第二話:ギルドの談合
「なんだと! 人間の冒険者ばかり優遇するなら、うちの商業ギルドは魔物の素材を一切買い取らんぞ!」
「エルフの商人こそ、仕入れ値を買い叩いているくせに、綺麗事を言うな!」
街の大きな酒場では、二人の男が机を叩いて怒鳴り合っていた。
一人は、武骨な鎧を着た「冒険者ギルド」のギルド長。
もう一人は、高級な絹の服を着た「商業ギルド」の代表だった。
魔物の素材の取引価格をめぐって、人間とエルフの根深い種族対立も絡み、話し合いは完全に泥沼化していた。
酒場のカウンターの片隅で、山下は、エール(この世界のビール)を美味そうに喉に流し込んでいた。
「ハハハ、実にいい。実に見事な泥仕合だ」
山下はクククと喉を鳴らして笑った。
二十代の若い身体に戻ったおかげで、酒も美味いし、何より頭の回転が恐ろしいほど冴え渡っている。
普通の世界の主人公なら、ここで魔物を倒して実力を示そうとするのだろう。
だが、元県議会議長の山下のアプローチは全く違う。
(人間の冒険者は、危険な割に実入りが少なくてイライラしている。エルフの商人は、街の兵士から嫌がらせを受けて物流を邪魔されたくない。……要するに、どっちも『自分の席』を守りたいだけだな)
欲の構造が見えれば、あとは簡単だった。
山下はその日の夜から、持ち前のフットワークの軽さで動き出した。
まず、人間のギルド長を個別に呼び出し、裏の個室でワインを注ぐ。
「ギルド長、エルフの商人を潰しても、あんたらの取り分は増えんよ。だが、エルフが欲しがっている『安全な通行権』をあんたらが護衛という形で保証してやれば、国から臨時の予算(護衛費)を毟り取れる。どうだ、泥は俺が被る。裏で手を握らんか?」
次に、エルフの商業代表の元へ赴き、極上の茶を差し出す。
「代表、人間たちに『種族共生のクリーンな街』(ワンヘルス特区)という看板を掲げさせてやる。
世間体は抜群だ。
その代わり、裏で冒険者ギルドへ流す手数料を少しだけ上乗せしてやってくれ。
結果的にあんたらの税金は安くなるよう、役人に根回しをしてある」
どちらのボスも、山下の完璧すぎる「裏のシナリオ」と、誰も損をしない絶妙な利益配分に、驚きを通り越して呆気にとられた。
そして同時に、この男を敵に回したら恐ろしいと本能で察した。
数日後。
あんなに揉めていた両ギルドが、突然、笑顔で握手を交わした。表向きは「人間とエルフが手を取り合う、新しい福祉と環境の理念」(ワンヘルス運動)の大々的な発表だ。
これを見た街の住民や一般の冒険者たちは、
「素晴らしい!」「これで街が平和になる!」
と大喝采を送った。
だが、その仕組みを裏で完璧にコントロールし、毎月巨額の手数料が懐に入るシステムを作り上げたのは、ただの新人冒険者である山下だった。
「これだよ、これ! 政治はこうでなくっちゃな!」誰もいない自室で、山下は手に入れた大量の金貨を眺めながら、心底楽しそうに笑った。
現実世界のあの情けない最期が嘘のように、今の山下は生き生きとしていた。
綺麗な看板を掲げ、裏で完璧な談合を仕切る。
この世界は、山下にとって最高の遊び場だった。
しかし、一介の若者がギルドのトップたちをアゴで使っているという噂は、やがて王都の耳の早い貴族たちの元へと届き始めていた。
山下の前に、次なる「政治の闇」が迫ろうとしていた。




