13-14
心音も落ち着き、意気消沈して空っぽのカップを見つめる僕。
一方、和泉の煮えきらない答えが面白くなかったのか、伊予は「ふーん」と呟いて頬杖をついた。
「でも気になってる人はいるんでしょ?」
「そ、そんなことは……ない、けど」
しつこく伊予が攻めるも、和泉は一貫して否定する。
すると何を思ったのか、伊予は思いもよらない爆弾発言をした。
「あそ。じゃ、私が誰か狙っちゃおうかしら」
……はぁ!?
って、何を焦ってるんだ僕は。すっかり自意識過剰になっている自分に呆れすらした。
でもそれ以上に意外だったのは、彼女の発言を聞いた和泉の反応だった。恥ずかしそうに俯き気味だった彼女は、伊予の言葉にハッと顔を上げ、悲痛そうな表情を浮かべたのだ。それはどういう顔なんだ、和泉。
「だって和泉は別に、誰の事も意識してないんでしょ? なら私が誰と付き合っても問題ないわよね? 思ってたよりずっと三人ともイイ男だし、私が――」
「ッそんなの、ダメ……!!」
店内に大きく響き周囲の客から注目を浴びるほど、彼女は珍しく声を荒げて立ち上がった。反動でテーブルに乗っていた紅茶のグラスがカランと音を立て、二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
だが数秒もしないうちに自分の行動に慌てた和泉は、茹でダコのように顔を真っ赤にしてオズオズと座り込んだ。彼女の行動の意図が分からず、僕の心臓も再び鼓動を上げていく。
「ご、ごめんなさい。大きな声出したりして」
「いーわよ。安心して頂戴な、冗談だから。正直、三人とも私のタイプじゃないし。私こそ、からかって悪かったわね」
伊予の〝三人ともタイプじゃない〟には若干転びそうになったが……。微妙な空気が流れてしまったせいか、淡々と語る伊予は財布を取り出し「そろそろ帰りましょ」と支度を始めてしまった。そんな彼女に合わせて和泉も慌てて立ち上がり、レジへ向かった伊予を追いかける。
大丈夫かな、あの二人。和泉のことは心配だけど、二人の仲が悪くなるのも心穏やかではなかった。和泉はずっと同性の仲間をほしがっていたから。
出ていく二人を追いかけて、僕も席を立ち上がろうとした。……が、その時。
「ねーねー、彼女ォ。ひとり~? 暇なら俺と一緒にデートでもしな~い?」
自分にかけられた耳を疑う誘いに、すっかり今の自分が〝女性〟であることを忘れていたことに気づいた。鼻の下を伸ばした男がこんなにも気色悪いだなんて、女性になって初めて知ったよ。
「ねぇってば――ァブッ!」
見知らぬチャラ男を遠慮なく殴り飛ばし、偽物のロングヘアを揺らして、僕は颯爽と店を後にした。
店を飛び出し目に写ったのは、一人で住宅街へ向かう和泉の淋しげな後ろ姿だけだった。
本当に帰ったんだ……。何事もなくて良かったけど、そもそも何かあってもこの格好じゃ何もできなかったのでは? と今更になって自分を恥じた。
まぁ、バレなかっただけでも良しとし、さっさとシェアハウスに帰ってこの醜態にオサラバしようと思った矢先だった。
「一体ここで何してるのよ……、安芸」
背後からかけられた聞き覚えのある嫌味な声に、全身が硬直するのを感じた。
まるでロボットのようにゆっくりと振り返れば、猫目を細めて本物のロングヘアを靡かせ、怪しく僕を見つめる予想どおりの人物がそこにはいた。
「だっ誰のこと、かしら?」
「ップ、キャハハハハ……ッ! ヤダ、近くで見るとチョー可愛いわね! 誰がメイクしたのよ、似合ってるから貴方も女に転生すれば? 安芸チャン♪」
「……ふざけるな。こっちはやりたくてやってるワケじゃないんだ」
涙を流して大笑いする伊予に対し、誤魔化すのもバカバカしくなり諦めて地の声を発した。
「いつから気づいてた」
「貴方がオーダーした時からよ。こっちは笑いを堪えるのに必死だったんだから、感謝しなさーい?」
伊予の煽りに頭痛を感じるも、そこで僕は違和感を覚えた。
そんな始めから気づいていたのなら、あの質問は何だ。
「どういうつもりだ、伊予。何で和泉にあんなことを聞いた? そもそも何のつもりで彼女を誘ったんだ」
「あーら、そんなに私が信じられなくて女装までしたの? 今日はただの女子会だし、他愛もない女同士の会話よ。……けど、本当はあの答えを一番聞きたかったのは、貴方じゃなくて?」
彼女の指摘は心臓を貫き、頭上に重くのしかかった。〝ソンナコトハナイ〟……そう言いたいのに声が出ない。
「でもぉ。和泉のあの言動を見る限り、誰かのことは気になってるみたいよね~。一体誰のことかしらねぇ?」
「ッし、知らないよ! そんなこと!!」
「またまたぁ、気になるクセに~。良かったら聞き出してあげてもいいのよ?」
あまりにしつこく付きまとわれ、僕の中で何かが音を立てて切れてしまった。気づいた時には伊予の胸ぐらを掴み、彼女の顔面スレスレにまで寄り睨みつけていた。流石の伊予も驚いたのか、目を見開いて僕を見上げている。
「いい加減にしろ。これ以上和泉を困らせたら、君が誰であろうと絶対に許さない」
思ったより低い声が出た。一瞬時が止まったように、ただ自然の音だけが僕と伊予の間を吹き抜けていく。
だが次の瞬間、伊予は見る見る顔を赤らめて、僕の左頬に強烈な平手打ちを食らわせたのだ。
「わっ、分かったから離しなさいよ! 安芸のスケベ!!」
「ッ――――!」
しまった。仲間のつもりで、つい日向たちと同じように接してしまった。アイツらと違って伊予は女性なのに。
ついでに今、僕も女なのに。
「ご、ごめん……」
素直に謝罪の言葉を口にしたけど、伊予は「ベーッ!」と思いっきり舌を出し、一人で何処かへ行ってしまった。残された僕は平手打ちの勢いで座り込んだまま、痛む左頬を押さえて小さく溜め息を吐いた。
ホント、何やってるんだろ。僕――。
◇
不覚にも動揺した。あんなに至近距離で見つめられれば、誰だって驚くものよ。
これは浮かされたわけじゃない。だから鎮まれ、私の心臓。
それにしても彼の〝音〟がすぐに分かって本当に良かった。
お陰で彼の心が少し読み取れたわ。
「高精度の絶対音感を持ってるのは、和泉だけじゃないのよ? 安芸」
脳裏に必死な表情の女装した彼を思い浮かべ、再度鼻で笑った私は帰途に就いた。




