#13「交わした約束」
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
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ずっと、ずーっと昔の話。もう日菜は覚えていないであろう話。
◆◆◆
それはあたし(美桜)が小一だった時のこと。日菜には助けてもらった。
ほんの小さなことだった。
あたしが、雨の日に傘を忘れてしまい、昇降口の前で「どうしよう。このままじゃ帰れない」と頭を悩ませていたときのこと。
みんなもう帰っていたし、あたししかいないと思ったから。
親に迎えにきてもらおうとも思ったけど、仕事で夜遅くまで家に帰ってこない。あたしを迎えに来る人は誰もいなかった。雨に濡れて帰るのも一つの手段だったが、大事な茶色のランドセルも、教科書も濡れてしまう。
その時だった。
『あれれ、美桜ちゃん?』
すると突然、声をかけられる。後ろを振り向いてみると、赤いランドセルを背負った日菜がいた。みんな既に帰ったはずなのにどうして日菜がいるのだ? まさか、あたしと一緒で帰れない……なのか?
『うわ、びっくりした。……日菜ちゃん……かな?』
『うん! そうだよ! 覚えててくれたんだね!』
その時、日菜の元気な声を聞いたら、その瞬間、なんだか急にほっとしちゃって、胸の奥がギュッとなった。
『うん、覚えてるよ! ……でも、日菜ちゃん、どうしてまだ学校にいるの?』
『んーっとね、今日はね、絵の具セットを忘れちゃって、取りに戻ってきたの。そし
たら、美桜ちゃんがいたからびっくりしちゃった!』
なるほど、そういうことだったんだ。日菜が、えへへって笑って首を傾げている。
『そっかぁ……。でもね、美桜、傘忘れちゃったの。お外もすごい雨だし……』
そう言うと、日菜はきょとんとしたあと、きゅっと眉毛をよせた。そして、ランドセルを下ろして、中をごそごそし始めた。
『それは大変だね! 風邪引いちゃうよ。ちょっと待ってて!』
「うん?」
何の準備かな、って思って見つめていたら、日菜は黄色いビニール傘を引っ張りだ
した。すこし小さいけれど、お花の柄がついてて、すっごく可愛い。
『はい! あげる!』
日菜はその傘を美桜に差し出した。
『えっ、でも……日菜ちゃん、濡れちゃうよ?』
『大丈夫! あ。じゃあ一緒に帰る? 一緒なら寒くないよ!』
日菜が笑いながら、ぎゅっとあたしの手を握ってくれた。
さっきまで寂しくて、ちょっとだけ泣きそうだったのに、その手が温かくて、また泣きそうになっちゃった。でも、今度は嬉しい方の涙。
『……うん! 一緒に帰ろ!』
あたしたちは小さな傘を一緒にさして、雨の音がする外に飛び出した。
茶色のランドセルも、教科書も、日菜の傘のおかげで濡れなかった。あのときの笑顔は、今でもずっと覚えてる。忘れなんかしない。
◆◆◆
そして何年か経った日のこと。あたしたちがまだ小六くらいの時のことだ。
学校の帰りで、駅前のベンチをオレンジ色に染めていた時のこと。
並んで座る二人の足元には、お揃いのランドセルが仲良く重なり、その上には食べ終えようとしているスイーツの包み紙が散らばっていた。
『んーっま! 美桜ちゃん。これ、んーまいし、あーまいね!』
『すご、何これ。イチゴ濃厚すぎない⁉︎』
『でしょー! SNSで話題になってたやつなんだって!』
『……中毒になる味。もう一個買ってこようかな』
『あ! あははっ! 美桜ちゃん、鼻にクリームついてるよ!』
『日菜だって!』
二人は顔を見合わせ、指をさして笑い合う。
少しだけ賑やかだった空気が落ち着くと、あたしはふと独り言のように呟いた。
『……ねえ日菜。思うんだけどさ』
『んー?』
日菜は口にイチゴを含みながら、不思議そうに首を傾げてみる。
『あたし、『日菜を守ってあげる!』って言ったじゃん』
実はこの時にも、あたしは今と同じようなことを日菜に言っていたのである。
『うん。すっごく嬉しかったよ?』
『……ありがと。でもね、あたし、その時ちょっと張り切っちゃってさ』
美桜は包み紙を指先でなぞりながら、ふっと視線を落とした。
『でも実際、あたしが本当に日菜を守れるかは分かんないし……。あたしだってただの中学生だし、日菜が本当に辛い時、ちゃんと一番近くにいられるのかなって、たまに不安になっちゃうんだよね』
珍しく見せた小さな弱音。その言葉の裏には、日菜を誰にも渡したくないという、ほんの少しの独占欲と寂しさが隠れていた。
でも日菜は──。
『違うよ! 日菜はね、美桜ちゃんが隣にいてくれるだけでも嬉しいの!』
『……え?』
少しだけ不安そうに首を傾げた美桜に、日菜は弾けるような笑顔を向けた。
『美桜ちゃんは完璧主義だよね。勉強もそうだけど。全部気が済まないともやもやし
てしまうタイプだもんね。でも、そんなこと日菜には関係ないよ!』
『……日菜』
『この前、美桜ちゃんが『守ってくれる』って言った時、なんだか心が温まっ
たの。それだけでも嬉しかったんだ!』
『……日菜!』
『だから、これからも中学生になっても高校生になってもずっと、隣にいてほしいな。約束しよ?』
『……うん!』
日菜のその約束にあたしは力強く頷いた。
◆◆◆
あれから二年あまりが経った今。
親友に拒絶されてからそれらのことを思い出すと、あたしは何としてでも。日菜のことを決して放っておけなかった。




