第三話:皇帝の弱点
グランディア帝国王宮。
皇帝グラディウスは、玉座から王国の地図を睨みつけていた。
「王国は、水源地を渡すつもりはないだと?」
「はい」
「ならば軍を動かせ」
側近の将軍が頭を下げる。
「すでに国境へ十万の兵を集めております」
「よし」
皇帝は笑った。
だが――。
一通の報告書が届けられた。
「皇帝陛下」
「何だ?」
「帝国商業ギルドが、王国との通商協定を求めております」
「馬鹿な!」
皇帝が立ち上がる。
「戦争を前に、商人が勝手なことをするな!」
さらに報告が届く。
「北方の貴族からも、王国との戦争に反対する声が……」
「何だと?」
そして三つ目。
「国庫の財務官から、軍事費が不足する可能性があるとの報告が……」
皇帝の顔色が変わった。
「なぜだ……」
その頃。
王国では、山下が静かに資料を眺めていた。
「ククク……」
机の上には、帝国に関する大量の資料。
皇帝グラディウス。
強権的。
軍事優先。
そして――
「見栄っ張り」
山下は報告書を指で叩いた。
「こいつの一番の弱点は、ここだ」
隣にいたリチャード首相が首を傾げる。
「見栄っ張り……ですか?」
「ああ」
「それが戦争と何の関係が?」
「大ありだ」
山下は笑った。
「皇帝ってのはな。負けるのが怖いんじゃない」
目を細める。
「負けたと思われるのが怖いんだよ」
そして山下は、一通の親書を書き始めた。
内容は、王国からの「譲歩案」。
ただし、水源地を渡すわけではない。
代わりに――
帝国皇帝を「大陸平和の立役者」として称える国際会議を開催する。
帝国が王国への侵攻を取りやめれば、皇帝を平和の英雄として称える。
さらに、帝国との交易を大幅に拡大する。
そして、そのすべてを帝国が勝ち取った「外交的勝利」として宣伝する。
リチャード首相は目を丸くした。
「つまり……」
「帝国に勝たせてやるんだよ」
「何も渡さずに?」
「そうだ」
山下はニヤリと笑った。
「政治じゃ、相手に『勝った』と思わせることも立派な譲歩だ」
数日後。
山下からの親書を受け取った皇帝グラディウスは、長い沈黙の末に笑った。
「……なるほど」
側近が尋ねる。
「陛下?」
「この提案を受ければ、余は戦争を避けながら、大陸の平和を実現した英雄になれる」
「はい」
「しかも交易は増える」
「はい」
皇帝はゆっくりと立ち上がった。
「面白い」
だが、その時。
皇帝は親書の最後に書かれた一文を見つけた。
『この提案を受け入れた場合、帝国皇帝陛下の偉大なる英断を、王国議会として正式に称賛する』
皇帝は満足そうに笑った。
「よし」
そして――
「王国との戦争を延期せよ」
王国の議長室。
報告を受けた山下は、椅子の背にもたれた。
「ククク……」
戦争はまだ始まっていない。
だが、山下の頭の中では――
すでに勝負は終わっていた。




