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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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11/20

#10「雨上がりの笑顔」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 日菜はその日、学校を休んでいた。

 その代わり、『嫌い』という言葉が、日菜の頭の中で、一生リピートされてしまう。止めようにも止められない。


「嫌われた……」


 日菜はベッドの上でうずくまっていた。今日は起きてから一度も部屋を出ていなかった。昨日まであんなに出ていた食欲が今は全然出ない。何もかもがどうでもいいように思えてしまった。

 これまで結月と美桜で過ごした日々。昨日葵と話してからは、それら全てがネガティブのように思えてしまう。そしてとうとう、美桜と結月も、日菜の前にいると『ウソの仮面』を被っていて、こそこそ陰口を言われてるのじゃないかとも、想像してしまった。


「葵ちゃんに嫌われた……なんで……日菜……何も悪いことしてないのに」


 確かに日菜は何も悪いことなんかしていない。ただ結月に、助言をしただけだ。なのにそれを葵に『嘘の助言』と決めつけられたことに、精神が追いやられていた。


「もう……やだ」


 日菜は喘ぎながら、一人寂しく涙を流し、泣きじゃくった。

 するとその瞬間、日菜のスマホに一通の通知がきた。


「誰から…………え?」



 タッタッタ。

 テンポの速いリズムで靴の音がアスファルトに響く。日菜は家を飛び出して、スマホをぎゅっと握りしめながら公園を目指して走っていた。送り主から「公園に来てくれ

る?」と頼まれたからだ。


── もしかしたら怒られるかもしれない。でも……。


 そんな不安な思いが頭の中に飛び交っていても、その場から逃げようとしなかった。

 だってそこに友達が待っていたのだから。

 

 走って三分。公園の目印である時計台が見えてきた。


── 着いた。


 日菜は公園の入り口に立つと額から出る汗を拭った。辺りを見回してみる。右から公衆トイレ、ブランコ、滑り台の順にあるベンチ。そこに夕焼けの光を浴び、ひとりポツンと小柄な制服姿の少女が座っているのが、日菜の視界に入った。


「はぁ、はぁ……。結月ちゃん!」


 送り主は、結月だった。日菜の呼ぶ声に反応すると彼女はこちらを見た。


「あ、ひなっち。早かったね」


 だが結月は、日菜を嫌うような顔を見せなかった。代わりにただ普通の友達としての顔を見せている。葵の「落ち込んでいる」という言葉がまるで嘘のようにも思える。


「ごめんね、本当はみおっちと一緒にひなっちの家に行こうと思ってたんだけど……“みおっちが来れない”から公園になっちゃって……。急に呼び出して悪かったね」


「結月ちゃん‼︎」


 日菜はもう一度名前を呼ぶと、ベンチへと駆け寄り、結月に飛びついた。


「……結月ちゃん。今、心が痛いの痛いのかな?」


「痛いの痛いの?」


「彼くんのことで 日菜、痛いの痛いのしたかな?」


「っ! ひなっち」


結月は気づいたらしい。


「ごめん。ウチ、ひなっちを困らせちゃったね──」


「ごめんなのはこっちのセリフだよ‼︎」


 日菜は、大きな声で結月の主張を否定した。


「え……」


「結月ちゃんは何も悪くない。悪いのは、全部日菜だよ‼︎」


「ひな……っち……んぐっ!」


 すると日菜は結月の体をぎゅっと抱きしめ、声を上げて泣いた。


「ごめんね……。日菜……日菜……結月ちゃんが上手くいくためにって思ってたのに邪魔しちゃって……」


「……ひなっち。邪魔だなんて そんなこと、1ミリも思ってないよ」


結月の声は、風に消えてしまいそうだった。落ち込む日菜の背中にそっと手を置き直す。


「一生懸命になってくれたの、分かってたから。ただ、ウチが 臆病だっただけ。彼氏の

前で、ひなっちが言ってくれたこと。でも実際に、どう振る舞えばいいか分からなくな

っちゃって──」


「でも! 日菜がいなかったら、結月ちゃんはもっと自然に話せたはずだよ! な

のに……困らせちゃったから……」


 日菜は涙で滲んだ瞳で結月を見つめた。


「大切な恋なのに、日菜が壊しちゃったんだ……っ」


 溢れ出た涙が日菜の頬を伝い、地面へと落ちていく。自分の独尊が、親友のいちばん大切なものを台無しにしてしまった。その罪悪感に押しつぶされそうになり、日菜はぎゅっと目をつむった。

