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040 師事への問題(挿絵追加)

 廊下を歩きながら、腕へ魔素を流す。

 意識的に強弱を変化させ、違いを調べてみる。


 特に変化は無い。

 やはり、ブラウンさんが言っていたように形質変化とやらが必要なのか。


 魔素は、意識を向けると移動する霧のようなものだ。

 生き物には基本的に内在している。

 空気中にも、生き物ほどの濃度はないが偏在している。


「この空気中の魔素を集められないものかね?」


 俺は魔素放出しすぎると、枯渇を起こす。


 シルスなんかは無意識的に体内生成しているようだが。

 彼女の言からすると、それが普通らしい。

 何故、俺は生成できないのだろうか。


 死体から復活した存在だからか?


 あと魔素の性質で重要なものは、治癒効果だ。

 傷へ濃い魔素を流すと傷の治りが早くなる。

 細胞の活性と関係しているのだろうか。


 そして魔素による、経絡活性。

 シルスのように驚異的な肉体機能上昇なんかも可能だ。

 こちらはコツがいるようだが。


「ブラウンさんにも言ったが、本当に不思議な力だよな」


 そんなことを考えていると、吹き抜けの通路へ出た。

 中庭が見下ろせたので、立ち止まる。


 小さな公園くらいはある、綺麗な庭だ。

 色とりどりの花が美しい。

 庭師の男が一人、手入れをしている。


 奥の椅子に男女が二人、腰を下ろして会話していた。

 歳はシルスと同じか少し上だろうか。


 へぇ。

 アレが貴族様か。


 女の方の髪が綺麗に編まれている。

 身に着けた長衣も細かな刺繍が入り日差しを受けて、きらめいていた。

 男の方の髪も油でしっかり塗り固められてるのか、きらきらしている。


 片目の魔素視で見ると、二人の内包している魔素も濃い。

 手に魔素が少し集まってるのを見るに、魔素談義でもしているのだろうか。


 俺も混ぜてほしい。


 朝っぱらから、そんなことをしているのだ。

 魔素術に対して真摯に取り組んでいるのだろうと想像できる。

 勉強熱心なのは素晴らしい。


 いや。

 逢引の口実にってことも考えられるか?

 まあ、詮索は無粋だ。


 中庭周囲の建屋に視線をめぐらせる。


 この館は正面から見たときは小学校くらいの広さかと思っていた。

 だが中庭から見渡すと、奥行きもそれなりにありそうだ。

 裏に回ったとき、下男小屋以外に別棟も見えたしな。


 あと知っているのは。


「確か……西棟に女性が多いんだっけか?」


 シルスとの部屋決めの際に、執事のロイルがそんなことを言っていたはずだ。

 西へはあまり近づかないほうが良いだろう。


 俺は昔から、女性運がない。

 なぜか仕事を押し付けられたりすることが多いのだ。

 トラブルはゴメンである。


「って……考えたそばから」


 再び歩き出そうとしたところで、通路奥から二人歩いてくるのが見えた。


挿絵(By みてみん)


 俺より背の小さい、黒長衣のフワフワ癖毛少女。

 その後ろに、メイド姿の黒髪ボブカットの長身女性だ。


 少女の方は随分と勝気な顔をしている。

 髪とは対照的に、雰囲気は直線的というかなんと言うか。


 視線が鋭く、目障りだったら誰でも怒鳴りつけて射すくめそうな感じだ。

 つまるところ、かなりキツい感じの少女である。


 少し後ろに控えているメイドは悠然としているが、気配が薄い。

 意識しないと、いないのでは? と錯覚するような雰囲気。


 試しに片目の魔素視で集中してみると、流れがひどくゆっくりだった。

 よく分からないが、得体が知れない。


 俺は通路脇に移動する。

 少女の不遜な歩き姿に、そうするのが良いように感じた。


「におうわね」


 すれ違いざま、そう言われた。


「すみません。昨夜、館に来たばかりでしたので」


 頭を下げ謝っておく。

 波風は立てないほうが良い。


 ……それにしても、臭うか。


 確かに、数日前に黒大樹近くの川で少し水浴びしたくらいだ。

 数日エックに揺られ、触れ続けたのもあり獣臭さも追加されているだろう。


 シルスも同じはずだが、気にならなかったのは慣れきっていたからか。

 いやあ、お恥ずかしい。


「言い訳かしら。私の使用人は今朝遠出から戻ったばかりだけれど、この身だしなみよ? 恥を知りなさい」


 そういうつもりでは無かったのだが……。

 言い方を間違えたか。


「確かに、知らない子供ね」


 そのまま通り過ぎるかと思ったが、少女が立ち止まって言った。

 俺は頭を下げたまま続きを待つ。


「顔を上げなさい。あなた、どこの誰かしら?」

「見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。僕はパマイ村のユージアです」


 隣のメイドが少女へ耳打ちする。

 少女は頷くと、言った。


「そんな辺鄙な村の子供が、何の用でここにいるのかしら?」


 タハディからの封書を領主に届けに、と答えて良いのだろうか?

 身分は何となく高そうに見えるが、ダメだろう。


「申し訳ありません。それをお答えすることは僕の権限では出来かねます」

「村子供風情が、奇跡都市大司教の娘たる私に隠し事をすると言うの?」


 そうは言われても。

 しかし機嫌を損ねても良いことは無い。


「領主様へのお届け物で参った次第です」


 これくらいなら問題ないだろう。


「信じられないわ。証拠をお見せなさい」


 ええ……。

 証拠と言われても。


「確認が必要でしたら、シルスティアさんにお聞きするか、ロイルさんに――」

「あの豚猿娘の関係者なの? あはは! みすぼらしいのにも納得だわ!」


 豚猿? シルスのことを言ったのか?

