035 人素材
その後、俺が捕まっていた洞穴へ向かった。
シルスとピィの最大警戒の中、入った洞窟奥の男女の遺体はそのままだった。
あれから半日近く経ったらしいが、変化は無い。
聞くと、シルスは人の死体を見るのは二度目だと言う。
一度目は母との旅の途中で、母が殺した夜盗の一団のものだったそうだ。
だが、近くで見るのは初めてだったのか緊張した面持ちで状態を調べている。
とはいえ、さすがは戦士従者と言ったところか。
小学生の胆力とは思えない。
死体を前に、物怖じした様子は無かった。
一通り室内をあらためたが、情報や手がかりは見当たらないようだ。
死体を見分しているシルスへと声を掛ける。
「そっちはどうだ?」
「服は普通の一般の物みたい。外套は、グレイオビス兵のものよ」
言いながら、外套の裏地を見せてくれた。
何やら文字らしきものが刺繍されているが読めない。
聞くと、「グレイオビス第八守衛隊って書いてあるわ」と教えてくれた。
「シルスは、グレイオビスの兵だと思うか?」
「わからないわ。名前は刺繍されてないみたい」
他の情報は一切ない。
これは残しておいて問題ない情報ってことか?
二人を殺した者の意図が分からない。
やはり仲間割れだろうか。
「二人の死因は分かるか?」
「……何か鋭いもので、心臓を突かれたって感じかしら。
女の人は正面から、男の人は、後ろからね」
細いもので一突き。
あの狂人の持っていた細身の短剣だろうか?
だが、あの女は俺にご執心だったはず。
俺が放置されたのが腑に落ちない。
シルスが短剣を腰から引き抜いて、女の服を切り裂いた。
そして、心臓の辺りを指さして見せる。
「ここに、傷があるわ」
「ほ、ほう……なるほどな」
物怖じしなさ過ぎじゃないか?
……そういえば、シルスの注意は別の方にも向いていたか。
今もチラチラと瞳が細かく動いている。
アレスの経絡で周囲感知しながらの緊張状態なのだ。
死体を怖がってもいられないか。
女の死体へ目をやる。
多分だが、死後半日程度の新鮮な死体。
露になった胸も良い形だ。さすがに大人の女性だな。
……違う。そんなことに気を取られてる場合じゃない。
この死体は魔素材に分解した方が良いだろう。
新鮮な人の死体なんて、そう簡単に手に入るものじゃない。
またとない機会だ。
シルスがじっと俺を見ていた。
どこか探るような目だ。彼女は時折こういう目をする。
とりあえず、意見を聞いておこう。
「シルスはどう思う?」
「……ここは入口が一つしかないわ。長くいるのは危険よ」
それを心配していたのか。
だが、ここに人がやってくるだろうか?
来るとしたら、この二人を殺した者が戻ってくる可能性くらいだろう。
この場所の入り口は非常にわかりづらい。
そして、ここは長らく俺や死んでる連中以外に使われた形跡がなかった。
積もる埃を見れば明らかだ。
となると、警戒すべきは二人を殺した者だけだ。
用があるとするなら、残る二つの死体くらいしかない。
それならば、とっくにここへ来ているだろう。
「この洞穴の部屋は何なんだろうな?」
「わからないわ」
シルスは、曖昧な答えを避ける節がある。
闇森人云々の時も、善悪二極で考えているように見えた。
嘘に対する固執も、それに端を発しているのかもしれない。
「正しくなくても良いから、シルスの考えを聞かせてくれ」
シルスはしばらく考え込んで答えた。
「昔に盗賊か何かが使っていた、ねぐらじゃないかしら。でも、正しいかは分からないわ」
「そうか」
思ったとおり、シルスは間違えることに対し予防線を張ってきた。
もっと柔軟に考えても良いだろうとは思う。
でも、これがシルスの美点でもある。
血生臭い場所に長居したくないのは俺も同じだ。
ここに来た当初の目的を達してしまおう。
「この二人を素材にしたい」
