第一話:神のスカウトと、二度目の入場券
第一章:【賢人議会編】
すべてを失った男がいた。
名は、山下速夫。
かつて県議会議長として、政治の表も裏も知り尽くした男。
だが、最後には自らが築き上げた権力に飲み込まれ、すべてを失った。
そして迎えた最期。
普通なら、そこで人生は終わる。
――しかし。
神様は、そんな男にもう一度だけ「入場券」を渡した。
行き先は、剣と魔法の異世界。
与えられたのは、若返った身体だけ。
チート能力も、最強の剣も、万能魔法もない。
それでも山下は笑った。
「魔法なんて使えなくていい。人間のいるところには、必ず政治がある」
異世界で最初に山下が見つけたもの。
それは魔物でも、勇者でもなかった。
利権だった。
こうして、元県議会議長・山下速夫の「二度目の政治人生」が始まります。
すべてを失った。
かつて県議会の頂点に君臨した山下 速夫は、病院のベッドの上で、静かに目を閉じた。
親族の会社も、五人衆と呼ばれた手下たちもバラバラになり、自分はただの「情けない老人」として世間に失笑されながら消えていく。
悔しさはなかった。ただ、もう一度だけ、あのヒリヒリとするような「権力闘争の舞台」に立ちたかったという、奇妙な渇きだけが残っていた。
「――山下速夫。あなたの、その『汚れ役を引き受ける執念』、じつに素晴らしい」
ふと気がつくと、山下は真っ白な光の空間に立っていた。
目の前にいたのは、まばゆい光をまとった「神様」だった。
神様は、どこか楽しそうに山下を見つめている。
「現実世界でのあなたの最期は、少しばかり情けないものでした。ですが、私はあなたの『泥をかぶってでも目的を果たす根回しの才能』を高く評価しています。「どうでしょう、別の世界で、もう一度その腕を振るってみませんか?」
山下は自分の手を見た。シワだらけだった手が、二十代の頃の、若々しく力強い手に戻っていた。
体中から、あふれるような元気がみなぎっている。
「ふん、神様ともなると、ずいぶんと風変わりなスカウトをするもんだ」
山下はニヤリと笑った。
その顔は、現役時代の、あの老獪で不敵な議長の顔そのものだった。
「いいだろう。今の俺には、守るべきみっともない財産も身内もない。ただ、もう一度あの面白いゲームができるなら、喜んで乗ってやるよ」
「交渉成立ですね。あなたの活躍、期待していますよ」
神様がパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、山下の視界は激しい光に包まれた。
目を覚ますと、山下は中世ヨーロッパのような、古いレンガ造りの街並みの路地裏に倒れていた。
腰には安物の剣。ポケットには、この世界の通貨らしき数枚の銀貨。
通りへ出ると、そこはすさまじい活気に満ちていた。
人間の戦士、耳の長いエルフ、モフモフとした毛並みの獣人たちが、大声を上げて行き交っている。
「なるほど、これが異世界か」
山下は周囲を観察した。
一見、平和で賑やかな街に見える。
だが、老練な政治家である山下の目はごまかせない。
すれ違う商人たちの不満げな顔。
エルフをにらみつける人間の兵士。
利権を独占していそうな大きなギルドの建物。
山下は、胸の奥から湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
魔法なんて使えなくていい。
チートな武力もいらない。
人間のいるところには、必ず「欲」がある。
そして欲があるところには、必ず「政治」と「裏取引」が存在する。
「最初は、みんな白だった。――この議場に入るまでは、」
山下はかつてのセリフを小さくつぶやき、カツンとブーツを鳴らして歩き出した。
今度の山下には、もう失うものなど何もない。
異世界という名の新しい大きな議場を、自分の手で裏からめちゃくちゃに支配してやる。
山下速夫の、二度目の、そして最高に楽しい「成り上がり」の人生が、今ここから始まった。