 なんか酷い言われ様だな。

 シルスと仲の悪い娘なのか。


「あら。理解していない顔ね」


 そりゃな。

 確かにシルスは猿と言えなくないほど身軽だが、豚というのは。


「冒険者なんて野蛮な職についてる、猿知性の母親。

 そして、子供作りたい放題の淫乱豚貴族。その娘でしょう?」


 ……は?


「身の程知らずにも、ルキウス様に魔素術のご教示など受けたようだけど。まあ結果は試す前から明らかだったわ。豚猿の娘に魔素術の才能なんてある訳が――」

「いい加減にしろよッ」


 身を乗り出すと同時、視界が一回転する。

 次の瞬間、俺はメイドに床へと押さえつけられていた。


「ハンナ。そんな子供に触れないで頂戴。においが移るわ」

「申し訳ありません。お嬢様」


 倒れたままの俺へ、蔑む様な視線を向けてくる少女。


「随分と、あの豚猿女に執心している様ね」

「それ以上言うんじゃない」


 少女は手袋を脱ぐと、それで俺の頬を打ち据えた。


「誰に口をきいているか分かっているの? 身を弁えなさい。……それにしても、あの女が戻ってきてるなんて。嫌になるわ」


 少女は吐き捨てるように言う。

 だが、その顔は笑みにゆがんでいる。


 意味が分からない顔だ。

 なんなんだ、この少女は?


「行くわよ、ハンナ」

「はい。お嬢様」


 二人は歩き去っていく。


「……くそ、痛てぇな」


 手袋に金具が付いていたのか、はたかれた頬が少し切れていた。


「もしかして、シルスの話し相手にアイツも入ってるのか?」


 だとしたら、同情を隠せない。


 俺の見た目だって、幼い少年だ。

 それなのに、手を上げるのに何の躊躇いもなかった。


 この場所では傷も比較的すぐ癒せる。

 だから他人に手を上げるのに抵抗が少ないのかもしれない。


 ……そもそも、世界でも少し浮いてる日本の基準に合わせて考えたら駄目か。


「まあ、あんな奴ばかりじゃないと思いたいが」


 メイドの方の名前、ハンナといったか。

 後でシルスに聞いてみるとしよう。


 頬がずきずき痛む。

 パルペンに殴られた時を思い出した。


 あの時はまだ魔素が比較的濃いパマイ村だったから、傷もすぐ治った。

 ここは明らかに魔素が薄い。


 俺は、シルスの様に治癒術が使えない。


 体中の魔素を集めて頬に当てれば、近い効果があるとは思う。

 だが実行は出来ない。


 俺は自分で魔素が作り出せないからだ。

 体内魔素が少なくなったら、また記憶が飛んでしまうかもしれない。


 かといって、黒薬を使うのも危ない。

 魔素についての理解が深まってきた今だから分かる。

 黒薬に魔素が引き寄せられ、体内魔素が枯渇してしまう恐れがあるのだ。


 タハディはリナーシタ治療の時、同じ理由で黒薬使用を許さなかったのだろう。


 まあ、黒薬は在庫が乏しい。

 無駄遣いをするつもりはないしな。


 それにしても、散策開始早々ひどい目にあった。


 しかし、あの少女の言にも一理ある。

 昼には領主様と面会だ。

 におうならば、身だしなみを整えておいたほうが良いだろう。

 風呂までは無いにしても、水編みくらいはしておきたい。


 出会い頭の誰何すいかで平打ちをしない程度の誰かはいないだろうか。

 そう、例えば優しいメイドさんとか。


 質問できそうな人を探して一階の広間を歩いていると、


「どう、ユージア。探検は進んでるかしら?」


 後ろから聞き慣れた声が掛かった。

 振り返ると、そこにはメイド服姿のシルス。


「可愛いじゃないか。似合ってるぞ」

「……やめてよ。それよりユージア、ほっぺたどうしたの?」


 少し赤くなりながら答えたシルスは、俺の頬に気が付くと困ったような顔をした。


「誰かと喧嘩したの?」

「まあ、そんなところかな」


 シルスは腕を組んで、小さく溜息をついた。


「もう、ユージアは弱いんだから、そうなるって分かってたでしょう?」

「そう言うなって。男の子は怒らなきゃならない時もあるんだ」


 シルスが傷へ手を当ててくる。

 意図を察し、俺も手を添えて魔素を微量流した。


 シルスとの共同治癒術だ。


 治癒術を続けながら、質問する。


「シルスはこれからメイド仕事でもするのか?」

「しないわ。たまに力仕事を無理やり手伝ったりするけどね。お客様には家事仕事はさせてくれないのよ。外行きの服以外は持ってないから、屋敷ではメイド服を借りてるのよ」

「そうなのか」


 金銭的余裕がないのだろうか。

 そういえば、シルスの懐事情とかさっぱり分からないな。

 そのうち聞くことになるだろう。


 今は本題が先だ。


「それで、ルキウス様との話はどうだったんだ?」


 シルスが苦虫をかみつぶしたような渋い顔になる。

 良くない話だったのだろうか。


「……今、私の師事に丁度良い武に長けた人がいるらしいの」

「良かったじゃないか。何か問題があるのか?」

「その人……ハンナっていうお付きの人なんだけど」


 ハンナ!?

 あのキツい少女といたメイドか……そりゃそんな顔にもなる。

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