「素材に?」
「そうだ。薬で分解する」
「……言ったけど、ここで長い時間過ごすのは危険だわ!」
俺としては血生臭ささえ我慢すれば、ここでも問題無い気がする。
でもシルスが不安に思っているなら、汲んでやった方が良いだろう。
なにせ、危険な目に遭ったばかりだ。
俺はもっと慎重にならなくてはならない。
浅慮な行動で、度々痛い目を見ている。
傲慢になるのは良くないのだ。
そう、シルスの意見を尊重しなくては。
シルスは会話が苦手だが、直感は鋭いように思う。
後から動き出して、いつの間にか俺より成果上げる姉に近いものを感じる。
「そうだな。じゃあ、死体を外に運び出そう。シルスが言った通り、ここだと襲われたらひとたまりもないしな」
「そうした方がよいわ。外で処理をするの?」
「ああ。この洞窟の外の岩裏で作業しよう。今はピィもいるしな。空から偵察してくれているから、そう簡単に襲われることにはならないと思う。姉達の体を作るためにも、素材は回収しておきたいんだ」
「わかったわ」
シルスと二人で死体を外へと運び出して、服を脱がせた。
全裸の男女の死体。
今からこれを素材へと変えるわけだが、冒涜感が強い。
シルスも、硬い表情で死体を見つめている。
人を素材にすると言うのは抵抗があるものなのだろう。
俺も思うところが無いわけじゃない。
敵だった人間でも、同じ人だったのだから。
手を合わせ、黙祷する。
「何をしているの?」
「黙祷だよ。ご冥福をお祈りしてるんだ」
「メイフク?」
「死んだ後の世界で、少しでも幸せになってくださいってね」
「……そう」
まあ、俺自身の気休めでしかないと思うが。
ちらとシルスを見ると、同じように両手を合わせ、目を閉じていた。
二人でしばらく黙祷して、目を開ける。
「人は死んだら、宙光に導かれるのだと思ってたわ」
この場所での宗教観だろうか。
死ぬと、太陽へ還る、みたいな?
「じゃあ、宙光へ還った後の幸せだな。または来世での幸せか」
「ライセ?」
「生まれ変わって、また新しく命をもらうことだな」
「……ユージアは面白い考え方をするのね。宙光へ還ったら、もうその先は何も無いと思っていたわ」
「まあ、考え方は人それぞれさ。死んで見ないと、答えはわからないよ」
「……そうね、確かにそうだわ」
猛毒防腐薬兼分解薬を振りかけた。
ここは魔素が薄いから、放置していたらどれだけ時間が掛かるか分からない。
こちらから積極的に魔素流を作って分解を促さないと駄目だろう。
「シルス。分解を早めるために魔素を流す。手伝ってくれ」
女の方をシルスに任せ、男の体へ手を添えて魔素流を作る。
薬の触れた部分に魔素が作用すると、死体がボロボロと穴抜けになっていく。
……見た目、凄くおぞましい。
まるで高速で虫食いされていってる様で、軽く吐き気を催すレベルだ。
骨すらスカスカにして、分解が進んでいく。
その時に広がる何とも言えない甘い匂い。
これも気分の悪さを増長させる。
溶かした後に残るのは、白い絹のような糸状の繊維。
その糸に付着した黒い石のようなもの。魔素経絡と魔素石である。
しかし、想像以上に疲れる。
魔素の薄い場での魔素操作は負担が大きい。
シルスの方をみると、あちらは殆ど進んでいなかった。
「シルス、どうした?」
問いかけると、シルスは困ったような顔を向けてくる。
「ごめんなさい、ユージア。私、体の外の魔素操作は苦手なの」
失念していた。
「すまない、無理を言った。……そうだ、シルス。俺を手伝ってくれ」
手招きして、シルスに俺の後ろへ身を寄せてもらう。
俺の両手首を掴んでもらい、軽度の経絡活性をお願いする。
思った通り、シルスから魔素が流れ込んできた。
勢いあるピリピリとした魔素流。
その流れを利用して作業を進める。
疲れ無く、倍以上の速さで進められた。
