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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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8/20

#7「放課後の誘い」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 放課後。柔らかな日差しが差し込む中、廊下には多目的室からは合唱部の歌声や、音楽室からは聞こえる吹奏楽部による演奏さえも聞こえてくる。美桜は資料を渡すために、少し緊張しながらも生徒会の少しだけ開いた引き戸をノックした。そしてゆっくりと開ける。その瞬間、生徒会室特有の印刷機、書類のインクが混ざった匂いが美桜の鼻を掠めた。


 すると中にいた一年の生徒(=後輩)がこちらの方へと駆け寄ってきた。


「ごめん、神沢さんっているかな。渡したいものがあってね……」


「神沢……。おーい、葵!」


 彼女が、窓際で作業をいていた葵の名前を大きな声で呼ぶ。


「はーい。ちょっと待って」


 明るい声で返事が聞こえてくる。しばらくしてスリッパの音を響かせながら、彼女が小走りでやってきた。


「あら、美桜。あ、もしかして学級委員の?」


「うん。はい、十月のクラスの報告書持ってきたよ」


 美桜は微笑み、抱えていたファイルから書類を取り出した。定規で整えられた美しい表紙が、彼女の几帳面さを物語っている。


「はいはーい。もらっとくね」


「ありがとー」


 美桜は軽やかに頭を下げると、「はあ」と安堵の息を漏らした。

 そして帰ろうとした時。


「あ、美桜? このあと時間って空いてる?」


「え、別に……空いてるけど……。どうしたの?」


 突然のお誘い。美桜は首を傾げたまま、葵の顔を見つめた。


「詳しいことは後で話すから。とりま校門前で待っててくれるかな?」


「……え?」



「── と言われて待ってるけどさ。葵のやつ遅いな」


 ちょうど黄昏時。空はオレンジから藍色に染まり、風がスカートと紐リボンを小さく揺らす。


「……暇だ」


 美桜はスマホを取り出し、何か見ようとする。「17:15」と言う文字が浮かび上がると、未亜はもう一度、空を見上げた。

 そういえば、もう二十分くらい待っていた。忙しいのだろうか、葵は遅い。誰かと話しているのかと色々と考えてみながら、レンガの壁にもたれる。

 その時だった。


「お待たせ~」


 コツコツと、ローファーの音を響かせながら、小走りでやってくる。


「美桜、待ったかな」


「あ、来た来た~。遅いよ~もう~」


「ごめんよ。ちょっと長引いちゃってさ。はは」


 しかしその『嘘』はすぐにバレた。


「ふーん。……ってあれ。なんか口にクリームついてるけど」


「え……」


 葵は口元を触る。指で擦って見てみると、白いホイップが小さくついているのが分かった。


「ななっ! ああこれは……その……」


 葵は美桜から視線を逸らす。


「あら、遊んでいたので? もしかしてあたしのこと忘れて?」


「そんなことない! ……ああ、ほら、先輩がおやつ差し出してくれたんだからさ。食べろ食べろってうるさくてさ。……だから何も悪くないよ」


 美桜が去ってから何していたんだ。いや、その先輩も先輩で、後輩の仕事を妨げたらダメですよ?


 葵は顔を赤らめながら、指についたホイップをぺろっと舐めた。


「んでさ、葵。さっきあたしに用って言ってたけど。何かな?」


「ん、用はね……。美桜と一緒に寄り道しよって」


「……え? 寄り道ってどこへ?」


 *


「寄り道って、『一緒に帰ろ』ってことだったんだね」


 美桜がそう言うと、電柱に設置された街灯がピカッと光る。

 車が行き交う大通りの脇の広い歩道を二人は太陽の沈んだ方向(=西)へと歩いていた。


「いつも、帰るときは一人だから」


 葵が自分の髪を指でクルクルしながら言った。


「へえ、葵っていつも一人で帰るんだ。以外」


「以外ってそんな。生徒会は他の部活に比べたら、毎日遅い方なんだから。まあその代わり、土日はないけど」


「……執行部だったっけ。どんな感じなの? ほらぁ雰囲気とかさ」


「そうだね。んー。……一言で言うんだったら、『自由』……かな?」


 その瞬間、美桜の足は止まる。『遅い』のに『自由』ってどういうことだ?

 つまりは遊んでるってこと?


 ふわりとした風が吹き抜け、歩道橋の上の街路樹がざわめく。きょとんとした顔で葵を見つめ、少し離れていた距離を詰めた。


「ん? どうしたの美桜。きょとんとしちゃって」


「じ、自由⁉︎ え、ええ⁉︎ ほらほら、『執行部』ってさ、勉強好きが集まるところじゃないの⁉︎ なんでフリーダムなのよ! 遊びの空間でいいの⁉︎」


 美桜は葵に問い詰める。自分のイメージしていたのとは全くの正反対だったからだ。だが──。


「……美桜。あんた、勘違いしてない?」


「え? 勘違い? 何を?」


 葵は呆れたような、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべて、スクールバックを肩に掛け直す。


「それ、生徒会のことじゃない? 私が入っているのは生徒会『執行部』!」

 

