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034 ひと時の忘却

 体が揺られる。

 目を開けると、人影が見えた。ぼやけていて良く見えない。


「ユージア! 目が覚めたのね!」


 時間が経つにつれ、視界が明瞭になって来た。

 僕を揺すっていたのは、赤い目をした金髪の少女だ。


 どこかで見た気がする。

 片方の横髪だけが緑色をしてる、不思議な少女だ。


「飲んで」


 口につけられた水筒から水を飲んだ。

 からからだった喉が潤って、気分が落ち着く。


「ありがとう。君は?」


 少女は困惑した顔で見つめ返してくる。


「……大丈夫? 酷い事されなかった?」


 周囲を見ると、森の中だ。

 視線の先、日を受けてきらめく川が流れていた。


 下の肌着一枚で、とても寒い。

 ぶるりと震えると、少女が慌てて外套を渡してくれた。


「ごめんなさい。あの……汚れてたから、寝てるうちに洗っちゃったわ」

「いいよ」


 同じ歳くらいの少女に洗われたのは恥ずかしい。

 でも僕の為にしてくれたことだ。


「ここはどこ?」

「街道から大分それた、森の中よ」

「村からは遠いの? 天岩が見えないけど……」

「天岩から離れて結構進んだじゃない」


 なんで、僕は村から離れてこんな所にいるのだろう。


「ねえ、ユージア。あそこで一体何があったの?」

「あそこ?」


 少女が言うには、近くの洞窟の中で男と女が死んでいたらしい。


 なんて恐ろしい。

 一体誰にやられたんだろう? 魔物だろうか?


「あの二人は、私たちを追っていた騎兵の中の二人で間違いないわ」

「そうなんだ。僕って誰かに追いかけられてたの?」


 少女は再度、困惑した顔を僕へ向けた。


「ユージア、ふざけるのは止めて」

「ふざけてないよ。僕はユージアって名前なの? 君は僕を知ってるみたいだけど」

「ユージア! やめて!」


 少女は怒りにまなじりを上げて、僕を怒鳴りつけた。


「ごめんよ。でも、本当に僕、自分の名前も知らないし……君のことも分からない」

「……なんで、そんな意地悪を言うの? 私が一人で逃げたから?

 でも、それはユージアが作戦だって……!」


 今にも泣きだしてしまいそうな顔だ。

 なぜだか、この子を悲しませてしまったらしい。


 それを見て思い出した。


「僕も早く家に帰らなきゃ」


 勝手に出かけて、お父さんもお母さんも怒っているだろう。

 僕が急にいなくなって、リナーシタはきっと大泣きしてるに違いない。


「帰るって、何を言っているの! ルキウス様の所に行くんでしょ!?」

「違うよ。僕はパマイ村に帰らないと」

「ユージア、いい加減にして!」


 どうして、こんなに見ず知らずの子に怒られなきゃならないんだろう。


「もう君の邪魔はしないよ。一人で帰るから、街道がどっちか教えてくれない?」


 街道なら、魔物も入ってこないだろうし一人で帰れるだろう。

 魔素術の力で守られているから、安全なのだ。


「ユージア、止めてよ……」


 少女は目を拭うと、僕の外套を掴んで言う。


「私の力が足りなかったって言うのは分かってる。でも、これからもっともっと、強くなるから、だから」

「だけど……僕、帰らないと」

「なんでよ! あの時、私が必要だって言ったじゃない! 仲間だって言った、友達だって言ったわ!」


 掴まれた腕が痛い。

 懸命に訴えかけてくるけど、知らないものはどうしようもない。


「そうは言っても……僕は君を友達とも、仲間とも思ったことは無いし」


 遊んだことも無い子だ。

 そもそも、名前さえ知らない。


 少女は顔を真っ赤にして、睨みつけてきた。


「帰るなんて許さないわよ!」

「そんなこと言われても……君だって、お母さんやお父さんが心配してるでしょ? 帰った方が良いよ」


 少女が、泣きながら掴みかかってきた。

 簡単に押し倒されてしまう。


「もう、許さないわ!」

「や、やめてよ!」


 女の子とは思えない凄い力だ。

 押さえつけられた腕が全然動かない。


 恐ろしい子だ。

 もしかしたら、あの体の大きいパルペンよりも強いかもしれない。


「お母さんの所に行けるなら、そうしてるわよ! どうしてそんな、ひどい事言うの!?」


 腕と一緒に、胸が押されて息ができない。


 ふと、押される力が弱くなった。

 その隙を見逃さず、少女を蹴って突き放す。


「何するのさ!」


 咳込みながら、空気を吸って起き上がる。

 見ると、少女も地面に四つん這いになって咳込んでいた。


 強く蹴りすぎてしまっただろうか。

 少女の咳は止まらない。

 そのうちに、少女が何かを吐き出し始めた。


 赤い……血だ!


