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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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18/20

#17「悪意の残り香」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 見えない場所でそっと日菜と美桜のことを見守っていた結月。するとそこへ──。


「日菜と美桜、仲直りしたみたいね」


「っ!」


 突然かけられた声に、結月の肩がビクッとなる。左を向くと電気のついていない職員室前の廊下から、葵が姿を現した。


「……うん」


「ふふ」


 葵は結月の隣に立つと、少し微笑む。でもそれは、どこか冷ややかで、心の内を隠しているかのような不気味さを含んでいた。


「……ちょうどよかった。ねえ、葵ちゃん」


「何?」


 結月は意を決したように、まっすぐ葵の瞳を見つめ返した。その声は小さく震えているものの、確かな芯がある。


「ウチ、前から葵ちゃんに言おうと思ったことがあったんだけどさ……。ていうか、こんなこと言うのもあれだと思うんだけどさ……」


 一瞬の沈黙が二人の間に流れる。結月は拳をぎゅっと握りしめ、ずっと胸の奥でモヤモヤしていた言葉を絞り出した。


「結局、日菜と美桜を苦しめた……のって、葵ちゃんのせいなんじゃってたまに思うんだよね……」


 日菜と美桜の晴れやかな声が遠くで響く中、その場所だけが切り取られたように冷たい空気に包まれていた。


「……私のせい?」


 葵は小首を傾げ、もう一度、今度は少し声を潜めて不気味に微笑んだ。その瞳には、夕暮れの光すら吸い込まれていくような、底知れない暗がりがある。


「そんな風に言われちゃうなんて……。私はただ、二人の本当の姿を少しだけ見えやすくしてあげただけだよ? 結月」


 葵は一歩、結月との距離を詰める。スリッパが床を鳴らす乾いた音が、結月の心臓を直接揺さぶるように響いた。結月は思わず身を引こうとしたが、背中に冷たい校舎の木の壁が当たり、逃げ場がないことを悟る。


「見えやすくしたって……! 二人がどれだけ苦しんで、傷つけ合ってたか、葵ちゃんは見てて何も思わなかったの? あんなの、ただの意地悪だよ……! ごめん、正直なこと言ったから……」


 結月は声を震わせながらも、真っ直ぐに葵を睨みつけた。日菜をあそこまで追い込み、頬を叩いてまで覚悟を決めさせなければならなかったのは、すべて葵の存在があったからと思ったからだ。


「意地悪、か。言葉を選ぶのが上手ね」


 葵はフッと息を漏らすように笑うと、結月のすぐ目の前で立ち止まり、じっとその顔を覗き込んだ。


「でもさ、本当に悪いのは私なのかな? 脆いガラス細工みたいな関係のまま、お互いに依存し合って、いつか割れるのを待っていたのはあの二人だよ。私はそこに、ほんの少し風を吹き込んだだけ。……それにね、結月」


 葵の細い指先が、結月の制服の襟元にそっと触れる。冷たい感触に、結月の身体が硬直した。


「そんな風に正義の味方ぶって二人を助けた気になっている君だって、本当は楽しんでいたんじゃない? 二人の間に割って入って、特別な役割を手に入れた自分に、酔いしれているだけでしょ?」


「なっ……! 違う、ウチはただ……!」


「声が大きいよ。……ていうかね、日菜を困らせ美桜を困らせ、そして私まで困らせ……、全ての発端は、私に彼氏とのやり方について聞いてきた結月、君なんじゃないの?」


「……え」


 葵は人差し指を自分の唇に当て、静かに、けれど絶対的な威圧感を持って結月の言葉を遮った。そして、視線を中庭でまだ小さく笑い合っている日菜と美桜の方へと向ける。


「気づかれちゃうよ。せっかく綺麗に収まった『おままごと』が、また壊れちゃう。……それとも、今からあそこに行って、私のせいでこうなったって、全部ぶちまけてみる?」


 葵の言葉は、まるで甘い毒のようだった。

 ここで大騒ぎをすれば、せっかく結び直された二人の絆に、再び暗い影を落とすことになる。それは結月が一番避けたいことだった。


「……言わないよ。そんなこと、今更二人に言うわけないじゃん」


 結月は悔しさに唇を噛み締め、拳を強く握りしめることしかできなかった。


「ふふ、お利口さんだね。そういうところ、嫌いじゃないよ」


 葵は満足そうに微笑むと、すっと結月から身を離した。そして、何事もなかったかのように、軽い足取りで校舎の奥へと歩き出す。


「じゃあね、結月。また明日。……明日も、面白いものが見られるといいな」


 夕闇が迫る廊下に、葵の足音が遠ざかっていく。

 結月はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えながら、去っていく葵の背中を、ただ冷たい汗を流しながら見送るしかなかった。


「何……何なのよ……」


 中庭からは、まだ二人の微かな話し声が聞こえてくる。しかし、結月の胸に去来するのは、仲直りを見届けた安心感ではなく、これから始まるかもしれない、より深い歪みへの数え切れない不安だった。


── 葵ちゃんは、一体何がしたいの……?

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