第6話 跪く悪役王と、13年越しの誓い
「エレオノーラ、……わたしだ。入っても良いか?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、いつもの冷酷な怒号ではない。
低く、酷く疲れ切った──けれど、どこまでも温かい、アルフレット陛下の本当の声だった。
私が戸惑いながらも「……どうぞ」と小さく答えると、静かに扉が開いた。
入ってきた彼は、いつも身に纏っている豪奢な上着を脱ぎ捨て、酷くやつれた顔をしていた。
その瞳には、昼間の傲慢な光など1ミリも残っていない。
彼は私のベッドの傍らまで歩み寄ると、絞り出すように、掠れた声で言った。
「エレオノーラ。……お前はもう、戦わなくていい」
「え……?」
「私も、もう……耐えられそうにないんだ」
アルフレット陛下は、その場に崩れ落ちるようにして、私の前に膝をついた。
王が、一国の主が、私のような頼る当てもない女の前に、跪いている。
驚きで声も出ない私を見上げて、彼は悲しげに、けれど愛おしそうに目を細めた。
「お前は……この歪んだ世界の『台本通り』にいかない、唯一の、優しくて賢い女性だ」
台本。その奇妙な言葉に、私は息を呑んだ。
そして、彼の口から語られる世界の真実を、私はただ、震えながら聞くことしかできなかった。
◇
富める大国が、ゲーム感覚で持ち込んでくる悪趣味なテンプレート。
彼らの『脳汁』を満たすためだけに、この貧しい王国の人々は、民の命を人質に取られ、惨めな悪役や無能を命がけで演じさせられていたこと。
妹のフランチェスカ様が、わざわざいじめ役を買い、挙げ句の果てには毒入りスープを自ら飲んで、大国が喜ぶ『ざまぁ』の生贄になっていたこと――。
「すまなかった、エレオノーラ。お前をこの地獄に巻き込んでしまった。……明日、台本通りに隣国のギルベルド王子がお前を『救いに』来る。お前は彼の手を取り、この国から逃げるんだ。これ以上、お前が傷つく必要はない」
彼の、血を吐くような告白。
その時、私の狭かった視野は、完全に、世界の本当の姿を捉えた。
目の前にいるのは、極悪非道の悪役王なんかじゃない。
民のために、私のために、自らの尊厳を泥に塗まみれにしながら、たった一人で戦い続けてきた──世界で最も、格式高く、崇高な王だったのだ。
(ああ、そうだったのね……)
私たちは、ただ息をしているだけで理不尽に傷つけられていた。
そして、私たちを傷つけようとするフランチェスカ様たちもまた、同じように血を流し、傷を負っていたのだ。
すべては、この世界を面白半分で蹂躙しようとする、身の毛がよだつほど悍ましい大国のエゴの犠牲者。
こんな負の連鎖を、絶対に許していいはずがない。
この終わりなき悪夢を、終わらせる方法が、どこかにあるはずだ。
「……いいえ、陛下。私は、逃げません」
私はベッドからゆっくりと降り、跪く彼の冷え切った手を、両手で強く、強く握りしめた。
じわりと、喉の奥から熱い涙が込み上げてくる。
大国が作った、絶対の『台本』があるというのならば、望み通りその台本のフリをして、物語を進めてやればいい。
だけど、ただ操り人形になるつもりはない。
その物語の台詞を、少しずつ、少しずつ、自分の言葉に置き換えて、中身を書き換えていけばいいのだ。
だって──この、お仕着せの『ざまぁストーリー』の本当の主役は、他の誰でもない、私自身なのだから。
「私を、あなたの『本当のフィアンセ』にしてください。……いますぐ、私とあなた、二人だけで誓うんです。そして、あいつらを、この歪んだ世界を、一緒にひっくり返してやりましょう」
アルフレット陛下の目から、きらりと一筋の涙が零れ落ちた。
私を庇ってワインで汚れたあのマントの陰で、私たちは何度も、何度も、魂を交わすように強く抱き合った。
これが、私たちが世界に仕掛けた、13年越しの『大がかりなざまぁ』の、本当の始まりだった──。
お読みいただきありがとうございました。
世界の歪んだ『台本』の真実、そしてアルフレット陛下の本当の涙が明かされました。
ここから物語は、大国を相手にした13年越しの、世界一エレガントな復讐劇へと一気に加速します。
――ここで、皆様に大切なお知らせがございます。
本作は、ダラダラと続く連載ではございません。エレオノーラたちの戦いは、
今週末【9月26日(土)18:00】の第9話にて、完璧に、美しく完結いたします。
完結まで、あと3日。
「エレオノーラ、不条理をひっくり返してくれ!」「結末を今すぐ見届けたい!」と胸が熱くなった方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】をポチッと押して、彼女たちの最後の進軍を見届けてください!
(ブクマ「0」の寂しい荒野を、あなたのその一押しで救っていただけると、作者は泣いて喜びます……!)
それでは、明日の18:00に更新します、ぜひまた見に来てください!