 それでも美桜は、きょとんと納得がいかない様子で首を傾げた。


「……えーっ。でも同じなんでしょ? お堅いイメージしかないんだけど」


「確かに書類は山ほどあるけどね。でも実際は違うよ。やるべきことさえ終わらせていれば、あとの使い方は個人の自由。お菓子を食べながら作業をしてもいいし、休憩は友達と一緒に話してもいい。音楽聴きながらアイデア出しても誰も文句は言わないよ」


「うそ、天国じゃん。ホワイト企業じゃん」


 美桜のその呟きに、今度は葵が小さく吹き出した。

 オレンジ色の街灯の下、二人の影がアスファルトの上で長く伸びる。ふと、葵は脇に並ぶ花壇に目をやった。


「だからこそ、それぞれの自分のペースで動けるんだよ。だから帰る時間も日によってバラバラだしね。ほら、さっきの一年だって……ね?」


「そっかぁ……。全員で集まって真面目に話し合ってるのかと思ってたよ」


「まあ、みんな基本、真面目だけどね。でも、普段の放課後は今話した通り。たまには顔出してみたら? どう? 美桜」


 葵からの思いがけない提案に、美桜は少しだけ目を丸くした。それから、元気よく笑顔を見せて頷いた。


「うん、今度遊びに行ってもいいかな?」


「もちろん。歓迎するよ」


 二人は再び歩き出し、家へと続く歩道に笑い声を響かせた。でも──。


「じゃあさじゃあさ、日菜も連れてっていい?」


 美桜は一人だと嫌なのか、大切な親友である日菜も連れてっていいかと聞いてみる。すると葵は──。


「え……ひ、日菜?」


 だが葵はなぜか動揺した。


「えー、いいでしょ別に」


「え? ああ、うん。大丈夫。別に……いいよ」


「……やったー! 日菜と一緒に、お手伝い~お手伝い~」


 美桜は家へと続く歩道に声を響かせた。


 *


 美桜と別れ、すっかり夜の帳が下りた帰り道を、葵は一人で歩いていた。街灯が寂しげに足元を照らす中、ふと前方から歩いてくる人影に気づく。


「……あ、葵ちゃん」


 そこにいたのは、結月だった。少し疲れたような、けれどどこか憑き物が落ちたような複雑な表情を浮かべている。


「結月? こんな時間にどうしたの? もしかして今帰り?」


 葵が足を止めると、結月は躊躇うように視線を彷徨わせた後、ぽつりと呟いた。


「うん。委員会のアレでちょっと時間かかっちゃってね。あ、あのね……今日の昼休みにね、日菜ちゃんに会ったんだ。それで……葵ちゃんと同じように話を聞いてもらって……」


「……日菜に?」


 胸の奥が、チクリと痛んだ。


「うん。日菜ちゃんに言われたの。『自分の中に、誰にも踏み込ませない聖域を持っていいんだよ』って……」


 結月の言葉が、葵の鼓動を冷たく跳ね上げる。


「……そう。日菜も日菜で、いいこと言うじゃん」


 しかし葵の声は、自分でも驚くほど低く、冷たいものになっていた。

 結月が悩んでいたことは知っていた。力になりたいとも思っていた。それなのに、結月が頼ったのは自分ではなく、日菜だった。その事実が、葵の心に黒い澱のような感情を湧き上がらせる。


── 私じゃ、ダメだったんだ。結月は、私を頼ってくれなかった……。


 こんなことでがっかりするのは稀である、だが葵にとってはそれが衝撃的すぎたのだった。ぐるぐると渦巻く思考の中で、葵の胸に去来したのは、日菜に対する強烈な拒絶感だった。


── 昔からだけど、日菜は、いつもそう。何でも見透かしたような顔をして、誰にでも良い言葉をかける。それがどうしても気に入らないのよね。


 この前、日菜と一緒に帰ったときのことを思い出す。実は赤信号を待つ間、並んで見た景色の息苦しさ。あの時からずっと、葵の心には日菜に対する小さなが嫌気が燻っていた。


── あの無邪気な性格、私には……。


 それが今、結月の言葉をきっかけに、決定的な歪みへと変わっていく。


── 正直……日菜が、嫌いだ。


 明確な敵意が、葵の中で形を成した。


「ど、どうしたの……? 葵ちゃん」


「……結月、その話、ちょっと詳しく聞かせてくれない?」


「……?」


「日菜のこと、詳しく知りたいから」


 葵は暗がりの中で、そっと歪んだ笑みを浮かべた。結月の言葉を、そのまま日菜に伝えるつもりはなかった。少しだけ事実を捻じ曲げ、都合のいい『嘘』へと仕立て上げる。そうすれば、日菜を追い詰めることができるかもしれない。


 *


「ごめんね、結月。……でも、こうするしかないの」


 家に帰った葵は、明かりもつけずにベッドに腰掛け、暗闇の中で小さく呟いた。

 日菜への嫌悪感と、選ばれなかった焦燥感。それらが葵を突き動かし、静かな夜の底で、一つの企みが動き出そうとしていた。

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