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036 姉母談義

 翌朝。

 目覚めるとシルスが香ばしい匂いをたてる燻製肉で出迎えてくれた。


 でも今日の夢は最悪だった。

 昨日素材分解した男女が出てきたのだ。


 まあ、罪悪感が見せた夢だろう。

 二人に逆に素材にされる夢だ。


 まったく、俺の弱メンタルにも困ったものである。

 終りで、シルスが突撃してきて助けてくれた。

 夢の中まで頼もしい。


「シルス、ありがとうな」

「え、なに?」


 シルスは燻製肉をほおばりながら、不思議そうな顔をしている。

 この燻製肉は本当に美味しい。


 肉に果物とか添えられているのは好かない。

 でも、燻製でフレーバーとして加わってるのは悪くない。

 それに体が幼くなっているからか、前より甘いものが美味しく感じる。


「それで、今日進めばレヴロ様のお屋敷に着くのか?」

「……少し遅れ気味だから、夜も移動すればってところかしら」

「そうか。ちょいと寄り道しすぎたな」

「しょうがないわ。襲われたんですもの」


 まあ、そうだな。不可抗力だ。

 むしろ無事にたどり着けそうで何よりだ。


「クラエ!」


 ピィの声。

 放ってきた果物を魔素操作で潰さないように受け止める。

 シルスは受けると同時、肩を軸に回転させ、力を流して止めた。

 まったく、たいしたもんだ。


「ふふ、私も上手に受け取れたわ!」

「キイロモ ヤルヨウニ ナッタナ」

「今度は、もっと早くても平気よ!」


 二人も馴染んできたかな?

 だが、


「食べ物で遊ぶな」


 シルスとピィがお前のせいで怒られたと言い合っている。

 うん。馴染んできてるな。


「ねえ、ユージア。ルキウス様のお屋敷に行ったら、どうするの?」

「どうするも何も、シルスが鍛えてもらいに行くんだろう?」

「そうだけど……」


 実際、何をするのかは分からない。

 タハディが手紙に後のことを書いておくと言っていたが。

 さすがに蝋で封書されたものを勝手に開けるわけにもいかない。


 まあ、行ってからのお楽しみってところか。

 領主なら、俺みたいな子供の一人どうにかしてくれるだろう。


 何なら、家事手伝い何でもやるつもりだ。

 出来れば術練習やらの時間が取れると良いのだが。


 欲を言えば、魔素術使いであるという領主様に術のことを聞いてみたい。


「少なくとも、道中襲われても問題ないくらいには強くなりたいもんだな」

「……あの騎兵達以上にってこと?」


 それが理想ではあるが。


「あいつらって結構強かったんだろ?」

「そうね。強かったわ」


 一朝一夕にどうにかなるものでもないな。

 子供が職業軍人に勝とうとか、まずあり得ない。


 本当に騎兵より強くなるまで帰らないってのは、気が長すぎる。

 そもそも、なれるかどうかも分からない。


 シルスは戦士適正が高いらしいが、俺はこの通り貧弱だ。

 それに定期的に黒大樹へ帰って、プウやキョウカに会いたいのもある。


「シルスは何かしたいことがあるか?」

「冒険!」


 ですよね~。


「そう言えば、前に話してる途中で止められたが――」

「冒険者の話ね!」


 シルスが身を乗り出してきた。


「冒険者は、魔素の強い地域の魔物退治とか、素材の回収をしたりするのよ! それと、逆さ滝の周りの浮島とか、落下遺跡なんかの探検もするわ!」


 骨付き肉を振り振り、熱弁するシルス。

 うーん、デジャヴ。


「それは前に聞いたな。魔物退治は分かるんだが、逆さ滝とかってのは何なんだ?」

「最果ての下層から上に流れる滝よ。その周りに、沢山の浮島があるの!」


 言葉通り、逆に流れる滝か。

 風で吹き上がるとか、そういうのか?

 だが、浮島ってのは……。


「……浮島って、空に島が浮いてるのか?」

「そうよ! 素敵でしょ!」


 はー、本当にここは俺の元居た場所と全然違うんだな。

 もしかして、あの馬鹿でかい岩壁も浮いてる島なんてことは無いよな?


