041 風呂談義(挿絵追加)
「ハンナさんには、さっき会ったよ。その主人の女の子も一緒に」
「もしかして……この傷、クラリスにやられたの?」
あのキツい少女はクラリスと言うのか。
「名前は聞かなかったけど、奇跡だとか大司教だとか言ってたかな」
シルスの顔が険しくなる。
ぎり、と歯がこすれる音がした。
やばい、かなり怒ってる。
パルペンのときもそうだったが、シルスも結構容赦が無い。
このまま、お返しに行ってもおかしくないだろう。
「た、大した傷じゃない! もうシルスのお陰で治ったしな」
「でも!」
「二人での共同術の機会をくれたんだ。そう考えれば良い。それよりシルスが教えを請えるかの方が問題だ。冒険者に早くなりたいだろ? 俺も早く素材集めがしたい」
シルスは納得行かない様子だが頷いた。
ハンナはクラリスの使用人らしいし、これ以上問題を起こすのはよくない。
実際、シルスが素材集めの要だ。
彼女の戦力向上は、最重要課題の一つ。
余計なことに時間を割いている場合じゃない。
「……わかったわ」
「ルキウス様に頼んでもらうとかは出来ないのか?」
「無理よ。あの方は、度を越えない問題には口を挟まないの」
しかし……そうなると、師事をお願いできるかは期待薄いだろう。
主人とシルスの仲があの調子なのだ。
どうしたものか。
そういえば、執事のロイルさんも戦士をしていたんじゃなかったか?
「ハンナさんが駄目なら、ロイルさんにお願いするとかは?」
「出来たなら、タハディが来る前にお願いしてたわ」
……まあ、そうだよな。
話すら聞けないほど忙しかったと言っていたのを思い出した。
更にシルスが続ける。
「ロイルさんは、重装盾兵だったのよ。私とは活性型も大分違うわ」
「活性型?」
初めて聞く言葉だ。
「経絡活性の種類みたいなものよ。私は短期集中でたくさんの活性を行うでしょ? でもロイルさんは組織的に長時間、経絡活性を行うの」
組織的に……なるほど、なんとなく読めた。
「重装盾兵ってのは、複数人で魔素力場を作って攻撃を受け止める兵か?」
「うん、そうよ!」
シルスが笑顔で頷いた。
「よく分かったわね」
「まあ、名前とかから予想できたよ」
密集陣形で魔素による障壁を組むとかいう感じだろう。
プウが木片を飛ばして見せたような力場を盾として使うのだ。
でも密集とか危険じゃないか?
大砲的な物とかは、この場所には無いのだろうか。
「固まってるところを狙われたりしないのか?」
「三人で陣を張れば、大人が数十人の重さの岩も止められるって言っていたわ」
まじで!?
戦車装甲みたいだな……。
「盾って名前が付いてるけど、攻城戦とかでは彼らによる破壊槌も凄いのよ」
集団魔素強化による破壊槌か。
一体どれだけの威力が出るのだろう?
魔素、まじやばい。
そうなるとロイルさんにも色々話を聞いてみたいな。
俺に出来る魔素技術とかあるかもしれない。
「私は、クラリスのところに行くわ」
「俺もついていくか?」
「やめた方が良いわね。クラリスのいる西館は女の子の部屋ばかりよ。男の子は入らないほうが良いわ」
あ、やっぱり?
行かなくて良かった。
そうなると。
「じゃあ、シルス。体を清められるところ知らないか? ルキウス様に会う前に、身だしなみを整えたい」
「ここをまっすぐ行った通路の先の、離れにあるわ」
シルスは「でも」と、付け加える。
「この時間は、清掃中かもしれないわよ?」
「まあ、理由を言えば洗うくらいさせてくれるだろ」
「……うん、そうね」
シルスに礼を言い、健闘を祈って別れる。
そのスカートはためく後ろ姿に、ひと時の癒しを得た。
俺の今日の戦いはお昼過ぎの領主面談だ。
気合入れて、体を綺麗にしよう。
「ここかな?」
言われた通り進み、屋外へ。
花咲くアーチ道を抜けた先、ガラス窓の多い建屋があった。
中に入ると温かい。
というか暑い。蒸し蒸ししてる。
色とりどりの植木が置かれていて、華やかだ。
どうやら、温室も兼ねているようである。
珍しい形の草花を見ながら進むと、扉と通路があった。
通路の方を進んでいく。
湿度が増した。多分こっちで合ってる。
長椅子や棚が置かれた小部屋に出た。
三面に扉が三つ。
たぶん、ここが脱衣所とかではなかろうか。
確認してみた二つの扉の奥は、長椅子などが置かれた小部屋。
男女分けた休憩室か?
残る色違いの戸を開けた先。石作の床に変わっていた。
この先が浴場だろう。
しかし、湿気がすごい。
清掃中って言っていたが、これ普通に使われてないか?
