13-13
次の日。僕は自分史上最大となる黒歴史確定の格好で、とあるカフェの前に立ち尽くしていた。
既に通算9回目の深い溜息を吐く。そして重い足をようやく一歩踏み出し、香ばしい珈琲の香り漂う店内へと潜入する。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
店員さんに話しかけられるだけで、心臓が飛び出しそうだった。いつもならこんなこと絶対にないのに……。
不安と怒りで感情が爆発しそうなのを押さえながら、僕は必死に高い声を出して「一人です」と答えた。どうにか店員さんに怪しまれることなく、僕は都合よく〝彼女たち〟から一番近い席へと案内された。
視線の先にいるのは和泉。……そして、伊予だ。
二人に気づかれないかとヒヤヒヤしながら身を潜めつつ、楽しそうな彼女たちの会話へ耳を傾ける。
「やーだもう、和泉ったら~」
「ふふ。伊予ちゃんこそ、可愛いんだから」
くっ! 和泉のことは心配だけど、こんな格好でストーカーみたいなことさせられるなんて、色んな意味で心が痛いッ!
そう思いながら僕は慣れないロングヘアを鬱陶しく払い、注文を聞きに来た店員さんへ再び裏返った声で、自慢のブレンド珈琲を頼んだ。
大丈夫かな。皆、僕が男だって気づいてない、よね?
何を隠そう僕、荒井安芸は……今、女性の格好をしている。
断っておくが自らやりたいと言ったわけではない。
――遡ること、2時間前。
月曜の今日は祝日で休みだった。にも関わらず、僕たちは出かけることもなくシェアハウスである人物の到着を待っていた。僕はもちろん、日向も近江も気乗りしない相手といえば……そう。武蔵と越後、ついでに純だ。
どうやら二人は、ここ数日での僕たちの鍛錬の成果を見たいらしい。だから和泉は誘っていない。
ところが差し入れに名物の豚まんを持参した武蔵から、驚きの報告を受けた。
「和泉ちゃんが、伊予と思しき女性と二人でカフェに入っていくのを見ましたよ」
伊予の詳細は越後に話してあったから、武蔵はそれを聞いていたのだろう。それに武蔵であれば一昨日の演奏会で、第二部から入れ替わってフルートを演奏していた女性にも気づいたはず。越後の情報を組み合わせれば、あの女性が伊予であると彼なら推測できる。
武蔵はその伊予が和泉と一緒だという。純粋な和泉と違い、僕らはまだ伊予のことを信用していない。だから僕は和泉に〝伊予と二人になるのは避けてくれ〟と願ったばかりなのに。
恐らく伊予が強引に彼女を誘ったのだと思うけど……何か和泉を困らせるようなことをしていないかと、不安で仕方がなかった。
そんな僕らの様子を見て、武蔵は「心配なら様子を見に行きましょう」と言い出した。でもきっと警戒心の強い伊予のことだ、僕らの姿を見れば取り繕うに決まっている。
すると意外にも、純がとんでもない提案を口にした。
「Ooh~。それナラ変装すればイイネ~。僕、お化粧得意なんデース!」
そう言って得意げに純が取り出したのはコスメセット。つまり純は女装しようというのだ。どうやら彼の母は美容師で、幼い頃からメイクやヘアセットを見ていて覚えたらしい。
なるほど、それなら二人にもバレないかもしれない……と関心しつつも、ここでひとつの問題が浮上する。
誰がやるか、だ。
その時、何故か全員の視線が僕に降り注いだ。
ちょっと待て、嫌な予感しかしない。
「えぇ!? 僕……ッ!? ななな何で!?」
「いや、お前しかいないだろ。可愛い顔してるし」
「真顔で言うな、近江ッ! それを言うなら武蔵さんだって綺麗な顔してるじゃないか!?」
近江、そして笑いを必死で抑えている日向と越後の三人を睨みつけ、武蔵を指さす。彼なら女装だって積極的にやってくれそうだ。そう思って助けを求めるつもりで武蔵を見たけれど、予想外にも彼は小さく溜息を吐いて残念そうに首を振った。
「やってあげたいのは山々ですが……僕はガタイが良いので、すぐに男だとバレてしまいますよ。安芸君は背丈と体格も中性的ですし、君以外に適役はいませんねぇ」
「そんな冷静に分析されても嬉しくありませんッ!!」
……と懸命に足掻いたものの、アレよアレよという間に化粧を施され、いつの間にか用意されていた青いトップスと白スカートに着替えさせられてしまった。流石に骨格は男だから肩に羽織れと、グリーンのカーディガン付きである。
髪型はロングヘアのカツラに純の趣味で緩くウェーブをかけて、ハープアップにされる始末。
出来上がった僕を見て好奇の眼差しを向ける男どもを、一人ずつぶっ飛ばしたのは言うまでもない。近江なんて「女なら口説く」とか言うし。
そんなこんなで、今に至るわけだが。
正直、最初は和泉と伊予の会話なんて頭に入らなかった。頼むから早めに帰ってくれ……。
「ところで和泉は、あの三人の中の誰が好きなの?」
入店して暫くした頃、伊予のその声だけが妙に大きく聞こえて、僕は珈琲を吹き出しそうになった。
「えぇっ!? な、何で急にそんな……ッ」
「だってぇ。和泉、あの三人と常に一緒にいるんでしょ~? 男と女なんだから、そーゆー感情が芽生えたって可笑しくないわよねぇ? そ・れ・に……私には彼らの中に、和泉の好きな人がいるようにしか見えないんだけどぉ?」
伊予の尋問のような追求に、和泉は頭から蒸気を発しそうなほど頬を赤らめ、体を縮こませた。
これは……、聞いてもいいんだろうか。いや、そもそも他人の話を盗み聞くなんて良くない。でも和泉は何て言う? 聞きたい、聞きたくない、聞いちゃダメだ、でもホントは――頭の中は自問自答と己の心音で限界突破寸前だった。
「えっと。わた、私は……」
和泉の声に全ての思考が停止する。喉が異常に乾き、残った珈琲を一気に飲み干してしまった。
脂汗が止まらない。心臓が爆発しそうだ。
「……そういうの、まだ良く、分からなくて。三人は私が総長だから一緒にいてくれるんだし」
聞こえてきた答えに、安堵する自分と、愕然とする自分が交錯した。
確かに僕たちはただの仲間だと、彼女に言い聞かせたのは僕自身だ。和泉を困らせたくないから。
でも〝もしかしたら彼女を支えているのは自分なのでは〟という、心の何処かで抱いていた僅かな淡い期待に、僕は気づいてしまったのだ。