 どうしよう、思った以上に強く蹴ってしまったみたいだ。


 駆け寄って背中をさすってあげるが、少女の咳は全く止まる気配がない。


「げほ、……ユ、ユージ、ア、げほげほッ 薬、を」


 少女が苦しそうな顔を上げた。

 薬が欲しいみたいだけど、僕はそんなものを持ってない。


「お、お薬が欲しいの? 僕、何も持ってないよ!」


 少女が布袋から何かを取り出した。

 瓶に黒い何かが入っている。

 それを差し出してきた。


「これをどうするの?」


 少女を見ると、もう動く力も入らないのかぐったりと俯いている。


「ねえ、どうしたら良いの!?」

「オイオイ ミチカラ ソレスギダロ コラ」


 急に上から変な声がして振り返る。

 見ると、赤い何かが落ちてくるところだった。


「うわぁ!」


 赤い何かが顔に当たって潰れた。

 口の中に入ったそれは、甘い味がした。


 これ、森の赤い実だ。


「なにするのさ!」

「コッチノ セリフダ ボケガ!」


 なんと声の主は黄色い鳥だった。


 鳥がしゃべるなんて、どういうことだろう。

 それにこんな色の鳥ははじめて見る。


「ソレヨリ キイロ エライコトニ ナッテンゾ!?」

「そうなんだよ、薬を渡されたけど……どうしたら良いか分からないんだよ!」

「サッサト マソ ナガシテ カッセイカ サセロ!」

「魔素? でも僕、魔素の操作なんて出来ないよ」

「ハ? ネゴトハネテイエ!」


 小鳥は僕の耳をつついてきた。

 すごく痛い。


「やめてよ! 出来ないものは、出来ないよ!」

「ン? タシカニ ゴシュジン マソガ カラッケツダナ」


 そう言うと、小鳥は耳をつつくのを止めて僕の頭の上に留まった。


「チャージシテ ヤンヨ!」


 強い衝撃が走った。


 バチバチと頭が震えて、視界が瞬く。

 全身が硬直して、そのまま地面へ倒れこんだ。


 倒れた僕の頭へ、小鳥が乗っかる。


「マダマダダ コラァ!」


 続いて来る、衝撃。


 何度も続く衝撃に、全身が跳ねるように動いた。

 きっと、周りから見たら紐で釣られた人形の様だろう。

 衝撃がやんで、しばらく経った。


「マダ タリネェカ?」


 顔を覗き込んでくる小鳥――――ピィへ、視線で応える。


「……十分だ、クソ……おい、シルス、無事か!?」


 体が動かない、早くシルスに薬を飲ませないと。


 前に薬飲ませてから、どれくらい経った!?


 プウ譲りの魔素経絡へ集中し、魔素流を起こす。

 それが全身へ行き渡ったあたりで、体がようやく動き出した。


 よろよろと、倒れて動かないシルスへ歩み寄った。


 すでに切り替えてある魔素視で確認する。

 シルスの全身の魔素流が、不自然に滞っていた。

 所々、コブのように膨らみ、固まって流れを阻害している。


 すぐに小瓶のワクチンに魔素を流し込んで活性化させ、シルスの口元へ運ぶ。

 気を失っていて、飲ませることができない。


 どうする?

 すぐに体に入れないと危ない。時間が無い!


 口へ無理やり押し込もうとして、止める。

 無理して入れると、気管支へ入りかねない。


 プウが言っていたことを思い出す。

 体の深い場所へ入れ、体内の魔素経絡系を通し全身へ行き渡らせればよい。


 つまり注射などでも良いのだ。

 体の深いところに、安全に入りさえすれば問題ない。

 だがもちろん、そんな道具はありはしない。


 シルスの腰の小剣が目に入る。


 どこかを切って、直接血中に流し込むか?

