049 シーブルグの娘
翌朝。
まだ薄暗い時間に目が覚めた。
後ろではシルスが寝息を立てている。
昨夜、食後にシルスの経絡調整をクラリスに見られて一悶着あった。
理由を説明したら、少し驚いた様子でシルスの模様を見ていた。
魔素術が巧みというだけあって、こういったものへの興味も強いのだろう。
だが、下衆を見るような視線が強まった気がしなくも無い。
アコルも俺たちを遠巻きに見ていたが、何を思っていただろうか。
夜はクラリスの警戒術があるから必要ないということで、見張りをしないでゆっくり眠れた。
夕方に、虫除けと一緒に展開してきたらしい。
さすが優秀な魔素術士だ。
俺が採点で最下位を走っていそうな気配だが、大丈夫だろうか。
周囲へ視線をめぐらせると、ハンナさんが奥から歩いてくるところだった。
シルスを起こさないように、立ち上がる。
そのままハンナさんのところへ歩いていく。
「おはようございます。見回りしてきてくれたんですか?」
声を掛けながら、クラリスたちの方へ視線を向けた。
アコルもクラリスも、まだ眠っている。
「お嬢様の設置した警報術がきちんと機能しているか見てきました」
それはなんともお疲れ様です。
それともう一つ聞きたいことがある。
「あの、昨夜シルスが」
「それはご本人から聞いたほうが良いのでは?」
言われて身がすくんだ。
ちょっと考えが浅はかだった。
「……すみません、忘れてください」
「いえ。そもそも気にする切欠を作ったのは私ですから」
ハンナさんの口元が僅かにゆがむ。
この人、結構性格悪い?
「二人の様子を見ていると、それも杞憂でしょう。今までどおりにしていれば何の問題もないはずです」
「……はあ」
何が言いたいのか分からない。
ハンナさんは微笑むと一言つぶやいた。
「羨ましい限りです」
もう話は終りだと言うかのように、背を向け歩いていく。
ほんと、あのメイド侍従騎士さんは良く分からない。
手持ち無沙汰になったので、用を足すついでに水を汲んだ。
戻ると面々が起き始めているところだった。
シルスは昨夜の残りに火をかけている。
「おはよう、シルス」
「ユージア……」
シルスは俺の顔を見ると、少し視線をさまよわせて言う。
「……昨日のこと、気になる?」
まあ、気にはなる。
実際にハンナさんに聞こうとした訳だしな。
「気になるよ。でも、シルスが話したくないなら無理に聞こうとも思わない」
「……ユージア、お姉さんに言ったわよね」
あれ。話がずいぶん飛んだな。
「私がどんな娘か説明するときに、なんて言ったか覚えてる?」
「なんて言ったかな……」
そもそも、これに何の意味があるんだ?
俺が姉にシルスをどう伝えようが、関係があるようには思えないんだが。
「……元気な良い娘、みたいに言ったっけな」
「そうじゃないの。私の見た目について、説明したでしょう?」
ああ、姉はシルスのシルエットしか認識できないから、どういう見た目だか教えたような気がする。
「金髪の……赤い目の女の子って言ったかな」
言うと、シルスの顔がほころんだ。
何だ。
一体これはどういう反応だ?
「ふふ!」
シルスが顔を寄せてくる。
ちょ、近い近い!
「今も、そう見える?」
「……見えるよ、変わりっこ無いだろう」
「どう見えるの?」
そりゃあ。
「綺麗な紅い目だよ……日の下だからか、前よりも綺麗かな?」
「ふふふ!」
ずいぶんとご機嫌だ。
冒険者の話をしているときとはまた違う感じだが。
「なら、何の問題もないわ」
「そうなのか?」
笑顔で身を寄せてきた。
「シルス?」
そっと俺の体を抱きしめてくる。
こんなことしてくるの初めてじゃないか?
「……シルス、プウみたいだぞ」
「ふふ、そうね」
シルスが体を離した。
俺の心臓、めっちゃ高鳴ってる。
顔も赤いに違いない。
恥ずかしくなってシルスから視線をそらすと、クラリスと目が合った。
やべぇ、ずっと見られてたのか。
「……それも、経絡安定行動の一つなのかしら?」
「いや、今みたいなのは普段してないぞ」
「お嬢様、自己領域接触は連携する者同士なら非常に有効です」
クラリスはハンナへ視線を向け鼻を鳴らした。
「……難儀なものね」
「はい」
それぞれが起床後の準備を進めている途中、ハンナさんが言う。
「今日は、行動するメンバーを入れ替えます」
全員の視線が一気にハンナさんへ向いた。
「説明なさい」
最初に口を開いたのはクラリスだ。
ハンナさんは何か紙面を取り出して答える。
「テストの一環です」
あの伯爵、また面倒なことを。
「想定しない状況というのは起こるものです。まあ、一日行動する者が入れ替わるだけですし、一同一緒に行動しますので問題になるとも思えませんが」
ハンナさんの言葉に、クラリスは表情を険しくする。
「どう入れ替えるのかしら」
「ご自由に。前と同じでなければ問題ないでしょう。ご相談なさって下さい」
相談も何も、クラリスとシルスが犬猿の仲。
となると、組み合わせは一つだ。
「俺と、クラリスかな? あ、あの……俺、一人で乗馬できないんだが」
「……足りないところを補うのも上の者の勤めよ」
クラリスは眉間に指を当てそう言った。
……胃が痛い。
俺とクラリスはエックへと騎乗する。
五頭の馬で一番体格が良いのがエックだ。
並びは、先頭にシルス、アコル、俺とクラリス、ハンナ、荷馬となっている。
