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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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#1「目覚め」

『それは、些細なことだった。

 ずっと。一緒にいたいと思ってた。だって、友達は私を頼ってくれる、何にも変えがたい存在だから。

 でも、そんな願いが叶わないと知ったのはいつだっただろうか……』 


 *


 …………。


 暗い。何も見えない。闇を照らすランプのようなものはこの空間において存在しなかった。

『はぁ……はぁ』

 そこに、白い服を身に纏った一人の少女が自分のいる場所が分からないまま、空間を彷徨っていた。誰かに連れられてきたわけじゃない。自分で来たわけじゃない。目を覚ますと、気づけばここにいたのだ。

『ここ……どこ? ……なんで……ここに……いるの……』

 鈴を転がしたような声。少女は問いかける。

『…………』

 でもその問いに応じる者はいなかった。だってそこには少女一人しかいなかったのだから。一層不安になってしまう。

『暗いよ……怖いよ』

 

 それでも胸に両手を当てながら、恐る恐る前へと進む。少女は素足だった。「冷たい」という声とともに、ペタッペタッという音がただ、無機質に広い空間に響く。

『……ねえ、誰かいるの? 誰か……いないの?』

 自分の声と足音以外はどこからも聞こえない。自分以外の声、風の音も何も聞こえない。少女の瞳には、一粒の涙が浮かんでいた。滲んで視界が歪む。

『っ!』

 そして静かさのあまり、強い耳鳴りが少女を襲った。自分の耳を塞ごうとするにも止まない。その場に蹲っても鳴り止まなかった。

『……どこかに……出口が……』

 少女は耳鳴りに襲われながらも、ゆっくりと顔を上げて、小さく呟いた。そしてもう一度立ち上がり、この無機質な空間の出口を探すために、一人で静かに歩き始めた。その出口というのは……苦しみから抜け出すための出口だった。


 *


「はぁ……はぁ……っは⁉︎」

 ピピピピ、ピピピピ……。ベッドの側にある棚に置かれたデジタル時計のアラームが、朝のカーテンで仕切られた薄暗い部屋にただ鳴り響く。


 ガバッ!

 中学二年生の蓮華日菜(れんげひな)は、ベッドから勢いよく起き上がった。

「はぁ……はぁ……はあ?」

 めまいがするし、過呼吸状態。相当夢にうなされたのだろうか。パジャマの背中部分と、シーツは汗で濡れていた。

「すう……はあ」

 一回深呼吸して、部屋を見回してみる。

 木製の勉強机には、教科書とノートが積まれ、壁には衣服の入った茶色いクローゼットが、そしてベッドのそばの棚には、今もなお、鳴り続けているデジタル時計が。

「……はぁ、夢かぁ。やめてよ。もう」

 日菜は胸に手を当てて、大きなため息をつくと、目覚ましのアラームを止めに、腕を伸ばす。


 カチッ。

 そしてデジタル時計は、鳴り止んだ。

「ふぁあ……それにしても眠い……まだ寝てたい……」

 あくびをしながら日菜は、もう一回ベッドに横になる。

「眩しい……もう朝……なの」

 カーテンとカーテンの間から細い太陽の光が差し込み、埃がダンスしているのが見えた。

「でも……起きなきゃ……」

 カーペットの上にゆっくりと足を下ろすと両目を手で擦りながら、窓の方へと歩いた。そしてカーテンを思いっきり左右に開けた。


 シャー。

 優しい朝の光が部屋の中を一気に照らす。さらに窓を開けると、爽やかな風が吹き込み、日菜の頬を撫でていくのが分かった。

「気持ちいい風……」

 そう呟いた瞬間に、小さな影が止まる。スズメが二羽飛んできて、ベランダに止まって朝日を浴びながら「チュンチュン」と鳴いた。

「ふふ、スズメさんは元気だね」

 日菜は少しだけ口元を緩めると、扉の方へと身体を向けて歩き出した。

 すると、スズメたちはその場を後にして、どこまでも高い青空へと飛び立った。


 *


 ジャー。

 洗面所にお湯の流れる音が響く。

 日菜はヘアバンドをおでこにつけたまま、蛇口のレバーに触れ、出てくるお湯をただ見つめていた。

── 顔洗ったら、磨いて、着替えて、ご飯食べて……。

 朝からやることは、いっぱいだ。


 まずは、洗顔。

 洗顔フォームから白い液体を出して、もう片手で受け取る。泡立てたら、ゆっくりと顔に当てると、シュワシュワと音を立てながら皮膚に浸透していくのが分かった。

── 気持ちいい。

 その後しっかりとお湯で泡を流すと、白いふかふかなタオルで僅かについたお湯をしっかり拭き取る。

「このタオル。もふもふ~」

 思わず言葉がもれてしまった。日菜にとって、このもふもふな感触はたまらなかった。そしてこれもまた、彼女にとっての朝の楽しみである。


 次は歯磨き。

 歯ブラシスタンドからピンク色の歯ブラシを取り出す。歯磨き粉をつけたら、口の中に含む。起きたての口の中はなんだか気持ち悪い。それを追い払ってスッキリするためにやるのだ。

 数分後、ある程度磨いたら水で口を濯ぐ。コップと歯ブラシを元の場所に戻した。


 洗面所での作業を終えると、日菜は鏡に映る自分をじーっと見つめた。


「……なんか、寝癖あるな、いつもはないのに」

 肩にかかるくらいのところでくるんと『少し』だけ、はねているのが分かった。『少し』だけ。ほんの『少し』だけ。でもその『少し』を日菜は許さなかった。


「たくさん寝返りうったのかな?」


 自分専用のヘアブラシで髪を研ぎながら、呟いた。


── これでよしっと。

 ストレートになるまで研いだら、ブラシをまた元の場所に戻した。


 *


 ガラガラ。

 日菜は部屋に戻ると、クローゼットの扉をゆっくりと開けた。中にはお出かけ用のスカートやズボンに羽織物、家で着る用のジャージなどがたくさん吊っている。中でも日菜は学校の制服をセットで取り出した。