 バカな。二次感染するのがオチだ。


「チンタラ シテルト シヌゾ!」

「わかってる!」


 シルスの腰へと目を向ける。

 四の五の言ってられない。もうお互い、裸も見た仲だ。





 地面へ広げた外套の上に、全裸のシルスを寝かせ経絡の調整を行う。

 注入したワクチンは、魔素の移動干渉で無理やり全身へと行き渡らせた。

 魔素瘤は、ワクチン魔素と混じると面白いように溶けていった。


「……本当に恐ろしい毒だな」


 念入りに、小さなコブも魔素流を起こして崩していく。


 やっていて気が付いた。

 お互いの自己領域を重ねていればいるほど、魔素操作が容易だ。

 プウやタハディが、全裸で身を接触させていた意味が実感として理解できた。

 だが、それでも俺は上半身を脱ぐに留めていた方が良い。

 黒大樹で、シルスに蹴られたことは記憶に新しい。

 二の舞は御免だ。


 それに、ここまで安定していれば無理する必要もないだろう。

 緊急時なら、おっ立ててでも敢行するつもりだが。


 よし。

 一通り、解毒処置が終わった。


 続けてアレスの移植経絡の調整も行う。

 相当酷使したのか、腕からつながる移植経絡系がズタズタになっていた。

 きっと、シルスは追手から逃げながらも、俺の所在を探していたに違いない。


 そんな彼女に、ひどいことを言ってしまった。

 あの時は何であんなことを言ったのか、分からない。

 どこか遠い場所から、自分を見ているような感じだった。

 ただただ、無関心になっていた。


 その時の言動を振り返って思う。


 あれは元ユージアのものだったのではないか?

 ただ、自分の名前も分からなくなっていたりと、元ユージア本人とも違うようだったが。

 どちらかと言うと、俺の記憶の一部を利用した元ユージアの反応と言った方が正しい気がする。


 あの銀髪変態女の拷問途中から、意識が朦朧として水を隔てたような感覚に陥ったのだ。


 そのおかげだろうか。

 どうやら拷問の時に、情報を漏らさずに済んだようだが。


 ピィが、俺の体内魔素が空になっていたと言っていたが、あれと関係があるのだろうか。

 今まで魔素の濃い場所にしかいなかったから分からなかったが、魔素が空になると意識が遠のく体質なのかもしれない。


 自分の体だが、まだまだ謎が多い。


 あの部屋で死んでいた二人の男女は知らない顔だった。


 あの変態女と仲違でもしたのだろうか?

 それにしては、あれだけ執着していた俺を放置したのが腑に落ちない。


 まあ、理由はどうであれシルスと二人、五体満足でこうしていられるのだ。

 この事実を嚙みしめよう。


 アレスの経絡調整も終わると、シルスの横へと身を投げ出した。

 魔素調整自体も疲れるが、あの体勢でいるのも辛い。


 横で眠るシルスは穏やかだ。

 魔素視だが、この距離なら表情も分かる。


 プウ譲りの魔素経絡を持つ腕を上げる。

 確かに、この腕から出した魔素は非常に細かい。

 流し続けると、絹糸の様に揺れて、ゆっくりと落ちていく。


 シルスの顔の上に腕を持っていく。

 魔素を上から流すと微かに表面で止まる。

 そして、そのまま体の中へ沈み込んでいった。


 小さな双丘に魔素を落とす。

 わずかに角度に沿って流れるも、やはり体の中へ沈んでいく。


 あの変態女が言っていた通り、この腕からの魔素は他者を簡単に貫通する。

 シルスとの親和性が高くなっているという可能性もあるが。


 試しに、もう片方のプウ譲りじゃない方の腕で同じようにする。

 煙の様に魔素が広がって落ちていき、表面を撫でて落ちてしまった。


「やっぱり、プウの魔素経絡は特殊なんだろうな」


 ワクチンを手に取り、塗ってから魔素を落としてみる。

 透過した魔素は、ワクチンの形質へと変じて流れていく。

 そして、そのままシルスの体表を抜けて沈んでいった。


 もしかしたら、こうして注入できたのか?


 いや、それだと魔素の絶対量が足りないか。

 シルス自身の魔素流も、ワクチンの形質にしてやらないと駄目なのだ。


 しばし色々と魔素について思案していると、シルスの吐息が聞こえた。


「お、さすがだな」


 シルスの体の魔素流がだいぶん、良くなってきている。

 ほんと、回復が早い。

 俺の方は、流れが増す兆しすらないのに。


 ふむ。


 思ったが、魔素ってのは自分の体の中で生成できるものなのだろうか?

