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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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17/20

#16「本当の約束」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 夕暮れのオレンジ色が、校舎の長い影を中庭のウッドデッキへと伸ばしている。


「はぁ、はぁ……っ……」


 日菜は、荒い息を吐きながら、自分の胸を押さえた。急な坂道を駆け上がってきたかのように心臓がドクドクしている。

 隣では、ここまで日菜の背中を強引に、けれど決して見捨てることなく押し続けてくれた結月が、小さく顎で前方を示した。

 辿り着いた学校の中庭。放課後の喧騒から切り離されたその静かな空間の片隅に、ぽつんと一人、小さな背中を丸めて座り込んでいる人影があった。美桜だった。


「……美桜ちゃん!」


 掠れた、けれど確かな決意を込めた日菜の声が、静まり返った中庭に響く。

 その瞬間、美桜の肩がびくりと大きく跳ね上がった。恐る恐る、弾かれたように振り返った美桜の瞳は、大きく見開かれ、そして次の瞬間には、言葉にできないほど深い悲しみと絶望の色に揺れた。美桜の視線が、日菜の左頬へと注がれる。そこには、つい先ほど結月につねられ、叩かれた『覚悟』の跡が、痛々しく赤く残っていた。


「日菜……っ。どうして……? あんな、あんなひどいこと、言わせちゃったのに……。もう、あたしのことなんて、見たくもないはずなのに……!」


 美桜の声は震えていた。拒絶されることを恐れ、自分から殻に閉じこもろうとする痛々しい響き。


「ううん。違うよ、美桜ちゃん。ひどいことを言ったのは、日菜の方だよ」


 日菜は一歩、また一歩と、地面を踏みしめて美桜との距離を詰めていく。

 これまで、日菜にとって美桜の存在は、眩しすぎる『光』だった。その光に照らされるたび、自分の影の濃さに息が詰まりそうになっていた。あんなに怖くて、遠くに感じていた美桜の輝き。

 けれど、今目の前にいる美桜は、決して完璧な存在なんかじゃなかった。親友の拒絶に怯え、傷つき、泣き出しそうな、ただの一人の不器用な少女だった。


「日菜、本当はね、ずっと怖かったんだ。美桜ちゃんの隣にいると、自分のダメなところとか、汚いところばっかり見えちゃって……。こんなに苦しいなら、いっそのこと、自分から全部壊しちゃえって思ったの。美桜ちゃんを傷つけて、遠ざければ楽になれるかもしれないって……。最低だよね」


 ポロポロと、日菜の目から涙が溢れ出し、オレンジ色の光を浴びてキラキラと頬を伝っていく。


「でもね、お昼に結月ちゃんに思いっきり叱られたの。『何様のつもりだ』って。……日菜、美桜ちゃんが一生懸命に考えてくれた優しさを、勝手に『重荷』だって決めつけて、一人で被害者ぶって……ずっと美桜ちゃんの気持ちを無視してた。でも、結月ちゃんに怒られて、やっと分かったの」


 日菜は美桜の目の前まで進むと、ゆっくりと膝をついた。そして、小刻みに震えている美桜の両手を、自分の小さな、けれど今は温かい手で、包み込むようにしっかりと握りしめた。


「美桜ちゃん。日菜、美桜ちゃんのことが大好きだよ。私の嫌なところも、美桜ちゃんの不器用なほど優しいところも、全部、全部ひっくるめて。……日菜がいない方が上手くいくなんて、もう二度と言わない。そんなの、ただの言い訳だった。だって……日菜が、美桜ちゃんの隣にいたいんだもん。美桜ちゃんじゃなきゃ、絶対に嫌だから!」


 その真っ直ぐな、偽りのない叫びが、美桜の胸の奥深くに届いた。

 張り詰めていた美桜の我慢の糸が、ぷつりと切れる。美桜は耐えきれずに顔を伏せ、日菜の肩口に視界を埋めるようにして、まるで迷子の子どものように声を上げて泣きじゃくった。


「……日菜の……バカ……っ。本当に、大バカだよ……! そうだよ……。あたし、日菜がいない世界で、どれだけ周りから褒められたって、何が上手くいったって……そんなの、一ミリも楽しくない……! 日菜が隣にいてくれなきゃ、意味ないんだよ……っ!」


 どちらからともなく、二人は強く、お互いの体を抱きしめ合った。回された腕の強さが、失いたくないという互いの恐怖と、それ以上の愛着を物語っていた。


 けれど、今の二人には、その痛みを拒絶するのではなく、一緒に分け合って、乗り越えていく覚悟ができていた。

 しばらくして、泣き疲れた美桜の背中を、日菜はあやすように優しく何度も撫でながら、そっと耳元で囁いた。


「……ねえ、美桜ちゃん。もう一度、ちゃんと約束しよ? 明日も、明後日も、これから先もずうっと一緒だよ。永遠に、ね?」


 美桜は日菜の肩に顔を埋めたまま、小さく何度も頷いた。


「……うん。……いいよ……。あたし、ずっとその言葉を待ってた。……約束しよ」


「うん。じゃあ、小指出して?」


「うん……」


 二人はゆっくりと体を離すと、互いに涙で濡れた顔を見合わせ、照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで小指を突き出した。


「「せーのっ──。」」


 オレンジ色の夕日が見守る中、二人の小指がしっかりと絡み合う。


「「♪ ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った!」」


 夕暮れの中庭に、二人の少女の少し鼻声の、けれど晴れやかな声が響き渡る。

 それは、過去のどんな依存や義務感でもない、お互いの意思で結び直された、本当の友情の約束だった。

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