13-12
伊予ちゃんへの疑いを制されて、むくれてしまった近江君は串カツを黙々と口にしている。揚げたてって出されたけど、熱くないのかな?
そんな子どものような彼の姿を横目に、呆れた表情を浮かべた安芸君が「そういえば」と切り出した。
「聞いたよね。武蔵と宮が交戦したって話」
「あぁ。メストの目論みに気づいてて、わざと黙ってやがったらしいな……武蔵」
日向君と会話しながら、皆に串カツを取り分けてくれる安芸君。大阪の飲み会といえば、やっぱりこれだよね。二度漬け厳禁のソースにたっぷり浸して、早速口に運――ッ熱! やっぱり熱い。
チラと近江君を見ると、まるで冷麺でも食べてるような早さで、歯切れのよい衣の音を立てて食している。……どんな舌してんねん。
フーフーと串カツを冷ましつつ、改めて安芸君と日向君の会話に耳を傾けた。
武蔵さんが宮とどんな戦いをしたのか詳細は知らされていないけど、彼は戦いの途中で五音衆最後のメンバー・徴にも遭遇したようだ。曰く「美人な女性でしたが男勝りの乱暴な口調で、僕のタイプではありませんね」だそうで。危険な場面でも余裕を感じさせる口振りが武蔵さんらしいというか、何というか。
最終的に越後さんと純君も合流し、宮と徴は撤収。武蔵さんは負傷こそしていたけれど、大事に至らなくて本当に良かったと思う。……ただ最後に、二人は奇妙な技の片鱗を見せていき、三人は手も足も出せなかったと聞く。
「大技を見せびらかして退散たぁ、よほどの自信があるみてぇだな」
「関心してる場合じゃないだろ。宮たちの手の内も気になるけど、それより奴らの狙いさ。武蔵がいうには〝大規模な演奏会〟を襲撃して音の力を奪おうとしていたんだろう? 敵の手口も巧妙化しているんだから、僕らももっと視野を広くして注意を払うべきだ」
安芸君の言葉に私も強く頷いた。ちなみに周囲にいた人たちはその〝奇妙な技〟のせいか、彼らの戦闘の一部始終の記憶が抜け落ちていたとのこと。警察が来たけど誰も覚えておらず沈静化したのは不幸中の幸いだ。
今回は武蔵さんがいてくれたお陰でメストの計画を未然に妨害できたけど、次もそう上手くいくとは限らない。きっと彼らは全力で音の力を奪いにくるだろう。
「幸い、楽団での演奏会はしばらくない。次に警戒すべきは……、君と和泉のデュオだね」
どことなく日向君に冷たい視線を送り、安芸君はそう言った。その視線を罰が悪そうに流し、大阪名物・出汁の効いた〆うどんを啜る日向君。
うーん、もしかして安芸君も一緒に参加したいのかな? それはそれで楽しそうだけど、今回は先輩からの依頼だし……。
そんなことを思っていると、私たちの会話に「ふっふっふ」という不気味な笑い声を上げて割り入る人物が現れた。恐る恐る振り返れば、そこにいたのは昼飲みですっかり上機嫌に出来上がった団長だった。
「安芸く~ん。今〝楽団での演奏会はしばらくない〟っちゅーてたなァ?」
「えっ? ……あ、はい。言いましたけど」
何処から聞いてたんだよ……と半ば警戒する安芸君を尻目に、団長は得意げな笑みを浮かべて咳払いをひとつ打つと、徐に堂々と立ち上がった。あの様子なら、例えメストについての話を聞かれていたとしても、反対の耳から抜けていそうだ。
突然の行動に周りの団員たちも気づき、〝何かが始まる〟と期待を込めて彼を見上げた。
「え~、お楽しみ中の皆ぁ。ここで僕からの、ごっつ嬉しいお知らせやでぇ~! 刮目せよぉ~」
「よっ! 日本一の楽団長!」
「勿体ぶらんと、はよ言ってや~」
周りの皆も彼のテンションに乗り囃し立てる始末。
すると団長はビール瓶をマイク代わりに握り、驚きの一言を熱弁した。
「なんとナントォ! 我ら和泉フィルハーモニー音楽団のぉ~……追加公演が決まったんやぁーーッ!」
「おぉおっ!!」
「!!!!」
歓喜に湧く団員たちとは正反対に、私たち四人の間には一筋の緊張が走り抜けた。追加公演――もちろん嬉しいことではあるけれど、メストからすれば格好の餌食となるに違いない。
団長によれば公演は2ヶ月後、6月最終日曜日。それまでに五音衆と暗里を倒し、黒使復活を阻止できるなんて思えない。今の状況での開催は危険すぎる。
皆には悪いけど止めなきゃ……!
日向君たちを見れば、同じように険しい表情を浮かべていた。どうやら思っていることが一致してるみたい。
「あの、だんちょ――」
「でしたら団長! 次の公演でもルミナス・カルテット……いえ、ルミナス・クィンテットの演奏を希望いたしますわ」
止めに入ろうとする私の声を、暗緑色のロングヘアが横切ってかき消す。彼女の天使の如くにこやかな表情に、団長はチョコを蕩かせたような顔で大きく頷いた。
「もっちろんやでぇ! クィンテットっちゅーことは、君も加わるっちゅーこっちゃな? 伊予ちゃん」
「えぇ。だってそーゆー約束ですもの……、ねぇ皆?」
今度は妖艶な笑みを浮かべ、私たちを一見する伊予ちゃん。一瞬、背筋に冷たいものが走った。
「い……、伊予ッ! 今がどういう状況か分かってないのか!?」
「分かってるわよ、だからこそじゃない。これは逆に奴らを一網打尽にするチャンスだと思わない? だったら逆に利用しましょうよ」
焦りからか声を荒げる安芸君に、伊予ちゃんは動じることなく淡々と返した。思わず安芸君は言葉を詰まらせ、押し黙る。
彼女が言うことも一理ある。予め敵が来ると分かっているのなら、何らかの対策もできるというもの。でもメストのアジトへ潜入した私たちは、その勢いで飛び込んで苦戦を強いられたのだ。だからこそ今回は慎重にいかなければ。
けど、時既に遅し。伊予ちゃんの提案もあり、団長たちは次の公演に向けて団結の声を上げ、盛大な乾杯を行っていた。この状態で「中止にしよう」なんて言えるはずもなく。
楽しそうな周りの様子に飲まれつつも、私たちは小さく頭を抱えるのだった。
2時間ほどの宴を経て、打ち上げはお開き。
お店を出ていく間に、私はこっそり日向君を呼び止めた。
「あの、譜読み進んでる……? 次の土曜に合わせたいんだけど、どうかな」
何となく安芸君に聞かれてはいけない気がして小声で話すと、それを悟った日向君は無言で頷いた。