騎乗した際「触れるんじゃないわよ」とクラリスの無茶振りがあったが、ハンナさんの視線を受けて撤回された。
だが、必要以上に強くつかまるのも気が引ける。
常に力加減を探りながらになってそれも辛い。
居心地悪いままエックの歩みに意識を向けていると、クラリスが話しかけてきた。
「あなたは、どうやってシルスティアと仲間になったのかしら?」
会話はありがたい。
だがせっかくだ。出来るだけ長く会話が続くようにしたい。
「答えても良いですが、俺からも一つ聞いていいですか」
「情報の質次第ね」
それはそうだ。
実際は会話の口実になれば十分だからなんの問題もない。
「前に言ったように、俺はパマイ村の者です。森で死にかけていた所をシルスとタハディに助けられました」
「それで?」
どう答えたものか。
姉達の体を作るために助力を頼んだなんて言えないよな。
「大事な家族を守るため、力を貸してほしいとシルスに頼んだんです。その時に、彼女の冒険者仲間になると約束して」
「……もういいわ」
クラリスは呆れたように言葉の先を止めた。
「それで? あなたは私に何が聞きたいのかしら?」
何を聞こう。
「……前に、館で俺の顔を叩かれましたが」
「謝らないわよ」
それは期待してない。
「それは良いです。理由が聞きたかったんですよ。お嬢様は、聞いたところ伯爵よりも身分が上だとか」
つまり、身分が高いから下々の者に手を上げるのを何とも思っていないのだろう。
昔の日本でも無礼討ちなんてあったわけだしな。
「それは正確ではないわね。私の父がルキウス様より強い権力を持っているというだけのことよ」
自分の身分の高さを意識しているわけではないのか。
てっきり「私の父は偉い、よって私も偉い」的な考えかと思ったが。
そういえば、このお嬢様は伯爵に対しては随分と礼を尽くしていた。
権力が絶対でないとすると。
「……力ある者には、それなりの対応をするって事ですか?」
「その通りよ」
つまり、このお嬢様は出会って間もない少年の顔を叩くのが当たり前と思うほどには、自分の能力的価値を高く見積もっているわけだ。
確かに、この試験でクラリスが中級昇格した暁には、数十年ぶりの偉業であると伯爵も言っていたが。
「魔素術が上手だと、そんなに偉いんですかね?」
まあ、俺程度なら楽々殺せそうな力は持っていそうだ。
警戒しているシルスを麻痺させたり、威力のある魔素弾を撃てるようだしな。
俺が質問すると、クラリスはしばらくの間を持って答える。
「……私は、四大司祭シーブルグ家の娘よ」
あれ、権力を傘に着ないと言ったばかりなのに。
「結局、権力があるって言いたいだけですか?」
クラリスは小さく息をつくと、軽く頭を振った。
そのまま一分以上、無言の時間が過ぎる。
……やべ、話を打ち切られた!
「すみません! 辺境の村の無知な子羊である僕に、四大司祭、シーブルグの娘であることが何を示しているのか教えてください!」
「あなたが無知なのは知ってるから、黙って聞きなさい。次は無いわよ」
クラリスは前を向いたまま、そう言った。
この子、まじ気難しい。
「奇跡神聖都市の雲海を望む一族は、代々御柱たる大巫女を輩出してきた、四大司祭家系の一角。そして大巫女とは、あらゆる病魔を身に集め調伏し、幾千幾万の人々の命を救う奇跡の子のこと」
え……。
「私が御柱になるかは分からない。けれど……シーブルグの娘である以上、御柱様の侍女巫女になるのは決まっている。侍従巫女も、人々の病魔を御柱様へ運ぶ大切な使命を持っている」
えっと、つまり。
クラリスは想像の遥か上を行く貴重な人間だ。
言っていることが本当なら、難病の特攻ワクチンとかそういう扱いか?
いや、それ以上だろう。
正に現人神なのだ。
そんなに重要度の高い人間が、お付一人で出張って大丈夫なのだろうか?
「お嬢様は、その……こんな所に出てくるべきではないのでは?」
俺の言葉に、クラリスは鼻で笑った。
「思ったとおり。あなたも他の者と同じことを言う。私は十五になれば、神殿から外に出ることは許されなくなる。あなたが言うように、こうして外に出ることを許されるのも極々稀な事。些細な外出も許しはしないというのね」
「そ、そういうつもりじゃ」
……いや、違わない。
実際、俺はクラリスを都合の良い薬と見たじゃないか。
「付き人が少ないのは、ルキウス様の領地では他国の兵の出入りが大きく制限されているためよ……こうして外での演習試験を設けてくれたのも、きっと伯爵が私を考えてのことでしょう」
そういうことか。
「あの……お嬢様は……」
……だめだ。掛ける言葉が見つからない。
「同情なんていらないわ。私は自分の使命に誇りを持っている」
「お嬢様が、魔素術を習っているのも巫女のため、なんですか?」
しばらくの間。
「わがままよ。私の名は、御柱様でも侍従巫女……どちらでも語り継がれることになる」
そこでクラリスは鼻を鳴らした。
「そう、わがまま。私が自ら掴んだもので、名を残したいなんていう……つまらない、俗な考えから始めた事よ」
そうか……これは一つの反抗心だ。
そして少なくとも。
「……俺。お嬢様の名前は、一生忘れないと思います。あんな衝撃的な出会いなかなか無いですからね。きっと、何十年巫女仕事やっても、俺の中では暴君クラリスで記憶されると思いますよ」
クラリスがまた一つ鼻を鳴らした。
「好きになさい」
ああ、きっと。




