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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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7/20

#6「親友の聖域」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

『日菜、私。考えたの』

(誰の声? そしてこの暗い空間は何。またあの夢を見てる……?)

 日菜は前に誰かいるような気がしたが、暗くて何も見えなかった。声は聞こえる。誰なのか全くわからない。

『……ごめん。私、日菜と別れるね』

 

 *


「ひゃうっ……⁉︎」

 

 ピピピピ、ピピピピ……!

 鳴り響くデジタルアラームの音と同時に、日菜はベッドから跳ね起きた。

 心臓がバクバクと嫌な音を立てて波打っている。呼吸が上手くできなくて、喉の奥がヒリヒリと熱い。

 冷や汗でぐっしょりと濡れたパジャマが背中に張り付いて、酷く不快だった。

「また……あの夢……見ないんじゃなかったの……」

 暗闇、見えない出口、そして耳を突き刺すような不快な耳鳴り。あの不気味な夢を、日菜はまた見ていたのだ。

「にしても、あの声は誰の……? 『別れる』って何? ……ていうか、今何時?」

 夢の中で告げられた言葉を気にしながら、胸に手を当てて必死に呼吸を整えながら、枕元の時計に目をやった。

 そして、完全に思考がフリーズした。

「……え?」

 液晶画面に表示されている数字は、『8:05』。

「は、はちじごふん……⁉︎」

 一瞬、時計の故障を疑った。しかし、窓の外からはすでに完全に昇りきった太陽の光が、カーテンの隙間からこれでもかと主張を激しく注ぎ込んでいる。

 学校の登校時間は『8:15』。つまり完璧に遅刻が確定していた。

「うわああああ! やっちゃったあああ‼︎」

 日菜にとって人生初の寝坊。やってしまった。パニックになりながらベッドから飛び降り、カーペットに足を取られて派手に転びそうになる。

 夢の恐怖なんて一瞬で吹き飛んだ。今目の前にある現実の方が、よっぽど恐ろしいホラーだ。

「お母さん! なんで起こしてくれなかったのー⁉︎」

 そう言っても母はとっくに仕事で家を出ていた。だから返答は返ってこなかった。

 叫びながらクローゼットを開け、制服を引っ張り出す。

 あんな怖い夢のせいで寝坊してしまうなんて、今日の完全にツイてない。

 窓の外では、日菜の焦りっぷりをあざ笑うかのように、スズメたちが今日も元気に「チュンチュン」と鳴きながら、青空へと飛び立っていった。

「急がないと! 今日はツイてなーい!」

 でも日菜はまだ知らなかった。

 この夢が現実になり、後々彼女たちに不幸が襲うと言うことを。


 *


 いつもの穏やかな昼休み、教室でのこと。

「はあ、今日、人生初の寝坊しちゃった」

 美桜は机の上に突っ伏す日菜を見て、呆れたように、だけどどこか嬉しそうに笑った。

「あら、日菜にしては珍しいね。寝坊しちゃったんだ」

「うん。だから今日も弁当ないの。……それにお金持ってきてない……」

「詰んだね……」

 美桜は自分の細長いお弁当箱を見つめると、日菜にそのお弁当を差し出した。

「食べる?」

「え? ……いいの?」

「うん、あたし、お腹いっぱいだからさ。午後の授業、体育でしょ? だからあとは日菜、これ半分、食べていいわよ」

「……ありがと。助かるよ」

 そう言って、日菜は運良く持っていた割り箸を器用に突き出して、美桜のお弁当箱に残ったおかずを狙うような仕草をした。すると──。


 ブーッ……。

「……あ、スマホ鳴った」


 美桜がスカートのポケットからスマホを取り出す。画面に表示された通知を見て、少しだけ眉を寄せた。

「……結月からだ。『今、空いてるかな?』……今?」

「あ、結月ちゃんから? 何かな?」

 日菜も横から画面を覗き込む。直後、新しいメッセージが画面を跳ねた。

「……え、『今、すぐ後ろにいる』⁉︎」

「……え、後ろ……いる?」

 凍りついた二人が、恐る恐る、背後を振り返る。

「「ぎゃっ!」」

 そこには、紛れるようにして片手にスマホを持ち、立っている結月の姿があった。完璧なタイミングでの登場に、二人はまるでホラー映画のクライマックスシーンを見せられたかのような表情で、そのまま固まっている。

