっていうお貴族様の筆頭じゃないのか?」
「クラリスはすぐ怒るけど……隠れてコソコソしないもの」
確かに。
あのお嬢様はうっぷんを溜め込む性格じゃない。
その場でぶっ放すだろう。
「でもほら、よくお母さんの事とか持ち出して挑発してくるんだろう?」
「そうね。でも、クラリスはお母さんを貶してるんじゃないわ。前の当番のとき言ってたの。『私は自分の目で見たものでしか評価しない』って。だから……クラリスは私のことを見て、お母さんのことを言ってるから、本当にそう言ってるんじゃなくて」
なるほど。
言われてみれば当たり前な話だ。
「わかるよ。つまり、シルスが立派ならお母さんもそう見られるってことだよな?」
「うん、そうよ!」
そういう事か。
そうなると、前にクラリスに叩かれたときは悪手を選んだってことか?
いやいや……あんなこと言われて怒らないのは、それはそれで問題があるだろう。
あの場で正解だったのは、怒りを持ちつつも冷静に対応する事だったのだ。
くそー。
色々試されてるな。
もしかしてアレか。
伯爵様の采配は思いのほか成功していたんじゃ?
いやまて。
……そもそも、伯爵はこんなクラリスの性格を理解してたんじゃないか?
失敗だったなんてのは建前で、俺を上手く動かす方便だったのでは?
ありえる。
問い詰めたら「ユージア君、男を見せたね。経緯はどうあれ結果が大事さ。胸を張りたまえ」とか言いそうだ。
クラリスに俺を戦わせようとした無茶振りも、クラリスの性格を分かってたなら納得できる。
確かに伯爵の言う通りなのだろう。
裏表無いという意味では、クラリスとシルスは結構近いのだ。
あと、ボッチなとこも。
「それは良かったよ。俺とクラリスの問題は食事風景を見てたら分かると思うけど解決してる。だから気兼ねなく協力してやってくれ。大活躍な所をハンナさんに見てもらって、高い採点貰うんだ」
「うん。頑張るわ!」
まあ、こんなことを言わなくてもシルスは上手くやってくれるだろう。




