13-11
あるお方からの報告によって『演奏会襲撃計画』を急遽変更し、以前から興味を抱いていた副長・武蔵と一戦交えた私は、徴を連れてアジトへ引き返していた。
武蔵め……。こちらは挨拶だと言っているのに、問答無用で私を取り押さえようとしてきた。バカ真面目に交渉を図ろうとした総長・和泉と違い、奴は我々を滅するに手段を選ばないらしい。まぁ戦い方としては正しいがな。
とはいえあまりに腹が立ち、危うく人間を殺すところだった。予てより我々は暗里様に「国守護楽団以外の人間は一切殺すな」と指示を受けている。だから徴が来てくれなければ、私こそ暗里様に殺されていただろう。
それより奴が使った心体増強はどうなっている。偵察の報告でも、そして武蔵自身も「5分で効果が切れ、体が全く動かなくなる」と言っていたが、奴はその後も俊敏に動き続けていた。
あれは虚言か……? いや。金剛玄洞で商との戦いを見ていた手下どもも、そうであったと話していた。駒が上官に嘘を吐く理由などない。
なるほど。奴ら、何やら進化させているな? ならば、もっと強くなるがいい。
今日は少々動揺してしまったが、あの程度ではまだ足りん。殺すにしても、背筋が粟立つほどの昂ぶりを感じられなければ、面白みに欠けるからな。
……ん~。しかしこの感触、なんと柔らかい。それに良い匂いだ。
最高に気持ち良くて、できればずっとこうしてい――。
「テンメェ……、いつまでくっついてる気だ!? 早く離しやがれ変態クソ狐ッ!!」
「ッ、ブフォオッ!」
下顎へ豪快なアッパーを食らい、私の体は美しい弧を描いて吹っ飛んだ。相変わらず質の良いパンチを繰り出してくる女よ。
武蔵らの前から退散して徴に殴り飛ばされるまで、私は彼女を抱えたままだったのだ。
「つかお前、何であの術を使った!? アレはまだ秘策のはずだろうが」
床に這う私を右目で睨みつけ、徴が問う。〝アレ〟とは武蔵らの前から逃れる際、奴らの動きを封じた術のこと。私と徴の隠された目を同時に晒すことで発動する秘技である。
「なーに、忠告代わりに軽く披露してやったまでだ。調子に乗ると痛い目を見るぞ、とな」
「はぁ? バーカ。それでまたアイツらに策を練られたら意味ないだろ」
「フン、抵抗できるものならやってみるがいいさ。だが何をしてもあの術には刃向かえまい。……二人なら我らは無敵だ、徴」
胡座をかき徴を見上げれば、彼女は言葉をつまらせて仄かに頬を赤らめた。案外、彼女はこういう不意打ちに弱いということを最近学習したところだ。しかしそんな反応をされては、私も勘違いしてしまうが?
照れ隠しをするように徴は咳払いをしながら踵を返すと、壁にかけてあった鍵を手に取って部屋を出ていこうとした。
「勝手に言っとけ。もうじき暗里様も戻ってくるだろうから、宮はその折れた刀の言い訳を考えるこったな」
「……あ。って、チーちゃん一緒に弁明してくれないの!?」
「チーちゃんはヤメロいい加減に殺すぞ。私は餌やりの時間だ」
そう言ってヒラヒラと手にした鍵を振ると、冷たい視線で私を一見した彼女は飼い犬の部屋へ向かってしまった。
徴に触れて有頂天となり、刀のことなどすっかり忘れていた……。何と報告すればよいのやら。
私は肩を落胆させるも、彼女の残り香を感じて苦笑を浮かべた。
◇
「カンパーイッ!!」
「皆、ホンマにお疲れさーん!」
翌日、私たちは市内の居酒屋で演奏会の打ち上げを開催していた。日曜日だけど今日は楽団の練習をお休みにして、お昼から皆飲んだり食べたり盛大に楽しんでいる。たまにはこういう贅沢もいいよね。
「日向君、これウマいで食ってみィ。君らは飲めへんねんから、その分ぎょーさん食わなアカンで?」
「カルテットの安芸君のクラ、良かったなぁ。オバサン惚れてまうわ~」
「ヤメとき、安芸君困ってるやないの! ウチは近江君のファゴットも好きやけどなぁ」
……皆、大阪人パワーに圧倒されてるのが、ちょっと気になるところですが。
私は慣れっこだけど、他県から越してきた三人はこの洗礼を実感していることだろう。でも日向君と近江君は、ちょっと顔に出し過ぎかな。そう思っていた矢先、安芸君が二人の頬をツネって諭していた。
「せやけど、伊予ちゃんも大したもんやで。一時はどーなるか思っててん」
「ホンマやね。『朝』なんて出だしのフルートが命やねんから、伊予ちゃんがおらへんかったらエライこっちゃで」
テーブルの隅っこで卵焼きを口にしていた伊予ちゃんへ、皆の視線が集中する。すると彼女は満更でもなさそうに微笑みを浮かべて会釈した。皆の言葉の背景には、演奏会の第一部が終了した直後に起きた、ある出来事が存在する。
私たちルミナス・カルテットの演奏が終わり、15分の休憩に突入した時だった。フルートの第一パートを担当していた団員が突然体調不良を訴え始めたのだ。どうやら今朝から気分が悪かったらしく、それでも皆に迷惑をかけまいとムリに会場入りしていたという。
ところが第一部は何とか乗り切ったものの、体調は悪化。楽屋で彼女は倒れてしまい、一同は騒然としていた。そこへ女神の如く降臨したのが、青いワンピースを纏った伊予ちゃんだ。しかも今回は見学と言われていたにも関わらず、彼女は演奏会の曲をきっちり練習までしてくれていたのだから、難なく代打を務められたというわけ。
「伊予ちゃんは華もあるし、もう第一パートは君でエェんちゃう?」
「アホ、何言うてんの。コバちゃんがおらへんからって」
鼻の下を伸ばすオーボエのオジサンに、ホルンのお姉さんが叱咤した。小林さんは今日も大事を取ってお休みしている。皆へ迷惑をかけた手前、打ち上げなんて来づらいというのもあるかもしれない。
伊予ちゃんが先輩たちに捕まって話に花を咲かせ始めたお陰で、私たちはようやくオバチャンパワーから解放されることになった。
「けど、本当に伊予は偶然か? 着替えの衣装まで用意してたって聞くけど」
「いくらなんでも……。疑いすぎだよ、近江君」
相変わらずの疑いぶりに小さく溜息を吐き、訝しげな視線で彼を見た。そして安芸君と日向君に左右両側から肘鉄を食らった近江君は、不貞腐れたように口を噤むのだった。




