053 火付け石と異世界初調理
「ユージア、ありがとう。これからは何でも相談するわね」
「……俺だって長く楽しくシルスといたいしな」
「ふふ!」
シルスが抱き返す力を強め、頬を寄せてきた。
……うおぉ、愛くるしい!
そして、この感覚に懐かしさも覚える。
「なんだか俺も、キョウカを思い出したよ」
「早く素材を集めてお姉さんの体作らないとね!」
シルスが力強く抱き返してくれる。
そうだ。早く姉の体を取り戻さなくては。
「よろしく頼むよ、相棒」
「任せて!」
言ってゆっくりと体を離す。
シルスの機嫌も大分良くなったな。
昔どこかで見たが、ハグはほんとストレスを大きく軽減してくれるようで。
「それで……火付けなんだが」
もう既にシルスの調理釜の下には火が点っている。
「うん、教えてあげる! ユージアの方の調理袋にこれくらいの石が入ってなかった?」
シルスが両手の指を丸くくっつけて見せた。
10センチくらいの大きさの石か。
あったかな?
一緒に俺の設営場所に移動して、荷を探ってみる。
これか?
調理斧などが入っている布袋に小さな木箱が入っていた。
開けてみると、手のひらくらいのずっしりとした黒い石。
これで間違いないだろう。
一箇所尖った部分があり、そこが少し赤くなっている。
「これが火付け石なのか」
「そうよ。普通のとは少し違うけどね。きっとユージアなら使えるわ。こっちを持って」
手で示された通り、赤い方を外側に向けて石を掴む。
「魔素を流し込むと、こっちが熱を持つのよ」
なるほど。
これは魔素を使う道具なのか。
「あ!」
シルスが声を上げた。何事だろう。
「ユージア、外に魔素出すのよくないわよね?」
「どれくらいの量かにもよるけどな」
クラリスと一緒にいたからか、そこまで減ってもいない。
というか、エックさんみたいな人以外の動物の魔素流でもそれなりに補充できてることに今日気がついた。
それでも、長く一緒にいるからかシルスの魔素流が一番取り込みやすい。
今の抱擁でも、大分俺の体に入ってきた。
シルスは元から平時の魔素流が多めだからそれもあるが。
「今シルスと抱き合ったので、かなり補充されたよ。やっぱりいる時間が長いからかな。親和性が上がってるんだと思う」
俺の言葉に、シルスは軽く腕を上げ手のひらを開閉した。
「私もよ。少し経絡の調子が良くなったわ」
え、まじでか。
魔素視に切り替えて見ると、確かに流れが良くなっていた。
こちらにたくさん流れてくるということは、俺の体を経由してあちらにも同じくらい魔素が戻っていってることになるのか。
でも、万全とは言い難い。
「寝る前に経絡調整するだろ?」
「……いいの?」
いいもなにも。
「今日だって、だいぶ探知作業していただろう。俺から離れてたってのもあるかもしれないけど、結構流れが悪くなってる。痛みだってあるんじゃないか?」
「……うん」
そっとシルス(アレス)の緑の横髪へ触れ、魔素を流す。
シルスが手を重ねて微笑んだ。
「気持ちいいわ」
あ、やだ。
シルスさんなんかスゴく色っぽい。
「とにかく! 班は違えど経絡調整はさせてもらうよ。クラリスの治療だってしたんだから問題ないはずだ」
「そうね」
「よし」
再度、手のひらの火付け石に目を向ける。
「じゃあ、やってみるよ」
「うん」
赤くなった部分を着火予定の石の間の木屑へ向ける。
そして魔素を流し込んでみた。
一気に赤熱する黒い石。
おーすげー……って、
「あっつ!?」
とっさに石を手放した。
手を見ると、軽い火傷になっている。
シルスが、すぐさま手を添えてきた。
魔素を流すとチクチクと温かい流れ。
間もなく火傷が治った。
落とした石を見ると、まだだいぶ赤い。
「これ、持って使うものじゃないんじゃないか?」
「そんなことない!」
あ、やばい。
「大丈夫だ、シルス! もうすっかり痛くない。慣れてないからか魔素入れすぎたみたいだな。とちったなぁ」
「……ほんとに普通は持って使えるのよ。私は百拍以上集中しないと絶対に火なんか点かないもの」
「これ、クラリスとかが使ったら今みたいになるのか?」
シルスが少し考えて答える。
「……ならないんじゃないかしら。ルキウス様に使い方を教えてもらったとき、私より早かったけど……こんなふうになったりしなかったもの」
伯爵も無理に急いで着火させようなどしてないだろう。
だがそれは俺も同じだ。
これも、俺の魔素が他者に流れ込みやすいのに原因があるのかもしれないな。
「シルス。これって火の中に入れても問題ないのか?」
「大丈夫だと思うわ」
よし。それなら。
まだ熱い火付け石を火箸で持ち上げ、薪へと放る。
そして、火打石の上に手を掲げ魔素を放出する。
魔素はゆっくり下へ落ちていき、火付け石に溶けていく。
火付け石はすぐに赤熱する。
どんどん魔素を流し込むと、薪へと火が付いた。
「ユージア、とても器用ね!」
「俺が使う場合はこうした方が安全かもしれないな」
力加減すれば持ったまま出来るのかもしれないが、微量であれだ。
火付け石を火箸で移動させ火を広げ、取り出した。
「便利な石だな」
「ルキウス伯爵の作る火付け石は、とても高級品らしいわ」
これ伯爵お手製か。
そういえば、あの伯爵は魔素具作りの名手なんだっけか。
今の感じだと、魔素親和性の高さが道具の出力に関係しているようではある。
……光明が見えた気がする。
魔素具を上手に使うことを考えるのが、力をつける早道なんじゃないか?