 責められても仕方のない状況。どんなに冷たい言葉を浴びせられても受け止めるつもりだった。


 けれど、結月はふっと小さく微笑んだ。

 それは日菜が想像していたような『怒り』や『幻滅』の表情では決してなかった。むしろ、肩の荷が下りたような、どこか吹っ切れた穏やかな表情。

 結月は、震える日菜の肩を優しく包み込むように叩くと、どこまでも温かいトーンで語りかけた。


「ひなっち、そんな風に自分を責めないで。ウチ、本当に感謝してるんだよ? ひなっちが一生懸命になってくれたの、ちゃんと伝わってたから。だからね、邪魔だなんてこれっぽっちも思ってない。むしろ、ひなっちが背中を押してくれたから、ウチ、一歩踏み出せたんだよ」


 風に溶けてしまいそうなほど優しい、けれど確かな芯のある声が、日菜の強張った心をゆっくりと溶かしていく。


「ねえ、ひなっち。昨日の夜ね、彼氏と話したの」


それを聞いた途端、日菜の心臓がどきりと跳ねた。


「えっ、なんて?」


「正直に答えたよ。ちょっと背中を押されすぎちゃったけど、全部ウチの本当の気持ちだよって」


「……」


「そしたらね、『もっとちゃんと話したいと思ってた』ってちゃんと言ってくれたの」


 公園の街灯がオレンジ色で二人の影を長く伸ばす。日菜は緊張の糸が切れたように、その

場にへたり込んでしまった。


「そうなの。……嫌われてなかったんだね……。結月ちゃんとも、彼くんとも、日菜のせ

いでお別れにならなくて済んだんだね」


「大げさだよ、ひなっち」


結月は改めて隣に座り込み、日菜の袖を軽く引っぱった。


「でも、次はもう少し加減してよ? ウチ、心臓が持たないタイプだから」


「分かってるよ。次は、拡声器とか持っていかないようにするね!」


「そんなの持ってこようとしてたの⁉︎」


 二人の間に、ようやくいつもの笑い声が戻ったのだった。


「はあ……あ、聞きたいんだけどさ。さっき美桜ちゃんこないって言ったじゃん。どうして?」


 それを聞いた途端、結月はさっきまでの穏やかな笑みをぴたりと消した。

 公園を照らすオレンジ色の街灯が、一瞬だけ不自然に点滅する。


「……みおっちね、なんでか来られなくなっちゃったんだ」


 結月の声から、急に体温が奪われたようだった。日菜はへたり込んだまま、結月の顔を見上げる。


「え……? どうして? 体調でも悪いの?」


「ううん、そうじゃないんだけど……」


 結月は視線を地面に落とし、自分のスカートの裾をきゅっと握りしめた。その指先が、かすかに震えている。


「ひなっちに連絡する直前、みおっちからメッセージがきたの。一言だけ、『ごめん、もう無理』って。それから、何度電話しても繋がらなくて……」


「え……?」


 日菜の頭の中に、冷たい水がじわじわと広がっていくような感覚が走った。

 葵に言われた言葉、自分が犯したかもしれない過ち、そしてさっきまで想像していた『ウソの仮面』という不気味な言葉が、再び思い起こされる。


「みおっち、様子が変だったでしょ? この前だってウチの恋愛の相談に乗ってくれてる時も、ときどき、どこか遠くを見てるっていうか……」


 結月はそこまで言うと、怯えたような目で日菜を見た。


「ひなっち……ウチ、もしかしたら、みおっちの大切な何かも、気づかないうちに壊しちゃってたのかな……」


 遠くで、カラスの鳴き声が不吉に響き渡る。


── 美桜ちゃん……。


 すっかり日の落ちた公園の入り口の暗闇の向こうから、誰かが自分たちをじっと見つめているような、そんな冷たい視線を感じて、日菜は背筋が凍りつくのを覚えた。

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