「その島には、冒険者が欲しがるモノ。つまり生計を立てるのに役立つものがあるってことだよな?」

「あるわ! 最上層の無限遺跡から落っこちてくるものは、希少なものが沢山あるのよ!」


 空から落ちてくる希少物か。


「ほうほう。それがお宝だと」

「……! そう、オタカラだわ!」


 うーん。冒険者を語るシルスは本当に楽しそうだ。

 見てるこっちも笑顔になる。

 でも、やっぱり楽しいだけじゃないだろう。


「浮島や遺跡は、それなりに危険なんだよな?」

「…………そうね。危険よ」


 しょんぼりシルス。


「そうなると、そこで冒険できるくらいに、強くなるのが目標だな」


 すかさずフォローしておく。

 シルスは目をまんまるにして大きく頷いた。


「うん。そうよ! もっともっともっともっともっと、強くならなきゃ!」

「頑張ろう」


 シルスの握った骨付き肉が、メキッとひしゃげた。


 魔素視で見なくても、激しく経絡活性しているのが分かる。

 彼女の冒険者リビドーは計り知れない。


「ま、まあ……早いところ、レヴロ様のところに行かないとな」


 シルスはこくこく頷いて、大急ぎで食事をかきこみ始めた。

 急いで食べるのは、体に良くない。


「食事はよく噛んで食べないと、栄養が十分に吸収できないぞ。

 ……つまり強くなれない」

「そうだったの!? 頑張って噛むわ!」


 一生懸命、よく噛んで食べるシルス。


 素直でよろしい。

 ピィも無駄にプリズム発光しだす。お前は対抗心を燃やすな。






 その日は夕暮れまで、ほぼノンストップで進み続けた。

 今までシルスは時折森で採集していたが、それも無くなった。


 早くレウロ伯爵のところへ行って特訓でもしたいのだろう。

 想いは冒険者一直線である。


 あと今日はまるまる、ピィが付いて来てくれるらしい。


 昨日の今日だ。

 空の監視者様は非常に有難い。

 なので街道に戻って移動することにした。


 途中、何度か馬車とすれ違った。

 シルスとピィの緊張が跳ね上がったようだが、何の問題も起こらなかった。


 夕暮れに差し掛かった辺りで道が石造りに変わる。

 遠くに建物が散見するようになった。

 畑も見える。


「もう、結構安心か?」

「そうね」


 畑仕事の帰りらしき男二人が、道の向こうから歩いてくる。

 近くに来たとき、声を掛けた。


「あの。この辺をグレイオビスの兵とかって通りましたか?」

「知らないな」

「ありがとうございます」


 礼を言って、通り過ぎる。


「ここから、レヴロ伯爵の館までは遠いのか?」

「そうね、2.3時間くらいかしら。街道を進めたから、思ったより早くこれたわ」


 実際はノンストップ&シルスがエックを早めに進めてたのが大きいだろう。

 もしかして、無意識だろうか。


「今は夕暮れだから、夜を少し進めばつけるわけか」

「この辺りなら、道も悪くないし夜も進めるわ!」


 やっぱり早く館に行きたいようだ。

 そして無意識に違いない。

 溢れ出る冒険者への想い。


 シルスとの野営も悪くないが、レヴロ伯爵の館が安心できるのは間違いない。

 ピィに世話になりっぱなしだと、プウ達が心配だ。


「よし、今日中に到着しちゃおう」

「わかったわ!」


 エックさん。

 もう一踏ん張りです。





 夜道を進む。

 時折見かける建物の間隔が短くなったが、人の姿は見当たらなくなった。


 夜でも高性能魔素視を備える空の守護者。

 そして、風を感じる地の守護者のお陰で、危ないことは少ない。


「ねえ、ユージア」

「なんだ?」


 シルスがぼんやり光る雲空を見ながら言う。


 あれは、月明かりだろうか。

 やけに明るく感じる。

 この場所の人口光が少ないからか?


