050 癒し手と巫女
それにしても、あの伯爵……。
クラリスの説明を意図的に伏せてたな。
きっと、俺が普通の子供として接することを望んだのだろう。
シルスのお話当番は、クラリスの為もあった訳だ。
彼女はお嬢様の身の上を知っているのだろうか?
シルスと言えば。
「お嬢様、シルスのことを名前で呼ぶようになりましたね」
「あの娘の実力は認めている。でも普段はそれを打ち消して余りある品格しか持ち合わせていない……その場その場で振る舞いに応じた呼称を与えているに過ぎないわ」
そう言った理由なのか。
「でも、今は名を呼ぶようになった訳ですよね。評価が上がったんですか?」
「好きに解釈なさい」
今まで前を向いたままだったクラリスが一瞥してきた。
「それよりも……あなたは何なの? 調整と言って使っていた、あの触媒は一体何? あの娘の緑の毛は、いつも近くに侍っていた草原狼のものでしょう?」
おぉー……一気にきたな。
「互いに一つの質問で一つの返答で良いですよね」
「私はそれなりに、あなたの無知を助けたと思っているのだけれど?」
う。確かに。
「言い添えておくと、私がシーブルグの者であると言うのは、館でも極限られた人間しか知らない事よ」
やべぇ、情報の重要性が非常に高い。
でも、大司祭の娘云々は伯爵から聞いたような?
あれは、俺の知識の程を調べるためだったのかもしれないな……。
かと言って、その意味をきちんと把握してなかったのも事実だ。
今更、「それは知っていました」は通じないだろう。
「分かりました。でも、答える前に一つ疑問が。緑の髪については、シルスへ直接聞かなかったんですか?」
このことはシルスを知っている人間なら、皆気になる所だろう。
「……共にいないということは、相応の理由があるのでしょう? それとも、無遠慮に尋ねても良い話だったのかしら?」
あ、シルスを配慮して直接聞いてはいないのか。
お嬢様、シルスのことそんなに嫌ってはいないのか?
「そのお気遣い感謝します。そうです。想像の通りだと思いますが、アレスはパマイ村奥の巨大樹木の森でシルスを守って……」
……うお。
今このお嬢様舌打ちしたか?
見た目、身分共にふさわしくない行為に思えるが。
「あの娘と草原狼は、とても仲が良かったはずよ」
そうだ。
今でもシルスの寝言や会話に頻繁に出てくる。
でも、これ以上話して良いのだろうか?
かなりシルスのプライベートに踏み込む内容な気が。
「あなたが話さないなら、直接聞くわよ」
あ、それは良くない。
細かなことは避けて、事実だけを述べれば問題ないか。
「もちろん、シルスはとても気落ちしていました」
「……どんな様子だった?」
随分突っ込んでくるな。
「直接聞くしかないわね」
あーもう!
「ちゃんと話しますから! 本人に聞かないでくださいよ?」
「あなたの話が確かならね」
くそ。下手に隠し立てするのはまずいか。
「このことを使って、シルスを苦しめるような事をなさるのであれば、たとえお嬢様でも許しませんからね?」
クラリスが小さく笑った。
「私を許さない、か」
「そうです、絶対許しませんよ!」
また一つクラリスが笑う。
「それはそれで興味があるけれど……案ずることはない。その気なら初めから配慮などしていないわ」
ごもっとも。
さて。
アレスの移植経絡についての説明か。
これを語るのは俺の心も強くえぐってくる。
「シルスは……俺を助けるためにパマイ村奥の森へ強行したんです」
「あなたを助けるため?」
「そうです。俺が森へ入らなければ、こんなことにはならなかったでしょう。彼女にも、アレスにも……本当に申し訳なく思っています」
当初、俺を追ったシルスの判断は間違ってはいなかった。
ただの少年を経絡活性術の使える戦士従者と、匂いを追跡できる巨大狼が追うのだ。
普通であれば、そう時間も掛からず追いつけただろう。
だが、少年には地形を完全に把握している空飛ぶ味方がついていた。
あの森は起伏が激しい。
道を知っているか否かは移動を大きく左右する。
しまいには、空の守護者様は匂いのする衣類で彼女らを撹乱し、恐ろしく危険な森まで導いてしまった。
ピィのせいじゃない……俺の浅慮の結果だ。
「それにしては、随分とあの娘に信頼されているようね?」
「……」
どうなのだろう。
シルスは俺のことを好いてくれているようではあるが、冒険者仲間になってくれる奇特な奴、友達、お父さんぽいなど色んな評価を俺に下している。
信頼は……されているのだろうか?
クラリスは鼻で笑った。
「まあいいわ。それで……どういうつもりか、あの娘に草原狼の毛を……違うわね。経絡を継ぎ足した」
……やっぱり、バレるよな。
「状況と振る舞いを見ていれば察しはつく。本当の意味での移植か、ただの見せ掛けか。どちらにしても、酔狂な事に変わりないけれど」
「ご想像の通りですよ」
模様描画しての経絡安定作業も見られているのだ。
隠したって無駄だろう。
「……そう。ならきっと、あの娘の心の支えにもなっているのね」
その声音は驚くほど優しげだった。
このお嬢様、シルスのことを嫌ってるというより。
「結構、シルスのことを気に入って――」
「嫌いよ」
即答。
まあ、そういうことにしておこう。
昼過ぎに差し掛かった辺りで、覚えのある景色が目に入った。
拷問された洞穴部屋があった場所の近くだ。
あの銀髪の変態女は、どこへ姿を消したのだろうか。
今は腕が立つというハンナさんも付いている。
襲われたとしても……大丈夫だよな?
