第5話 下着姿の突撃と、ロイヤルマントの真実
いよいよ、この私──未来の王妃となる存在を、国民にお披露目するという一大イベントの日がやってきた。
アルフレット陛下とともに宮殿のバルコニーに立ち、広場を埋め尽くす民衆に向けて挨拶をする。一生に一度の大舞台だ。
そんな最高の日にも、あの女の容赦のない悪意は牙をむいた。
誰かが、私のために用意されていた主役のドレスを、どこかへ隠してしまったのだ。
……もちろん、フランチェスカ様の仕業に決まっている。
彼女はあのスープの事件以来、骨髄に徹するほど強烈な憎しみを私に向けてくるようになっていた。
「あらぁ、大変ねぇ? そしたら今日のお披露目会は、みっともなく『欠席』するしかないんじゃなくて?」
下着姿のまま、空っぽのクローゼットの前で立ち尽くす私。
背後から、フランチェスカ様がこれ以上ないほど小気味よさそうな、歪んだ笑顔で声をかけてくる。
外からは、百万の観衆が今か今かと私の登場を待つ地鳴りのような歓声が聞こえているというのに。
(……ああ、もう、限界。何もかも、限界だわ)
私の頭の中で、太い拒絶の糸がブツリと大きな音を立てて弾け飛んだ。
いじめに耐えて、部屋でメソメソ泣いて、あいつらの思い通りに欠席してやるもんですか。
絶対に負けるもんか。もうどうなったっていい。
この、底意地の悪い性悪どもに、一矢報いてやる──!!
「──どいて!!」
「えっ、ちょ、あなた何をするの……!?」
唖然とするフランチェスカ様を乱暴に突き飛ばし、私は下着姿のまま、狂ったように回廊を駆け出した。
そして、光が差し込むバルコニーの扉を勢いよく蹴り開け、百万の民衆の前にその姿を晒してやったのだ。
「……ッ!?」
その瞬間、バルコニーにいた城の人間たちは全員、目をひん剥いて口をあんぐりと開けた。
何よりも一番驚愕していたのは、私の隣に立つはずだったアルフレット陛下だった。
(さあ、みんな見るがいいわ! これが私の受けている凄惨ないじめの証拠よ! ドレスすら着させてもらえないみじめな私を見て、この狂った国を笑えばいいんだわ──!)
屈辱と怒りで全身を震わせ、私は民衆を見下ろした。
その、まさに次の瞬間だった。
「──っ、何をしておる! 我がロイヤルマントに汚らわしい汚れがついておるではないか! 直ちに新しいものに変えよ!」
アルフレット陛下が、鼓膜が破れんばかりの恐ろしい声を荒らげた。
そして、自分の身に纏っていた豪奢なマントを乱暴に脱ぎ捨てると、下着姿の私を頭から覆い隠すように、乱暴に圧しつけてきたのだ。
そのまま、王は烈火のごとく私を怒鳴り散らした。
「お前のような不届き者は、今すぐ部屋に戻れっ!!!!」
「は、はいっ! すぐに替えのマントを!」
従者たちが慌てふためいて走り出す。
私は王の放つ凄まじい威圧感に気圧され、肩にかけられた大きなマントを必死に握りしめたまま、逃げるように部屋へ引き返すしかなかった。
……けれど。
部屋へ戻る冷たい廊下を歩きながら、私は強烈な『違和感』を覚えていた。
普通なら、下着姿の令嬢がバルコニーに飛び出してきたのだ。
広場に集まった百万の民衆から、下品な嘲笑や、罵詈雑言が浴びせられてしかるべきだった。
それなのに──あの広場は、まるで水を打ったように、しーん……と静まり返っていた。誰一人として、私を笑う者はいなかった。
なぜ?
自室に戻り、一人ベッドの上で、私はあの瞬間に起こったことを必死に反芻していた。
あのパニックの中で、私の歪んだ視野が、世界の真実をほんの一瞬だけ捉えていた。
あのとき。私がバルコニーに飛び出した、まさにその最初の一瞬。
アルフレット陛下は──怒るよりも先に、泣き出しそうなほど痛切に、私を憐れむような目をしたのだ。
そして彼は、傍らのテーブルに用意されていた儀式用の聖杯を、誰にも気づかれないほどの神速で手に取り、中に入っていた赤ワインを、自らの手で自分のマントへとぶちまけた。
マントを「汚す」という大義名分(言い訳)を作るために。
そうして、急いでマントを脱ぎ、私の下着姿を世界から隠すように──優しく、覆った。
あれは……。ひょっとして、いや、どう考えても。
私を、あの最悪の公開処刑からかばってくれたの……?
あの、極悪非道なはずの悪役王が!?
答えの出ない衝撃に、私の心臓がうるさいほど脈打ち始める。
その時だった。
コン、コン──。
静まり返った部屋に、静かなノックの音が響いた。
「エレオノーラ。……わたしだ。入っても良いか?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、いつもの冷酷な怒号ではない。
低く、酷く疲れ切った──けれど、どこまでも温かい、アルフレット陛下の本当の声だった。
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