「ユージアのお姉さんは、絵描きさんなの?」


 ああ。

 黒大樹でそんなようなこと、話してたな。


「キョウカに、一緒に絵を描こうとか言われてたみたいだな」

「うん。でも私、描いたことないから……」


 姉は絵が上手い。

 結構、と言うかかなり天才肌だから、教えるのは難があると思うが。


 もし本気で教えるとなれば。

 前に外注と言う名の友を頼ったとき作ったフローを使うと良いだろう。

 弱小なのに無理に仕事請けるからこうなるという、良い経験だった。


 ……二度と御免だが。


 それを使えば、よほど不器用で無ければ、それなりになれるとは思う。

 プロとして力をつけたいならだが。

 楽しむだけなら、必要はないだろう。


「まあ、コミュニケーションと思ってやってみたら良いかもな」

「そう?」


 心配そうなシルス。


「上手に描く必要はないさ」


 面白くなさそうに感じたら、やめれば良い。


「姉も無理強いはしないし、描かない相手でも楽しませるのは上手いしな」


 姉は近くの保育園や小学校で、お絵かき教室をやったりしていた。

 ただただ楽しませるのが目的で、かなり好評を博していたっけか。

 出不精な姉の少ない外出機会の一つだ。


 姉に紙一枚とペンを渡せば、すぐさまエンターテナーへと成り代わる。

 高い描写能力と瞬間記憶のなせる技だ。


 俺が勧めて始めたことだった。

 初めは嫌がっていたっけか。

 でも、1,2回開催すると体調悪くても教室を開くくらいにはハマっていた。


 姉の絵描き能力の高さを思い知るエピソードがある。

 昔の姉のお絵かき動画を親父に見せてもらった時の事だ。


 姉は小学校入りたて、プウくらいの時に、雨の町並みを鉛筆で描いていた。

 画用紙の端から描写し始めたそれは、まるで写真であるかの様な完成に至った。


 アタリも何も取らずにだ。

 水たまりの波紋や、窓の雨垂れすらも再現していた。


 俺が生まれると、俺の似顔絵……もとい超リアルな写実画をたくさん描いた。

 前に見せてもらったことがあるが、凄い枚数だった。


 俺が大きくなるにつれ、リクエストでアニメや特撮のキャラも描く様になった。

 ああ……楽しかったなぁ。


 まあ、そんな姉だ。

 巷で人気キャラクターのあれこれを描くのも造作ない。


 特撮アニメ、何でもござれ。

 どんなリクエストも難なく取り入れる。

 しかも早い。


 相手の子のデフォルメ化イラストを描くのもお茶の子さいさい。


 よって、姉の周りは子供で一杯になる。

 僕も私も描いて描いてコールで埋め尽くされる。


 きっと、シルスも上手くなるかはさておき、楽しめることだろう。


「ユージア、何か凄いニヤニヤしてるわ」

「え、まじで」


 振り返り、シルスが俺を見ている。


 いかんいかん。

 姉を語ると、ついこんな顔になる。

 中学入りたてで姉を語って、シスコン野郎と言われたのを思い出した。


 苦い思い出である。


「ユージアは、お姉さんが好きなのね」

「まあ……大切な人だよ」


 シルスが小さく笑った。


「お姉さんは、ユージアのお母さんみたいなものだったのよね?」

「そこまで話したっけか?」

「ユージア、自分でお母さん代わりだったって言っていたわ」

「そうか」


 そんなこと言ったっけ?

 少し恥ずかしい。


「……シルスは、そう言うの変だと思うか?」

「どうして? 姉弟が仲が良いのは良い事よ。私は兄弟姉妹達と仲が悪かったから……羨ましいわ」


 あれ。シルスって一応、彼等と仲良くしたかったのか。

 てっきり初めから拒絶入ってたのかと思ってたが。


 手紙を隠されて虐待されたのは知っていたが、初めはそうでもなかったのか?


 そりゃそうだよな。

 子供だ。遊び相手は欲しいだろう。

 歯に衣着せぬ言い方をしていても、全員が全員、嫌ってくる訳でもない。


「シルスも仲の良い子、幾らかはいなかったのか?」

「初めはいたわ。でも私のお母さんが冒険者だって言ったら、皆が頭がおかしいって……」


 ……ああ、なるほど。

 最も尊敬する母を貶されれば、結果は目に見えてる。


「そういえば、シルスの母さんは具体的にはどういうことをしているんだ?」

「地図作成とか構造分析が得意って言ってたわ!」


 ほう。

 サポート的な。


「戦ったりも出来るのか?」

「勿論よ!」


 前に夜盗を返り討ちにしたって言っていたな。


「お母さんは機械仕掛けの弓の名手よ。剣だって使えるんだから!」

「へぇ。機械仕掛けの弓って、どんなのなんだ? おっと」


 興奮したシルスが手綱を引きすぎて、エックが止まる。

 謝罪するように首を撫でて、行軍を再開した。


「えっとね、昔は普通の弓を使っていたけどね。何年か前から、機械仕掛けの弓を作るようになったの! レバーを強く押すだけで、弓がつがえられるのよ。ほんとうに、すごいんだから!」

「それはぜひ見てみたいもんだな」


 俺を振り返って反応を見ようとするが、手綱を握っていて叶わない。

 大興奮のシルス。

 少しおっかさんに妬いちゃうね。


 そんな感じで姉母談義を続ける。


 会話が楽しかったからだろうか。

 思いのほか短い体感時間で目的の屋敷へと到着したのだった。

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