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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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12/20

#11「すれ違う二人」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

「美桜ちゃんにも、ちゃんと“このこと”も話さなきゃ……」


 *


 美桜は帽子を被り手さげバックを肩にかけ、少し冷たい空気を感じながら、目的のファミレスへと足を速めていた。

 

 歩道橋を渡りきると、オレンジ色の看板が見えてくる。


「……日菜、……大丈夫かな」


 電話でスマホの画面越しに伝わってきた日菜の震える声が、美桜の心に不安を残す。


 自動ドアをくぐると、店内に響く乾いたチャイムの音が鳴り響く。朝ということもあり、客足はまばらで、ドリンクバーの機械が低く唸る音だけが妙に大きく聞こえた。


「あ、美桜ちゃん、きたきた~」


 窓際のボックス席。日菜が力なく片手を振っていた。努めて明るく振る舞おうとしているのは見え見えだが、その笑顔は今にも崩れそうだった。


「ごめんね、急に呼んじゃって」


 美桜はボックス席へと向かった。


「……日菜。ごめんね。待ったかな」


「ううん、全然! 日菜も今来たところだから……。嘘、ちょっと前からいたけど。あはは……」


 乾いた小さな笑い声を上げる。


 美桜は、カバンを置くのも忘れて彼女の顔をじっと見つめた。


「ねえ日菜、何かあったんでしょ。……葵と、何か」


 その問いに、日菜の笑顔がぴたりと止まる。すると彼女はぽつりと、掠れた声でこぼした。


「……嫌われちゃった、みたい」


「え?」


「『嫌い』って言われちゃって。……あんなに怖くて、悲しい顔をした葵ちゃん、初めて見たの」


 窓の外では、風が街路樹を揺らしている。


「き、嫌われたって……何があったの?」


 美桜は自信のない声で聞いてみる。日菜はゆっくりと顔を上げて、話し始めた。


「ねえ美桜ちゃん。この前さ、葵ちゃんと一緒に仕事したじゃん。覚えてる……?」


「当たり前でしょ。忘れるわけないじゃん」


「……そうだよね。忘れるわけないもんね。『あのこと』もね」


「あ……あのこと?」


「終わった直後、葵ちゃんに呼ばれたの。階段の踊り場に」


「……あたしに『先に帰ってて』って言った時のこと?」


「うん。葵ちゃんが『美桜には聞いてほしくないから、私と日菜だけで二人きりになってほしい』ってね」


「……日菜……」


「……そこでね、日菜は確かめたいの。美桜ちゃんに」


 美桜はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……もしかして美桜ちゃんは、『日菜のことが……嫌い』?」


「──え?」


 日菜の瞳は暗くなりながらも、美桜の答えをじっと待っている。


「……嫌いなわけ、ないじゃん」


 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


「……あたしたちは、ずっと一緒だったでしょ? 日菜がいてくれたから、あたしはここまで……。って、この前だって屋上でも──」


「『嘘』だよね?」


「……え?」


「『嘘』なんだよね。葵ちゃんは言ったんだよ」


 日菜が言葉を遮る。その声は冷たく、どこか無機質だった。


「『美桜は優しいから、本当のことは言わないだけだよ』って。『日菜が美桜の足を引っ張ってること、あんたが一番よく分かってるはずだ』って……」


 美桜の知らない、あの踊り場で、葵が日菜に投げかけた言葉のナイフが、今さらになって美桜の胸にも突き刺さる。


「そんなの、勝手な思い込みだよ! あたしは一度だって──」


 美桜は否定しようとする。だが──。


「本当に?」


 詰め寄るような仕草ではない。むしろ、縋り付くような切実さが日菜にはあった。


「……心のどこかで、『日菜がいない方がもっと上手くいく』って、思ったことない?」


「…………え? そんなわけっ」


 美桜は言葉を失った。


 否定したい。全力で、そんなことはないと叫びたかった。


 でもその一瞬の『迷い』を、日菜は見逃さなかった。


「……あ」


 口元が、悲しげに歪む。


「やっぱり、言う通りだ。優しいね、美桜ちゃんは。最後まで『嫌い』って言ってくれないんだもん」


 日菜はゆっくりと立ち上がると、力なく笑った。


「日菜、待って! 違う、それは……!」


「結月ちゃんとは違って、美桜ちゃんは許してくれないんだ……」


 日菜の口から漏れたのは、美桜にとって最も予期せぬ名前だった。


「……結月? なんで結月が……?」


 結月。友達であるはずの彼女。


「どういうこと? 結月が、何をしたっていうの……!」


「結月ちゃんにはね、全部話したの。嫌われたことも最低だと思われてることも。でも言ってくれたよ……『日菜が悪いんじゃないよ』って。日菜のこと、……むしろ許してくれたの」


 日菜の瞳に、ジワリと涙が滲む。


 けれど、その涙は美桜に向けられたものではなかった。


「でも、美桜ちゃんは違う。日菜がどれだけ苦しんでても、ただ隣で困った顔をしてるだけだよね」


 その言葉は、美桜の存在を根底から否定するものだった。


「あたしは……あたしは……んなわけっ!」


「んなわけっ」で詰まる。言えない。本当のことを言いたいのに、言葉が詰まってしまう。


 心で必死に叫んだって、日菜には届かない。

 すると日菜はふっと視線を外すと、小さな声で呟いた。


「……そっか。やっぱり、美桜ちゃんには無理なんだね。……ごめんね、変なこと聞いて」

 

 そう言って歩き出す日菜の背中に、美桜は一歩も踏み出せなかった。


「……違う。そんなつもりじゃない……そんなつもりじゃ……!」 


 美桜のその言葉を聞くこともなく、日菜はそのまま背を向け、店を出て行った。

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