#2「朝の光景」
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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空は青く澄んでいた。
日菜のタッタッタというローファーで走る音が、アスファルトに響く。
「はあ……はあ……急が……ないと……早く……しないと……」
歩道橋を渡り、次は横断歩道を渡る。そして曲がって曲がって……。
学校は、日菜の家から、歩いて15分ほどの場所にある。いつもなら『8:10』くらいに家を出て、行くのだが、今日はそんなゆっくりできる暇がない。なぜなら今日日直だということを知らず、『贅沢な朝』を送りすぎた(=ゆっくりしすぎた)から。
しかし日菜は実際、急いで走る必要がなかったのである。この勘違いに気づいたのは、この後だった。
※
赤信号で待っていた時のこと。日菜は「はぁ、はぁ……」と胸に手を当てて、ドクドクと、鼓動の速い心臓を落ち着かせようとする。
「……はあ、日菜がちゃんとしていなかったから……。え、でも待てよ」
日菜はそのとき、あることに気がついた(=勘違い)。
「あー! 日菜日直、明日だったー!」
日菜の突然のデカい声が、周囲に響き渡る。その声に反応してか、近くにいた人たちは日菜の方を振り返った。その視線に日菜は恥ずかしく思ったのか即座に口を当てた。
(急ぐ必要なかった……)
心の中でそう呟く。
(どうしよ。家帰ろっか……。いや、もうここまで来たんだしいいか)
家に帰ってもう少しだけゆっくりしようと思った日菜。だがもう学校は信号を渡ってすぐの場所にある。いや、もう既に見えていた。
「ま、いっか。早く行くのもだけど、今から引き返したって弁当作れないんだからね。あはは……」
諦めたかのような声で呟く。その瞬間、赤信号から青信号に変わったので、引き返さず、横断歩道を渡る。歩幅を少し縮め、ゆっくりと再び歩き始めた。
「寒い……マフラーしてこればよかったかなぁ」
今は11月。家を出てきたときからそうだったが、爽やかな風はとても冷たかった。いや、肌を指すような寒さだった。今も吹いているのだが。マフラーをする、タイツを履く、すればよかったと、日菜はこの時点で後悔したのだった。
「はぁ……それにしても、いつ見ても綺麗な校舎だね……」
日菜の通う、『飛鳥女子中学校』。
レンガ造りの校門をくぐると、そこに広がっていたのはどこか未来的な、不思議な調和を見せる景色。
まず目に飛び込んできたのは、鮮烈な白さを誇るコンクリート製の校舎。整えられた二階建ての構造は、モダンで理ながらもしっかりとした安定感を放っている。壁面の一部は、一面ガラス張りになっており、夕方には差し込む太陽の光をキラキラと反射して、どこか開放感を演出していた。足元に目を落とせば、校門から続く温かみのあるレンガ敷きの床。その一歩一歩を踏みしめながら進むと、正面玄関の上で存在感を放つ、象徴的な時計台が目に入る。
日菜はただ一人、ぼうっと歩いていると、一人の少女が目に入ってきた。
「あ、葵ちゃんがいる」
細い脚は黒いタイツに包まれ、小柄で腰近くまである美しいロングヘアをハーフアップに、結び目は、白いニットリボンで飾りづけられている彼女の名前は神沢葵。日菜が名前を知っているということは、つまりは友達である。いつも休み時間は話すほど、仲良しだった。
「今ちょっとだけ話しかけてみよっかな。あ、席取られた」
日菜は顎に手を当てながら、少し首を傾げて葵の背中をじっと見る。凛としたその姿はどこか尊い。だが話しかけられそうな雰囲気を作っていたのも束の間、彼女の元へ1人の後輩の生徒がやってきた。
「葵先輩。おはようございまーす」
「あ、おはよー。寒いね、今日」
「そうですねー。あ、先輩とうとうタイツ履いたんですか?」
「え? あ、うん。前からずっと足が冷えてたからね……」
「ふうん……。あ、そういえば先輩──」
何気ない葵と後輩の会話が、1年と2年のフロアに別れる場所まで続いた。
その二人の会話を聞いていた日菜は、苦笑いしながら歩みをさらに緩めた。完璧な葵と、ちゃんとした後輩。そのキラキラした空間に、朝から一人で大騒ぎしていた自分が混ざるのは、なんだか少し気恥ずかしく思えたのである。
「ま、後で二人でゆっくり話せばいっか」
冷たい風に身を縮こまらせながら、日菜は二人の後ろをのんびりとついていくことにした。慌ただしい勘違いから始まった朝だったけれど、たまにはこんな風に、少し早めの静かな登校風景を眺めるのも悪くないな、と思い直しながら。
※
でも日菜は正直なところ。
(くぅ〜! でもなんだか悔しいよ〜。あのキラキラした登校風景に、そっと混ざりたかったなぁ)
ちょっとした未練を冷たい風に流しながら、学校の昇降口でローファーから上履きへと履き替える。階段を上がり、いつもの教室のドアをガラガラと開けると、まだ数人しかいない静かな空間に自分の足音がぽつんと響いた。
日菜はふぅと息を吐き出し、窓際にある自分の席へ向かうと、スクールバッグを机の上にガバッと置いた。するとその時。
「おっはよー! 日菜!」
背後から飛び込んできた元気いっぱいの声。振り返ると、細い紐リボンで綺麗に結ばれたハーフツインの髪を揺らしながら、一人の少女が満面の笑みで立っていた。日菜の大好きな友達、守城美桜だ。
「おはよー。美桜ちゃん。って、早いね。いつもならもっとギリギリなのに」
「えー。何言ってるの、だって今日あたし日直だから。それより日菜だってめちゃくちゃ早いじゃん。どうしたの? 忘れ物?」
美桜が不思議そうに首を傾げる。その言葉を聞いた瞬間、日菜は「やっぱりー!」と叫んだ。そう、今日の日直は目の前にいる彼女、美桜だったのである。
「あはは……実はさ、今日の日直、日菜だと勘違いして思いっきりダッシュして来ちゃったんだよね……えへへ」
あの全力疾走と、あの大騒ぎを思い出し、日菜は恥ずかしそうに頭をかきながら苦笑いした。
「……あはは、なるほどね! ほんっと日菜らしいや」
「って! ちょっと、何が『日菜らしい』ってのー!」
ツボに入ったようにケラケラと笑う美桜に、日菜は「もうー!」と頬を膨らませながら、美桜の肩をポンポンと軽く叩く。
「あはは、ごめんごめん。あ、そうだ。今からあたし、職員室に学級日誌を取りに行くんだけどさ。日菜、今暇でしょ? 一緒に行かない?」
美桜が、思い出したように人差し指を立てて突然のお誘いをしてきた。一人で席にポツンといるよりも、美桜とおしゃべりしながら歩くほうが何倍も楽しそうな気がする。
「うん! いいよ! 行こー行こー!」
朝のバタバタやちょっとした恥ずかしさも、美桜の明るい笑顔ですっかり吹き飛んでしまった日菜。ふたつ返事で同意すると、弾むような足取りで美桜と一緒に教室を後にした。
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