「あはは、驚いた? びっくりさせちゃったかな?」

「驚いたも何も……心臓止まるかと思った……」

「うう、怖いよ。ホラー映画見た気分だよ……」

「……ていうか結月! いっつもそうだけど、あたしたちを脅かしてるつもりなの⁉︎ 結月の急な登場にいっつも心臓……いや既に寿命縮まってるよ!」

 美桜は結月の顔を指さす。

「あはは! そんなに!」

 腰が抜けそうになっている二人に対し、結月は愉快そうに腹を抱えて笑い声を上げた。

「あはは……って、美桜ちゃんの言う通り寿命縮むよ……」

 日菜は机にひれ伏せた。

「あ。そうだ。ひなっち(日菜)、みおっち(美桜)。話したいことがあってさ。ここだとちょっとアレだから、屋上に来てもらえるかな」

「え? 屋上に? なんで?」

「話したいことがあるからさ。ね? 今空いてるでしょ?」

 早く二人を連れて行こうとする結月の言葉を遮るかのように日菜が伸ばした手をビクビクと震えさせた。

「ねえ。結月ちゃん……」

「何?」

「……お弁当……食べさせて……」


 *


 数分後。屋上に連れてこられた日菜と美桜。

「え? 彼氏……できた?」

「う、うん。……そうなの……」

 その時、ふわりと風が吹き、三人のスカートの裾をひらりと揺らす。

「……あは! 美桜ちゃん、これはめでたいことだよ! 嘘じゃないって!」

「……めでたい……?」

(本当は……、おめでとう、って言うべきなんだろうけど)

 美桜は対応しきれなくて、すぐに言葉が出てこなかった。彼女の顔には、祝福と困惑が混ざり合った複雑な表情が浮かんでいる。美桜は確かめるように、結月に問いかけた。

「……結月、改めて聞くけど、それ本気? 冗談抜きで?」

「本気……です。ウチ、嘘ついてもすぐバレちゃうし……」

 結月は顔を赤くする。美桜の頭の中では『彼氏ができた』という言葉が、まるで壊れたレコードのように何度もリピートされていた。

 日菜がぐっと身を乗り出す。

「で、相手は⁉︎ どこの誰? いつから? 馴れ初めは⁉︎」

「あ、あの、日菜。質問攻めはちょっと……」

 美桜の少しこわばった声が、静かな屋上に響く。

 結月は申し訳なさそうに、指先をいじりながら消え入りそうな声で答えた。

「……えっと、同じ塾の人で……。この前、駅前で告白されて……それで、この前デートにも行って……」

「駅! うわぁ、ドラマじゃん!」

 日菜がうさぎのように、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 しかし美桜は、目の前で繰り広げられる『恋バナ』にどうしても加わりきれずにいた。

(結月に彼氏ができた。……か)

 それは喜ばしいことのはずなのに、胸の奥に小さな、けれど無視できない「トゲ」が刺さったような感覚がある。

(なんであたしには、何も相談してくれなかったの……?)

 美桜は結月を一番の親友だと思っていた。隠し事なんてお互いにない、そう信じていた。それなのに、どうして彼女はこんなに大事なことを、日菜に詰め寄られるまで黙っていたのだろう。寂しさとショックで、頭がうまく働かなかった。


