#5「夕暮れの恋路」
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839
「── って言われてもなぁ」
信号が青になるのを待ちながら、葵はさっきのことについてまだ真剣に考えていた。もし後輩がそばにいたら、「先輩、彼氏いるんですか?」って聞かれてウソが広まるかもしれない。でも後輩もとっくに帰ってるから、心配する必要はなかった。
「もし……彼氏がいたら……いたら……えへへ」
「彼氏がいたら〜?」
「ふぇ⁉︎」
「そ、そんなはずは」と、葵はゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには、まだ帰っていなかった日菜の姿があった。
「うわ! ひ、日菜、いつからそこにいたの⁉︎」
葵は顔が真っ赤になるのを感じながら、大慌てで振り返った。心臓がバクバクと激しく鐘を鳴らしている。
「え〜? 『彼氏がいたら〜、えへへ』の、最初の『いたら』くらいからかな!」
日菜はニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべ、葵の顔を覗き込んできた。完全に面白がっている。
「全部聞かれてるじゃん……! もう、最悪……!」
「で? なになに? 葵ちゃん、もしかして好きな人でもできたの? さっき『後輩が〜』とかも聞こえた気がするんだけど!」
「ち、違うの! 変なウソが広まったら嫌だなーって考えてただけで、本当に妄想っていうか、その……!」
葵が全力で手を振って否定していると、カチ、と音がして目の前の歩行者用信号が青に変わった。
「あ、青になった! ほら、行くよ!」
恥ずかしさから逃げるように、葵は早足で横断歩道を渡り始めた。
「あ、待ってよ葵ちゃん! ごまかしたってことは、やっぱり何かあるんでしょ〜?」
日菜が楽しそうにその後を追いかけてくる。夕暮れ時の帰り道、葵の赤くなった耳たぶは、しばらく元の色に戻りそうになかった。
*
コツ、コツ、コツと、二人のローファーで歩く音が、アスファルトに響く。
「て。っていうか日菜。帰ったんじゃなかったの?」
「ふふん、ちょっと忘れ物取りに戻ってたんだよね〜。それにしても葵ちゃん、『彼氏がいたら、えへへ』なーんだって? 詳しく聞かせてもらおうじゃん?」
日菜はニヤニヤしながら、葵の顔を覗き込んでくる。すると葵は誤魔化すように早歩きし始めた。日菜もその隣にぴたりと並んで歩く。
「もう、日菜。この話はもう終わり。さ、話題変えて話そ?」
無理やり話を終わらせ、難を逃れようとする葵。でも、日菜は葵を逃さなかった。
「話題を変える? じゃあ……葵ちゃんは誰か好きな人っているの?」
「話題変わってないじゃん。……っていうか日菜、私たちが通ってるのは女子中学なんだから、男子がいるわけないでしょ。そんな会う機会なんかないし……」
「ええ〜。塾でいるとかじゃなくて?」
「じゅ、塾は勉強しに行くところだから! 男子とか気にしてる余裕ないの!」
葵はさらに顔を赤くして、手にはめていたバックをぎゅっと握りしめた。
(誤解されたくない……。本当は私に彼氏なんかいないんだし……)
「え〜、本当に? 塾の他校の男子って、なんかちょっと大人っぽく見えたりして、それで……、ね?」
日菜はニヤニヤしながら、葵の肩をつつく。気づけば2人は、いつもの少し狭い通学路に入っていた。
「見えない見えない! みんな必死にプリント解いてるだけだってば。だいたい、日菜こそどうなのさ? 私ばっかり質問されて不公平なんだけど!」
話を振られた日菜は、「えっ、私?」と一瞬目を丸くした。
「日菜はほら、アイドルに忙しいから! 今の彼氏は画面の向こうの推しメンだし〜」
「あはは、それなら安心だわ」
「何よそれ! ……でもさ、本当に葵ちゃんに好きな人ができたら、全力で応援するからね?」
日菜のからかい混じりの、でも温かい言葉に、葵は少し照れくさそうに「……うん」と頷いた。そこから少しだけ間が開くと、日菜は両手を頭の後ろで組みながら、しみじみとした声を上げた。
「でもこうやって、葵ちゃんと話せてよかったよ」
「ん?」
「昨日の朝ね、学校で葵ちゃんを見たんだ。話そうと思ったんだけどさ、話せなくて……。ていうか、中2になっても、日菜が二組で葵ちゃんが四組だしさ。1年の時も離れ離れだったから、放課後くらいしかこうやってゆっくり話せないんだもん」
少し寂しそうにする日菜を見て、葵はさっき、あれだけからかわれて恥ずかしかっただけなのに、今は、日菜のストレートな好意が嬉しかった。
「も、もう。日菜ったら大げさよ。クラスが違ったって、こうやって一緒に帰れるじゃない」
葵は照れ隠しに、ぎゅっと握っていたバックの持ち手を少し緩めながら微笑んだ。
「それそうだけど! でも、もしクラスが一緒だったら休み時間もずっとおしゃべりできるでしょ? それに葵ちゃんが塾の男子に目移りしてないかも、日菜が一日中監視できるんだから!」
「もう! まだその話引きずってるの⁉︎」
「あはは、冗談だよ!」
ケラケラと笑う日菜の横顔を見ながら、葵は小さくため息をつく。今こうやって、二人の間に流れる空気というのは、どこまでも心地よく、いつもこうして話せたらいいのに、と密かに思う葵だった。
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