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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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3/20

#2「朝の光景」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 空は青く澄んでいた。

 日菜のタッタッタというローファーで走る音が、アスファルトに響く。

「はあ……はあ……急が……ないと……早く……しないと……」

 歩道橋を渡り、次は横断歩道を渡る。そして曲がって曲がって……。

 学校は、日菜の家から、歩いて15分ほどの場所にある。いつもなら『8:10』くらいに家を出て、行くのだが、今日はそんなゆっくりできる暇がない。なぜなら今日日直だということを知らず、『贅沢な朝』を送りすぎた(=ゆっくりしすぎた)から。


 しかし日菜は実際、急いで走る必要がなかったのである。この勘違いに気づいたのは、この後だった。


 ※


 赤信号で待っていた時のこと。日菜は「はぁ、はぁ……」と胸に手を当てて、ドクドクと、鼓動の速い心臓を落ち着かせようとする。

「……はあ、日菜がちゃんとしていなかったから……。え、でも待てよ」

 日菜はそのとき、あることに気がついた(=勘違い)。

「あー! 日菜日直、明日だったー!」

 日菜の突然のデカい声が、周囲に響き渡る。その声に反応してか、近くにいた人たちは日菜の方を振り返った。その視線に日菜は恥ずかしく思ったのか即座に口を当てた。

(急ぐ必要なかった……)


 心の中でそう呟く。

(どうしよ。家帰ろっか……。いや、もうここまで来たんだしいいか)

 家に帰ってもう少しだけゆっくりしようと思った日菜。だがもう学校は信号を渡ってすぐの場所にある。いや、もう既に見えていた。

「ま、いっか。早く行くのもだけど、今から引き返したって弁当作れないんだからね。あはは……」

 諦めたかのような声で呟く。その瞬間、赤信号から青信号に変わったので、引き返さず、横断歩道を渡る。歩幅を少し縮め、ゆっくりと再び歩き始めた。

「寒い……マフラーしてこればよかったかなぁ」

 今は11月。家を出てきたときからそうだったが、爽やかな風はとても冷たかった。いや、肌を指すような寒さだった。今も吹いているのだが。マフラーをする、タイツを履く、すればよかったと、日菜はこの時点で後悔したのだった。


「はぁ……それにしても、いつ見ても綺麗な校舎だね……」


 日菜の通う、『飛鳥女子中学校』。

 レンガ造りの校門をくぐると、そこに広がっていたのはどこか未来的な、不思議な調和を見せる景色。

 まず目に飛び込んできたのは、鮮烈な白さを誇るコンクリート製の校舎。整えられた二階建ての構造は、モダンで理ながらもしっかりとした安定感を放っている。壁面の一部は、一面ガラス張りになっており、夕方には差し込む太陽の光をキラキラと反射して、どこか開放感を演出していた。足元に目を落とせば、校門から続く温かみのあるレンガ敷きの床。その一歩一歩を踏みしめながら進むと、正面玄関の上で存在感を放つ、象徴的な時計台が目に入る。

 日菜はただ一人、ぼうっと歩いていると、一人の少女が目に入ってきた。

「あ、葵ちゃんがいる」

 細い脚は黒いタイツに包まれ、小柄で腰近くまである美しいロングヘアをハーフアップに、結び目は、白いニットリボンで飾りづけられている彼女の名前は神沢葵かみさわあおい。日菜が名前を知っているということは、つまりは友達である。いつも休み時間は話すほど、仲良しだった。

「今ちょっとだけ話しかけてみよっかな。あ、席取られた」


 日菜は顎に手を当てながら、少し首を傾げて葵の背中をじっと見る。凛としたその姿はどこか尊い。だが話しかけられそうな雰囲気を作っていたのも束の間、彼女の元へ1人の後輩の生徒がやってきた。

「葵先輩。おはようございまーす」

「あ、おはよー。寒いね、今日」

「そうですねー。あ、先輩とうとうタイツ履いたんですか?」

「え? あ、うん。前からずっと足が冷えてたからね……」

「ふうん……。あ、そういえば先輩──」

 何気ない葵と後輩の会話が、1年と2年のフロアに別れる場所まで続いた。

 その二人の会話を聞いていた日菜は、苦笑いしながら歩みをさらに緩めた。完璧な葵と、ちゃんとした後輩。そのキラキラした空間に、朝から一人で大騒ぎしていた自分が混ざるのは、なんだか少し気恥ずかしく思えたのである。

「ま、後で二人でゆっくり話せばいっか」

 冷たい風に身を縮こまらせながら、日菜は二人の後ろをのんびりとついていくことにした。慌ただしい勘違いから始まった朝だったけれど、たまにはこんな風に、少し早めの静かな登校風景を眺めるのも悪くないな、と思い直しながら。


 ※


 でも日菜は正直なところ。

(くぅ〜! でもなんだか悔しいよ〜。あのキラキラした登校風景に、そっと混ざりたかったなぁ)

 ちょっとした未練を冷たい風に流しながら、学校の昇降口でローファーから上履きへと履き替える。階段を上がり、いつもの教室のドアをガラガラと開けると、まだ数人しかいない静かな空間に自分の足音がぽつんと響いた。

 日菜はふぅと息を吐き出し、窓際にある自分の席へ向かうと、スクールバッグを机の上にガバッと置いた。するとその時。


「おっはよー! 日菜!」

 背後から飛び込んできた元気いっぱいの声。振り返ると、細い紐リボンで綺麗に結ばれたハーフツインの髪を揺らしながら、一人の少女が満面の笑みで立っていた。日菜の大好きな友達、守城美桜もりしろみおだ。

「おはよー。美桜ちゃん。って、早いね。いつもならもっとギリギリなのに」

「えー。何言ってるの、だって今日あたし日直だから。それより日菜だってめちゃくちゃ早いじゃん。どうしたの? 忘れ物?」

 美桜が不思議そうに首を傾げる。その言葉を聞いた瞬間、日菜は「やっぱりー!」と叫んだ。そう、今日の日直は目の前にいる彼女、美桜だったのである。

「あはは……実はさ、今日の日直、日菜だと勘違いして思いっきりダッシュして来ちゃったんだよね……えへへ」

 あの全力疾走と、あの大騒ぎを思い出し、日菜は恥ずかしそうに頭をかきながら苦笑いした。

「……あはは、なるほどね! ほんっと日菜らしいや」

「って! ちょっと、何が『日菜らしい』ってのー!」

 ツボに入ったようにケラケラと笑う美桜に、日菜は「もうー!」と頬を膨らませながら、美桜の肩をポンポンと軽く叩く。

「あはは、ごめんごめん。あ、そうだ。今からあたし、職員室に学級日誌を取りに行くんだけどさ。日菜、今暇でしょ? 一緒に行かない?」

 美桜が、思い出したように人差し指を立てて突然のお誘いをしてきた。一人で席にポツンといるよりも、美桜とおしゃべりしながら歩くほうが何倍も楽しそうな気がする。

「うん! いいよ! 行こー行こー!」

 朝のバタバタやちょっとした恥ずかしさも、美桜の明るい笑顔ですっかり吹き飛んでしまった日菜。ふたつ返事で同意すると、弾むような足取りで美桜と一緒に教室を後にした。


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