「ハンナさんって、どれくらい強いんですか?」
目の前のお嬢様に聞くのが手っ取り早い。
何より、せっかく思いついた話題の種だ。
「状況が許さないとは言え、一人で私を守ることを任された人間よ。答えになるかしら?」
うん、聞くまでもなかった。
間違いなく強い。
そういえば、変態女も治癒術が使えたんだよな。
そして、伯爵が言うには。
「奇跡神聖都市でしたっけ。そこって治癒術が盛んなんですよね?」
「それなりには」
あれ、そうでもないのか?
「都市内では神殿を利用することで治癒を受けることが出来る。だから、治癒術士が術を使うまでも無いことが多いのよ。それでも、他の国に比べれば多くの術士がいるし、研究は最も進んでいると言ってよい」
それなりというか、メッカだな。
「その……癒し手って方をご存知ですか?」
「知ってるも何も、癒し手の別の呼び名が巫女よ。つまり、癒し手の頂点にいるのが大巫女ってことね」
そういうことか。
"自らへ病魔を取り込み調伏するのが大巫女"の仕事だとお嬢様は教えてくれた。
伯爵の言っていた"他者の痛みを自らに移動させる癒し手"とは、そのことを指していたわけだ。
伯爵はさももったいぶって言っていた割には、常識的なことなんじゃないか?
「大巫女様のことって、一般常識ですかね?」
「奇跡神聖都市の住人ならばね。少し離れれば、病を癒す都市程度の認識しか持たない人間も多い。影地にある辺境の村出身のあなたじゃ、知らなくても不思議ではないわ。でも、無知はそれだけで罪なこともある。当たり前などと思わないことね」
「……教えていただきありがとうございます」
まあ、あの伯爵なら当たり前に知っている知識ではありそうだ。
「その、治癒を併用して拷問を行う人たちってのはいませんか?」
お嬢様が振り返ってこちらを見た。
視線が鋭い。
「……誰がそんなことを?」
言っても問題ないよな。
あの変態女のことなら、どんな情報でも欲しい。
「実はですね……パマイ村から伯爵邸へ向かう途中、グレイオビス兵にふんした謎の騎兵に襲われまして」
「……ルキウス様には?」
「もちろん伝えました」
しかし、伝えたからと言って伯爵が何か対策を取ってくれたわけでもない。
あの領主様は抱えている人間が少ない。
まともな戦士が館に執事さんくらいしかいないのだ。
伯爵自身は強力な術師だから、守りの人間は必要ないのか?
いやいや。
領内の防備などはどうしているのだろう?
「その連中が、そんなことを言ってきたと?」
「いえ……実際に、拷問も受けましたよ。痛覚共有とかいうのを使ってきまして。恐ろしい激痛でした……その時に拷問してきた銀髪の女が、それと同じくらい治癒術を使っていたと言ったんです」
クラリスは何か考え込んでいる。
「……その銀髪どんな感じだったかしら?」
気になるのはそこなのか。
「どうと言いますと?」
「濃さ、ばらつき、自然さ、光沢……なんでも良い」
髪の毛がどうだったか?
至って普通の銀色に見えたが。
そもそも、毛などをゆっくり見ている余裕などなかった。
「あまり覚えていません……気になるところのない、普通の銀髪でしたよ」
クラリスはまた暫く考えにふけると、
「ハンナ」
と、後ろの従者に声を掛けた。
「いかがされましたか? ユージア様が不埒でも働きましたか?」
してないしてない。
「自然な銀髪の治癒術師がいたらしいわ。数日前にユージアが拷問を受けたらしい」
「……自然な銀髪」
あ! 今初めてクラリスに名前呼んでもらえたんじゃないか?
それにしても、髪の色がそんなに重要なことなのだろうか。
「あの。銀髪だと何かあるんですか?」
俺の質問に、クラリスが従者へ視線を振った。
ハンナさんは軽く頷いて答える。
「癒し手は慣習として、髪の色を抜き魔素液で染めるのです。元の髪色にも因りますが、たいていの癒し手は長く続けるうちに髪が痛みます」
なるほど。
それで髪がどうか聞いたのか。
「そして、自然な銀の髪となると……特殊な筋の者である可能性があります。または元が薄い金髪であるということも考えられますが。しかし……拷問をする癒し手など聞いたことがありません。治癒術ではなく、外気功による傷治癒ではないのですか?」
あれ。治癒術と外気功って別なのか。
「俺とシルスがやっている様なのは、治癒術ではなくて……外気功ですかね?」
「その通りです。奇跡神聖都市外では、一緒くたにされている場合も多いですね。どちらにせよ、その者が身分を偽る為に銀にしていると言うことも考えられますし、髪色だけで癒し手と判断できるものではないでしょう」
確かに。
そうなると、あの変態女の出所はまた完全な謎になる。
普通に考えれば、身元が割れるようなことをする悪党はいないよな……。
「ハンナ。それでも可能性が無いわけではないわ。手紙、あるいは人を使いお父様への報告をなさい」
「承知しました。ユージア様。お手数ですが館に戻った後、調書の作成にご助力願えますか?」
「はい。もちろんです。シルスと二人で伺います」
真剣な表情の二人に、とても頼もしさを覚えた。
やっぱり悩みを相談するってのは、良いことだな。
しかも、ここまでの力と地位を持つ人間だとなおさらだ。