館に戻ったら、伯爵に魔素具について聞いてみよう。
現時点であっても、この火付け石の用途は色々と考えられる。
相変わらず魔素を自己生成できないのがネックではあるが。
それは後で考えるとして、今は料理だ。
シルスに軽く食材の扱いについて聞くと、大体想像の通りだった。
礼を言って、別れ際にもう一度軽く抱き寄せてから調理へと取り掛かる。
シルスが自分の調理台から何かを持ってきた。
「ユージア、これも使うと良いわ」
渡されたのはベトつく小瓶だ。
下の方におが屑のようなものが沈んでいる。
なんだろう、油か?
「この間の鳥油よ」
まじか。
燻製肉だけじゃなくて、こんなものまで作ってたのか。
「この下に沈んでるのは?」
「茶葛根よ。油が悪くなりにくくなるの。風味は独特だけど美味しくなるわ」
ほんとシルスさんは頼りになる……なんか惚れそうだ。
貰った鳥油で細かく刻んだ野菜とキノコ類を炒める。
ある程度火が通ったのを確認し、偽茶色米と水、偽魚醤を入れて煮込む。
一部分けておいたきざみ野菜と豆、干し肉を香草と鳥油で炒め、水を足しこちらも煮込む。
その間に、茶葛根と鳥油、偽ライムリーフなどの香料で鳥燻製肉と大き目に切った偽パプリカなどを炒める。
こんなもんか。
キノコの鳥油リゾット、鳥の果実燻製野菜炒め、香草入り豆のスープ。
料理は久々だったけど、まあまあな出来ではなかろうか。
シルスの鳥油様様だ。
炒め終わった鳥野菜炒めを火から遠ざけ、煮込みを続ける。
しばらくすると、クラリスがハンナを伴って戻って来た。
やっぱりハンナさんはクラリスと一緒だったようだ。
「あら……もう食事の準備を始めていたのね」
「お嬢様がお作りになりたかったですか?」
クラリスはふんと鼻を鳴らした。
「どうせ、私は料理なんて出来ないと思っているのでしょう」
「出来るんですか?」
俺の問いに、クラリスの視線が鋭くなった。
後ろに控えるハンナさんも、興味深そうにクラリスを見ている。
あからさまな様子だが、クラリスは前にいるから気が付いていない。
このメイドさん、思ったよりフリーダムだ。
「……私の作る砂糖菓子を見たら、言ったことを後悔するでしょうね」
ほう。
お嬢様お菓子作りが出来るのか。
伯爵執務室で貰った甘い茶から鑑みるに、砂糖はあるのだろうと思っていたが。
「それは素晴らしいです! どんな砂糖菓子をお作りに? ふわふわな卵などを使ったものですか? それとも、豆なんかに砂糖を合えたようなものですかね?」
和菓子系か洋菓子系か気になる。
俺は和菓子派だ。
クラリスが少し意外そうな顔になった。
「……知っているの? 数年前に、最上層積層部から流れて来た文化よ?」
あ、そうなのか。
貴族様だけで広がってる感じなのかもしれない。
「えーと、タハディから聞きました」
「そう。確かにあの老人なら知っているかもしれないわね」
良かった。
タハディと会ったら辻褄合わせないと。
「それで、お嬢様はどんなお菓子をお作りに?」
クラリスが不敵にほほ笑んだ。
「あなたにも見せてあげたいわね。皆の目を集めた宝石と見まごうばかりの菓子細工を」
おお!
もしかして、飴細工か?
姉の菓子作りに付きあって、一時期ハマったことがあった。
タッグを組み、ハロウィン菓子作り大会で優勝したこともある。
あの時は通常の飴引き延ばしの他に、細かな砂糖小チップ何十種類と作り、3Dデータで重量強度計算。チップの配置で綺麗にグラデーションさせ、所々バーナーで溶かした、何重にも積層した巨大ジャックタワーを地海空のお化け達が運ぶという超大作を作ったのだ。
うーん、楽しかったなぁ。
それにしても、クラリスがお菓子づくりか。
「良いですね! 色なんかを付けたりするんですかね? 機会があれば是非お供したいです。飴なんか使ったりするんですよね? 色々動物を再現したりできますよ!」
「……そ、そう」
お嬢様の意外な趣味を知れてよかった。
色々話題にできそうだ。