 シルスを見ると、周りから吸収しているとかでもなく、増幅しているようにみえる。

 しかし、俺はその気配がない。


 今まで、魔素の濃い影地から出て、一度もシルスから離れてなかったから分からなかった。

 もしかしたら俺は魔素を自分で回復できないんじゃないか?

 それならば、ピィが空だと言ったのも納得がいく。


 シルスの胸の間に手を置く。

 双丘間の流れが、俺の手へと入り込み流れに加わった。


「こうすると、シルスの魔素流を俺に取り込めるな」

「そうなの?」


 突然の声に驚いて身が跳ねた。


「き、気が付いたか、シルス」

「ユージアは、やっぱり不思議な男の子ね。今みたいな時、普通の男の子なら胸を触ったりするわ」

「……い、いやな。服を脱がせたのは、調整のためで」

「わかってる」


 俺も魔素視の低コントラストのネガポジ視界じゃなければ、もっとドキドキしていると思う。 

 いや、通常視界ならむしろ、直視できないだろう。

 ここは黒大樹の森と違って明るい。


「……ユージア、元に戻ったの?」

「さっきは……どうやら一時的に記憶が混乱してたみたいなんだ」

「そうだったのね」


 俺が上半身を起こすと、シルスも起き上がった。

 

「本当にごめん。色々ひどいことを言った」

「ううん。いいわ、きちんと謝ったもの許してあげる。だって仲間だもの」

「そうか……ありがとう」


 シルスは頷くと、何かを感じたように下を向いた。

 腰へと手を触れて、俺へ向く。


「私に何かした?」


 少し、険しい顔だ。


「……実は、薬を入れた」

「え?」

「気を失っている時に口から無理やり薬を入れると、肺に入りかねないんだ。

 だから、仕方なく……おしりから」

「…………」


 シルスはもう一度、自分の腰を見てから俺へ向く。


「どうやって?」

「……瓶の口をつけて、そのまま中を魔素の物理操作で押し出して」

「そ、そう」


 シルスは視線を逸らすと、そわそわとして立ち上がった。


「お薬って、おしりからも入れられるのね。知らなかった」

「……そ、そうだな」


 座薬なんてのもあるしな。

 そもそも、体内魔素流にさえ影響すれば良いから、どこから入れても同じだ。


「ヨウヨウ キイロ! ゲンキニナッタナ」

「小鳥さん」


 どこに行っていたのか、ピィが空から舞い降りてきた。

 口には、いつもと違った緑の実をぶら下げている。


 そういえば、俺の顔……めちゃくちゃベトついてる。


 シルスはピィの放った実を受け取ると、礼を言った。

 俺もシルスから受け取って食べる。


 うん。甘くないリンゴみたいな味だ。

 そうだった、ピィに聞きたいことがあった。


「ピィ、俺の魔素が空になってたって言ってたが、どれくらいだったんだ?」

「ソリャモウ カラッカラノ ケッツケツヨ クウキト カワラン」

「そんなはずないわ。それだと人は生きていられないもの」


 え?

 なにそれどういうこと。


「シルス、俺が記憶を失っていた時、魔素がかなり薄い状態になっていたらしいんだ。ピィの魔素感知はかなりのものだし、多分間違いじゃない」

「……本当に?」

「ああ」

「ナメンジャネーヨ」


 シルスは難しい顔をしながら、服を着始めた。


「だからシルス、俺の魔素が少なくなってきたら、出来るだけ近くにいてくれないか?」

「いいけど……どうして?」

「どうやら俺は、自分で魔素が作り出せないみたいなんだ。だから、影地以外では誰か他の魔素を持つ人と一緒にいないと、どんどん減る一方だ」

「……本当に?」

「ああ。多分だが、間違いない。また少なくなると、記憶がどこかに行ってしまうかもしれないから、お願いだ」

「わ、わかったわ!」


 シルスは履きかけの下穿きを投げ捨て、走り寄ってきた。

 そしてそっと両手を背へと回して抱きしめてくる。


「どう?」

「あー……今は大丈夫だと思う。さっきピィが凄い補充してくれたから」

「そ、そう」


 シルスは身を離すと、心配そうに俺を見ながら、再度服を着始めた。

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