第四話:白き聖女の記憶
ガル男爵を失脚させ、王都の裏の権力を握り始めた山下の前に、一人の少女が立ちはだかった。
金色の髪に、一点の曇りもない純白のドレス。
この国の民衆から絶大な支持を集める「白き聖女」エレナだった。
彼女は、山下の黒い噂を聞きつけ、その不正を糾弾するためにやってきたのだ。
「山下速夫! あなたのやり方は汚れています。裏取引や談合で得たお金など、本当の正義ではありません。神の教えに従い、誰もが清らかに生きるべきです!」
聖女の真っ直ぐな瞳。山下はそれを見つめながら、かつて自分の不正を暴きに来た、あの東州新聞の若い記者・有馬 遼の姿を思い出していた。
(そうだな。お前のように、真っ白な理想を掲げる奴が、昔の俺の周りにもいたよ)
山下は怒りもせず、老獪な笑みを浮かべた。
「聖女様。それなら、俺と一緒に少し散歩でも行こうじゃないか」
山下が彼女を連れて行ったのは、王都の華やかな中心街から外れた、高い壁の向こう側――国から予算を切り捨てられ、見捨てられた「貧民街」だった。
そこには、冷たい泥水の中に座り込み、飢えと寒さで震える無数の子供たちの姿があった。
「さあ、聖女様。お前の大好きな正義と、綺麗な祈りを捧げてみろ」
山下は冷酷に言い放った。
「お前がそこで綺麗事を並べたら、今この瞬間、この子たちの口にパンが降ってくるのか? 祈りで、冬を越せる?道路が直るのか?」
「それは……」
エレナは言葉を詰まらせ、自分の白いドレスを握りしめた。
「国や役人はな、手続きだの予算だのと言って、この街を何年も見捨ててきた。
お前たちの言う『白い正義』は、ここでは何の役にも立たんのだ」
山下はパチンと指を鳴らした。
すると、壁の向こうから、山下がギルドとの談合で裏から毟り取ってきた、大量の小麦粉や毛布を積んだ馬車が次々と入ってきた。
子供たちに次々と温かいスープが配られていく。
「俺はな、あえて黒衣(黒い服)をまとって、悪者になってでも金を引っ張ってくる。
綺麗事じゃ、人は救えん。お前が白くあり続けられるのは、誰かが裏で泥を被って、世界を回しているからだ」
エレナは、自分の理想の薄っぺらさと、山下の「黒い覚悟」の重さに圧倒され、ただ立ち尽くしていた。
山下は、スープを美味しそうに飲む子供たちを見つめながら、ふっと寂しげに笑った。
(現役時代、俺もこうして地元の住民を守るために、最初に黒衣をまとったんだったな……)
かつての「白き記憶」を胸の奥にしまい込み、山下は再び歩き出した。
聖女すらも自分の政治の味方(看板)に取り込んだ山下の影響力は、いよいよこの国の最高意思決定機関である「賢人議会」の喉元へと迫っていた。