「美桜ちゃん……? どうしたの?」

 日菜が不安そうに、美桜の顔を覗き込む。

「……あ、ううん! びっくりしただけ。……本当におめでとう、結月」

 精一杯の笑顔を作って言ったものの、その言葉が自分でも驚くほど冷たく響いた気がして、美桜は慌てて目をそらした。


「あ、それでね……せっかくだから二人に聞きたいんだけど」

 結月がパンと手を叩く。でもその瞳は笑っておらず、出口のない迷路に迷い込んで困惑しているようだった。

「うん、どうしたの? 何か困ってることでもある?」

 美桜は少し首を傾げた。寂しさはあっても、友達の悩みにはちゃんと寄り添いたい。そんな姿勢で言葉をかける。その横で日菜も「んー?」と声を上げて、一緒に首を傾げた。

 結月は放課後に彼から言われた言葉をそのまま二人に打ち明けた。

「……ウチ、この前の土曜日、彼氏と一緒にデートに行ったんだよ……。あれ、これって言ったっけ」

「……うんうん」

「それで彼氏は嬉しそうだったよ。でもウチ……満足した気がしなくて……」

「満足してない?」

「うん。だから二人に考えてほしいんだけど。……どうしたら、ウチも彼氏も充実した時間を送れるかなって……?」

「……確かにそれは気になるね。ねぇ日菜、何かいい方法ない?」

 美桜がそこまで言いかけたところで、再び沈黙が降りる。またふわりと風が吹き抜けた。結月は顔を伏せたまま、膝の上でスカートの裾をぎゅっと握りしめている。

「うーん。……『充実した時間』かぁ……」

 日菜はうさぎのような動きをピタリと止めると、人差し指を顎に当てて、屋上のフェンスに背中を預けた。先ほどまでのテンションとは変わり、少し真剣な表情で空を見上げる。

「満足しきれなかったってことは……なんか緊張しちゃって、やりたいことが半分できなかったとか……かな?」


「あ……」

 図星だった。結月は小さく声を漏らし、肩をすくめる。

「そう、かも……。映画観て、カフェ行って……。すごく楽しかったはずなんだけど、ウチ、嫌われないようにってそればかり気になっちゃって。ずっと背伸びしてたっていうか……」

 その言葉を聞いた瞬間、美桜の胸のトゲが、すうっと消えていくような感覚があった。(あ、そっか。そういうことか……)

  美桜は心の中で小さく息を吐く。結月が自分に相談してくれなかったのは、隠し事があったからじゃない。結月自身も余裕がなくて、自分のことで精一杯だったのである。美桜のこわばっていた表情が、自然と柔らかいものに変わっていく。


「それなら結月、それなら最初から完璧を目指さなくてもいいんじゃないかな」

 美桜は一歩、結月に近づいて、その細い肩にそっと手を置いた。

「え……?」

 結月が不安そうに顔を上げる。

「『特別なデート』にしなきゃって、力が入っちゃってたんだよ。今度はもっと、普通のことしてみたら? 例えば、お互いの好きな本を貸し借りするとか、放課後に一緒に宿題するだけでもいい。お互いの『日常』を少しずつ分け合う方が、一番充実すると思うな」 

 美桜のまっすぐな言葉に、結月の瞳にじんわりと温かい光が灯る。

「日常を、分け合う……」

「そうそう! 美桜ちゃん良いこと言う!」

 日菜がパッと笑顔を取り戻し、結月の反対側の肩をポンと叩いた。

「次はおしゃれなカフェじゃなくて、ただダラダラ喋るデートにしなよ! ウチらといつもやってるみたいにさ。素の結月を出した方が、彼くんだって絶対嬉しいって!」

(ひなっち、みおっち……)

 結月の口元に、ようやくいつもの、柔らかくて飾らない笑顔が戻ってきた。

「うん……そうだよね。ウチ、ちょっと格好つけすぎてた。次はもっと、いつものウチでぶつかってみる!」

「その意気だよ! で、その次は日菜たちにのろけ話を聞かせること! いいね?」

  日菜がいたずらっぽく笑う。

「もう……。でも、うん。二人とも、本当にありがとう」

 結月は二人の顔を交互に見つめ、嬉しそうに微笑んだ。冷たい風がまたつ吹き抜けたけれど、今度の風は、三人の距離を少し前よりも縮めてくれたような気がした。美桜はもう一度、心からの「おめでとう」を結月に伝えるために、深く息を吸い込んだ。


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