#11「すれ違う二人」
※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。
↓カクヨムサイトはこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839
「美桜ちゃんにも、ちゃんと“このこと”も話さなきゃ……」
*
美桜は帽子を被り手さげバックを肩にかけ、少し冷たい空気を感じながら、目的のファミレスへと足を速めていた。
歩道橋を渡りきると、オレンジ色の看板が見えてくる。
「……日菜、……大丈夫かな」
電話でスマホの画面越しに伝わってきた日菜の震える声が、美桜の心に不安を残す。
自動ドアをくぐると、店内に響く乾いたチャイムの音が鳴り響く。朝ということもあり、客足はまばらで、ドリンクバーの機械が低く唸る音だけが妙に大きく聞こえた。
「あ、美桜ちゃん、きたきた~」
窓際のボックス席。日菜が力なく片手を振っていた。努めて明るく振る舞おうとしているのは見え見えだが、その笑顔は今にも崩れそうだった。
「ごめんね、急に呼んじゃって」
美桜はボックス席へと向かった。
「……日菜。ごめんね。待ったかな」
「ううん、全然! 日菜も今来たところだから……。嘘、ちょっと前からいたけど。あはは……」
乾いた小さな笑い声を上げる。
美桜は、カバンを置くのも忘れて彼女の顔をじっと見つめた。
「ねえ日菜、何かあったんでしょ。……葵と、何か」
その問いに、日菜の笑顔がぴたりと止まる。すると彼女はぽつりと、掠れた声でこぼした。
「……嫌われちゃった、みたい」
「え?」
「『嫌い』って言われちゃって。……あんなに怖くて、悲しい顔をした葵ちゃん、初めて見たの」
窓の外では、風が街路樹を揺らしている。
「き、嫌われたって……何があったの?」
美桜は自信のない声で聞いてみる。日菜はゆっくりと顔を上げて、話し始めた。
「ねえ美桜ちゃん。この前さ、葵ちゃんと一緒に仕事したじゃん。覚えてる……?」
「当たり前でしょ。忘れるわけないじゃん」
「……そうだよね。忘れるわけないもんね。『あのこと』もね」
「あ……あのこと?」
「終わった直後、葵ちゃんに呼ばれたの。階段の踊り場に」
「……あたしに『先に帰ってて』って言った時のこと?」
「うん。葵ちゃんが『美桜には聞いてほしくないから、私と日菜だけで二人きりになってほしい』ってね」
「……日菜……」
「……そこでね、日菜は確かめたいの。美桜ちゃんに」
美桜はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……もしかして美桜ちゃんは、『日菜のことが……嫌い』?」
「──え?」
日菜の瞳は暗くなりながらも、美桜の答えをじっと待っている。
「……嫌いなわけ、ないじゃん」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
「……あたしたちは、ずっと一緒だったでしょ? 日菜がいてくれたから、あたしはここまで……。って、この前だって屋上でも──」
「『嘘』だよね?」
「……え?」
「『嘘』なんだよね。葵ちゃんは言ったんだよ」
日菜が言葉を遮る。その声は冷たく、どこか無機質だった。
「『美桜は優しいから、本当のことは言わないだけだよ』って。『日菜が美桜の足を引っ張ってること、あんたが一番よく分かってるはずだ』って……」
美桜の知らない、あの踊り場で、葵が日菜に投げかけた言葉のナイフが、今さらになって美桜の胸にも突き刺さる。
「そんなの、勝手な思い込みだよ! あたしは一度だって──」
美桜は否定しようとする。だが──。
「本当に?」
詰め寄るような仕草ではない。むしろ、縋り付くような切実さが日菜にはあった。
「……心のどこかで、『日菜がいない方がもっと上手くいく』って、思ったことない?」
「…………え? そんなわけっ」
美桜は言葉を失った。
否定したい。全力で、そんなことはないと叫びたかった。
でもその一瞬の『迷い』を、日菜は見逃さなかった。
「……あ」
口元が、悲しげに歪む。
「やっぱり、言う通りだ。優しいね、美桜ちゃんは。最後まで『嫌い』って言ってくれないんだもん」
日菜はゆっくりと立ち上がると、力なく笑った。
「日菜、待って! 違う、それは……!」
「結月ちゃんとは違って、美桜ちゃんは許してくれないんだ……」
日菜の口から漏れたのは、美桜にとって最も予期せぬ名前だった。
「……結月? なんで結月が……?」
結月。友達であるはずの彼女。
「どういうこと? 結月が、何をしたっていうの……!」
「結月ちゃんにはね、全部話したの。嫌われたことも最低だと思われてることも。でも言ってくれたよ……『日菜が悪いんじゃないよ』って。日菜のこと、……むしろ許してくれたの」
日菜の瞳に、ジワリと涙が滲む。
けれど、その涙は美桜に向けられたものではなかった。
「でも、美桜ちゃんは違う。日菜がどれだけ苦しんでても、ただ隣で困った顔をしてるだけだよね」
その言葉は、美桜の存在を根底から否定するものだった。
「あたしは……あたしは……んなわけっ!」
「んなわけっ」で詰まる。言えない。本当のことを言いたいのに、言葉が詰まってしまう。
心で必死に叫んだって、日菜には届かない。
すると日菜はふっと視線を外すと、小さな声で呟いた。
「……そっか。やっぱり、美桜ちゃんには無理なんだね。……ごめんね、変なこと聞いて」
そう言って歩き出す日菜の背中に、美桜は一歩も踏み出せなかった。
「……違う。そんなつもりじゃない……そんなつもりじゃ……!」
美桜のその言葉を聞くこともなく、日菜はそのまま背を向け、店を出て行った。