「おー、さすがだシルス。とても助かる」
「ふふ! 合体技ね!」
シルスは相変わらず、誰かとの共同作業が好きだ。
嬉しそうに身を寄せて、後ろの首元から顔を覗かせてくる。
死体が分解される様を見るのは、気分の良いものじゃないと思うが。
それでも、ゆっくり穴開きになっていたのが溶ける様になり精神的負担も減った。
分解の様子を観察する余裕も出てくる。
どうやら組織液や血液と言ったものが、固まって魔素石となっているようだ。
それ以外の一部が魔素経絡の糸になっている。
体感一時間ほどで、男女の分解を終えた。
シルスが魔素経絡を短剣で切り分けて、回収用の瓶へと収めていく。
俺は落ちた魔素石などを集めて、布袋へ入れていった。
「よし、これで全部だな」
アレス以来の素材だ。
そういえばアレスの魔素材は、骨壺もどきに入れたままだ。
あれも、黒大樹へ戻ったらシルスに移植すると良いかもしれない。
なんだかんだで、彼女の感知には助けられっぱなしだ。
「こんなに小さくなるのね」
シルスは言いながら、緑の横髪を撫でた。
二人の人間の魔素材の大きさは、合わせてテニスボールにも満たない。
魔素経絡が隙間が多いから、圧縮したらピンポン玉より小さくなるだろう。
後に残ったのは、血濡れて汚れた衣服と、グレイオビスの外套。
そして、消し炭のような黒い残骸が少しだけだ。
髪の毛や骨も残らない。
ある意味、暗殺者向けの道具じゃなかろうか。
殺しても証拠が簡単に消せてしまう。
グレイオビスの外套は紐で縛って持っていくことにした。
相手の手掛かりになるものがこれだけなのだから、置いていく訳にもいかない。
荷物をエックへと積んでいく。
「色々考えていて忘れてたけど、エックや荷物、よく無事だったな」
特に、エックに積んでいた黒薬関連の素材などだ。
あんなに黒薬の情報を欲していたのに、ほとんど手付かずに見える。
「黒薬の瓶は持って行かれてたわ」
「そうなのか」
さすがに、そこまで抜けてはいないか。
ワクチン関連などは、シルスの腰布袋に入れていたから助かったらしい。
あれが無くなったら死んでしまうかもしれないのだ。
肌身離さず持っておくのは正しい。
実際、そうしていなかったらワクチンを再度作り直す羽目になっただろう。
俺もまだ薬生成はやったことがない。
出発時にプウから作り方と練習カリキュラム的なものを教わった程度だ。
エックのお尻を見ると、傷がかさぶたになっていた。
やはり蹴られでもしたようだ。
まだじくじくしていて痛そうに見える。
「シルス。エックの傷を治してやろう」
「うん。そうね!」
シルスとの治癒術で傷を癒してやる。
黒薬も使えれば良いが、在庫が乏しい。
「こんなもんか」
「ふふ、エック。傷が治って良かったわね」
最後にシルスが優しく撫でてやると、エックはブルルンといなないた。
シルスが聞いてくる。
「この後は、ルキウス様の所へ向かうので良いのよね?」
「そうだ。引き続き宜しく頼むよ」
「まかせて!」
シルスに手を借りて、エックへと騎乗する。
空は少し赤くなってきていた。
「でも、あまり進めなさそうだな……」
「野営できるところを探しながら行きましょ」
森の中を進んでいく。
時折、空に灰色の影が通り過ぎて見えるが、あれはピィだろう。
相変わらず、シルスが近くにいると必要以上に話しかけてこない。
シルスが突然短剣を投擲した。
キョエェ、という鳴き声が響いたと同時シルスがエックを飛び降り走っていく。
向かった先、草むらで何かが暴れていた。
見ると、鶏の三倍以上はある茶色の鳥だ。
シルスは胴体に刺さった短剣を抜くと、木へ首を抑え込んだ。
一息に首を落とし、逆さにする。
あふれ出る血液。
すげぇ……あんな血って出るもんなのか。
足を縛ると、荷物の一つへとぶら下げる。
「ユージア、今日もお肉が食べられるわ!