「やばいな……嫌な予感がする」
もう一度、脱衣所の棚を確認する。
思った通り、カゴの一つに誰かの黒い外套が入っていた。
「どうするか」
まあ、外から声をかけて確認するのが良いだろう。
服は一人分だ。
多分だが、男物だ。
クラリスのようなお高い貴族様なら、お付きの者がついているだろう。
そもそも、こんな場所に来ないで自室で身を清めたりするのかもしれないが。
浴室と思われる通路先に声をかける。
「すみません。入っても大丈夫ですか?」
しばらくすると、返事があった。
「その声はユージア君かい? 構わないよ、入っておいで」
まじか!
この声、ブラウンさんだ。
ついてるな。
彼は今、最も話したい人間の一人。
今日は初めこそ散々だったが、シルスのメイド姿に続き上り坂だ。
この流れで、領主様と面会も上手く運べばいいが。
シルスの方は難題中だからな……。
服を脱ぎ、棚のカゴへ入れて通路を進む。
途中履物を脱いで進んだ先、湯気漂う部屋に出る。
奥では全裸のブラウンさんが、浴槽の縁に腰を下ろしていた。
浴槽に手を入れ、何かしている。
……夜に会ったときは気が付かなかったが、肌白いな。
そして、目を引くのが体中の傷だ。
俺もひどいものだが、ブラウンさんの傷も凄まじい。
色白のも相まって、やけに目につく。
「君も湯浴みに来たのかい」
「はい。体の汚れを落とそうかと」
ブラウンさんは湯を撫でるように手を動かしている。
少し黒っぽい湯が、手に合わせ揺れていた。
温泉だろうか?
「……私もだが、君の体も凄いことになってるね」
「色々ありまして」
「これを見ると大抵の人は顔をしかめるが、君なら何の気兼ねもなさそうだ」
自らの体を示しながら言って、ブラウンさんは笑った。
「いま、ちょうど私が沸かしていたところさ」
「熱を送っているのですか?」
かざした手を中心に、流れが起きているように見える。
熱を発生させているのとも、違うようだが。
おそらく。
「この湯には少量の魔素石が溶かしてあってね。力を加え振動させているのさ」
思った通りだ。
電子レンジの原理か。
そんなこともできるんだな。
「魔素石特産地である、君の故郷が近くにあるおかげだよ。薪で沸かすよりも安上がりだ。見習い術士が多くいるからと言うのもあるがね」
「風呂沸かしは魔素術見習いの仕事なんですか?」
「そうだね、初めの方で教わることさ」
ブラウンさんは、両手を湯へと向けた。
「私くらいになると瘴気を取り除いたり、汚れの分離なんかもできる」
「すごいですね! 応用の幅が広い」
大げさに驚いてみせたが、実際便利だ。
つまり、殺菌と異物除去ということだろう。
プウのやってくれた、生物無生物の分離を使った洗浄とも違うようだが。
「僕にも、できるようになりますかね?」
「そうだね。これは魔素形質変化術とは違うし、出来るだろう。君は魔素を調律して見せたし、安定して目に集めたりもできた。すぐに覚えられるさ」
素晴らしい。
きっと、旅でも役立つだろう。
少なくとも、ただのお荷物にはならないで済むぞ。
「はは。ユージア君はこういう技術の食いつきが良いね。さすがシルスティア君の仲間と言うだけのことはある」
ブラウンさんの、この反応。
シルスが冒険者に憧れてると知っているのか?
そして、表情から察するに、
「ブラウンさんは……冒険者に悪い印象は持っていないんですか?」
「見て分かると思うが、私も結構荒事をしてきたよ。君も相当なものだね。まるで拷問を受けたかのようだ」
あながち間違いじゃない。
傷に関しては、俺が経験したものじゃないのが大半だが。
「よし、これくらいかな。ユージア君、キミも入ると良い」
「ありがとうございます」
木桶に少し黒い湯をすくい、体にかける。
温かい。
手で桶からすくいとり、体へかけて身を清める。
石鹸とかは、ないよな。
周囲を見渡していると、ブラウンさんと目が合う。
「ユージア君は、浴槽に慣れているようだね」
「え? はい。ええと……なんとなく、こうするのが正しいのかなと」
「そうかい。子供ならもっとはしゃいだりするものだけど」
「少々落ち着きすぎていると、よく言われます」
初めの頃のシルスのように、観察されている気がする。
まあ、俺の行動は一般的な子と違うだろうし仕方ないか。
それによって不都合が起きるだろうか?
この程度なら問題ない、よな。
無理をすると、逆に色々と不審だろう。
俺はそういうの得意じゃないしな。きっとすぐに墓穴掘る。
それよりもだ。
「ブラウンさん。もしよければなのですが……魔素術の教示頂けませんか?」
ブラウンさんは湯を感じ入るようにして目を閉じている。
「……そうだね。それも面白いかもしれないが。私も暇じゃない。ユージア君が何か利益をもたらしてくれるなら考えるよ」
「そうですよね」
俺がブラウンさんの利になることができるのだろうか。




