第7話 罠にかかった哀れな女と、おめでたい王子様
私は王の側勤めであるクロサギの魔術師、ドヴァロに案内され、暗い森の奥へと入っていった。
アルフレット陛下に婚約を解消され、泣きながら城を飛び出して森に迷い込んだ『哀れな元フィアンセ』──それを、完璧に、台本通りに演じきるために。
静まり返った夜の森。ドヴァロは私を振り返り、影のような深い声で囁いた。
「今夜はここでお休みください。私は木の上からあなたをお守りしています。くれぐれも──お身体だけは、冷やさないようお気を付けください」
「ありがとう、ドヴァロ」
私は小さく頷き、彼が用意してくれた毛布にくるまった。
(待っててね、アルフレット。私、絶対にやり遂げてみせるから)
胸の奥で本当の夫の名前を呼びながら、私は静かに目を閉じた。
◇
翌朝。
優しく頬を舐められる奇妙な感覚に、私は目を覚ました。
うっすらと目を開けると、そこには──二匹の立派な猟犬。そして、そのリードを握る、凛々しい顔をした見るからに高貴そうな男性が、こちらを覗き込んでいた。
(──来たわ。大国の、おめでたい王子様)
「おや。久しぶりに早朝の狩りに来てみれば、まさかこんな森の奥に、お美しい女性が罠に掛かっていたとは」
男性は、絵に描いたような完璧な、けれどひどく薄っぺらい笑みを浮かべて私に微笑みかけた。
「ギルベルド・アドルフ・オルレアンと申します。何故このような場所にいらっしゃるのか……よろしければ、私の城でお話を聞きましょう」
隣国のギルベルド王子は、泥に汚れた私に向かって、そっと跪き、恭しく手を差し伸べた。
私は心の中で(台本通りね)と冷ややかに笑いながら、これ以上ないほど可憐で、儚げな被害者の表情を作って、その手を取った。
「……お救いいただき、ありがとうございます、ギルベルド様」
こうして、私はギルベルド王子に保護され、狙い通り彼のフィアンセへと昇格した。
大国の人間たちが望む「哀れな被害者」を完璧に演じ続け、ついにはオルレアン国の王妃となり──私は、未来の王となる男児を出産した。
──あれから、13年。
皇太子である息子のルヴァンが、このオルレアン国の正式な王位継承者となる称号授与式の日を迎えた。
世界で最も大がかりな『ざまぁ』の舞台が、ついに整ったのだ。