 白いカッターシャツを着て、チェックの柄が入ったスカートを穿く。

 少し大きな赤い蝶結び型のリボンを襟に通したら、全身が映る鏡の方へと移動し、身だしなみを確認した。

「可愛く……見えるかな?」

 顎に手を当ててみたり、ウインクしてみたり……、いろいろと可愛くポーズを決めてみる。

 身長153センチの日菜の制服姿というのはとてもお似合いだ。

「これでよしと。さてと。ご飯たーべよ」

 日菜はクルリと、右足を軸にして180度回った。その際、スカートの裾がひらりと舞う。

 そして部屋を出た。


 *


 少し時間が経ち、リビング。

 チチチ……チーン。

 オーブントースターが鳴った。日菜は中から焼き上がった六枚切り食パンを取り出そうとする。だが──。

「熱っ!」

 思わず手を引っ込めた。そりゃそうだ。焼きたては絶対に美味しいのだけれど熱くてやけどしてしまう。こういうのは少しだけ待たないといけない。


 日菜は朝になると「もしハンバーガーの店とかで頼む時に一緒についてくるバーガー袋みたいなのがあればいいのに」ってことをいつも考えているが、そんなものは家になかった。

 だから、美味しさが損なわれるのは仕方なかったのである。

「でも、いい香り……」

 だが、香りだけは損なわれなかった。


 手で触れるほどの程度になったら、日菜は慣れた手つきで皿の上へと滑らせる。普通は焼いた食パンの上には、バターかいちごジャムを塗って食べるのが基本。日菜もそうしよう……とも思ったが、今回は違った。

「ふふ、今日はちょっと贅沢な朝を。なんちゃって、えへへ」

 食パンのふちに沿って、土手を作るみたいにゆっくりと絞り出されたマヨネーズ。その内側には、半熟姿の卵が。


 題して、熟々とした『半熟たまごのマヨトースト』だ。


 仕上げに黒胡椒をカリカリと少し散らす。香ばしいマヨネーズの香りが、既に少しずつ部屋に漂っていた。

 日菜は『朝食のセット』をダイニングテーブルに並べて椅子に深く腰を下ろした。じっと牛乳の入ったコップを見つめる。

── 今日こそ、ちょっと伸びてるといいんだけどなぁ。

 そんな期待を胸に、毎日欠かさず牛乳を飲んでいる日菜は、少しでも身長を伸ばして、子供扱いされないくらいの『理想の自分』に近づくためにという理由で、自分と戦っていたのである。

「いただきまーす」

 手を合わせたら、朝日が差し込むダイニングで、ささやかな朝の時間が今始まった。

「……ん~! カリッ、トロッ、サクッ! たまんな~い」

 マヨネーズのコクと、半熟の黄身が口の中でとろけ合う。少し多めに塗ったマヨネーズが、香ばしいパンと絶妙にマッチして……あぁ、今日も頑張れそう。

「……もう1枚、焼いちゃおっかな」

 やみつきになる。これだから、朝はやめられない。


「……でも。この空間、なんだか──」

 だが日菜はそれよりも、今いるこのリビングが静かなことに気にかかっていた。

「さっき見た夢みたい」

 さっき見た、夢の内容を思い出す。そもそも夢は、脳が記憶や感情を整理する過程で生じる現象のことを指すのだが、これまでの日常生活でそんな寂しいことって日菜にあったのだろうか。

「……もし、真っ暗じゃなくて真っ白だったら、どうなってたんだろう」

 真っ白な天井を見上げながらそう呟いた。

 もしそうだとしたら何か違ったのだろうか。だとするとそこに誰か居たのだろうか。それとも──。

「って、夢のことなんか考えたら、また見ちゃう。他のこと考えて……考えて……えっと、学校のこと、学校のこと……ん?」

 日菜は何かを思い出した。

「待って、今日って何日だっけ」

 壁にかけられたカレンダーを見る。


 11月13日。……13日。……あ。


「わわ! 今日、日直じゃん!」


 日直。日菜が通う学校では、決まった日になると担当の生徒が他の生徒たちよりも早く登校して、教室の鍵を開けないといけないというルールが存在した。

「ていうか、今何時?」

 時計を見る。『7:55』。言い換えると、8時前。いつもはその10分後に家を出るが、今日だけは暇できる時間は、日菜にはなかった。

「待って! もうこんな時間⁉︎ 行かないと! ゆっくりしすぎた!」

 贅沢な朝を送っていた日菜だったが、一気に現実に引き戻されてしまった。

 日菜は急いで食べ、牛乳を飲んだら、皿とコップを台所のシンクにつけた。

 その後、自分の部屋に移動する。机の上に置いてあった前の日の夜に準備しておいたスクールバックを肩にかけたら、部屋を出てバタンっと、勢いよく扉を閉める。

 階段を下りた途端、日菜は廊下で立ち止まった。また何かを思い出したらしい。

「あ! お弁当! ……いいや、購買で買うか!」

 日菜は『贅沢な朝』にものすごく夢中になっていたせいか、弁当を作れなかった。そして日菜は諦めた。

 

 走って玄関へ。茶色のローファーを履いて、玄関扉を開ける。鍵を閉めたら全速力で走って学校へと向かった。


「急げぇ! 先生、いや美桜ちゃんに怒られる!」


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※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

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