13-10
心体増強の反動を僅かに受けてしまい動けなくなった僕の代わりに、美女と対峙する越後君と純君。こっそり一人で決着をつけようと思っていましたが、彼らが駆けつけてくれなかったら折角のチャンスを逃すところでした。
恐らくトイレから戻らない僕を心配して探しに来てくれたのでしょう。後で二人に感謝しなくては。
「気をつけて下さい、二人とも。あの女性も恐らく五音衆の一人です」
「わぁってるって。つまりあの女が〝徴〟なんだや? ほんなら、あの二人を殺れば五音衆は全滅っつーワケだ」
「ココは俺たちに任せて、ムサシは休んでロナ!」
やる気満々の二人の姿に、ポニーテールの美女……否、徴は明らかに嫌そうな表情を浮かべました。
しかし彼女の気持ち、少しだけ分かる気がします。この二人、面倒くさそうですもんね。実際、面倒くさいですし。
「威勢がいいのは結構だが、貴様らと遊んでいる暇はないんだ。私はこの宮を引き取りに来ただけなんでな」
「バカって……。酷いなぁ、チーちゃん」
……はい?
今〝チーちゃん〟と言ったような。
空耳かと思いましたが、少し振り返った彼女が「チーちゃんはヤメロ!」と宮をきつく睨みつけたことにより、聞き間違えではないことが判明。何だか夫婦漫才を見ている気分になってきました。
「知ったこっちゃねぇわ! 行くぞ、マヌケ面!!」
「Oh!? オオオオオゥ!!」
槍とクレイモア、それぞれの武器を構えた二人が徴に向かって突進を仕掛けます。徴は仕方がないと言わんばかりに、小さく溜息を吐きながらもフレイルを構えて彼らの猛攻に備えました。
先ほどの宮が起こした騒動で野次馬はほとんど離散してしまい、周りには我々以外誰もいません。ここからは多少暴れても大丈夫そうです。
すると徴の後ろでユラリと立ち上がった宮が、あろうことか彼女を後ろから抱き留めるではありませんか。我々はもちろん、徴本人も驚いて宮を目だけで振り返りました。
しかし宮は動ずることなく、何故か自分と徴の前髪をたくし上げたのです。
宮と徴の隠された目が光の下に晒された、瞬間――。
「ッ――!?」
「!!!!」
鼓膜を突き破るような強烈な痛みを感じ、我々三人は膝から崩れ落ちていきました。耳を押さえてもその痛みは収まらず、頭痛と吐き気に悶え苦しむしかありません。
決死の思いで微かに片目を開けば、宮が徴を抱えたまま黒煙を巻くのが見え、それが霧散する頃には耳の痛みも二人の姿も消え去っていました。突然の事態に理解が追いつかず、僕たちはただ荒い呼吸を続けるのみ。
彼らの隠されたあの瞳……、何かあるとは思っていましたが。
「残る二人は手強そうですね……、宮と徴」
ひんやりとしたコンクリートに力なく転がった僕は、二人が消えた空を苦笑しながら見上げるのでした。
◇
舞台上ではついに『新世界より』のクライマックスである第4楽章の演奏が始まっていた。遠くから徐々に迫りくるような弦楽器の旋律に始まり、その熱が会場の隅々までに伝わっていく。そして待ってましたと言わんばかりに、ホルンお得意の咆哮がホールの天井を突き抜けていった。
それにトランペットも加わり、再び弦楽団の重厚なメロディが会場を沸かせる。これで終わりだと思うととても淋しいけれど、団長や楽団員、そしてもちろん私の興奮は今がまさにピークである。
第二部の頭から参加している伊予ちゃんのフルートも、ここでも滑らかな音色が奏でられている。
本当、つい最近入団したばかりだというのに、完璧な演奏だ。彼女はいつの間に演奏会のプログラムを譜読みしていたのだろうか。
暗い迷路の出口の先に見える光を求めて駆け抜けるように、演奏は最高潮へ。第一部の『フィンランディア』から繋がってきた2時間半分の音楽のバトンが、今ここでゴールを迎えようとしていた。
日向君のチェロ。安芸君のクラリネット。近江君のファゴット。伊予ちゃんのフルート。そして他の皆から生み出される音の全てがひとつとなり、その出口の向こう側へと力強く飛び出していった。
約45分の長きに渡る戦いは、「ブラボー!」という叫びと割れんばかりの拍手を巻き起こし、大勝利に終わった。
団長の指示で一斉に立ち上がった私たちは、満面の笑顔を浮かべている観客たちの姿に胸がいっぱいだ。百メートル走を全力で走ったくらい呼吸は苦しいけれど、この感情はここでしか味わえない特別なものだ。
――やっぱり、音楽って最高。
鳴り止まない拍手の中、私の脳裏には自然とその言葉が浮かんでいた。
その後、指揮者である団長だけが一度捌け、それでも鳴り止むどころか更に大きくなる拍手に、再び彼が舞台上へと姿を表した。一度目のカーテンコールである。
このタイミングで団長が主要パートの紹介を始める。〝紹介〟といっても「ヴァイオリンの工藤さん」とアナウンスするわけではなく、重要な役割を果たした演奏者を指差して目立たせ、観客に拍手で称賛してもらうのだ。
最初は、恥ずかしいけれどコンミスである私。深くお辞儀をして暫く拍手を浴びた後、次は私に加えて日向君・安芸君・近江君の三人が指名され、〝ルミナス・カルテット〟として称賛を受ける。そして他の曲でソロを務めた団員も称賛を受け、団長は再度舞台袖へと退場していった。
ここでも拍手は鳴り止まず、二度目の団長カムバック。観客たちの〝ご要望〟にお答えすべく、彼がタクトを持ち直し団員が着席すれば、アンコールの始まりだ。
用意したのはヨハネス・ブラームス作曲『ハンガリー舞曲 第5番』。21曲あるハンガリー舞曲の中で最も有名な作品である。この演奏では今まで緊迫した表情でタクトを振っていた団長も、満面の笑みでリラックスした様子の指揮を魅せている。しかも時折ふざけてテンポを変速させるからイジワルだ。
アンコールはこうして緊張感を解放し、楽しく演奏するのが定番だ。かくいう私もノリノリの気分で彼のおふざけに付き合った。
3分ほどのアンコールを演奏し終え、更に三度目のカーテンコールを受けて団員全員で深々とお辞儀をし、演奏会は大盛況のうちに幕を下ろしたのだ。
袖へ捌けていく団員たちを見送り、最後に残った私が喝采を背に、煌々と輝くステージを後にした。
お待たせいたしました。今回の定期演奏会で披露した曲の動画を下記にてまとめております。
お時間がございましたら、ごゆっくりとお楽しみください。
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