大きいから何日か食べれるわね。一部は燻製にしちゃいましょ」
「お、おう……」
たくましい限りだ。
ここではコレくらい当たり前なのだろうか。
俺もさばき方、教わろうかな。
しばらく進んでいくと、シルスが野営に良さそうな場所を見つけた。
大きな岩に囲まれた場所だ。
徒歩数分のところに小さな小川もある。
シルスが相変わらずの手際で野営準備をしていく。
俺が手伝う隙も無い。
仕方なく黒薬の材料を取り出して準備をして、エックを連れて草やりにいく。
「ユージア、これに薪を集めてきてくれる?」
「おうさ」
しばらく後、薪を集めて満足したエックと戻る。
シルスは木に吊っていた鳥を下ろしているところだった。
荷物から手斧を取り出して、片足を切り落とすと大きめの鍋へ入れていく。
羽毛ついたままなんだが、いいのだろうか。
「これで拭いてあげて」
渡された濡れ布でエックを拭く。
シルスはすぐに鳥を鍋から引き上げ、羽を毟り取っていく。
茹でる為じゃなかったのか。
そりゃそうだよな。
羽を抜き終わると、手斧を使い豪快に捌いていく。
切り分けた肉を別の鍋で煮はじめた。シルスさん本当に頼もしいです。
「木の皮を剥がしてきてくれるかしら。
これくらいの大きさのを4.5枚お願い。出来るだけ大きくね」
一つ手斧を渡された。五十センチほどの木皮が欲しいらしい。
シルスは布袋から取り出した葉っぱを刻み始めている。
見ていたい気もしたが、頼まれたことをやって来なくては。
良さそうな木の皮を斧で丁寧に切り取っていく。
ついでに薪も幾らか集めた。
戻ってくると、小さな鍋に昨日のスープが出来上がっている。
「煮込めば出来上がるわ」と、シルスが笑って言った。
刻んでいた葉も入っているようだ。
道途中で、時折エックから降りて集めていた草だろう。
香草の類だろうか。
シルスは集めてきた木皮を受け取ると、器用に紐と木の棒で組んでいった。
木の皮の箱が出来上がる。中には木枝で組まれた骨組。
茹でて乾かした鶏肉の一部をそれへとぶら下げていく。
草の入った小皿を置いて、火をつける。
何だかよく分からない、赤黒い塊もあった。
「シルス。それ何だ?」
「小鳥さんが取ってきてくれた赤い果物を干したやつよ」
「ドライフルーツか」
「食べたい? 一部は燻煙材に使おうと思ってたけど」
「少し貰おうかな」
受け取って食べてみる。
うん、旨いな。
酸味と甘みが凝縮されてる。
いつの間にこんなの作ってたんだ。
木皮箱の中の火が付くと、ほんのり甘い匂いが漂う。
一体どんな燻製が出来上がるのだろう?
「……シルスはほんと旅慣れしてるな」
「燻製はタハディが教えてくれたのよ。果物とか肉の処理はお母さんからだわ」
「そうか」
「ユージアも、すぐに出来るようになるわよ!」
「ああ。頑張って覚えるよ」
残りの鶏肉の処理をしている間、俺はシルス調整の黒薬の準備を進めておく。
一応、俺もこの段取りには慣れてきた。
余裕が出来てきたら、他の薬の準備や術の訓練などもやろう。
作業をしていると、シルスがこちらを見ているのに気がついた。
「どうした?」
「魔素のお手伝いしなくて大丈夫?」
ああ。心配してくれてたのか。
魔素欠乏すると、記憶が飛んじゃうもんな。
「まだまだ大丈夫だよ。分解作業と比べれば、負担はたいしたこと無い」
「必要だったら、すぐに言ってね」
日もだいぶ沈んできた。
赤い空は紫へと変わってきている。
今日も一日、シルスもピィもお疲れ様だ。
俺も記憶飛んだり、拷問されたり、散々だった。
というか、普通に考えて濃厚すぎるだろ。
「プウやキョウカは元気にしてっかな」
「マダ スウジツダロ ホームシックニハ ハヤスギンゾ」
「おぉぅ!? いつの間にいたんだ」
ピィが近くの木の枝に留まっていた。
じわじわと黄色の姿に戻っていく。
シルスは驚いた風ではない。きっと感知していたのだろう。
「マソ ソウサシテ オトナク カックウデキルヨウニ ナッタゼ」
「お前は本当にさすがだな……」
俺も頑張らないと……。
「オバカプウ アイカワラズ ベッコベコ ダ」
「まじか……そんなに俺が心配か。泣ける」
実際、今日もかなり危ないところだったしな。
「ピィ、嘘をつけとは言わないが……あまりプウを心配させるような報告はしないでくれよ?」
「ジジツノママニ ツタエルダケダ」
「おい!」
「イヤナラ モット キバレ」
「……ごもっともです」
早くプウを安心させる報告してもらえるように、頑張らないと。




